加速器の小型化で医療・産業の課題に取り組む―林﨑規託
Science Tokyo Faces:顔 vol. 008
医工連携で現場の真のニーズに応える
兵庫県 播磨科学公園都市のSPring-8や、欧州原子核研究機構(CERN)が有するスイス・フランスの国境にまたがる巨大加速器は、その全長が数キロから数十キロにおよび、素粒子の謎や宇宙の解明といった最先端の研究から産業への応用に利用されています。この加速器を「小型化」「可搬化(持ち運び)」することにより、放射線治療や社会インフラの非破壊検査など、医療、産業分野での利用範囲が飛躍的に広がることが期待されます。総合研究院所属 Future Intelligence Visionary Initiative担当の林﨑規託教授は、大学院生の時代から一貫して加速器の小型化の研究・開発に取り組み、全長数メートル程度の小型加速器を開発し、企業や医療との連携を加速させています。
加速器を小型化できれば放射線治療はより身近なものに
「加速器は、電子や陽子、イオンといった電気を帯びた粒子を、電場や磁場を使って光の速さ近くまで加速させる装置です。加速器は“巨大な顕微鏡”とも呼ばれるように、もともと物質を構成している原子や原子核の内部構造を調べるための基礎研究用の装置として発展してきました。原子核など小さなものを観測するには、非常に高いエネルギーの電気を帯びた量子ビームを対象物に当てる必要があります。そして、高エネルギーを作り出すには、装置を大型化する必要があるのです。一方で、現在私が取り組んでいるのは小型の加速器の研究開発です。医療や産業などの応用分野で利用するには、加速器の小型化や可搬化が不可欠だからです」林﨑はこう語ります。
加速器で生成できる量子ビームには、電子線、陽子(水素イオン)線、重粒子(重イオン)線、中性子線、X線などがあります。電子線は照射物の表面付近で止まりやすいため、プラスチックの性能向上や半導体シリコンウェハの電気特性の改善などに利用されています。陽子線や重粒子線は物質内部のねらった位置に集中的にエネルギーを与えられるため、がん治療などに利用されています。中性子線は医療分野のほか、橋りょうなど社会インフラの非破壊検査への応用が進められています。なかでもX線は最も身近な放射線で、健康診断やCT検査、がん治療、空港保安検査などに用いられています。
「たとえば、手術、薬物療法と並ぶがんの三大治療法のひとつである放射線治療では、X線や粒子線をがん細胞に照射してそのDNAを破壊し、腫瘍を縮小、死滅させます。X線は金属ターゲットに電子ビームを高速でぶつけることで発生させるのですが、この電子を加速するのが小型加速器です。現在、放射線治療を受けることができる病院は限られますが、加速器をさらに小型化できれば放射線治療はより身近なものになるはずです」
老朽化が進む社会インフラの非破壊検査を実現
中性子線は、物質内部まで入り込めることから、橋りょうなどの社会インフラを破壊せずに内部の劣化状況を検査することが可能です。林﨑研究室が小型加速器のさらなる小型化と可搬化に向けて長年にわたり取り組んできたのが、理化学研究所と共同で研究開発を進めている「理研小型中性子源システム:RANS(ランズ)(※)」シリーズです。RANSはその名の通り、中性子線を発生させる装置です。中性子線を発生させる加速器施設としては国内では茨城県東海村にあるJ-PARC(大強度陽子加速器施設)が代表的ですが、RANS初号機はJ-PARCよりも手軽な装置を目指して開発され、2013年に稼働を開始しました。
中性子は電気的に中性のため、加速器を使って加速させることができません。そのため、まず加速器により陽子を加速させ、その陽子線をベリリウムやリチウムなどの金属ターゲットに衝突させます。それにより原子核反応が起こり、中性子が飛び出します。RANSシリーズはこの仕組みを利用しています。
「RANS初号機では陽子の加速に海外製の加速器が使用されています。しかし、加速器の国産化を進めることとし、2019年に稼働を開始したのがRANS-Ⅱです。RANS-Iには、理研と共同開発した国産の加速器が導入されており、システム全長を5メートルまで小型化しました。それにより、初号機に比べて装置全体の長さは3分の1に、加速器の重量は2分の1になりました」
さらに、2025年12月にプレスリリースされたRANS-Ⅲでは、「現場に持ち込める中性子源」を目指してトレーラーに搭載した可搬型の装置を実現させました。
- 理研小型中性子源システムRANS(ランズ):理研が開発し、社会実装を進めている普及型の小型中性子源システムで、2013年に初号機が稼働を開始した。J-PARCに代表される大型中性子源より手軽な装置として、中性子線利用に適した金属材料や軽元素を扱うものづくり現場への普及を目指している。RANSは、RIKEN Accelerator-driven compact Neutron Sourceの略。
