建築、環境、人を魅力的につなぐ「パッシブデザイン」というアプローチ―村田涼
Science Tokyo Faces:顔 vol. 007
横浜キャンパスの元素戦略MDX研究センターなどに見る実践
私たちの暮らしに欠かせない「建築」。環境に応じた建築はどのように生まれるのでしょうか。そんな問いを軸に歴史や地理と建築の関係を考察しながら、優れた建築の仕組みを研究しているのが、環境・社会理工学院 建築学系 准教授の村田涼です。
村田は、建築を空気のように普段は意識されないけれど欠かせない、自然で心地よい「環境」として捉え、「環境としての建築」について思考し、実践することを大切にしています。その考え方の柱となっているのが、自然の力を活かし、快適さと環境負荷の低減を両立する「パッシブデザイン」という設計手法です。今回は、その思想と、村田が意匠設計を担当した横浜キャンパスの「元素戦略MDX研究センター」や、現在、建築学系の先生方らとともに取り組む「附属科学技術高等学校移転プロジェクト(※)」などについて話を伺いました。
※現在、田町にある東京科学大学附属科学技術高等学校が2027年4月、本学の大岡山キャンパスに移転予定。
「パッシブデザイン」とは何か
「私の建築デザインの中心には、『パッシブデザイン』と呼ばれる方法論があります。パッシブデザインを一言で言うと、壁や屋根、窓といった建物そのもののデザインを工夫して、太陽の光や風の流れといった環境の要素、自然のエネルギーをうまく使ってあげようという方法のことです。それは、建物や都市と環境、そして人とのあいだに、建築デザインによって魅力的な関係をつくるための手法です」。村田は研究テーマをこう話します。
「建築は非常に多くの要素によって構成されています。現代社会では、複雑な物事を個別の要素に分解し、それぞれに対して限定的に対策を立ててしまうことがあります。たとえば、極端な例かもしれませんが『省エネ住宅の実現』という目標が掲げられたとき、ありがちな発想として、エアコンの消費電力を下げるため『窓をできるだけ小さくする』といったことが挙げられます。しかし、それにより、建物の内部空間と周囲の環境が切り離されてしまい、窓を通して感じる太陽の光や風の心地良さなどの側面が失われます。消費電力は下がるかもしれませんが、建物の内部にいる人たちの居心地や五感への刺激が損なわれてしまいます」
それに対しパッシブデザインは、建物や都市と周囲の環境をつなぎ合わせる、つまり「環境に応答する建築デザイン」を考えるための方法論であり、建築デザインを考える上で最も大切にしていることだと村田は説明します。
長く愛される建物の秘密をカリフォルニアで発見
村田とパッシブデザインとの出会いは、村田が東京工業大学の学生だった頃にさかのぼります。当時、所属していた八木幸二教授(現・名誉教授)の研究室で実施していたカリフォルニアのモダニズム住宅の現地調査に行ったことがきっかけです。
「そのときの驚きが強く印象に残りました。住宅はどれも建設されてから半世紀以上も経っているにもかかわらず、居住者たちが皆、住宅を心から愛しており、とても誇らしく思っていることに感動したのです。そして、その理由を知りたいと感じ、自分なりの答えを得ようと問い続ける日々が続きました」と村田は振り返ります。
村田が出した結論は、「単なる建物としての見た目の美しさやかっこよさだけでなく、カリフォルニアという土地の風土や気候、ライフスタイルといった環境にフィットしたデザインだからではないか」ということでした。さらに、建物と環境を統合する手法や思想を調べる中、村田がたどり着いたのが、パッシブデザインという方法論だったのです。
修士課程修了後、村田は、パッシブデザイン研究の日本における第一人者である建築家の小玉祐一郎氏の建築設計事務所「エステック計画研究所」に就職し、パッシブデザインについて、理論と実践の両面から知識と経験を蓄積していきました。その後、2008年に東京工業大学の助教になり、現在に至ります。
パッシブデザインを実践した「元素戦略MDX研究センター」
