ポイント
- 都内の大学生約3,000名を対象とした調査から、「孤独感」(望ましい人間関係が得られないという主観的感情)は、新型コロナワクチンをためらう主な心理的リスク因子であることが示されました。
- 一方、「社会的孤立」(人と会う頻度が少ないという客観的状況)とワクチン忌避との間には、明確な関連は見られませんでした。
- 孤独を抱える学生は、そうでない学生に比べて約2倍の確率でワクチン接種をためらう傾向がありました(年齢・性別・健康状態などを統計的に調整後も有意)。
- 今後、大学や地域社会における感染症対策には、学生の孤独感を軽減するための心理的サポートや交流機会の確保が重要となる可能性が示唆されます。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科の後藤夕輝助教、同 公衆衛生学分野の藤原武男教授、東京外国語大学の中山俊秀教授、一橋大学の佐藤主光教授らの研究チームは、四大学連合ポストコロナ社会コンソーシアム(注)によるプロジェクトとして、大学生の新型コロナワクチン忌避行動において、「社会的孤立」ではなく「孤独感」がリスク要因であることを明らかにしました。
本研究は、都内4大学の学生約3,000名を対象として2022年3月に実施したオンライン調査に基づいています。分析の結果、孤独感を有する学生は、そうでない学生と比べて、ワクチン接種をためらう傾向が約2倍高いことが明らかになりましたが、社会的孤立とは関連がみられませんでした。
新型コロナウイルスの感染拡大により、大学生は対面授業の減少や外出自粛によって交流の機会が制限され、孤独を感じやすい状況に置かれていました。若年層におけるワクチン接種は、感染拡大の防止や重症化の予防において極めて重要ですが、その忌避に至る心理社会的背景は、これまで十分に解明されていませんでした。
本研究成果は、孤独感がワクチン忌避に与える影響を科学的に示したものであり、今後の大学等における感染症対策では、学生の孤独感に配慮した環境整備や心理的サポートの重要性を示唆しています。
本成果は、5月21日付で国際科学誌「Scientific Reports(サイエンティフィック・リポーツ)」誌に掲載されました。
(注)2024年10月に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学が誕生したことにより、現在は「三大学ポストコロナ社会コンソーシアム」として活動を推進しています。

背景
新型コロナウイルス感染症の流行下において、2020~2021年度の大学ではオンライン授業が主流となり、学生のキャンパスへの立ち入りが制限されるなど、他者との交流機会が大幅に減少しました。このような環境は、学生の「社会的孤立(客観的に人との接触が少ない状態)」や「孤独感(望ましい人間関係が得られないことによる主観的な感情)」を高める要因となり得ます。
若年層におけるワクチン接種は、感染拡大の防止や重症化の予防という観点から極めて重要ですが、一定の割合で「ワクチン忌避(接種が可能である状況にもかかわらず、接種を遅らせたり拒否したりすること)」が見られます。これまでの研究では、社会的孤立や孤独感がワクチン接種行動に影響を与える可能性が指摘されていましたが、両者を区別した上で、日本の大学生におけるワクチン忌避との関連を明らかにした研究は限られていました。
研究成果
本研究では、東京に所在する4大学(東京医科歯科大学(当時)、東京外国語大学、東京工業大学(当時)、一橋大学)の学生を対象に、2022年3月にオンラインアンケート調査を実施し、2,907名から有効な回答を得ました。
調査では、新型コロナワクチンの接種状況、社会的孤立(過去1年に週1回以上会う友人数)、孤独感(UCLA孤独感尺度)、および個人背景に関する情報を収集し、統計解析を行いました。
主な結果は以下のとおりです:
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孤独感はワクチン忌避の有意なリスク因子
孤独感が高い学生は、そうでない学生に比べて、ワクチン忌避の可能性が約2.08倍高いことが明らかになりました。この傾向は、年齢・性別・経済状況・健康状態などを考慮しても、統計的に有意でした。
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社会的孤立との関連は限定的
客観的に友人と会う頻度が低い「社会的孤立」の状態にある学生とそうでない学生との間には、ワクチン忌避傾向に有意な差は見られませんでした。 -
孤独感と社会的孤立は異なる影響を持つ
両者は中程度の相関があるものの、必ずしも一致するものではなく、孤独感は主観的な要素として、ワクチン忌避に影響を与える独立した因子である可能性が示されました。
社会的インパクト
本研究は、若年層、特に大学生におけるワクチン接種推進策を考える上で、「孤独感」という心理的要因の重要性を示しています。これまでのワクチン施策は、情報提供や接種機会の整備が中心でしたが、今後は、学生の孤独感に着目した心理的サポートの充実が、接種率向上の鍵となる可能性があります。
学校や地域社会においては、学生の孤独感を軽減するための取り組み(例えば、相談しやすい環境の整備、学生間の交流促進、メンタルヘルス支援の強化など)が、間接的にワクチン接種率の向上に寄与する可能性があり、将来起こりうる新たな感染症のパンデミック対策にも応用できると考えられます。
今後の展開
本研究は横断的な調査であり、孤独感とワクチン忌避との因果関係を直接的に証明するものではありません。今後は、時間的な因果関係を検証するための縦断研究や、学生の孤独感を軽減する具体的な支援プログラムを導入し、その効果を検証することが望まれます。
また、本研究の対象は東京の大学生に限定されていたため、他地域や異なる年齢層における知見の応用可能性についても、今後検討していく必要があります。
付記
本研究は、四大学連合ポストコロナコンソーシアムの研究プロジェクトとして実施されました。
論文情報
- 掲載誌:
- Scientific Reports
- タイトル:
- Loneliness, but not social isolation, is a risk factor for COVID-19 vaccine hesitancy in university students in Tokyo, Japan
- 著者:
- Yuki Goto, Nobutoshi Nawa, Toshihide Nakayama, Motohiro Sato, Isao Satoh, Hajime Nitta, Shusho Okada, Kenji Wakabayashi, and Takeo Fujiwara
研究者プロフィール
後藤 夕輝 Yuki GOTO
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
東京都地域医療政策学講座 助教
研究分野:医療政策学、公衆衛生学、疫学、呼吸器学

藤原 武男 Takeo FUJIWARA
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
公衆衛生学分野 教授
研究分野:公衆衛生学、疫学(社会疫学、ライフコース疫学)
