ポイント
- 「やるべきことをつい後回しにする」先延ばし傾向が強い高齢者ほど、舌の力(舌圧)が低く、舌を動かす速さも低下していることを明らかにしました。
- 地域で暮らす高齢者99名を対象に、先延ばし傾向を測定し、舌の力や「パ・タ・カ」を繰り返す速さとの関連を、年齢や性別、経済状況などの影響を考慮して解析しました。
- 「行動のくせ」という新しい視点から、口の機能の維持・向上やオーラルフレイル予防の取り組みを考えるための手がかりとなることが期待されます。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 摂食嚥下リハビリテーション学分野の山口浩平講師と戸原玄教授らの研究チームは、地域で暮らす高齢者99名を対象とした調査により、「やった方がよいと分かっていることを、つい後回しにしてしまう」という先延ばし傾向[用語1]が強い人ほど、舌の機能も低下していることを明らかにしました。
舌は、かむ・飲み込む・話すといった働きを担い、よく使うことで機能が保たれます。一方、乱れた食生活や喫煙など不健康な行動は、先延ばし傾向と関連することが知られていますが、舌の機能との関係は不明でした。本研究では、先延ばし傾向と、舌の力を示す舌圧[用語2]や、「パ」「タ」「カ」を速く繰り返すオーラルディアドコキネシス[用語3]の回数との関連を解析しました。その結果、先延ばし傾向が強い人ほど舌圧が低く、「タ」「カ」を繰り返せる回数も少ないことが分かりました。本成果は、行動のくせに着目したオーラルフレイル[用語4]対策を考えるうえで、新たな手がかりとなることが期待されます。今後は、時間の経過を追う研究などで、因果関係や仕組みを明らかにしていきます。
本成果は、2026年9月25日付(現地時間)の「BMC Oral Health」誌に掲載されました。
背景
舌は複数の筋肉からなり、体の中でも特に器用で精密に動く器官です。食べ物をかむ・飲み込む・話すといった、日常生活に欠かせない働きを担っています。舌の力(舌圧)や動きの速さは、口の機能が衰えた状態である「口腔機能低下症[用語5]」にも用いられる重要な指標であり、特に舌圧は、握力など全身の筋力とも関連することが報告されています。
舌の機能は、加齢によって低下する一方で、日々よく使うことやトレーニングによって維持・向上できることも分かっています。つまり、舌の機能には、その人の日頃の行動習慣が反映されている可能性があります。
一方、「やった方がよいと分かっていても、つい後回しにしてしまう」先延ばし傾向は、貯蓄や運動、禁煙、口のケアといった、将来のための行動を取りにくくすることが、行動経済学などの研究で知られています。研究チームはこれまでに、先延ばし傾向などの意思決定の特性が、高齢者の飲み込む機能や身体機能、かむ力と関連することを報告してきました[参考文献1、2]。しかし、口の機能の中でも中心的な役割を担う舌の機能との関連は、明らかになっていませんでした。
そこで本研究では、地域で暮らす高齢者を対象に、先延ばし傾向と舌の機能との関連を調べました。
研究成果
本研究では、2022年11月から2025年5月にかけて、地域で自立して暮らす65歳以上の方を対象に調査を行い、99名(平均年齢79.4歳、男性38.4%)のデータを解析しました。
先延ばし傾向は、「Global Preference Survey」の質問を用いて評価しました。「すぐにやった方がよいと分かっていることを、どのくらい先延ばしにしますか」という問いに、0点(まったくしない)から10点(とてもよくする)で答えてもらいました。舌の機能は、舌を上あごに押し付ける力(舌圧)と、「パ」「タ」「カ」をそれぞれ5秒間できるだけ速く繰り返したときの1秒あたりの回数(オーラルディアドコキネシス)で評価しました(図1)。「タ」「カ」は主に舌の動きを、「パ」は主に唇の動きを反映します。
年齢、性別、経済状況などを考慮した多変量解析を行った結果、先延ばし傾向が強い人ほど舌圧が低いことが分かりました。また、先延ばし傾向が強い人ほど「タ」「カ」を繰り返せる回数も少なく、唇の動きを反映する「パ」でも同様の傾向が見られました。
このことから、先延ばし傾向は舌だけでなく、口の動き全体と関わっている可能性も考えられます。
こうした関連が生じる理由として、研究チームは、先延ばし傾向のある人は運動などの身体活動が少なくなりやすく、体を動かしたり呼吸をしたりする際に使われる筋肉の活動が減ることで、間接的に舌の機能に影響している可能性を考えています。ただし、本研究は横断研究のため因果関係は分からず、先述の仕組みは仮説の段階で、今後の更なる検証が必要です。
