少量の飲酒でも禁酒で血圧が低下することを実証

2025年10月29日 公開

約5万9千人の健診データを用いた大規模縦断解析で、性別や酒類を問わず禁酒の有効性を確認

ポイント

  • 約5万9千人の健診データを解析し、少量飲酒(1日1~2杯以下)でも禁酒により血圧が有意に低下することを世界で初めて実証しました。
  • 飲酒量の変化に応じて血圧が上下する「用量依存的な関係」を男女ともに確認し、アルコール種別を問わず同様の関連性がみられることを実証しました。
  • 少量飲酒でも血圧に影響があることを示し、禁酒が性別や酒類を問わず有効な血圧管理戦略となることを提示しました。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野(聖路加国際病院 循環器内科 医師)の鈴木隆宏大学院生、藤原武男教授、聖路加国際病院 循環器内科の青木二郎医師、ブリガムアンドウィメンズ病院・ハーバード大学医学部/杏林大学医学部の福井翔医師、国立感染症研究所の米岡大輔博士からなる研究チームは、健康診断データを用いて、飲酒習慣の変化が血圧に与える影響について大規模な縦断的解析[用語1]を行いました。その結果、女性・男性ともに、少量飲酒であっても禁酒により血圧が低下し、逆に飲酒を開始すると血圧が上昇することを明らかにしました。

アルコール摂取は血圧上昇の要因として知られていますが、少量から中等量の飲酒(女性で1日1杯[用語2]以下、男性で1日2杯以下)の変化が血圧に与える影響、特に禁酒による効果については明確ではありませんでした[参考文献1-2]。これまでの研究では女性のデータが著しく不足しており、また飲酒習慣の変化を追跡した研究も限られていました。

本研究では、2012年10月から2024年3月までの聖路加国際病院附属クリニック予防医療センターの健康診断データベースを用い、58,943人の参加者から得られた359,717回の健診データを解析しました。習慣的飲酒者では、禁酒により用量依存的[用語3]に血圧が低下することが示されました。女性では1日0.5~1.0杯の禁酒で拡張期血圧が0.41 mmHg低下し、1日1.0~2.0杯の禁酒で収縮期血圧が0.78 mmHg、拡張期血圧が1.14 mmHg低下しました。男性でも同様の傾向が認められ、1日1.0~2.0杯の禁酒で収縮期血圧が1.03 mmHg、拡張期血圧が1.62 mmHg低下しました。

一方、非飲酒者が新たに飲酒を開始した場合には、用量依存的に血圧が上昇することが示されました。ビール、ワイン、ウイスキー、日本酒、焼酎などアルコール飲料の種類に関わらず、同様の血圧変化が観察されました。

本研究は、少量飲酒であっても禁酒により血圧低下効果が得られることを示した初めての大規模研究です。特に、これまで研究が不足していた女性において、男性と同様の効果が確認されたことは重要な発見です。2025年米国心臓協会(AHA)/米国心臓病学会(ACC)の高血圧ガイドラインでは、女性における少量のアルコールの血圧への影響は未解決の課題とされており、女性は1日1杯以下、男性は2杯以下の飲酒が許容されていました。しかし本研究結果は、これらの少量の飲酒量でも血圧に影響を及ぼす可能性を示唆しています。

本研究により、飲酒量に関わらず禁酒が血圧管理における有効な非薬物療法となることが示されました。今後は、禁酒を支援する効果的な介入プログラムの開発や、長期的な心血管疾患予防効果の検証が期待されます。

本成果は、2025月10月22日付(米国東部時間)の「Journal of the American College of Cardiology (JACC)」誌に掲載されました。

図1. アルコール摂取の中止または開始後における血圧の用量依存的変化

背景

高血圧は、心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患の主要な危険因子であり、アルコール(飲酒)による血圧上昇作用は広く知られています。米国の最新ガイドライン(2025年ACC/AHA高血圧ガイドライン)でも、高血圧の非薬物療法として、アルコール摂取を中止する、あるいは女性は1日1杯、男性は2杯以下に制限することが推奨されています[参考文献2-3]

しかし、これらの推奨は主に多量飲酒者を対象とした研究に基づいており、「少量から中等量(1日あたり純アルコール10~20 g程度以下)の飲酒」の変化、特に断酒が血圧にどのような影響を与えるかについては、十分に解明されていません。特に、これまでの研究では女性の参加者が極端に少なく、女性における飲酒と血圧の関連に関する科学的根拠が不足していました。

研究成果

聖路加国際病院附属クリニック予防医療センターにおける約5万9千人の健診データを縦断的に分析し、飲酒量の変化が血圧に与える影響を男女別に調査した結果、以下の点が明らかになりました。

