ポイント
- 歯周炎患者28人の前歯部歯周炎部位から、治療前後で歯肉縁下プラークを採取し、メタトランスクリプトーム解析により細菌叢(さいきんそう)と機能遺伝子の変化を包括的に解析。
- 臨床的に治癒した部位であっても、歯周炎関連の嫌気性菌を含む細菌ネットワークが残存しており、歯周炎既往のない健常部位とは異なる細菌学的状態にあることを解明。
- 治癒群では Neisseria elongata や Rothia aeria といった細菌の関与が示唆された一方、未治癒群ではグリシン分解や細菌接着に関連する機能遺伝子の発現増加が認められ、歯周炎の予後予測や新規治療戦略につながる可能性を示唆。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 歯周病学分野の小林龍太医員、芝多佳彦講師、岩田隆紀教授、生涯口腔保健衛生学分野の竹内康雄教授らの研究チームは、歯周炎患者の前歯部歯肉縁下プラーク[用語1]を対象に、非外科的歯周治療[用語2]の前後でメタトランスクリプトーム解析[用語3]を行い、細菌叢の構造と機能の変化を包括的に解析しました。
その結果、歯周治療後、臨床的に治癒した歯周炎部位であっても、歯周炎に関連する嫌気性菌を含む細菌ネットワーク[用語4]が残存しており、歯周炎の既往のない健常部位とは異なる細菌学的状態にあることが明らかとなりました。すなわち、歯周炎は治療によって見かけ上は改善しても、細菌学的にはその「履歴」が残る可能性が示されました。さらに、治癒した群では Neisseria elongata や Rothia aeria といった細菌らの関与が示唆され、未治癒群ではグリシン分解や細菌接着に関連する機能遺伝子の増加が認められました。
本研究成果は、歯周炎の治癒過程に関わる細菌学的特徴を明らかにしたものであり、今後の予後予測マーカー[用語5]や新規治療戦略の開発につながることが期待されます。
本成果は、2026年4月11日(現地時間)に「ISME Communications 」誌に掲載されました。
背景
歯周炎は、歯肉の炎症と歯槽骨吸収を特徴とする代表的な口腔疾患であり、口腔内細菌叢のバランスの乱れ、すなわちディスバイオーシス[用語6]が発症に関与すると考えられています[参考文献1]。
また、歯周炎では、治療によって症状が改善しても、すべての部位が同様に治癒するわけではなく、治療後も症状が残存する難治性の部位が存在します。しかし、治療後に細菌叢がどの程度健常な状態に回復するのか、また、治癒した部位と治癒しなかった部位の間にどのような違いがあるのかについては、十分に明らかになっていませんでした[参考文献2、3]。
そこで本研究では、治療前後の歯肉縁下プラークを解析し、歯周炎の治癒に関わる細菌学的特徴の解明を目指しました。
研究成果
本研究では、歯周炎患者28人を対象に、前歯部の健常部位、歯肉炎部位、歯周炎部位から歯肉縁下プラークを採取し、非外科的歯周治療の前後で、そこに存在する細菌とその働きを解析しました。さらに、治療後の歯周炎部位を、炎症が残存した未治癒群と、炎症が消失した治癒群に分類して比較しました。
その結果、歯周治療後、臨床的に治癒した歯周炎部位であっても、歯周炎に関連する嫌気性菌を含む細菌ネットワークが残存しており、歯周炎の既往のない健常部位とは異なる細菌学的状態にあることが明らかとなりました。すなわち、歯周炎は治療によって臨床的には改善しても、口腔内細菌ネットワークにはその「履歴」が残る可能性が示されたのです(図1)。
本研究でいう「ネットワーク」とは、細菌同士が同時に増減する関係や、一方の細菌が増えると他方が減少する関係を図式化したものです。今回の解析により、治癒した歯周炎部位においても、健常部位ではみられない嫌気性菌を含む細菌間の関係性が残存していることが示されました。このことは、臨床的には治癒していても、細菌学的には歯周炎既往のない健常な状態とは同一ではないことを意味しています。
さらに、歯周治療後に歯周炎が治癒した群と未治癒群を比較したところ、治癒群では Neisseria elongata や Rothia aeria が多く認められた一方、未治癒群では Bacteroidetes [G-5] sp.や Porphyromonas endodontalis が多く認められました(図2)。
加えて、未治癒群では、グリシン分解[用語7]や細菌接着に関わる機能遺伝子の発現増加も認められました。今回、これらの機能に関与する遺伝子として、glycine dehydrogenase β-subunit や cleaved adhesin domain などが推定され、歯周炎が治癒しにくい状態に関与している可能性が示されました。
また、治癒した群では、依然として歯周炎に関連する細菌が残存していたものの、Neisseria elongata や Rothia aeria といった、歯周炎既往のない健常部位で多く認められる細菌が、歯周炎関連菌と拮抗していることが確認されました。
社会的インパクト
歯周炎は罹患率が高く、全身疾患との関連も指摘されている重要な疾患です。本研究は、歯周治療後に臨床的には治癒したようにみえる部位であっても、細菌ネットワークには歯周炎の「履歴」が残る可能性を示した点に意義があります。
この知見は、歯周炎治療後における定期的なメインテナンスの重要性を支持するものであり、再発予防の観点からも社会的意義の大きい成果といえます。
