ポイント
- 過大な咬合力(外傷性咬合)は歯周病の直接的な原因ではないが、悪化させる修飾因子とみなされてきましたが、その分子レベルでの作用機序はこれまで明らかではありませんでした。
- 外傷性咬合が歯周炎に加わると、骨組織で炎症・骨代謝関連遺伝子の発現が顕著に上昇することを明らかにしました。
- 外傷性咬合単独では骨吸収が生じず、歯周炎を悪化させる「修飾因子」であることがモデルマウスで明確に示されました。
- 本研究は、外傷性咬合が歯周炎を悪化させる分子基盤を初めて示したものであり、歯周病治療における咬合調整の意義を科学的に裏付ける知見となることが期待されます。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 歯周病学分野の土谷洋輔助教と岩田隆紀教授、ならびに同大学 医歯学総合研究科 口腔生命医科学分野/国際医工共創研究院 口腔科学センター 口腔全身健康部門の大杉勇人助教、片桐さやか教授、東京慈恵会医科大学 総合医科学研究センター 分子遺伝学研究部の廣田朝光准教授らの研究チームは、歯周炎モデルマウスおよび外傷性咬合[用語1]モデルマウスを作製し、対照群、歯周炎群、外傷性咬合群、歯周炎+外傷性咬合群の4群を対象として、歯周炎発症早期の歯周組織における遺伝子発現変化をトランスクリプトーム解析により解明することを試みました。
その結果、歯周炎群および歯周炎+外傷性咬合群の歯肉、歯槽骨、歯根膜において、多数の発現変動遺伝子が認められました。特に、歯周炎群と歯周炎+外傷性咬合群を比較すると、骨における遺伝子発現変動が著明であり、多くの炎症関連遺伝子および骨代謝関連遺伝子群の発現が上昇していることを明らかにしました。一方、外傷性咬合単独では明らかな骨吸収は認められず、長期間作用させても大きな変化は生じませんでした。これらの結果から、外傷性咬合は単独では骨吸収の原因とはならないことが示唆されました(図1)。
本研究は、歯周炎モデルおよび外傷性咬合モデルの歯肉、歯槽骨、歯根膜を対象に網羅的な遺伝子解析を行った初めての研究であり、これまで不明であった外傷性咬合による歯周炎悪化の分子メカニズムの解明に寄与することが期待されます。
本成果は、3月26日付(現地時間)の「Journal of Clinical Periodontology 」誌に掲載されました。
背景
歯周病は、プラークを起因とする慢性炎症により、歯槽骨吸収をはじめとした歯周組織の破壊をきたす疾患です。歯周病と外傷力との関係については、かねてより議論されており、近年では「過大な咬合力は歯周病の直接的な原因にはならないが、歯周病を悪化させる修飾因子である」とする説が強く支持されています。しかし、その根拠は1980年代に実施された中型動物実験による知見が中心であり、分子生物学的な詳細なメカニズムは明らかになっていませんでした[参考文献1]。
研究成果
6-0絹糸を結紮することで歯周組織の細菌叢変化と炎症を惹起し、歯槽骨吸収を生じさせる歯周炎モデルマウスと、マウス上顎第二臼歯の咬合面にコンポジットレジンを築成することで過剰な咬合力を付与する外傷性咬合モデルマウスを作製しました。これらを対照群、歯周炎群、外傷性咬合群、歯周炎+外傷性咬合群の4群に分類し、検討を行いました。
処置から1週間後、歯周炎+外傷性咬合群では、歯周炎群と比較してより重度の骨吸収像が認められました。一方、外傷性咬合群では、対照群と同様に骨吸収像は認められませんでした(図2)。
さらに、モデルマウス作製3日後に4群それぞれの歯肉、骨、歯根膜を採取し、トランスクリプトーム解析[用語2]を行いました。その結果、歯根膜では外傷性咬合単独でも多くの発現変動遺伝子(DEGs)が認められました。しかし、歯周炎群と歯周炎+外傷性咬合群に共通するDEGsは歯根膜では少なかった一方で、骨では多数認められ、炎症および骨代謝に関連する遺伝子の発現上昇が確認されました(図3)。
また、歯周炎群と比較した歯周炎+外傷性咬合群の骨組織では、Gene set enrichment analysis[用語3]において、TNF-α signaling via NF-κBおよびinflammatory responseに関連する遺伝子群の発現上昇が認められ、歯周炎に外傷性咬合が加わることで歯槽骨における炎症がより増強されることが示唆されました。一方、破骨細胞分化を抑制的に調節するinterferon-γ response 関連遺伝子群は発現が低下していました。
さらに、8週間にわたり長期的に外傷性咬合を付与しても骨吸収は認められず、外傷性咬合単独では歯槽骨吸収の原因とはならないことが示されました(図4)。
