ポイント
- 日本人高齢者約1.3万人を6年間追跡した大規模縦断研究により、小児期逆境体験(ACEs)と高齢期の死亡リスクとの関連を検証した。
- 全体解析ではACEsと死亡リスクとの明確な関連は認められなかったが、離別・未婚の男性に限ると、ACEsを3つ以上有する人の死亡リスクはACEsがない人に比べて約4倍(調整条件によっては約8倍)高いことが示された。
- 一方、女性や有配偶の男性では同様の関連は認められず、男性においては配偶者の存在を含む社会的支援が、小児期の逆境体験による健康リスクを緩和している可能性が示唆された。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野の谷友香子准教授らの研究チームは、日本老年学的評価研究(JAGES)[用語1]のデータを用いた縦断研究により、小児期逆境体験(ACEs: Adverse Childhood Experiences)[用語2]が高齢者の死亡リスクに与える影響が、配偶者の有無によって異なることを明らかにしました。
本研究では、要介護認定を受けていない65歳以上の高齢者12,698人を対象に、6年間の追跡調査を行いました。その結果、全体としてはACEsと死亡リスクとの間に統計的に有意な関連は認められませんでしたが、離別または未婚の男性に限定すると、ACEsの保有数が多いほど死亡リスクが有意に高くなることが明らかになりました。一方で、女性(配偶者の有無にかかわらず)や有配偶の男性では、このような関連は確認されませんでした。
本研究成果は、高齢期における健康格差の要因として小児期の体験が影響している可能性を示すとともに、特に配偶者を持たない男性に対する社会的支援の重要性を示唆するものです。
本成果は、1月21日(現地時間)付で国際学術誌「Social Science & Medicine」に掲載されました。
背景
小児期逆境体験(ACEs)には、虐待、ネグレクト、家庭機能不全などが含まれ、これらが成人後の慢性疾患や早期死亡のリスクを高めることは、欧米の研究により報告されています。しかし、高齢化が進む日本において、ACEsが高齢期の死亡リスクにどの程度影響しているのか、また、その関連が現在の社会的状況(配偶者の有無など)によってどのように変化するのかについては、十分に明らかにされていませんでした。
特に、高齢期まで生存している人々においては、健康な人だけが生き残る「生存選抜(healthy survivor effect)」の影響により、ACEsの悪影響が過小評価され、見えにくくなっている可能性が指摘されています。
研究成果
研究チームは、2013年の日本老年学的評価研究(JAGES)調査に参加した65歳以上の男女12,698人を対象に、2019年までの死亡データを追跡しました。小児期逆境体験(ACEs)は、親の死亡、離婚、精神疾患、家庭内暴力、虐待など8項目の経験数を累積して評価し、死亡リスクとの関連を分析しました。
主な結果 は以下のとおりです。
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全体および有配偶者における関連の欠如
男女ともに、全体解析および有配偶者のグループでは、ACEsと死亡リスクとの間に統計的に有意な関連は認められませんでした。 -
離別・未婚男性における高い死亡リスク
離別または未婚の男性では、ACEsを3つ以上経験している人は、ACEsの経験がない人と比べて、年齢や教育歴などを調整したモデルにおいて、死亡リスク(ハザード比[用語3])が4.00倍(95%信頼区間:1.46–10.95)となりました。さらに、成人期の社会経済的状況、生活習慣、既往歴などを考慮したモデルでは、このリスクはさらに高く推計されました。 -
女性における結果
女性では、配偶者の有無にかかわらず、ACEsと死亡リスクとの間に一貫した関連は認められませんでした。
社会的インパクト
本研究は、高齢期の男性において、配偶者の存在が小児期の逆境体験による健康への長期的影響を緩和する重要な資源となっている可能性を、疫学的に示しました。これは、独身化が進む現代社会において、家族以外の社会的ネットワークの重要性や、トラウマインフォームドケア(過去の心的外傷に配慮した支援)の視点を取り入れた高齢者支援の必要性を示唆するものです。
特に、配偶者を持たず、かつ複数の逆境体験を有する男性は、健康リスクが高い集団である可能性があり、今後、公衆衛生上の重点的な介入が求められます。
今後の展開
今後は、配偶者以外のどのような社会的つながり(友人関係や地域活動など)がACEsの悪影響を緩和し得るのかを明らかにするとともに、死亡原因別(がん、心疾患など)の詳細な分析を進めることで、より具体的な予防策の立案につなげていくことが期待されます。
参考文献
- [参考文献1]
- Fujiwara, T.:Impact of adverse childhood experience on physical and mental health: A life-course epidemiology perspective.
- [参考文献2]
- Felitti, V. J., et al.:Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults. The Adverse Childhood Experiences (ACE) Study.
- [参考文献3]
- Tani, Y., et al.:Childhood socioeconomic disadvantage is associated with lower mortality in older Japanese men: the JAGES cohort study.
用語説明
- [用語1]
- 日本老年学的評価研究(JAGES):全国規模の高齢者パネル調査であり、社会的要因と健康との関連を解明することを目的とした研究プロジェクト。
- [用語2]
- 小児期逆境体験(ACEs: Adverse Childhood Experiences):18歳未満で経験した、身体的・心理的虐待、ネグレクト、家庭内の機能不全(親の離婚、精神疾患、DV目撃など)などの総称。
- [用語3]
- ハザード比(Hazard Ratio):ある要因を持つグループが、持たないグループに比べて、どの程度死亡や発症のリスクが高いかを示す指標。1より大きければリスクが高いことを示す。
論文情報
- 掲載誌:
- Social Science & Medicine
- タイトル:
- Adverse childhood experiences and all-cause mortality in older Japanese adults: a 6-year prospective cohort study, modified by marital status
- 著者:
- Tomoki Kawahara, Yukako Tani, Katsunori Kondo, Takeo Fujiwara
研究者プロフィール
河原 智樹 Tomoki Kawahara
東京科学大学 医歯学総合研究科 生命情報応用学分野 助教
研究分野:疫学、予防医学、小児科学
谷 友香子 Yukako Tani
東京科学大学 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 准教授
研究分野:栄養疫学、社会疫学、公衆衛生学
藤原 武男 Takeo Fujiwara
東京科学大学 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 教授
研究分野:社会疫学、予防医学
関連リンク
お問い合わせ
東京科学大学 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野
准教授 谷 友香子
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