(プレスリリース:可搬型小型中性子源システムRANS-Ⅲ中性子発生成功|Science Tokyoニュース)
「2012年の笹子トンネル天井板落下事故を契機に、道路の老朽化対策が深刻な社会問題となりました。日本全国には70万以上の道路橋が存在しますが、高度経済成長期に建設された橋りょうの老朽化が進んでいます。それに対し、中性子線はコンクリート内部の水分や劣化の状況を非破壊検査できるので、小型加速器の活躍が期待されています。RANS-Ⅲでは、屋外へ小型加速器中性子源を持ち出し、現場で橋りょうを非破壊検査することを目標ビジョンとして、さらなる小型化と可搬化に挑戦しました」
可搬化の鍵となったのが、陽子を加速するために使う高周波電場の技術でした。運転周波数を高くすると加速装置を小さくできるため、小型化につながります。一方で、高周波数化により、装置の設計や加工精度への要求度が高まります。しかし林﨑研究室では、RANS-Ⅱで200 MHzだった周波数を、RANS-Ⅲでは500 MHzへと高周波数化することに成功しました。さらに、イオン源の部分では、従来使われていた電磁石を冷却水不要の小型永久磁石に置き換えて、省電力化と小型化の両方を実現しました。このような細かい技術や工夫の積み重ねにより、目標を達成したのです。
(プレスリリース:可搬型小型中性子源システムRANS-Ⅲ中性子発生成功|Science Tokyoニュース)
この研究開発の背景には法律の規制緩和があります。放射性同位元素等の規制に関する法律において、橋りょうや橋脚の非破壊検査については、加速粒子のエネルギーが4MeV未満などの条件を満たせば、屋内での許可を得た放射線発生装置(加速器)を屋外に持ち出すことができるようになっています。2025年12月、可搬型のRANS-Ⅲの社会実装が実現しました。今後は橋りょうなどのインフラの老朽化対策に向けて活躍が期待されます。
次世代の小型加速器の開発も
林﨑研究室では、加速器の小型化や可搬化以外にも、民間企業と共同で重粒子線治療用入射器の研究開発にも取り組んでいます。このシステムに採用されているのが、林﨑らが考案した「三体構造四重極型加速器」の特許技術です。従来常識とされてきたロウ付けや電子ビーム溶接などの熱加工をなくし、無酸素銅から加速電極を削り出した精度を保持したまま、優れた電気的性能を短工期かつ低コストで実現できるという。実は、RANS-ⅡおよびⅢにも同じ特許技術が採用されています。また、林﨑研究室では次世代の加速器技術として複数の重イオン線を同時に加速できるマルチビーム型加速器の開発にも成功しています。
新研究体制「Visionary Initiatives(VI)」の導入で加速する医工連携
林﨑は医療分野への応用にも積極的に取り組んできました。代表的なテーマの1つが、病院内に設置可能な小型加速器を用いた「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)システム」の開発です。BNCTは新たながん治療法の1つで、がん細胞に集積する薬剤を患者に投与し、そこに中性子線を照射することで、がん細胞だけを破壊するというもので、現在行われているX線治療よりもピンポイントで効果的にがん細胞を破壊できる治療法です。日本では、2020年にホウ素薬剤とBNCT用加速器システムが薬機承認され、頭頸部がんを対象に保険診療が始まりました。
(プレスリリース:加速器BNCT用液体リチウムターゲットを開発-都市部病院に設置可能な小型照射システムにめど-|旧・東京工業大学)
林﨑は、2012年にBNCTに利用可能な液体リチウム型中性子発生ターゲットの開発に成功しましたが、旧東京工業大学には医学部がなかったため、加速器も含めた臨床装置まで発展させられなかったと悔しがります。
しかし現在は、旧東京医科歯科大学との統合により、医工連携が全学を挙げて進められています。加えて、2025年度からは新研究体制「Visionary Initiatives(VI:ビジョナリーイニシアティブ)」が全学に導入され、研究体制を分野縦割り型から分野横断型へと変革する仕組みができました。「VIにより、医工連携をはじめ、分野間の連携が全学規模で進んでいます。VIは現在8つ定められており、私が担当するFuture Intelligenceでは、目指す未来像『知の探究と進化を通して、知性が拓く未来の社会システムを創造する』の下、330名の教員が分野を超えて結集しています。この新しい研究体制ができたことで、医歯学系の研究者とも積極的に共同研究ができるようになり、研究開発がよりスムーズになりました」と林﨑は話します。
