暑さが引き起こす喘息リスクの増加を解明

2024年12月17日 公開

気候変動でリスクがさらに拡大、医療体制の強化が急務

ポイント

  • 2011年から2019年の喘息による入院データを解析し、暑さが、喘息で入院するリスクを高めることを確認しました。
  • 気候変動と人口動態を考慮したシミュレーションにより、2090年代には暑さが原因で喘息入院する人が2010年代と比較して最大で4.19倍(95%信頼区間:3.53倍~4.85倍))に増加すると予測されました。
  • 暑さに伴う喘息入院の増加を見据え、医療体制の強化を含む暑さへの対応策が求められることが示唆されました。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 医歯学総合研究科 公衆衛生学分野の西村久明助教、藤原武男教授、医療政策情報学分野の伏見清秀教授、およびジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院のBrian S. Schwartz(ブライアン・S・シュワルツ)教授らによる研究グループは、暑さにさらされることが喘息による入院リスクを高めることを明らかにしました。また、将来の気候変動や人口の変化を考慮したシミュレーションの結果、今世紀末にかけて喘息で入院する患者がさらに増加する可能性が示されました。

喘息はどの年代でもよく見られる疾患であり、アレルギー原因物質(アレルゲン)や大気汚染など、さまざまな要因で発症することが分かっています。しかし、気候変動が喘息による入院にどのような影響を及ぼすのかは、これまで明らかではありませんでした。本研究により、暑さが喘息による入院するリスクに関係していることが示されました。またシミュレーションの結果から、暑さを原因とした喘息による入院が今世紀末にかけて増加する可能性が高いことが分かりました。この結果を踏まえ、医療機関は暑さを原因とする喘息患者の入院増加に備える必要があると考えられます。

本研究成果は、国際科学誌Environmental Research(エンバイロンメンタル・リサーチ、IF = 7.7)に、2024年11月30日にオンライン版で発表されました。

  • 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

背景

IPCC[用語1]の最新の報告書によると、気候変動によって将来的に暑い日が増加すると予測されています。喘息はアレルギー原因物質や大気汚染などによって発症する、幅広い年代に見られる病気です。しかし、暑い日が増加することが喘息にどのような影響を及ぼすのかについては、まだ十分には解明されていません。本研究では、全国規模の入院データと気候変動および人口動態の将来予測を用いて、今世紀末までに暑さに関連した喘息入院がどのように変化するかを調査しました。

研究成果

本研究では、日本全国における2011年から2019年までの9年間におけるデータを対象に、6月から9月(年間で気温の高い4ヵ月)の喘息入院件数と1日の平均気温との関連を調査しました。また、気温と人口の将来予測を活用し、暑さが原因となる喘息入院が今世紀末にかけてどのように変化するかをシミュレーションしました。入院データはDPC(Diagnosis Procedure Combination)データベースから抽出し、日平均気温については気象庁のデータを使用しました。さらに、今世紀末における気温および人口の数値予測シナリオであるSSP[用語2]は、国立環境研究所のデータを基に分析を行いました。

解析の結果、極端な暑さ(各地域における上位1%に該当する1日の平均気温)にさらされた場合、喘息による入院するリスクが1.22倍(95%信頼区間:1.12倍~1.33倍)に増加することが明らかになりました。この基準として、リスクが最小となる気温(各地域における上位38%に該当する1日の平均気温)が用いられています。また、14歳以下の子どもにおいてはリスクが1.33倍(95%信頼区間:1.13倍~1.57倍)となり、特に影響が大きいことが示されました。さらに、暑さの影響は日をまたいで現れる可能性があるため、解析では当日から3日間までの時間差を考慮しました。

図1. 日平均気温と喘息による入院リスクの関連。実線が一日の平均気温における喘息による入院リスクを表し、灰色の領域は95%信頼区間を表す。横軸は、地域ごとに気温を低い順に並べたときに、各パーセントに位置する気温の値を示す。例えば、上位1パーセントである99パーセンタイルの気温は、北海道では27.5℃を、関東甲信では30.3℃を、沖縄では30.7℃を表す。

