「暑さ」が子どもの血液疾患リスクを高める可能性を解明

2025年2月3日 公開

全国12年分の入院データが示す、気候変動が健康に及ぼす影響の新たな証拠

ポイント

  • 子どもの免疫性血小板減少性紫斑病は、年間10万人あたり2~7人の割合で発症する血液疾患です。ウイルス感染が誘因になる可能性は示されていますが、環境要因については解明が進んでいません。
  • 2011年から2022年の全国規模の入院データを解析した結果、子どもが高温にさらされると、免疫性血小板減少性紫斑病のリスクが増加することが確認されました。
  • 本研究の結果は、気候変動が人間の健康に及ぼす悪影響をさらに裏付けるものであり、公衆衛生の観点から気候変動への対応が求められることを示しています。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野の那波伸敏准教授、藤原武男教授、および医療政策情報学分野の伏見清秀教授らの研究チームは、2011年から2022年までに収集された全国規模の入院データを解析し、高温曝露が子どもの免疫性血小板減少性紫斑病のリスクを高める可能性を明らかにしました。

子どもの免疫性血小板減少性紫斑病は、年間10万人あたり2~7人の割合で発症する血液疾患であり、ウイルス感染などが発症の誘因となる可能性が示唆されていますが、環境要因についてはほとんど解明されていません。本研究では、高温曝露が子どもの免疫性血小板減少性紫斑病のリスクを高める可能性が示されました。この結果は、気候変動が人間の健康に悪影響を及ぼす可能性を示す更なる証拠であり、公衆衛生の観点から気候変動に対処する必要性を強調するものです。

本研究成果は、国際科学誌Haematologica(ヘマトロジカ)(インパクトファクター=8.2、Q1ジャーナル)に、2025年1月23日(現地時間)にオンライン版(アーリー・ビュー)で発表されました。

  • 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。
図1. 4日間のラグ効果[用語1]を考慮した日平均気温と子どもの免疫性血小板減少性紫斑病による入院リスクの関連。実線は日平均気温における相対リスクを表し、灰色の領域は 95%信頼区間を示す。最もリスクが低い日平均気温(つまりminimum morbidity temperature: MMT)である11.3℃を基準として推定を行った。

背景

子どもの免疫性血小板減少性紫斑病は、年間10万人あたり2~7人の割合で発症する血液疾患です。ウイルス感染などが発症の誘因となる可能性が示唆されていますが、環境要因についてはほとんど解明されていません。

気候変動の影響により、今後は暑すぎる日が増えると予想されています。これまでの研究では、子どもの免疫性血小板減少性紫斑病の季節性に関してさまざまな結果が報告されてきましたが、それらは主に月ごとの患者数データに基づいています。一方で、日々の気温が子どもの免疫性血小板減少性紫斑病の入院リスクに及ぼす影響を検討した研究は不足していました。

そこで本研究では、全国規模の入院データと気象庁の気象データを活用し、高温曝露が子どもの免疫性血小板減少性紫斑病の入院リスクに与える影響を明らかにすることを目的としました。

研究成果

2011年から2022年までの12年間にわたり、1年で最も熱い5ヵ月間(5月から9月)の日本全国の入院データを用いて、高温曝露と子どもの免疫性血小板減少性紫斑病による入院リスクの関連を検討しました。入院データはDPC(Diagnosis Procedure Combination)データベース[用語2]から抽出し、気温データは気象庁の情報を使用しました。また、気温曝露から影響が現れるまでの時間差(ラグ効果)を解析に考慮しました。

解析の結果、高温曝露が子どもの免疫性血小板減少性紫斑病のリスクを高める可能性が示されました。特に、極端な暑熱(1日の平均気温が上位1%に該当する30.7度)にさらされた場合、入院リスクが67%増加することが分かりました(95%信頼区間: 33%~109%)。この解析では、最もリスクが低い気温(Minimum Morbidity Temperature: MMT)である11.3℃を基準として推定を行いました。

社会的インパクト

本研究により、高温曝露が子どもの免疫性血小板減少性紫斑病のリスクを高める可能性が示されました。この結果は、気候変動が人間の健康に悪影響を及ぼす可能性をさらに裏付ける重要な証拠となります。また、公衆衛生の観点から、気候変動への対策が急務であることを強調しています。

今後の展開

ウイルス感染は、体内に侵入したウイルスの抗原成分と、ウイルスに感染した人の血小板を構成するタンパク質の間に存在する類似性や、感染による免疫系の非特異的な刺激を通じて、免疫性血小板減少性紫斑病(ITP)を引き起こす可能性が報告されています。

本研究の結果を説明するメカニズムの一つとして、ウイルス感染時に子どもが高温にさらされることで、ITPのリスクが高まる可能性が考えられます。また、気温の上昇は空気中の花粉レベルの上昇と関連しており、花粉レベルとITP入院との関連性を示唆する報告もあります。したがって、今後の研究では、こうしたメカニズムの詳細を解明することが必要です。

付記

本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST、JPMJSA2402)と独立行政法人国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の支援を受けて実施しました。

用語説明

[用語1]
ラグ効果:気温が健康に及ぼす影響は、曝露時点から一定期間続くことが知られており、その遷延性を「ラグ効果」と呼ぶ。
[用語2]
DPC(Diagnosis Procedure Combination)データベース:DPCは、全国の対象病院から収集された入院患者に関する大規模なデータベースです。このデータベースには、退院時の情報や診療報酬に関するデータなどが記録されています1
1 康永 秀生, 堀口 裕正, DPCデータベースを用いた臨床疫学研究, 医療と社会, 2010, 20 巻, 1 号, p. 87-96

論文情報

掲載誌:
Haematologica
タイトル:
Heat exposure and pediatric immune thrombocytopenia in Japan from 2011 to 2022: a nationwide space-time- stratified case-crossover study
著者:
Nawa N, Nishimura H, Fushimi K, Fujiwara T

研究者プロフィール

那波 伸敏 Nobutoshi NAWA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
公衆衛生学分野 准教授
ウェルビーイング創成センター センター長
研究分野:公衆衛生学、疫学、プラネタリーヘルス、小児科学

藤原 武男 Takeo FUJIWARA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
公衆衛生学分野 教授
研究分野:公衆衛生学、疫学(社会疫学、ライフコース疫学)

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那波 伸敏

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