そして、次のように続けます。「医歯学系の研究者は臨床現場の課題を認識していても、多くの場合、技術的に解決する手段を持ちあわせていません。一方、我々理工学系の研究者は技術は持っていますが、臨床現場の課題を認識できていません。互いに補い合うことで初めて真の社会のニーズに応えることができます。私の研究室の学生たちも医工連携への関心が高く、社会に役立つ加速器を研究したいという頼もしい声が増えています」
実際、林﨑は東京科学大学病院の放射線治療科の吉村亮一教授と共同で、「次世代小線源治療技術」の研究開発を進めています。従来の小線源治療は、放射線を出す小さなカプセル(放射線源)やニードルを体内のがん細胞に直接挿入し、がん細胞の近くから放射線を照射するという治療法です。しかし、常に放射線を出し続けている放射線源を医師が直接扱う必要があり、放射線被ばくや安全管理面で課題があります。
一方、現在研究開発中の「次世代小線源治療」は、放射線源を極小加速器(X線発生装置)に置き換えて、必要な時だけ放射線を発生させるというものです。これにより、安全性向上や放射線管理の容易化が期待されます。また、欧米で先行している海外製の装置は日本人の体格に合わないケースがあることから、林﨑は日本人の体格に適した小型の国産装置の研究開発を進めています。
人との出会いを大切にすることで道は拓ける
林﨑が加速器の研究者を目指したきっかけは学生時代にさかのぼります。当時、法政大学工学部電気工学科の学部3年生だった林﨑は、理化学研究所の仁科加速器科学研究センターで実際の加速器を見学する機会に恵まれました。子どもの頃から鉄道好きだった林﨑は、「加速器のビームラインが分岐していく様子が鉄道の線路が分岐していく様子と重なり、一瞬で魅了されました」と振り返ります。
そして、学部卒業後は旧東京工業大学大学院理工学研究科原子核工学専攻に進み、加速器の研究開発に没頭しました。博士後期課程修了後は高エネルギー加速器研究機構(KEK)に所属し、タイミング良くJ-PARCの開発プロジェクトに関わることとなったのです。その後、旧東京工業大学に戻り、以来一貫して加速器の研究開発を続けてきました。
加速器研究を取り巻く環境は厳しさを増しています。特に陽子や重イオンは電子に比べて格段に重いため、加速器が大型化しやすく、大きな実験室や電源を必要とします。「現在、国内でイオン加速器を研究開発できる大学はほとんどありません。そのなかでも次世代の小型イオン加速器の研究開発に取り組んでいる大学は私の研究室ぐらいです」と林﨑は話します。
一方で、医療や産業分野での加速器へのニーズは依然として高いため、林﨑のもとへは、企業や研究機関からの相談が後を絶たないといいます。「加速器を利用したいと考える企業や研究者は多いものの、導入のハードルが高いため、簡単には活用できないのが現状です。そのため、将来的には、事前にトレーニングを受けた人であれば、ボタン操作だけで自動運転できるような小型加速器を実現したいと考えています」
最後に、研究の面白さについて、林﨑は「学生と一緒に新たな技術を生み出したり、学生たちが新しいことに挑戦する姿を見たりすることが何よりの喜び」と語ります。加えて、研究者を目指す方々に向けては、「人との出会いを大切にしてほしい」とメッセージを送ります。自身も理化学研究所やKEK、医療系の研究者との出会いによって、豊かな研究者人生を歩んでくることができたからだといいます。「将来の明確な目標がなくても、目の前のことに打ち込んでいれば、思いがけない出会いがあり、道が拓けることがあります。変化の大きい時代だからこそ、前向きに歩んでほしいですね」
プロフィール
林﨑 規託(Noriyosu Hayashizaki)
総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所
Future Intelligence Visionary Initiative
教授
- 1995年
- 法政大学 工学部 電気工学 卒業
- 1997年
- 東京工業大学 大学院理工学研究科 原子核工学専攻 修士課程 修了
- 2000年
- 東京工業大学 大学院理工学研究科 原子核工学専攻 博士後期課程 修了
- 2000~2001年
- 高エネルギー加速器研究機構 博士研究員
- 2001~2007年
- 東京工業大学 原子炉工学研究所 助手
- 2007~2010年
- 東京工業大学 原子炉工学研究所 助教
- 2010~2018年
- 東京工業大学 原子炉工学研究所 准教授
- 2018~2024年
- 東京工業大学 科学技術創成研究院 教授
- 2024年~現在
- 東京科学大学 総合研究院 ゼロカーボンエネルギー研究所 教授
取材日:2026年4月28日/大岡山キャンパス 大岡山北2号館
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