将来の気候変動と人口動態を加味したシミュレーションの結果、気温の上昇幅が最も大きいシナリオ(SSP5-8.5)において、2090年代の暑さが原因となる喘息患者の入院数は、2010年代と比較して4.19倍(95%信頼区間:3.53倍~4.85倍)に増加すると予測されました。

図2. 将来の気候変動と人口動態を考慮した、暑さ由来の喘息入院数の予測。最も気温の上昇幅が大きいシナリオであるSSP5-8.5に基づき、2010年代を基準とした比率を示す。2010年代、2030年代、2050年代、2070年代、2090年代は、それぞれ2011年から2019年、2031年から2039年、2051年から2059年、2071年から2079年、2091年から2099年を表す。実線が予測値を示し、灰色の領域がその95%信頼区間を表す。

社会的インパクト

本研究の結果、暑さにさらされることで喘息による入院リスクが上昇し、特に14歳以下の子どもにおいてその影響が顕著であることが明らかになりました。また、将来の気候変動と人口動態を考慮したシミュレーションにより、今世紀末にかけて暑さが原因で喘息による入院患者数が増加することが予測されました。この結果は、気候変動により暑い日が増えると予想される中、喘息の悪化を予防するために暑さへの対応や準備を進める重要性を示唆しています。特に、熱中症警戒アラートに基づき暑さを避ける行動を取ることが、喘息による入院リスクを軽減する可能性があると考えられます。

今後の展開

今後、特に小児科を中心とする医療機関では、暑さが引き起こす喘息リスクに対応する能力を強化することが求められます。医療従事者が患者やその家族に対し、暑さによる喘息リスクを考慮した治療計画を立案することで、このリスクを低減できる可能性があります。また、暑さに伴う喘息入院の増加を見据え、入院医療体制の整備を含む暑さ対策の強化が必要であることが示唆されました。

付記

本研究は、日本学術振興会科研費(JSPS、JP23K19768)および国立研究開発法人科学技術振興機構(JST、JPMJSA2402)と独立行政法人国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の支援を受けて実施しました。

用語説明

[用語1]
IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change):気候変動に関する政府間パネル。世界中の科学者が参加し、過去の科学論文を分析して、気候変動の科学的根拠やその影響などについて評価を行う国際機関。各国政府が気候変動政策を策定する際の科学的な基盤を提供することを目的とする。
[用語2]
SSP(Shared Socioeconomic Pathway):共通社会経済経路1。気候変動は長期の将来にわたる問題であり、何らかの形で将来の状況を仮定したシナリオが用いられる。SSPは5つの代表的なシナリオで構成され、温室効果ガス排出量が最大であるシナリオ(SSP5-8.5)においては、1850年~1900年の期間と比較して、世界平均気温は今世紀末までに3.3℃から5.7℃上昇すると予測されている2
1 気候変動研究で分野横断的に用いられる社会経済シナリオ(SSP; Shared Socioeconomic Pathways)の公表|国立環境研究所 社会環境システム研究センター, 2017 (2024年12月9日アクセス)
2 IPCC AR6 WG1報告書 政策決定者向け要約(SPM)|気象庁 (2024年12月9日アクセス)

論文情報

掲載誌:
Environmental Research
論文タイトル:
Projections of future heat-related emergency hospitalizations for asthma under climate and demographic change scenarios: A Japanese nationwide time-series analysis
著者:
Hisaaki Nishimura, Nobutoshi Nawa, Takahisa Ogawa, Kiyohide Fushimi, Brian S. Schwartz, and Takeo Fujiwara

研究者プロフィール

西村久明 Hisaaki NISHIMURA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 助教
研究分野:公衆衛生学、環境疫学

藤原武男 Takeo FUJIWARA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 教授
研究分野:公衆衛生学、疫学(社会疫学、ライフコース疫学)

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