  1. 断酒および飲酒開始と血圧変化の関連性
    日常的に飲酒していた人が飲酒量を減らすと、用量依存性に血圧が有意に低下しました。具体的には、 1日あたり1~2単位(純アルコール10~20 g)の飲酒をしていた女性が完全に断酒した場合、収縮期血圧は0.78 mmHg、拡張期血圧は1.14 mmHg低下しました。同様に、男性では収縮期血圧が1.03 mmHg、拡張期血圧が1.62 mmHg低下し、男女ともに断酒による明確な血圧降下作用が確認されました。
    一方、これまで飲酒習慣がなかった人が新たに飲酒を開始すると、飲酒量に比例して血圧が有意に上昇する傾向が認められました。この傾向は男女ともに一貫していました。
  2. アルコールの種類による差は認めなかった
    ビール、ワイン、日本酒、焼酎、ウイスキーなど、アルコールの種類にかかわらず、摂取した純アルコール量に応じて血圧の変動が確認されました。このことから、エタノールそのものが血圧を変動させる要因である可能性が示唆されました。

社会的インパクト

本研究は、少量のアルコール摂取であっても、飲酒を中止することで血圧が低下しうることを示唆しています。今回の成果は、高血圧の予防・管理において、性別や酒類の種類を問わず断酒が極めて有効な手段であることを裏付ける、強力な科学的根拠となります。

現行の飲酒ガイドラインの多くでは、男女で推奨量が異なり、少量の飲酒が許容されています。しかし本研究は、性別を問わず少量の飲酒でも血圧に影響を及ぼす可能性を示しており、今後のガイドライン策定に関する議論に重要な示唆を与えると考えられます。

今後の展開

本研究は、飲酒習慣と血圧の関連を明らかにする重要な知見を提供する一方で、観察研究であるため、直接的な因果関係を断定するにはさらなる検証が必要です。今後は、飲酒量の変化、特に少量の変化が心筋梗塞や脳卒中などの心血管疾患の長期的な発症リスクに与える影響について、研究を進めていく必要があります。これにより、より包括的で実効性のある健康管理戦略の構築に貢献することを目指します。

参考文献

[1]
Roerecke M, Kaczorowski J, Tobe SW, Gmel G, Hasan OSM, Rehm J. The effect of a reduction in alcohol consumption on blood pressure: a systematic review and meta-analysis. Lancet Public Health. 2017 Feb 1;2(2):e108–20.
[2]
Jones DW, Ferdinand KC, Taler SJ, Johnson HM, Shimbo D, Abdalla M, et al. 2025 AHA/ACC/AANP/AAPA/ABC/ACCP/ACPM/AGS/AMA/ASPC/NMA/PCNA/SGIM guideline for the Prevention, Detection, Evaluation, and Management of High Blood Pressure in Adults: A report of the American college of cardiology/American heart association joint committee on clinical practice guidelines. J Am Coll Cardiol [Internet]. 2025 Aug 8 [cited 2025 Aug 24]; Available from: DOI:10.1016/j.jacc.2025.05.007
[3]
Piano MR, Marcus GM, Aycock DM, Buckman J, Hwang CL, Larsson SC, et al. Alcohol use and cardiovascular disease: A scientific statement from the American heart association. Circulation [Internet]. 2025 June 9 [cited 2025 June 18]; Available from: DOI:10.1161/CIR.0000000000001341

用語説明

[用語1]
縦断的解析:同一の対象者を長期間追跡し、時間の経過による変化を観察する研究手法である。本研究では中央値1年間の間隔で繰り返し測定を行った。
[用語2]
飲酒1杯(1スタンダードドリンク):純アルコール10 gを含む飲酒量の単位。ビール250 mL、ワイン104 mL(グラス約0.9杯)、日本酒84 mL、焼酎50 mL、ウイスキー31 mL(ショット1杯)に相当する。
[用語3]
用量依存的(ドーズレスポンス)関係:摂取量が増えるほど効果も比例して大きくなる関係である。本研究では飲酒量の減少が多いほど血圧低下も大きいことを示した。

論文情報

掲載誌:
Journal of the American College of Cardiology
タイトル:
Blood Pressure After Changes in Light-to-Moderate Alcohol Consumption in Women and Men: Longitudinal Japanese Annual Checkup Analysis
著者:
Takahiro Suzuki, Sho Fukui, Daisuke Yoneoka, Jiro Aoki, Takeo Fujiwara

研究者プロフィール

鈴木 隆宏 Takahiro Suzuki

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 大学院生
聖路加国際病院 循環器内科 医師
研究分野:循環器内科、公衆衛生学分野

藤原 武男 Takeo Fujiwara

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 教授
研究分野:公衆衛生学分野

関連リンク

お問い合わせ

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野

教授 藤原 武男

取材申込み

東京科学大学 総務企画部 広報課