ポイント
- 日本の料理人において、嚥下調整食への関心は高い一方で、教育機会が不足しているという大きなギャップがあることを明らかにしました。
- 質問紙調査と自由記述の分析により、料理人の関心・実践状況に加え、安全面への不安や創意工夫への意欲といった実態を明らかにしました。
- 料理人への体系的教育と医療・介護分野との連携の重要性を示し、多様な食のニーズに応える食環境の構築に向けた方向性を示しました。
概要
東京科学大学(ScienceTokyo) 医歯学総合研究科 摂食嚥下リハビリテーション学分野の山口浩平講師と戸原玄教授、辻調理師専門学校教育研究センターの山田研センター長らの研究チームは、摂食嚥下障害[用語1]などに配慮した「嚥下調整食[用語2]」に対する、日本の料理人の関心と教育状況の実態を明らかにしました。
118名の料理人を対象とした調査の結果、85%以上の料理人が嚥下調整食に高い関心を示した一方で、十分な教育を受けたと感じている人は30%未満にとどまり、関心と教育の間に大きなギャップがあることが分かりました。さらに、多変量解析の結果、調理経験が長いほど、また嚥下調整食に関する教育機会が少ないほど、関心が低い傾向にあることが明らかになりました。自由記述の分析からは、料理人が食感や風味などの工夫に意欲を示す一方で、誤嚥などの安全面に不安を抱いている実態も示されました。
本研究は、料理人への体系的な教育の充実や医療・介護分野との連携を進めることで、嚥下障害の有無にかかわらず安心して食を楽しめる環境づくりにつながる可能性を示しています。文化や摂食嚥下機能[用語3]などの違いによる多様な食のニーズに応え、「食の楽しみ」を享受できる社会を考えるうえで、重要な基礎知見といえます。
本成果は、2026年4月23日(現地時間)付で、国際学術誌「International Journal of Gastronomy and Food Science 」に掲載されました。
背景
世界的に高齢化が進む中、かんだり飲み込んだりすることが難しくなる「摂食嚥下障害」への対応は、各国が直面する重要な課題となっています。摂食嚥下障害があっても食事を楽しめる環境づくりは、食のニーズが多様化・複雑化する現代社会において、ますます求められています。
料理人は、料理を通じて人々を楽しませ、食の価値を高める専門的な技術を有しており、嚥下調整食の質を向上させ、多様な食のニーズに応える社会を実現する上で重要な役割を担っています。しかし、料理人が嚥下調整食にどの程度の関心を持ち、どの程度の教育を受けているのかといった実態は、これまで十分に調査されてきませんでした。
本研究では、料理人を主な対象として、嚥下調整食に対する関心や教育状況の現状を明らかにすることを目的としました。
研究成果
本研究では、日本の料理人、調理従事者、調理学生など118名を対象に、嚥下調整食に対する関心、教育経験、職場における実践状況などについて質問紙調査を行いました。対象者の多くは飲食店や宿泊施設に勤務する料理人であり、専門分野はフランス料理が最も多く、日本料理、イタリア料理、中華料理など多岐にわたりました。
調査の結果、85%以上の料理人が嚥下調整食に高い関心を示した一方で、十分な教育を受けたと感じている人は30%未満にとどまり、関心と教育機会の間に大きなギャップがあることが明らかになりました。また、職場での対応状況については、食物アレルギーへの対応を行っている料理人が95.7%と極めて高い一方で、嚥下障害への対応経験は50.8%にとどまりました。
さらに、年齢や就業環境、専門分野などの影響を調整した多変量解析の結果、調理経験が長いほど、また嚥下調整食に関する教育機会が少ないほど、関心が低い傾向が認められました。
自由記述の分析からは、料理人が食感や風味、見た目の工夫といった料理としての創造性に強い意欲を示す一方で、誤嚥などの安全面への不安を大きな課題として捉えている実態も明らかになりました。
嚥下調整食に対する関心度
社会的インパクト
本研究は、料理人の嚥下調整食への関心は高い一方で、学ぶ機会が十分に提供されていないという課題を明らかにしました。料理人が体系的な教育機会を得て、医療・リハビリ専門家と連携できるようになれば、安全性に配慮しながら味や見た目も楽しめる食事の提供が可能になり、嚥下障害のある人や高齢者の食の選択肢の拡大にもつながります。
食物アレルギーや生活習慣病への対応など、複雑化する食のニーズが広がる現代において、本研究は、生涯にわたって食を楽しみ続けられる包摂的な食文化を構築するための基礎的知見を提供するものです。
今後の展開
今後は、嚥下調整食に関する知識や調理技術を体系化し、国家資格である調理師[用語4]の教育枠組みを活用しながら、実践につながる学習機会を整備していくことが求められます。
さらに、医療・介護領域で浸透してきた摂食嚥下リハビリテーションにおける多職種連携の文化を基盤として、料理人と医療専門職が協働する体制の構築も重要です。
世界に先駆けて超高齢社会を迎えた日本の制度や実践に基づく取り組みは、高齢化が進む他国にとっても重要なモデルケースになると期待されます。
付記
本研究は、科学研究費助成事業(JP24K20097)の助成を受けて実施されました。
用語説明
- [用語1]
- 摂食嚥下障害:加齢や疾患の影響により、食べ物などを飲み込むことが困難になる状態。
- [用語2]
- 嚥下調整食:摂食嚥下障害のある人が安全に食べられるよう、食べ物のかた さや形、なめらかさなどを調整した食事。
- [用語3]
- 摂食嚥下機能:食べ物や飲み物を口に取り込み、かんで形を整え、安全に飲み込むまでの一連の機能。
- [用語4]
- 調理師:日本では国家資格として位置づけられ、飲食店などで調理に携わる専門職。
論文情報
- 掲載誌:
- International Journal of Gastronomy and Food Science
- タイトル:
- Japanese chefs’ attitudes toward texture-modified diets for dysphagia: an exploratory cross-sectional questionnaire survey
- 著者:
- Kohei Yamaguchi, Tatsuya Noda, Ken Yamada, Chika Takahashi, Chiaki Sakoi, Kanako Yoshimi, Kazuharu Nakagawa, Haruka Tohara
研究者プロフィール
山口 浩平 Kohei Yamaguchi
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 講師
研究分野:摂食嚥下リハビリテーション、高齢者歯科
山田 研 Ken Yamada
学校法人辻料理学館 辻調理師専門学校
教育研究センター センター長
研究分野:調理師教育
戸原 玄 Haruka Tohara
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科
摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授
研究分野:摂食嚥下リハビリテーション、高齢者歯科