猛暑の「翌日」に注意、妊婦の重大疾患リスクが上昇

2025年5月21日 公開

暑さ指数と常位胎盤早期剥離の関連を全国データで実証

ポイント

  • 日本全国のデータに基づき、暑さ指数(WBGT)が高い日の翌日に、常位胎盤早期剝離のリスクが有意に上昇することを初めて実証しました。
  • 日本全国11地域・約10年間にわたる6,947症例を解析し、猛暑と発症リスクとの関連を統計的に明らかにしました。
  • 気候変動により極端な暑さが今後さらに増加する中、妊婦も高齢者や子どもと同様に「暑さの健康リスクを受けやすい存在」であることへの社会的認識が必要です。
  • 今後は、猛暑時の医療体制や生活行動の見直しなどを通じて、母子の健康を守る新たな支援策の整備が求められます。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野の寺田周平助教と藤原武男教授らの研究チームは、夏季の日本全国において「暑さ指数(WBGT)[用語1]」が高かった日の翌日に、常位胎盤早期剥離[用語2]が発生するリスクが一時的に高まることを示しました。特に、妊娠高血圧症候群や胎児発育不全を有する妊婦では、影響がより強くみられました。

常位胎盤早期剝離は、出産前に胎盤が子宮から剥がれてしまう重篤な合併症であり、母子の生命に関わる危険があります。これまで、気温などの環境要因との関連は十分に研究されていませんでしたが、本研究により、猛暑が発症のタイミングを1日程度早める可能性が示されました。今後、母子保健においても熱中症警戒アラートの活用が期待されるとともに、猛暑日の直後には出血や腹痛など、常位胎盤早期剥離の初期症状に注意を促す必要があります。

本成果は、4月10日付の「BJOG: An International Journal of Obstetrics & Gynaecology」誌に掲載されました。

図 暑さ指数95パーセンタイル以上の暑い日と常位胎盤早期剥離のリスク

背景

常位胎盤早期剝離は、出産の約1%に発生するとされる緊急性の高い妊娠合併症です。胎盤が出産前に子宮からはがれることにより、大量出血を引き起こし、産科危機的出血による妊産婦死亡原因の約1割(第2位)を占めます。さらに、赤ちゃんにとっても深刻な影響があり、脳性まひの最も多い原因とされています。

これまでに、高血圧、喫煙、外傷などの医学的なリスク因子は明らかにされてきましたが、「高温」や「湿度」といった気象条件がどのように影響するかについては、ほとんど解明されていませんでした。

研究成果

本研究では、2011年から2020年にかけて日本全国11地域で登録された6,947件の常位胎盤早期剝離の症例と、同期間における暑さ指数(WBGT)のデータを用いて解析を行いました。その結果、地域ごとの夏季WBGTが95パーセンタイルを超えた「(その地域における)非常に暑い日」の翌日に、剝離のリスクが有意に上昇すること(リスク比1.23、95%信頼区間:1.11–1.39)が明らかになりました。

一方、その翌々日にはリスクが有意に低下しており(リスク比0.84、95%信頼区間:0.74–0.95)、1週間全体で見るとリスクの上昇は相殺されていました。これは、もともと数日後に発症するはずだった症例が、猛暑によって発症のタイミングが前倒しになった可能性を示唆する結果といえます。

また、妊娠高血圧症候群を有する妊婦(リスク比1.57)や、胎児の発育が不良(発育不全)な妊婦(リスク比1.47)では、猛暑による影響がさらに強くみられました。

社会的インパクト

本研究は、猛暑が妊娠中の重大な合併症である常位胎盤早期剥離の発症タイミングを早める可能性を、全国規模で初めて明らかにしました。この疾患では、初期対応が早ければ妊婦や赤ちゃんの命を守れる可能性が高まるため、非常に暑い日の直後には、出血や腹痛などの初期症状に注意を払うことが重要です。

今後は、妊婦も高齢者や子どもと同様に「暑さによる健康影響を受けやすい人」として、社会全体で支えるべき対象であるという認識が広がることが期待されます。たとえば、熱中症警戒アラートと連動した妊婦向けの情報発信や、通院・外出のタイミングの見直しなど、新たな支援や行動が求められます。こうした取り組みを通じて、気候変動時代における安心な出産環境の構築に貢献することが期待されます。

今後の展開

今後は、WBGT(暑さ指数)と妊婦の健康リスクとの関連をさらに明らかにするため、屋内外の生活環境や行動パターン、住居の構造、通勤手段など、個々の暮らしの要素を含めた詳細な解析が求められます。また、暑さによって妊婦の体内でどのような生理的変化やストレス反応が生じるのか、そのメカニズムの解明も重要です。

気候変動の影響が避けられない中で、妊婦が安心して暮らせる社会環境を実現するために、今後も科学的エビデンスの蓄積を進めていきます。

用語説明

[用語1]
暑さ指数(WBGT):湿球黒球温度(Wet Bulb Globe Temperature)。熱中症を予防することを目的として1954年にアメリカで提案された。人体と外気との熱のやりとり(熱収支)に着目した指標で、人体の熱収支に与える影響の大きい ①湿度、②日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境、③気温 の3項目を取り入れた指標。
[用語2]
常位胎盤早期剥離:正常位置(すなわち子宮体部)に付着している胎盤が、妊娠中または分娩経過中の胎児娩出以前に、子宮壁より剝離するもの。

論文情報

掲載誌:
BJOG: An International Journal of Obstetrics & Gynaecology
タイトル:
Heat Stress and Placental Abruption: A Space-Time Stratified Case-Crossover Study
著者:
Terada S, Nishimura H, Miyasaka N, Fujiwara T

研究者プロフィール

藤原 武男 Takeo FUJIWARA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 教授
研究分野:公衆衛生学、疫学(社会疫学、ライフコース疫学)

原 武男 Takeo FUJIWARA

寺田 周平 Shuhei TERADA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 助教
研究分野:周産期疫学、公衆衛生学

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教授 藤原 武男

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