社会的インパクト
舌の機能を含む口腔機能の低下は、全身のフレイルにもつながることから、「オーラルフレイル」や「口腔機能低下症」として注目を集めています。本研究は、「先延ばししがち」という誰にでもある行動のくせが、舌の機能と関連している可能性を示しました。
これまで、口の機能を保つための取り組みとしては、口の体操や歯科での定期的な管理などが中心に考えられてきました。本研究の成果は、それに加えて「分かっているけれど続かない」という人の行動の特性に目を向けることの大切さを示唆しています。例えば、後回しにしがちな人でも無理なく続けられる声かけや仕組みづくりなど、行動経済学の視点を取り入れたオーラルフレイル対策の取り組みを考えるうえで、新たな手がかりになると期待されます。
今後の展開
本研究は、ある一時点のデータを分析した横断研究であるため、先延ばし傾向が舌の機能低下の原因であるかどうか(因果関係)までは分かっていません。また、対象者数が比較的少なく、身体機能や栄養状態などの影響も十分には考慮できていません。
今後は、より多くの方を対象に時間の経過を追って調べる研究や、行動経済学の手法を取り入れた介入研究を通じて、先延ばし傾向と口の機能との関係やその仕組みを明らかに、無理なく続けられる口腔機能の管理法などを開発していく予定です。
付記
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP24K13244)の助成を受けて実施されました。
参考文献
- [参考文献1]
- Horike A, Yamaguchi K, et al.:Associations between decision-making biases and swallowing and physical functions in community-dwelling older adults: A cross-sectional study. Geriatrics (Basel). 2025;10:138. DOI: 10.3390/geriatrics10060138
- [参考文献2]
- Yamaguchi K, Horike A, et al.:Association between time preferences and masticatory function in community-dwelling older adults: A cross-sectional study. J Oral Rehabil. 2025;52:1328–34. DOI: 10.1111/joor.13984
用語説明
- [用語1]
- 先延ばし傾向:やった方がよいと分かっていることを、つい後回しにしてしまう傾向。
- [用語2]
- 舌圧:舌を上あごに押し付ける力。舌の筋力の指標で、口腔機能低下症の検査項目の1つ。単位はkPa(キロパスカル)。
- [用語3]
- オーラルディアドコキネシス:「パ」「タ」「カ」などの音をできるだけ速く繰り返し発音し、1秒あたりの回数を測る検査。唇や舌の動きの速さ・巧みさの指標。
- [用語4]
- オーラルフレイル:滑舌の低下、わずかなむせなど、口の機能のささいな衰え。心身の機能が低下した状態(フレイル)の入り口の1つとされる。
- [用語5]
- 口腔機能低下症:加齢や病気などにより、舌や唇の動き、かむ力、飲み込む力など、口の複数の機能が低下した状態。歯科医院での検査により診断される。
論文情報
- 掲載誌:
- BMC Oral Health
- タイトル:
- Procrastination and tongue function in older adults: a cross-sectional study
- 著者:
- Kohei Yamaguchi, Ayane Horike, Kanako Shibahara, Rieko Moritoyo, Kanako Yoshimi, Kazuharu Nakagawa, Haruka Tohara
研究者プロフィール
山口 浩平 Kohei Yamaguchi
東京科学大学 医歯学総合研究科 摂食嚥下リハビリテーション学分野 講師
研究分野:摂食嚥下リハビリテーション、高齢者歯科
戸原 玄 Haruka Tohara
東京科学大学 医歯学総合研究科 摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授
研究分野:摂食嚥下リハビリテーション、高齢者歯科