ポイント
- 母体の歯周炎により、母体の口腔内・腸内細菌叢が変化するとともに、次世代の腸内細菌叢にも変化が生じることを、マウスモデルを用いて明らかにしました。
- 母体歯周炎群から生まれた雄仔マウスでは、自発運動や社会性が低下するとともに、小脳を中心に遺伝子発現やグリア細胞、神経活動に変化が認められました。
- 胎生期の小脳ではDNAメチル化の変化も認められ、母体の慢性歯周炎が、胎生期から出生後にかけて次世代の脳発達や行動に持続的な影響を及ぼす可能性が示されました。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 歯周病学分野の今井千尋医員、岩田隆紀教授、口腔生命医科学分野/国際医工共創研究院 口腔科学センターの片桐さやか教授、同研究科 認知神経生物学分野の上阪直史教授らの研究チームは、母体の歯周炎が次世代の腸内細菌叢や脳機能に及ぼす影響について、マウスモデルを用いて検討しました。
その結果、母体の歯周炎は、母体および次世代の腸内細菌叢に変化をもたらし、雄の仔マウスでは、自発運動や社会性の低下に加え、小脳を中心とした脳機能の変化が認められました。
これらの結果は、母体の慢性歯周炎が、腸内細菌叢の変化と関連しながら、次世代の脳発達や行動に持続的な影響を及ぼす可能性を示すものです。本研究は、母体の口腔の健康と次世代の神経発達との関連を示す新たな基礎的知見を提供するものです(図1)。
本研究は、医歯学総合研究科 総合診療歯科学分野の豊嶋啓汰特任助教、東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 分子遺伝学研究部の廣田朝光准教授らとの共同研究として実施されました。
本成果は、11月3日付(現地時間)の「Journal of Dental Research」誌に掲載されました。
背景
歯周病は、歯周組織の破壊を引き起こす慢性炎症性疾患であり、口腔内にとどまらず、全身の健康状態とも関連することが報告されています。また、母体の歯周炎については、早産や低出生体重などの妊娠転帰との関連も報告されています[参考文献1]。
近年、妊娠中の母体における炎症状態や細菌叢の変化が、胎児の脳発達や出生後の神経機能・行動に影響を及ぼす可能性が注目されています[参考文献2]。
歯周炎では、口腔内の炎症や細菌叢の変化が全身に影響を及ぼし、さらに腸内細菌叢の変化を介して、次世代の脳発達に関与する可能性があります。しかし、慢性母体歯周炎モデルを用いて、母体および次世代の細菌叢、次世代の行動や脳内の分子変化・神経活動、さらに胎生期における変化までを統合的に解析した研究は限られていました。
研究成果
本研究では、母体の慢性歯周炎が次世代の腸内細菌叢や脳機能に及ぼす影響を明らかにするため、C57BL/6J雌マウスの上顎第二臼歯に絹糸を結紮(けっさつ)し、4週間維持することで歯周炎モデルを作製しました。その後、健常な雄マウスと交配し、母体の口腔内・腸内細菌叢および雄の仔マウスの腸内細菌叢を16S rRNA遺伝子解析[用語1]により評価しました。また、成長後の雄の仔マウスを対象に行動解析を行うとともに、小脳および前頭皮質における遺伝子発現、グリア細胞、神経活動を解析しました。さらに、胎生18.5日の雄性胎仔の小脳を用いて、胎生期における遺伝子発現およびDNAメチル化[用語2]の変化を検討しました。
解析の結果、母体歯周炎群では、母体の口腔内細菌叢の多様性が低下し、腸内細菌叢の構成にも変化が認められました。さらに、母体歯周炎群から生まれた仔マウスにおいても、腸内細菌叢の多様性が低下し、その構成は対照群とは異なっていました。
行動解析では、母体歯周炎群から生まれた雄の仔マウスにおいて、自発運動および社会的関心の低下が認められました。一方、運動協調、記憶、ストレス関連行動には明らかな変化は認められませんでした。これらの結果から、母体歯周炎の影響はすべての行動機能に広く及ぶのではなく、社会性や自発運動に比較的選択的に現れることが示されました(図2)。
脳機能解析では、特に小脳において遺伝子発現パターンが大きく変化しており、小脳が母体歯周炎の影響を受けやすい脳領域である可能性が示されました。また、小脳および前頭皮質ではアストロサイト[用語3]数の増加が認められましたが、オリゴデンドロサイトおよびミクログリアには明らかな変化は認められませんでした。
さらに、覚醒下でのin vivoカルシウムイメージング[用語4]により、小脳のプルキンエ細胞[用語5]では、個々の細胞の活動強度や頻度には大きな変化がない一方で、細胞間の活動の同期性が低下していることが明らかになりました。この結果は、母体歯周炎が神経細胞単体の活動量ではなく、神経細胞間の協調的な活動パターンに影響を及ぼす可能性を示しています(図3)。
胎生期の小脳では、遺伝子発現の変化は限定的でしたが、複数の遺伝子領域でDNAメチル化の変化が検出されました。これらの結果から、母体の慢性歯周炎が、胎生期から出生後にかけて、次世代の脳に分子・細胞・神経活動・行動の各レベルで持続的な影響を及ぼす可能性が示されました。
社会的インパクト
妊娠期の健康管理では、栄養、感染症、生活習慣などが重視されてきましたが、口腔内の慢性炎症が次世代の脳発達にどのように関与するかについては、十分に解明されていません。本研究は、母体の歯周炎が、母体および次世代の細菌叢の変化と関連しながら、次世代の脳機能や行動に影響を及ぼす可能性を示しました。
