ポイント
- 膵頭十二指腸切除術は膵がんなどに対する根治治療だが、長時間かつ侵襲の大きい高難度手術のため、手術成績の地域差を明らかにすることは医療の均てん化の観点から重要である。
- 2010〜2021年に行われた膵頭十二指腸切除術について全国データベース86,339例を解析した結果、地方病院では都市部と比べて術後90日以内の院内死亡リスクが17%高いことが示された。特に80歳以上の患者では地方の低症例数病院が最も高リスクであることが明らかになった。
- 高齢化が進む日本において、高難度手術の集約化や地域医療体制の再構築の必要性を示す。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野の小山照央大学院生、藤原武男教授、同 地球環境医学分野の那波伸敏教授および医療政策情報学分野の伏見清秀教授らの研究チームは、2010年から2021年に実施された膵頭十二指腸切除術[用語1]86,339例の全国規模の入院データを解析し、術後院内死亡リスクの都市・地方間格差を明らかにしました。
膵頭十二指腸切除術は、膵がんをはじめとする膵疾患に対する標準的な根治治療ですが、長時間かつ侵襲性の高い手術であり、周術期死亡のリスクを伴います。医療の均てん化(医療技術などの格差の是正を図ること)や医療体制の最適化の観点から、手術成績の地域差を検証することは重要です。しかしこれまで、都市・地方間の成績差を全国規模で検討し、さらに年齢や病院症例数で層別化して詳細に分析した研究はありませんでした。
本研究では、術後90日以内の院内死亡を主要評価項目とし、地方の病院では都市部と比較して死亡リスクが17%有意に高いことを示しました。特に80歳以上の患者では地域差が顕著であり、地方の低症例数病院が最も高リスクのサブグループであることが明らかになりました。今後、高齢化がさらに進展する中で、高難度手術の集約化や地域医療体制の再構築が重要な課題となります。本研究は、日本における外科医療提供体制の在り方を検討する上で重要なエビデンスを提供するものです。
本成果は、3月2日付(現地時間)で「Journal of Gastroenterology 」誌に掲載されました。
背景
膵がんは予後不良の悪性腫瘍として知られており、根治を目指せる治療は外科的切除に限られています。中でも膵頭十二指腸切除術は、膵がんをはじめとする膵頭部領域の疾患に対する標準的な根治治療です。しかし本術式は手術時間がおおよそ6時間から8時間と長く、高度な技術を要する高難度手術であり、一定の周術期死亡リスクを伴います。そのため、安全に手術を実施できる医療体制の整備が重要な課題となっています。
これまで高難度手術については、いわゆるハイボリューム施設(症例数の多い専門施設)と一般病院の手術成績を比較した研究が報告されてきました。一方で、都市・地方間という地域の観点から、全国規模で成績差を検証した研究はこれまでありませんでした。
さらに近年、日本では急速な高齢化が進行しており、80歳以上の高齢患者に対する高難度手術も増加しています。高齢者は若年者に比べて合併症リスクが高く、周術期管理の質が予後に大きく影響することが知られています。
そこで本研究では、日本全国の大規模データベースを用いて、膵頭十二指腸切除術後90日以内の院内死亡リスクについて都市・地方間の差を検証しました。さらに、年齢層および病院症例数で層別化し、詳細な分析を行いました。
研究成果
本研究では、2010年から2021年に日本全国で膵頭十二指腸切除術を受けた86,339例の入院データを解析対象としました。データはDPC(Diagnosis Procedure Combination)データベース[用語2]から抽出し、術後90日以内の院内死亡を主要評価項目としました。病院を都市部と地方に分類し、患者背景や併存疾患などの因子を調整した上で、ロジスティック回帰分析を用いて院内死亡リスクを検証しました。
解析の結果、地方の病院で手術を受けた患者は、都市部の病院と比較して、術後90日以内の院内死亡リスクが17%有意に高いことが示されました(95%信頼区間:4%〜31%)。さらに年齢層別に解析したところ、80歳以上の患者では地域差がより顕著であり、都市部に対する地方のオッズ比は1.41(95%信頼区間:1.11〜1.80)と有意に上昇していました(図1)。
加えて、病院症例数と年齢で層別化した解析では、80歳以上かつ低症例数の地方病院が、最も高リスクのサブグループであることが明らかになりました。
社会的インパクト
本研究により、膵頭十二指腸切除術後の院内死亡リスクに都市・地方間の格差が存在することが明らかになりました。特に、80歳以上の高齢患者や低症例数の地方病院においてリスクが高いことが示され、高齢化が進む日本において重要な課題であることが浮き彫りになりました。
今後、さらなる高齢化に伴い、高難度手術を必要とする高齢患者は増加すると予想されます。その中で、地域によって手術成績に差がある場合、居住地によって医療アウトカムが左右される可能性があります。本研究の結果は、今後の医療提供体制の在り方を再検討する必要性を示しています。
今後の展開
本研究では、膵頭十二指腸切除術後の院内死亡リスクに都市・地方間の格差が存在することが明らかになりました。しかし、その背景にある具体的な要因については十分に解明されておらず、今後さらなる研究が必要です。
さらに、地域間の医療格差を是正するためには、高難度手術の集約化や遠隔医療支援、広域医療連携の強化などの政策的介入が考えられます。本研究を出発点として、誰もがどこで生まれても、どこで病気になっても、安全な手術を受けることのできる外科医療体制の構築に向けた実証的研究の発展が期待されます。
用語説明
- [用語1]
- 膵頭十二指腸切除術:膵臓の頭部(右側)を中心に、周囲の臓器(十二指腸、胆嚢、胆管、胃の一部)をまとめて切除し、その後に消化管を再建する術式。
- [用語2]
- DPC(Diagnosis Procedure Combination)データベース:全国の対象病院から収集された入院患者に関する大規模データベースで、退院時情報や診療報酬に関するデータ等が記録されている1。
1康永 秀生, 堀口 裕正, DPCデータベースを用いた臨床疫学研究, 医療と社会, 2010, 20巻, 1号, p.87-96
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Gastroenterology
- タイトル:
- Regional differences for the risk of in‑hospital mortality after pancreaticoduodenectomy: a cross‑sectional study analyzing data from a Japanese nationwide database including 86,339 patients
- 著者:
- Teruchika Koyama, Nobutoshi Nawa, Hisaaki Nishimura, Mariko Hanafusa, Keiichi Akahoshi, Hiroki Ueda, Kiyohide Fushimi, Takeo Fujiwara
研究者プロフィール
小山 照央 Teruchika Koyama
東京科学大学 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 大学院生
研究分野:公衆衛生学、肝胆膵外科学
那波 伸敏 Nobutoshi Nawa
東京科学大学 医歯学総合研究科 地球環境医学分野 教授
研究分野:公衆衛生学、疫学、プラネタリーヘルス、小児科学
藤原 武男 Takeo Fujiwara
東京科学大学 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 教授
研究分野:公衆衛生学、疫学(社会疫学、ライフコース疫学)
関連リンク
お問い合わせ
東京科学大学 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野
教授 藤原 武男
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