歯周病の早期発見を可能にする安価で簡便な診断法を開発

2025年10月15日 公開

歯の保存と全身疾患予防に寄与する新しい分光分析技術による高感度検出

ポイント

  • 銀ナノメッシュを用いた新しい手法で、歯周病を安価かつ簡便に早期検出できることを実証。
  • 歯周ポケットに含まれる歯周病関連バイオマーカーを高感度に分析可能。
  • 歯周病の早期発見により、歯の喪失防止と全身疾患予防につながり、健康寿命延伸や医療費削減に貢献。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 摂食嚥下リハビリテーション学分野の戸原玄教授、柳田陵介医員、齊藤美都子非常勤講師らの研究グループは、同研究科 口腔生命医科学分野および地域・福祉口腔機能管理学分野、国際医工共創研究院 口腔科学センター、東京大学、熊谷総合病院との共同研究により、歯周病を簡便かつ安価に早期検出できる手法を開発しました。

歯周病は、歯垢に含まれる細菌によって歯茎や骨に炎症が生じる疾患であり、重症化すると歯が抜け落ちるだけでなく、全身の病気を引き起こすことも知られています。このため、歯周病の早期検出は重要ですが、従来の手法は専門的な技術を要し、高価で複雑でした。

研究チームは、歯周ポケットに銀ナノメッシュを被覆した小さな紙片(ペリオペーパー)を挿入し、そこに付着した歯周病関連バイオマーカー[用語1]分子を高感度分光分析することで、歯周病を簡便かつ安価に早期検出できることを実証しました。

この手法により、歯周病を安価かつ簡単に早期検出できるようになることで、歯周病の早期治療による歯の保全だけでなく、全身の病気の予防にもつながります。したがって、高齢化に伴う健康問題の解決にも貢献できると期待されます。

本成果は、9月24日付(米国東部時間)の「Analytical Chemistry」誌に掲載されました。

図1. 歯周病の状態を簡便かつ安価に早期検出する手法
(1)銀ナノメッシュを貼付したペリオペーパーを歯周ポケットに差し込む
(2)表面増強ラマン分光測定で歯周病関連バイオマーカーを高感度検出

背景

歯周病は、歯垢に含まれる細菌が原因で炎症が起こり、歯と歯茎のすき間に「歯周ポケット」と呼ばれる溝が形成される感染性疾患です。進行すると歯を支える骨が溶け、最終的には歯が抜けてしまいます[参考文献1]。歯周病は40歳以上の日本人の半数以上が罹患しており、生活習慣が発症リスクを高めることから生活習慣病の一つとされています。

近年の研究では、歯周病が糖尿病、心臓病、関節リウマチ、アルツハイマー病、心筋梗塞、脳梗塞など全身の健康に大きな影響を及ぼすことが明らかになっており、早期の予防と治療の重要性が指摘されています。

このように重大な健康被害を引き起こす歯周病の早期検出は極めて重要です。しかし従来の方法は、歯周ポケットの深さを測定したり、レントゲンで歯と周囲の骨を撮影したり、PCR検査[用語2]で原因菌を特定するなど、いずれも専門的な技術を要し、高価かつ複雑でした。

研究成果

本研究では、歯周ポケットにたまる歯肉溝滲出液を簡便に採取し、歯周病に伴う代謝物を高感度で分析することで、歯周病の状態を安価に早期検出できることを実証しました。

具体的には、歯周ポケットに小さな紙片(ペリオペーパー)を挿入し、そこに付着した歯肉溝滲出液中の歯周病関連バイオマーカー分子を、複数の対象物質を同時に測定できるラマン分光法[用語3]で解析しました。ペリオペーパーには、安価で極薄かつ柔軟であり、さまざまな表面に貼り付け可能な銀ナノメッシュ製の表面増強ラマン散乱分光(SERS)[用語4]基板[参考文献2]を組み込んでいます。これにより、バイオマーカー分子を高感度に測定・分析することが可能となりました。

