細胞外小胞が歯周組織の再生を調節する仕組みを解明

2026年9月28日 公開

microRNAによる幹細胞の運命制御を明らかに 歯周炎の新たな無細胞治療へ

ポイント

  • ヒト歯根膜間葉系間質細胞(hPDL-MSC)由来の細胞外小胞(EV)に含まれるmiRNAが、骨芽細胞への分化や細胞増殖など、幹細胞の運命を調節することを明らかにしました。
  • 機能性microRNAであるmiR-181c-5pとlet-7c-3pについて、それぞれの標的遺伝子と下流の分子シグナル経路を同定し、異なる仕組みで細胞の運命を制御することを示しました。
  • マウス歯周炎モデルにおいて、hPDL-MSC由来EVの局所投与が炎症に伴う歯槽骨破壊を抑制することを確認し、歯周組織再生に向けた無細胞治療への応用可能性を示しました。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 医歯学総合研究科 歯周病学分野の岩田隆紀教授、リュウ・アンハオ(劉安豪)非常勤講師、ガオ・ジンイー(Gao Jingyi)大学院生、イェー・イン・カウン・ミィン(Ye Yint Kaung Myint)大学院生らの研究グループは、ヒト歯根膜間葉系間質細胞(human periodontal ligament-derived multipotent mesenchymal stromal cells:hPDL-MSC)[用語1]由来の細胞外小胞(extracellular vesicles:EV)[用語2]が、歯周組織の再生と幹細胞の運命決定をどのように制御するかについて、一連の研究により解析しました。
 その結果、EVの生物学的作用は、EVを分泌する細胞の状態や、EVに含まれる機能性分子によって変化することが分かりました。さらに、EVに含まれるmiR-181c-5pとlet-7c-3pを主要な機能候補microRNA (miRNA)[用語3]として同定し、それぞれの標的遺伝子と下流のシグナル経路を明らかにしました。また、マウス歯周炎モデルにおいて、hPDL-MSC由来EVが炎症性の歯槽骨破壊を抑制することを確認しました。これらの成果は、EVを利用した、より有効な歯周組織の無細胞再生治療の基盤となる知見です。

miR-181c-5pに関する一連の研究成果は、2026年9月23日(現地時間)「Cell Communication and Signaling 」にオンライン公開され、また、let-7c-3pに関する研究成果は、2026年6月2日(現地時間)「Stem Cell Reviews and Reports 」に掲載されました。

背景

歯周炎は、歯肉、歯根膜、歯槽骨、セメント質など、歯を支える組織を破壊する慢性炎症性疾患です。特に重度の歯周炎症例では、現在の治療法だけで正常な歯周組織を安定して再建することは容易ではありません。

hPDL-MSCは、自己複製能、多分化能、免疫調節能を持ち、歯周組織再生における重要な細胞源として研究されてきました。また、hPDL-MSCはさまざまな生理活性因子を分泌し、組織修復に関与しています。その中でもEVは、細胞から放出されるナノメートルサイズの膜小胞で、タンパク質、脂質、RNAなどの生理活性分子を内包し、近傍の細胞に情報を伝達することが知られています。このため、細胞そのものを投与しない「無細胞治療」の担体として注目されています。

一方、EVの組成や機能は、由来する細胞の状態や継代数、培養条件などの影響を受けることが知られています。そこで研究グループは、歯周組織の再生、特に歯槽骨の再建への応用を目指し、異なる状態のhPDL-MSCから採取したEVに含まれるmiRNAを網羅的に解析しました。さらに、機能性miRNAの同定から、その標的遺伝子や下流シグナル、幹細胞の運命決定への影響、マウス歯周炎モデルにおける再生能までを一連の研究で検証しました。

研究成果

1. EVの機能は由来細胞の状態によって変化

研究グループは、複数の独立した供与者から得たhPDL-MSCを用い、異なる細胞状態や培養条件下でEVを回収しました(図1A)。その結果、もともとの骨形成能が高い細胞、継代数が少ない細胞、適切な培養条件下で培養した細胞から得たEVほど、強い骨芽細胞分化誘導能を示しました(図1B)。さらに、miRNAマイクロアレイ解析により、骨形成誘導能の高いEVに内包される機能性miRNAの候補として、miR-181c-5pに着目しました(図1C)。