また、治癒群と未治癒群の間で異なる細菌や機能遺伝子の候補が示されたことで、将来的には、治療後の再発リスク評価や、治癒しやすさを予測する診断法の開発につながる可能性があります。
さらに、こうした細菌や機能に着目することで、従来の治療では十分な改善が得られにくい難治性歯周炎に対する、新たな治療戦略の基盤となることも期待されます。
今後の展開
今回の研究は短期的な解析結果に基づくものであるため、今後は、より多くの患者を対象とした長期的な検証を進めるとともに、歯周炎の治癒や再発に関与する細菌学的因子をさらに明らかにしていく予定です。
さらに、細菌叢と宿主側の応答を統合的に理解することで、歯周炎の予後予測法の開発にとどまらず、従来の治療では十分な改善が得られにくい難治性歯周炎に対する、新たな治療戦略の創出を目指しています。
付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP25K20241、JP22K17089、JP21K16987、JP20K09934)および科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(51BA21K018、51BA216018)の支援を受けて実施されました。
参考文献
- [参考文献1]
- Abusleme L, Hoare A, Hong BY, Diaz PI. Microbial signatures of health, gingivitis, and periodontitis. Periodontology 2000. 2021.
- [参考文献2]
- Nemoto T, Shiba T, Komatsu K, et al. Discrimination of bacterial community structures among healthy, gingivitis, and periodontitis statuses through integrated metatranscriptomic and network analyses. mSystems. 2021.
- [参考文献3]
- Duran-Pinedo AE, Solbiati J, Teles F, Frias-Lopez J. Subgingival host-microbiome metatranscriptomic changes following scaling and root planing in grade II/III periodontitis. J Clin Periodontol. 2023.
用語説明
- [用語1]
- 歯肉縁下プラーク:歯と歯ぐきの境目より深い歯周ポケット内に存在する細菌の塊。歯周炎の発症や進行に深く関与する。
- [用語2]
- 非外科的歯周治療:主にプラークや歯石の除去、歯の表面の滑沢化などにより、歯周ポケット内の原因因子を除去する基本的な治療法。
- [用語3]
- メタトランスクリプトーム解析:試料中に存在する細菌が転写したRNAを網羅的に解析し、その場で実際に活動している細菌や遺伝子機能を調べる手法。
- [用語4]
- 細菌ネットワーク:細菌同士の共存や拮抗などの関係性を、ネットワークとして可視化したもの。
- [用語5]
- 予後予測マーカー:治療後に治癒しやすいか、あるいは再発しやすいかなどを予測するための指標。
- [用語6]
- ディスバイオーシス:本来保たれている細菌叢のバランスが崩れた状態。
- [用語7]
- グリシン分解:細菌がアミノ酸の一種であるグリシンを分解して利用する代謝機構であり、細菌の生存や増殖、病原性に関与する可能性がある。
論文情報
- 掲載誌:
- ISME Communications
- タイトル:
- Metatranscriptomic Insights into Microbial Network Modulation and Pathogen Dynamics Underlying Healing Outcomes in Non-Surgical Periodontal Treatment
- 著者:
- Ryota Kobayashi, Takahiko Shiba, Takahiko Nagai, Keiji Komatsu, Shunsuke Matsumura, Takayasu Watanabe, Takashi Nemoto, Koki Takada, Yasuo Takeuchi, Takanori Iwata
研究者プロフィール
小林 龍太 Ryota Kobayashi
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 医員
研究分野:歯周病学、口腔細菌叢解析、メタトランスクリプトーム解析
芝 多佳彦 Takahiko Shiba
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 講師
研究分野:歯周病学、口腔細菌学、メタトランスクリプトーム解析、細菌ネットワーク解析
竹内 康雄 Yasuo Takeuchi
東京科学大学 医歯学総合研究科 生涯口腔保健衛生学分野 教授
研究分野:歯周病学、口腔細菌学、歯周治療学
岩田 隆紀 Takanori Iwata
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 教授
研究分野:歯周病学、歯周組織再生、再生医療