村田がパッシブデザインを実践した建物の一つが、本学横浜キャンパスの正門にほど近い場所に建っている「元素戦略MDX研究センター」です。この建物は材料に関する新たな研究拠点として2015年3月に竣工したもので、環境・社会理工学院 建築学系の研究者が中心となりプロジェクトが進められました。その中で、村田は意匠設計を担当しました。
(撮影:鳥村鋼一 Koichi Torimura)
通称「元素キューブ」と呼ばれる元素戦略MDX研究センターは、その名の通り、立方体をしており、4つの側面すべてに縦長の窓が全面的に配置され、あたかも元素表のように見えるのが特徴です。村田は立方体にした理由をこう語ります。「立方体は球体の次に、最小の外壁や屋根の面積で最大の室内容積が得られる立体です。そのため、建設コストという経済面においても、省エネ性能という環境面においても最も合理的な形です」
加えて、建物は正門付近に位置するため、立方体は、キャンパスを訪れる人を出迎える建物としてのデザイン性も考慮した結果だったといいます。「建物の敷地と太陽の向きを考えたとき、建物を太陽の向きに合わせようとすると、建物の正面が、正門に対して背や横を向けてしまうことがわかりました。しかし、立方体であれば、前後左右どこから見ても正面にすることができるため、立方体は最適解だと考えたのです」
さらに、東西南北のどの面にも縦長の窓を同じ間隔で配置することで、すべての面が正面になるような印象をもたせました。「しかし、よく見ると1階から最上階に向けて、大きな窓を垂直や水平、斜めに連ねて配置しているのがわかると思います。このような窓の配置は、建物と太陽の向きとの関係や、建物内の部屋の用途に対応したものです。“立方体”と“窓”という建築の根源的な要素がもつ特性を理解し、周囲の環境と応答させることで、『パッシブデザイン』を実現しているのです」
パッシブデザインは温故知新の考え方
村田は、「実はパッシブデザインは、古くから実践されている建築に関する知恵を、現代の建築に展開した、いわば温故知新の考え方です。その典型例が京都の町家です」と語ります。
京都の町家には中庭があり、その周囲を建物がぐるりと囲んだ構造になっています。中庭があることで、建物が密集した都市部にあっても太陽光や風を得ることができます。京都の町家のような建物は世界各地でも見られ、このような建物や塀で囲まれた中庭(コートヤード)をもつ住居のことを「コートハウス(Courtyard house)」と呼びます。
「一方で、私は博士論文に着手したとき、『コートハウスという昔ながらの建築の形でも、いつでもどの場所でも通じる最適解が一つとは限らないのではないか?』という疑問が湧き、戦後の日本のコートハウスの変遷を研究しました。その結果、現代に近づくにつれ、中庭は地上だけに限らず、それぞれの環境に応じて、2階や屋上にもつくられるようになり、かつ、中庭の周囲を完全に囲むのではなく、少しだけ外に開かれたセミ・オープンな形などへも展開していることがわかりました。その研究成果をもとに設計したのが、『Courtyard House A』という作品です。これは、東京の都心部にある住宅で、二連の切妻屋根の建物に中庭と窓という孔をあけたようなパッシブデザインになっています」
(撮影:鈴木淳平 Jumpei Suzuki)
東京科学大学附属科学技術高校の新校舎のポイント
現在、村田が注力しているのが、田町にある東京科学大学附属科学技術高校の大岡山キャンパスへの移転プロジェクトです。移転プロジェクトは、国土交通省の「サステナブル建築物等先導事業(省CO2先導型)」にも採択されており、本学の建築意匠・計画系の研究室からは村田のほか、塚本由晴研究室、斎尾直子研究室が参画しています。
「この附属高校は全国で唯一の国立大学附属の科学技術系高校です。一般科目に加え、応用化学、情報システム、機械システム、電気電子、建築デザインの5つの分野があり、あたかも大学のミニチュア版のような面白さがあります。新校舎の設計に当たっては、大岡山キャンパスの中でも緑が丘地区という樹木と起伏に富んだ自然地形に応答するパッシブデザインを考えました」。