本研究はマウスを用いた基礎研究であり、ヒトにおける因果関係を直接示すものではありません。しかし、本研究の成果は、妊娠前から妊娠期にかけて口腔の健康を良好に保つことが、母体自身の健康だけでなく、次世代の発達環境を考えるうえでも重要である可能性を示唆しています。
本研究を契機として、妊娠を希望する人や妊娠中の人に対して、歯科受診や歯周病予防の重要性への理解が広がり、将来的には、医科歯科連携による母子保健や予防医療の充実につながることが期待されます。
今後の展開
本研究では雄の仔マウスのみを対象としたため、今後は雌の仔マウスも対象とし、性差について検討する必要があります。また、母体の歯周炎がどのような経路を介して仔の脳や腸内細菌叢に影響を及ぼすのかについては、まだ明らかになっていません。母体から仔への細菌の伝播、胎盤を介した影響、出生後の接触、母乳中の成分など、複数の経路について、それぞれの影響を切り分けて検討する必要があります。
今後は、歯周病治療によってこれらの変化を予防または改善できるかを検証するとともに、細菌叢、代謝物、エピジェネティクス、神経回路の相互関係を解析し、母体の口腔の健康と次世代の神経発達をつなぐ分子機構の解明を目指します。
付記
本研究は、JSPS 科学研究費助成事業(JP22H05093、JP25K02375、JP24K02619、JP24KK0289)、LOTTE Foundation、JST 創発的研究支援事業(JPMJFR200J)、JSPS 特別研究員奨励費(DC2、JP24KJ0993)、Clinical Scientist(CS)Training Support Program、および TMDU WISE Program の支援を受けて実施されました。
参考文献
- [参考文献1]
- Sanz, M. and K. Kornman, Periodontitis and adverse pregnancy outcomes: consensus report of the Joint EFP/AAP Workshop on Periodontitis and Systemic Diseases. J Clin Periodontol, 2013. 40 Suppl 14: p. S164-9. / J Periodontol, 2013. 84(4 Suppl): p. S164-9.
- [参考文献2]
- Han, V.X., et al., Maternal acute and chronic inflammation in pregnancy is associated with common neurodevelopmental disorders: a systematic review. Transl Psychiatry, 2021. 11(1): p. 71.
用語説明
- [用語1]
- 16S rRNA遺伝子解析:細菌が持つ16S rRNA遺伝子の配列を調べ、試料中にどのような細菌が存在するか、またその構成を解析する方法。
- [用語2]
- DNAメチル化:DNAを構成する塩基にメチル基が付加されるエピジェネティックな修飾。DNAの配列自体を変えることなく、遺伝子の働きを調節する仕組みの1つ。
- [用語3]
- アストロサイト:脳内に存在するグリア細胞の一種で、神経細胞の働きを支えたり、脳内の環境を維持したりする役割を担う細胞。
- [用語4]
- in vivoカルシウムイメージング:生きた動物の神経細胞内で生じるカルシウム濃度の変化を捉えることで、神経活動を観察する方法。
- [用語5]
- プルキンエ細胞:小脳に存在する神経細胞の一種で、小脳における情報処理や運動の制御などに重要な役割を果たす。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Dental Research
- タイトル:
- Effects of Maternal Ligature-Induced Periodontitis on Brain in Offspring
- 著者:
- Chihiro Imai, Yujin Ohsugi, Peiya Lin, Keita Toyoshima, Tomomitsu Hirota, Mariko Sekiguchi, Takahiko Shiba, Takanori Iwata, Naofumi Uesaka, Sayaka Katagiri
研究者プロフィール
今井 千尋 Chihiro Imai
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 医員
研究分野:口腔科学、歯周治療系歯学
岩田 隆紀 Takanori Iwata
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 教授
研究分野:歯周治療系歯学、再生医用工学・再生歯学
上阪 直史 Naofumi Uesaka
東京科学大学 医歯学総合研究科 認知神経生物学分野 教授
研究分野:認知神経生物学
片桐 さやか Sayaka Katagiri
東京科学大学 医歯学総合研究科 口腔生命医科学分野 教授
研究分野:口腔科学
関連リンク
お問い合わせ
東京科学大学 医歯学総合研究科 口腔生命医科学分野
教授 片桐 さやか
- katagiri.peri@tmd.ac.jp
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東京科学大学 医歯学総合研究科 認知神経生物学分野
教授 上阪 直史
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