図1. 研究デザインとhPDL-MSC由来EVの性状・機能評価。
(A)研究デザインの模式図。(B)異なる継代数(P7、P10)および温度条件(37℃、25℃)で得たEVを処理したOsteo_High/Osteo_Low細胞由来EVを投与した際のアリザリンレッドS染色。

2. miR-181c-5pはRNF150-MAP3K5-p38経路を介して骨形成分化を促進

miR-181c-5pはhPDL-MSC由来EVに多く含まれ、候補miRNAの中でも強い骨形成促進作用を示しました(図2A)。また、骨形成誘導の進行に伴って内在性miR-181c-5pの発現量が増加し、miR-181c-5pを過剰発現させると、複数の骨形成関連指標が上昇しました(図2B)。

miR-181c-5pが実際に結合して抑制する標的遺伝子を絞り込むため、研究グループはRIP-seq(RNA免疫沈降シーケンシング)[用語4]を用いて、miRNA誘導サイレンシング複合体(miRISC)[用語5]に取り込まれたmRNAを捕捉しました。さらに、通常のRNA-seqによる遺伝子発現変化の解析結果およびmiRNA結合部位の予測結果と統合して解析しました(図2C)。その後、siRNAによるノックダウンやデュアルルシフェラーゼレポーター解析を行った結果、7つの候補の中からRNF150 を主要な標的遺伝子として同定しました。

図2. hPDL-MSC由来EVに含まれる機能性miRNAの検証とmiR-181c-5pの下流シグナル解析。
(A)異なるmiRNA模倣物をhPDL-MSCに投与した際のアリザリンレッドS染色。(B)hPDL-MSCの骨芽細胞分化過程におけるmiR-181c-5pの発現量。(C)RIP-seqによりmiR-181c-5pの標的遺伝子であるRNF150を同定した模式図。

さらに、タンパク質相互作用予測、免疫沈降、ユビキチン化解析により、E3ユビキチンリガーゼであるRNF150が、p38の上流キナーゼMAP3K5と結合し、MAP3K5のプロテアソーム依存的な分解を促進することが示されました。これらの結果から、miR-181c-5pによるRNF150の抑制がMAP3K5の蓄積とp38のリン酸化・活性化をもたらし、骨形成分化を促進すると考えられます(図3)。

図3. miR-181c-5pが誘導する下流シグナルネットワークの模式図

3.歯周炎モデルでEVによる歯槽骨保護作用を確認

培養細胞で得られた知見と一致して、マウスの結紮誘導性歯周炎モデルにhPDL-MSC由来EVを局所投与すると(図4A)、歯槽骨頂および根分岐部における骨破壊の回復が促進されました。さらに、セメントエナメル境(CEJ)から歯槽骨頂(ABC)までの距離が短縮し(図4B)、炎症所見および破骨細胞活性も低下しました(図4C)。これらの結果は、hPDL-MSC由来EVが、炎症に伴う歯槽骨吸収を抑制する治療法の候補となり得ることを示しています。

図4. マウス歯周炎モデルにおけるhPDL-MSC由来EVの作用検証。
(A)動物実験の模式図。(B)上顎臼歯部の代表的μCT像。EV投与により歯槽骨形態と骨頂の高さ・連続性が回復。

4. let-7c-3pは異なる経路を介して幹細胞の運命を調節

また、上記の研究と並行して、研究グループは、EV由来のlet-7c-3pが細胞増殖、代謝、遊走などに関与し、NT5E/CD73 を介してhPDL-MSCの幹細胞性や増殖能を促進することで、骨芽細胞分化への移行を抑制する機能を明らかにしました(図5)。これらの結果から、EVに含まれる複数のmiRNAが、それぞれ異なる標的分子とシグナル経路を介してhPDL-MSCの運命決定を制御することが示され、EVの機能の多様性と複雑性が明らかになりました。

図5. let-7c-3pの投与がhPDL-MSCの増殖と骨芽細胞分化に及ぼす作用。
(A)MTSアッセイ、スクラッチアッセイならびに細胞計数。(B)let-7c-3pを投与した際のアリザリンレッドS染色。

