フルーツジュースの適度な摂取が2型糖尿病リスクを軽減

2025年8月8日 公開

遺伝的リスクが高い人ほど予防効果が顕著に

ポイント

  • 2型糖尿病の遺伝的リスクが高い集団において、フルーツジュースを週1回以上飲む人は、糖尿病の発症リスクが最大46 %低いことを確認
  • 東アジア人由来の約92万カ所の遺伝子多型(SNP)で構成されたポリジェニックリスクスコア(PRS)と食事調査を組み合わせ、遺伝子要因と栄養要因の相互作用を統計的に解析
  • 遺伝的に糖尿病のリスクが高い人に対して、果汁の適度な摂取が予防的に作用する可能性を示し、個別化された精密栄養指針の策定に貢献

概要

東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 生命情報応用学分野の河原智樹助教と、公衆衛生学分野の藤原武男教授らによる研究チームは、国内13の大学や病院が参加する大規模調査「J-MICC研究[用語1]」に登録された13,769人分のデータを用いて、フルーツジュースを飲む頻度と2型糖尿病[用語2]との関連を調べました。さらに、個人が生まれ持つ糖尿病のなりやすさを数値化した「ポリジェニックリスクスコア(PRS)[用語3]」の高低によって、結果にどのような違いがあるかも比較しました。

分析の結果、遺伝的に糖尿病になりやすい上位2割の人たちでは、フルーツジュースをほとんど飲まない場合と比べて、週1回未満飲む人は糖尿病にかかっている割合が約2割低く、週1回以上飲む人では約半分に下がることが分かりました。つまり、遺伝的リスクが高い人ほど、適度にジュースを飲むことで糖尿病にかかりにくくなるという段階的なパターンが見られたのです。一方で、遺伝的リスクが低いまたは中程度の人たちでは、ジュースの摂取頻度と糖尿病との明確な関連は確認できませんでした。

この成果は、遺伝的背景に応じた個別の食事指導の重要性を示しており、将来の精密医療や精密栄養学の発展に貢献することが期待されます。

本研究成果は、7月10日付(現地時間)付で「British Journal of Nutrition」誌に速報版が掲載されました。

背景

2型糖尿病は、世界で5億人以上、日本でも成人の約8%が抱える深刻な疾患であり、遺伝的素因と生活習慣の双方が複雑に関与しています。しかし、果汁[用語4]と2型糖尿病との「つながり」を調べた先行研究では結果がまちまちで、明確な指針は示されていませんでした。

本研究チームはこの課題を解決するため、全国13施設が参加する多施設共同コホート「J-MICC研究」のベースラインデータ13,769例を解析しました。対象者一人ひとりについて、約92万カ所に及ぶ遺伝子多型を組み合わせてポリジェニックリスクスコア(PGS002379)を算出し、遺伝的な糖尿病リスクの高さに基づいて5つのグループに分類しました。

研究成果

解析では、年齢、性別、喫煙、運動などの影響を統計的に調整した多変量ロジスティック回帰モデルを用いて、果汁の摂取頻度と2型糖尿病の有病率との交互作用を検定しました。

その結果、遺伝的リスクが最も高い上位20%の集団に限り、果汁の摂取量が多いほど糖尿病にかかりにくいという明確な用量反応パターンが観察されました(図1)。具体的には、果汁を週1回未満しか飲まない人のオッズ比[用語5]は0.78(95%信頼区間:0.65〜0.93)、週1回以上飲む人では0.54(0.30〜0.96)となり、1〜2杯/日飲む人が最も低い値(0.47)を示しました。

一方、遺伝的リスクが低いまたは中程度の集団では、果汁の摂取と糖尿病との間に有意な関連は確認されませんでした。交互作用項の検定結果(p=0.116)は統計学的には境界域な水準でしたが、高リスク群に限定した解析で逆向き効果が再現性高く示された点は注目に値します。