新校舎では、クラスルームや各分野のまわりに「コモン」という縁側やラウンジのようなスペースを多数配置しました。コモンとは、「共有の」といった意味で、少人数のグループ学習など多様な学習形態に応えるものです。5つの専門分野がさまざまなコモンスペースによってつながり、出会い、それによって五感を刺激し合う校舎を目指しています。「高校生の皆さんには、自然と応答するパッシブ(受動的)な環境の中で、専門分野の異なる学生同士がアクティブ(能動的)に刺激し合うというパッシブとアクティブが統合された新校舎でのびのびと勉学に励んでほしいですね」と語ります。
また、2024年に東京医科歯科大学と東京工業大学の統合により誕生した本学は、研究者の学問的区分を超えた医工連携を加速させています。村田は、「たとえば病院でいうと、手術室のような特殊な環境や、衛生面など含めて周りの環境から切り離された場所についてはパッシブデザインを持ち込むのは難しいですが、回復を促すリハビリテーション施設や、ご家族、ご友人がお見舞いに来られた際のリラクゼーションルームなどでは、パッシブデザインを用いてより開かれた居心地のよい空間をつくれると思います。今後、どんなことができるか一緒に考えていきたい」と意欲をのぞかせました。
時間や場所を横断して捉える視点をもつことが重要
現在、村田研究室の学生は30人で、そのうちの約5割が留学生です。村田は「建築はひとりではできないので、まわりとの協働が不可欠です。その時に、自身の固定観念にとらわれすぎず、多様な考えに開かれたマインドを持つことは大事で、留学生の多い研究室のような環境でもそれは大切だろうと思います」と話します。
研究室では、コソボやモロッコ、インド、セネガル、アイスランド、アメリカ、ポルトガル、イタリアといったさまざまな国の国際コンペに参加しています。「多くの国際コンペに参加している中で、設計の最初に必ず行うのが、その土地の気候や文化などのリサーチです。現在、私たちは2025年の東京という場所にいますが、コンペの敷地はまったく違う状況であることの方が多いので、まずはその土地の気候・風土を知り、そこで建築はどうなりたいのかといった思考を巡らせ、毎回試行錯誤しています。これは環境や建築に対しての開かれたマインドを持つことと言えます。私の研究室の学生たちには、本研究室が掲げている『建物や都市と環境との応答』というテーマに対して、常々『今、ここ』だけでなく、『いつかの、どこか』という、時間や場所を横断して捉える視点をもってほしいと願っています」と村田は言います。
また、「DESIGN」という言葉の語源の解釈にもつながるものとして、研究者を目指す若い世代に向けて、次のメッセージを送ってくれました。
「自身の経験上、自分が好きなことに対して常にポジティブな問いを投げかけ続けることが大切だと考えています。問いに対する答えは人それぞれであり、問いかけ続けることで初めて、自分にとって最も重要なエッセンスを見出すことができると思っています。正解はひとつではなく人それぞれであっていいと思います」
プロフィール
村田 涼(Ryo Murata)
環境・社会理工学院 建築学系 准教授
- 1997年
- 東京工業大学 工学部 建築学科 卒業
- 1999年
- 東京工業大学 大学院理工学研究科 建築学専攻(八木幸二研究室)修了
- 1999~2008年
- 株式会社エステック計画研究所 所員
- 2006~2007年
- 有限会社村田靖夫建築研究室 所員
- 2006年~現在
- 秋田県立大学 特別講師
- 2008~2014年
- 東京工業大学 大学院理工学研究科 建築学専攻 助教(安田幸一研究室)
- 2012年
- 博士(工学)取得、東京工業大学
- 2014~2016年
- 東京工業大学 大学院理工学研究科 建築学専攻 准教授
- 2016~2024年
- 東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 准教授
- 2019~2019年
- 国際協力機構 エジプト国・エジプト日本科学技術大学 短期派遣専門家
- 2024年~現在
- 東京科学大学 環境・社会理工学院 建築学系 准教授
取材日:2025年12月16日/田町キャンパス キャンパス・イノベーションセンター(CIC)
この研究をもっと詳しく知るには
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