社会的インパクト

本研究では、hPDL-MSC由来EVに含まれるmiRNAが、幹細胞性の維持や骨芽細胞への分化といった細胞の運命決定に関与することを示し、その分子ネットワークを明らかにしました。これにより、EVの作用を「どのEVを使うか」だけでなく、「EVにどのような機能性分子が含まれ、それらをどのように調整するか」という観点から理解することの重要性が示されました。

今後、異なる機能を持つmiRNAを人為的に調整した多機能EVを作製できれば、由来細胞のばらつきに左右されにくく、機能成分が明確で、より効果的な再生医療用製剤の開発につながる可能性があります。本研究で得られた知見は、歯周組織再生における次世代の無細胞治療の基盤として応用されることが期待されます。

今後の展開

今後は、hPDL-MSC由来EVの有効性を規定する機能性分子の組み合わせや、最適なEV製造条件についてさらに検討するとともに、臨床応用に向けて、治療効果と安全性の検証を段階的に進める予定です。

付記

本研究に基づく結果は特許を出願済みであり、日本学術振興会 科学研究費助成事業「間葉系幹細胞エクソソームによる創傷治癒・抗炎症作用メカニズムの解析」(22H03273、23K24531)およびCell Therapy Technology Inc.の研究支援を受けて実施されました。

用語説明

[用語1]
ヒト歯根膜間葉系幹細胞(hPDL-MSC):歯根膜組織に存在する間葉系幹細胞・間質細胞の集団で、歯周組織の恒常性の維持や再生に重要な役割を担います。
[用語2]
細胞外小胞(extracellular vesicles:EV):細胞から放出されるナノメートルサイズの膜小胞で、タンパク質、脂質、核酸などの生理活性分子を運び、細胞間の情報伝達に関与します。
[用語3]
microRNA(miRNA):約20~24塩基からなる短い非コードRNAです。標的となるmRNAに結合し、タンパク質への翻訳を抑制したり、mRNAの分解を促したりすることで、遺伝子の働きを調節します。
[用語4]
RNA免疫沈降シーケンシング(RIP-seq):細胞内で特定のタンパク質に結合しているRNA分子を網羅的に同定する解析手法です。
[用語5]
miRNA誘導サイレンシング複合体(miRISC):miRNAとAGO2などのタンパク質からなる複合体です。miRNAを介して標的となるmRNAを認識し、タンパク質への翻訳を抑制したり、mRNAの分解を促したりします。

論文情報

<論文1>

掲載誌:
Cell Communication and Signaling
タイトル:
Targetome-defined miR-181c Signaling from Extracellular Vesicles Governs Periodontal MSC Fate via RNF150-MAP3K5
著者:
Jingyi Gao, Anhao Liu, Ye Yint Kaung Myint, Masahiro Hatasa, Supreda Suphanantachat Srithanyarat, Takanori Iwata

<論文2>

掲載誌:
Stem Cell Reviews and Reports
タイトル:
hsa-let-7c-3p Restrains the Proliferation-to-Osteogenesis Transition of Human Periodontal Ligament Mesenchymal Stem/Stromal Cells via NT5E
著者:
Ye Yint Kaung Myint, Anhao Liu, Jingyi Gao, Masahiro Hatasa, Supreda Suphanantachat Srithanyarat, Takanori Iwata

研究者プロフィール

岩田 隆紀 Takanori Iwata

東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 教授
研究分野:歯周病学、再生医用工学、再生歯学

岩田 隆紀 Takanori Iwata

リュウ・アンハオ(劉 安豪)Anhao Liu

東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 非常勤講師
昭和医科大学 歯学部 口腔生化学講座 助教
研究分野:歯周病学、歯周再生、骨代謝、骨免疫

リュウ・アンハオ(劉 安豪)Anhao Liu

ガオ・ジンイー Gao Jingyi

東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 大学院生
研究分野:hPDL-MSC由来EV、miRNA、歯周組織再生

ガオ・ジンイー Gao Jingyi

イェー・イン・カウン・ミィン Ye Yint Kaung Myint

東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 大学院生
研究分野:hPDL-MSC由来EV、miRNA、細胞増殖・分化

イェー・イン・カウン・ミィン Ye Yint Kaung Myint

関連リンク

お問い合わせ

東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野
教授 岩田 隆紀

取材申し込み

東京科学大学 総務企画部 広報課