2型糖尿病リスクにおけるPRSとフルーツジュース摂取との関連

図1:横軸は遺伝的な2型糖尿病のリスク、縦軸は2型糖尿病のオッズ比を示す。
遺伝的なリスクの高い人は、フルーツジュースを週に1回以上摂取する(点線)と、摂取しない人(実線)に比べて、2型糖尿病のオッズ比が低いことが分かる。

社会的インパクト

本成果は、遺伝的に糖尿病を発症しやすい人に的を絞って食事介入を行う「精密栄養学」の実装可能性を高めるものです。現在、果汁は「糖分が多いから控えるべき」と一律に語られることが少なくありません。しかし本研究は、遺伝的リスクが高い層においては、適量の果汁摂取がむしろ予防的に働く可能性を示しており、画一的な制限を見直すための科学的根拠となります。

これは、「科学の進歩」と「人々の幸せ」の両立を掲げるScience Tokyoのミッションに沿ったものであり、個々の体質に応じた食行動の提案へとつながる意義深い成果です。

今後の展開

今後は、縦断的な追跡データを用いて、果汁の摂取が将来の糖尿病発症を実際に減らすかどうかを検証するとともに、果汁に含まれるポリフェノールなどの成分が糖代謝関連遺伝子とどのように機能的に連携するのかを分子レベルで解明していきます。

さらに、国際的なゲノム―栄養相互作用コンソーシアムを構築し、民族や食文化の違いを超えた比較研究を推進します。最終的には、個人のポリジェニックリスクスコアに基づいた精密栄養ガイドラインを策定し、保健指導や食品産業におけるイノベーションへの活用を目指します。

付記

本研究は日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP21H04848)および米国国立衛生研究所(NIH)R21 HD101778の支援を受けて実施されました。主要な先行研究として、Xi ら(2014 年、PLoS One、[参考文献1])、Murphy ら(2017 年、J Nutr Sci、[参考文献2])、Heianza ら(2024 年、Diabetologia、[参考文献3])が報告されていますが、遺伝リスクを考慮し果汁摂取と2型糖尿病のつながりを詳細に検証した点で本研究は新規性を有します。

参考文献

[1]
Xi B et al. PLoS One 2014;9:e93471.
[2]
Murphy MM et al. J Nutr Sci 2017;6:e59.
[3]
Heianza Y et al. Diabetologia 2024;67:506-515.

用語説明

[用語1]
Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort(J-MICC)研究:全国約10万人を対象とする多施設共同コホート研究。
[用語2]
2型糖尿病:インスリン分泌不足と抵抗性による高血糖状態。
[用語3]
ポリジェニックリスクスコア(PRS):多数の遺伝子多型情報を合算し遺伝的素因を数値化した指標。
[用語4]
果汁:本研究では100 %フルーツジュースを指す。
[用語5]
オッズ比:曝露群と非曝露群の疾病オッズの比。1未満でリスク低減を示す。

論文情報

掲載誌:
British Journal of Nutrition
タイトル:
Inverse association between fruit juice consumption and type 2 diabetes among individuals with high genetic risk on type 2 diabetes: the Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort (J-MICC) study
著者:
Tomoki Kawahara, Nobutoshi Nawa, Isao Oze, Hirokai Ikezak, Megumi Hara, Yoko Kubo, Mako Nagayoshi, Hidemi Ito, Nobuaki Nichihata, Rie Ibusuki, Sadao Suzuki, Etsuko Ozaki, Kiyonori Kuriki, Naoyuki Takashima, Sakurako Katsuura-Kamano, Masahiro Nakatochi, Yukihide Momozawa, Takashi Tamura, Takeo Fujiwara, Keitaro Matsuo

研究者プロフィール

河原 智樹 Tomoki KAWAHARA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 生命情報応用学分野 助教
研究分野:疫学、予防医学、小児医学

河原 智樹 Tomoki KAWAHARA

藤原 武男 Takeo FUJIWARA

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 教授
研究分野:社会疫学、予防医学

藤原 武男 Takeo FUJIWARA

関連リンク

お問い合わせ

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野

教授 藤原 武男

取材申込み

東京科学大学 総務企画部 広報課