社会的インパクト
歯科臨床においては、咬合性外傷[用語4]による歯周炎の悪化が疑われる場面がしばしば見受けられる一方で、咬合治療が歯周治療に有効であることを示す明確なエビデンスは十分とはいえません。
外傷性咬合による骨吸収進行のメカニズムが明らかになることで、歯周病治療における咬合調整の有効性に関する科学的根拠の確立につながることが期待されます。また、口腔機能とメカニカルストレスは密接に関係しており、力を基軸とした口腔機能の恒常性維持機構の解明にも貢献することが期待されます。
今後の展開
本研究から、外傷性咬合が歯槽骨における遺伝子発現変化を調節し、歯周炎の悪化に寄与する可能性が示唆されました。しかし、どのような方向や強さの力が歯周炎悪化に重要であるのかについては、なお議論の余地があります。
本研究を足掛かりとして、より解像度の高い咬合力と歯周炎との関係の解明が期待されます。さらに、咬合治療の臨床的エビデンスの確立に貢献するとともに、歯周組織の安定化を通じた歯の保存および健康寿命の延伸に寄与することが期待されます。
付記
本研究は、文部科学省科学研究費(20K23020、21K16984、23K16017)の支援を受けて行われました。
参考文献
- [参考文献1]
- Fan, J., & Caton, J. G. (2018). Occlusal trauma and excessive occlusal forces: Narrative review, case definitions, and diagnostic considerations. J Clin Periodontol, 45 Suppl 20, S199-S206. doi:10.1111/jcpe.12949
用語説明
- [用語1]
- 外傷性咬合:歯や歯周組織に過剰な力がかかる異常な咬合状態のこと。
- [用語2]
- トランスクリプトーム解析:ある細胞・組織・個体において、ある時点・条件下で発現しているRNA全体(transcriptome)を網羅的に調べる解析手法。
- [用語3]
- Gene set enrichment analysis:特定の機能を持つ遺伝子群が、ある条件下で統計的に有意な発現変動を示すかどうかを評価する計算手法。
- [用語4]
- 咬合性外傷:外傷性咬合によって引き起こされる歯周組織の破壊を指す。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Clinical Periodontology
- タイトル:
- Traumatic occlusion exacerbates bone resorption by modifying gene expression in the bone tissue of ligature-induced periodontitis in mice
- 著者:
- Yosuke Tsuchiya, Yujin Ohsugi, Tomomitsu Hirota, Yohei Hayashi, Peiya Lin, Yuta Tsukahara, Takanori Iwata and Sayaka Katagiri
- DOI:
- 10.1111/jcpe.70112
研究者プロフィール
土谷 洋輔 Yosuke Tsuchiya
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 助教
研究分野:歯周治療系歯学
大杉 勇人 Yujin Ohsugi
東京科学大学 医歯学総合研究科 口腔生命医科学分野 助教
国際医工共創研究院 口腔科学センター 口腔全身健康部門
研究分野: 口腔科学、歯周光線治療学
岩田 隆紀 Takanori Iwata
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 教授
研究分野:歯周治療系歯学、再生医用工学・再生歯学
片桐 さやか Sayaka Katagiri
東京科学大学 医歯学総合研究科 口腔生命医科学分野 教授
国際医工共創研究院 口腔科学センター 口腔全身健康部門 部門長
研究分野:口腔科学
関連リンク
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東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野
助教 土谷 洋輔
- tsuchiya.peri@tmd.ac.jp
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