その結果、歯周ポケットが2 mmから10 mmへ深くなるにつれて、尿酸[用語5]の濃度が約150 μMから20 μMへと低下することが明らかになりました。このように、歯周病の進行度を示す身体的特徴とバイオマーカー分子との関係を定量的に示しました。

図2. 歯周ポケットの深さと尿酸のSERS信号強度・濃度との関係

社会的インパクト

本手法は、銀ナノメッシュを貼付したペリオペーパーを歯周ポケットに挿入するだけで歯肉溝滲出液を簡単に採取でき、前処理を行わずにSERS測定が可能です。そのため、安価かつ容易に検査を実施できます。

現在、国民皆歯科検診の導入が進められている中、このような簡便かつ安価な歯周病の早期検出が実現すれば、早期の口腔管理ヘルスケアや歯周病に関連する全身疾患の予防につながります。さらに、健康長寿の実現に寄与するとともに、生活習慣改善の促進や国民医療費の削減への貢献も期待されます。

今後の展開

今回開発した手法を応用し、歯周病を引き起こす細菌やその他のバイオマーカー分子の高感度検出を目指し、歯周病の状態との関連をさらに明らかにしていきます。さらに、ポータブル型ラマン分光測定装置を用いることで、その場での歯周病早期検出の実現を目指します。なお、本研究で使用した銀ナノメッシュは東京大学発のベンチャー企業LucusLand社が販売を開始しています。

このようにして得られた歯周病検出のデータは、ビッグデータ解析を通じて国民の健康増進に活用されることが期待されます。

付記

本研究は、日本学術振興会 科研費助成事業(24K03303)、文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム」(JPMXS0120330644)、文部科学省 マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM)(JPMXP1223UT1083、JPMXP1224UT1127)、科学技術振興機構 先端国際共同研究推進事業(JPMJAP2316)の支援により実施されました。

参考文献

[1]
Kinane, D. F., Stathopoulou, P. G., and Papapanou, P. N. Rev. Dis. Primers, 2017, 3, 17038
[2]
Kesava Rao, V., Tang, X., Sekine, Y., Egawa, M., Dwivedi, P. K., Kitahama, Y., Yang, W., and Goda, K. Photonics Res., 2024, 5, 2300291

用語説明

[用語1]
バイオマーカー:病気の有無や状態の指標となる項目(血圧、心拍数など)や生体内の物質。
[用語2]
PCR検査:ポリメラーゼ連鎖反応検査の略語で、特定の細菌やウイルスの遺伝子を増幅させることで高感度検出する手法。
[用語3]
ラマン分光法:レーザー光を照射した際に、分子振動を励起したために入射光とは波長が異なる散乱光から、分子構造を解析して分子の種類を同定する分光分析手法。
[用語4]
表面増強ラマン散乱分光(SERS):貴金属の粗い表面に吸着した分子からのラマン散乱光が著しく増強される現象を利用した分光分析手法。
[用語5]
尿酸:プリン体が分解されてできる老廃物で、通常は尿とともに体外へ排出されるが、体内に蓄積すると痛風などの原因となる。

論文情報

掲載誌:
Analytical Chemistry
タイトル:
Sensitive, low-cost, early detection of periodontal disease using surface-enhanced Raman spectroscopy with easy-to-use silver nanomesh-coated periopaper
著者:
Yumeng Jiang, Ryosuke Yanagida, Mitsuko Saito, Yoko Wakasugi, Yujin Ohsugi, Jun-Yu Dong, Sayaka Katagiri, Koichiro Matsuo, Shin Konno, Yasutaka Kitahama, Haruka Tohara, Keisuke Goda

研究者プロフィール

戸原 玄 Haruka Tohara

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授
研究分野:高齢者歯科、摂食嚥下リハビリテーション

戸原 玄 Haruka Tohara

柳田 陵介 Ryosuke Yanagida

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 医員
研究分野:高齢者歯科、摂食嚥下リハビリテーション

柳田 陵介 Ryosuke Yanagida

齊藤 美都子 Mitsuko Saito

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 非常勤講師
研究分野:高齢者歯科、摂食嚥下リハビリテーション

齊藤 美都子 Mitsuko Saito

関連リンク

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教授 戸原 玄

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