ポイント
- 日本全国を対象とした解析で、台風通過後に脳卒中による緊急入院が増えることを確認し、特に出血性脳卒中(脳内出血・くも膜下出血)でリスク上昇が顕著でした。
- 2011〜2021年の全国入院データと気象庁の台風データを組み合わせ、曝露期間と非曝露期間の入院件数を比較し、脳卒中は類型別(出血性/虚血性、さらに脳内出血/くも膜下出血)に細分化して評価しました。
- 気候変動により台風の強度が増す中、台風通過後の健康リスクに対応する地域医療体制の強化が求められます。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 公衆衛生学分野の西村久明助教、藤原武男教授、国際保健医療開発学分野の那波伸敏教授、医療政策情報学分野の伏見清秀教授らの研究チームは、台風通過後に脳卒中による緊急入院のリスクが上昇することを明らかにしました。
台風は日本を含むアジア太平洋地域で最も頻繁に発生する自然災害の一つであり、気候変動の影響を背景に、今後さらに勢力が強まることが予想されています。これまで台風の影響が比較的少なかった地域においても、今後は被害が顕在化していくことが懸念されています。一方で、こうした自然災害の健康影響を明らかにした研究はこれまでほとんど行われておらず、特に脳卒中について、その類型別に台風の影響を評価した研究は世界的にも例がありませんでした。
本研究の結果、台風がない期間と比べて、台風曝露後の期間において脳卒中による緊急入院のリスクが上昇することが示され、特に出血性脳卒中(脳内出血、くも膜下出血)でその傾向が顕著であることが明らかになりました。これらの結果から、今後台風の強度がより強まると予想される中で、脳卒中による健康リスクが高まる可能性が懸念されます。したがって、自然災害に強い地域医療体制を整備することが重要であると考えられます。
本成果は、2025年11月5日付の「Environment International」誌に掲載されました。
背景
台風は、日本を含むアジア太平洋地域で最も頻繁に発生する自然災害の一つであり、気候変動を背景として、今後さらに勢力が強まることが予想されています。それに伴い、台風がより発達した状態で上陸する可能性が指摘されており、これまで台風への曝露が少なかった地域においても、被害が顕在化していくことが懸念されています。
一方で、こうした自然災害の健康影響を明らかにした研究はこれまでほとんど行われていませんでした。特に脳卒中については、その類型別に台風の影響を評価した研究が世界的にも存在していませんでした。
研究成果
本研究では、日本全国における2011年から2021年までの11年間のデータを用い、5月から10月(台風が発生した月)に発生した脳卒中による緊急入院症例を対象として、台風への曝露と緊急入院との関連を分析しました。入院データはDPC(Diagnosis Procedure Combination)データベースから抽出し、台風データは気象庁の情報を使用しました。
さらに、脳卒中の類型によって台風によるリスクが異なる可能性を考慮するため、脳卒中全体を出血性脳卒中と虚血性脳卒中に分けて解析を行いました。また、出血性脳卒中については、脳内出血とくも膜下出血に細分化して解析を行いました。
解析の結果、台風がない期間と比べて、台風曝露当日から6日後までの計7日間にわたり、脳卒中全体による緊急入院のリスクが1.049倍(95%信頼区間:1.012倍-1.087倍)に上昇することが明らかになりました。特に出血性脳卒中ではリスク上昇が顕著で、出血性脳卒中全体で:1.129倍(95%信頼区間:1.073倍-1.187倍)、脳内出血:1.131倍(95%信頼区間:1.063倍-1.204倍)、くも膜下出血:1.094倍(95%信頼区間:0.992倍-1.207倍)、といずれも上昇傾向が示されました。
社会的インパクト
本研究により、脳卒中による緊急入院のリスクは台風通過後に上昇し、特に出血性脳卒中(脳内出血、くも膜下出血)でその傾向が顕著であることが明らかになりました。気候変動に伴い、今後台風の勢力がより強まることが予想される中で、これまで被害が少なかった地域においても、脳卒中リスクが高まる可能性が懸念されます。
また、台風は急激な気圧の低下を伴うことが知られており、既存研究では、気圧低下が血圧上昇を通じて出血性脳卒中のリスク増加に関与する可能性も指摘されています。こうした背景を考えると、台風通過後には脳卒中リスクが高まり得ることに注意が必要であり、気候変動下の健康影響対策として、熱波だけでなく台風などの自然災害も視野に入れた取り組みが求められます。
今後の展開
今後、気候変動により台風の強度がさらに強まることが予想される中で、これまで台風への曝露が少なかった地域でも脳卒中をはじめとする健康影響が顕在化することが懸念されます。台風が急激な気圧変化を伴うことを踏まえると、台風通過後の急性期における健康リスクへの注意喚起も重要です。
医療従事者には、台風通過後の脳卒中リスクや迅速かつ適切な対応について一般住民へ啓発活動を進めることが求められます。また、日々の健康管理の実態を把握し、台風通過後の健康被害を軽減するための地域医療体制を構築していくことが重要であると考えられます。
付記
本研究は、日本学術振興会科研費(JSPS、JP23K19768、20H00040)及び国立研究開発法人科学技術振興機構(JST、JPMJSA2402)と独立行政法人国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の支援を受けて実施しました。
論文情報
- 掲載誌:
- Environment International
- タイトル:
- Association between tropical cyclone exposure and stroke hospitalization: A nationwide time-series analysis in Japan
- 著者:
- Hisaaki Nishimura, Nobutoshi Nawa, Kiyohide Fushimi, Takeo Fujiwara
研究者プロフィール
西村 久明 Hisaaki Nishimura
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 助教
研究分野:公衆衛生学、環境疫学
藤原 武男 Takeo Fujiwara
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 公衆衛生学分野 教授
研究分野:公衆衛生学、疫学(社会疫学、ライフコース疫学)