ポイント
- ポストバイオティクス含有食品の継続摂取により、歯ぐきの炎症(出血)が有意に改善することを確認
- 特定臨床研究・無作為化二重盲検プラセボ対照比較試験により、ヒトにおける有効性を臨床的に実証
- 加熱殺菌乳酸菌を用いた安全で手軽な新しいオーラルケア習慣としての応用に期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 歯周病学分野の岩田隆紀教授、前川祥吾助教、劉安豪非常勤講師らの研究グループは、同大学病院ヘルスサイエンスR&Dセンター石黒めぐみ准教授、大塚製薬株式会社ならびに東京センタークリニックと共同で実施した特定臨床研究[用語1]において、特定の乳酸菌(Lactiplantibacillus pentosus ONRICb0240、以下「ONRICb0240」)を配合した食品を摂取すること(2回/日;6週間継続)により、歯ぐきの炎症、特に歯ぐきからの出血(BOP)が有意に減少することを明らかにしました。
本研究では、製造や管理が難しい生きた菌ではなく、不活化処理を施した加熱殺菌体を使用しており、歯周病の前段階である歯肉炎のケアに活用できる、より手軽で安全な新たな予防の選択肢として期待されます。
本成果は、4月20付(現地時間)の国際学術誌「Journal of Periodontology」に掲載されました。
背景
歯周病は、世界で約35億人が罹患していると言われる、極めて一般的な慢性炎症性疾患です。放置すると歯を失うだけでなく、全身疾患への影響も指摘されています。歯肉炎は、炎症が歯ぐきに限局した初期の歯周病であり、適切なケアによって健康な状態に戻すことができる「可逆的」な段階です。しかし、そのためには毎日の適切な歯磨きを継続することが重要ですが、多くの人にとってそれは容易ではありません。その補助手段としてバクテリアセラピー[用語2]が期待されていますが、安全性やコストの観点から、臨床応用には依然として課題が残っています。
そこで近年注目されているのが「ポストバイオティクス[用語3]」です。これは、加熱死菌など、体に有益な作用をもたらす細菌由来成分を指します。生菌(プロバイオティクス[用語4])に比べて保存性が高く、品質が安定しており、安全性も高いという特徴があります。研究チームは、高い免疫賦活能を持つ乳酸菌「ONRICb0240」[参考文献1-3]に着目し、軽度の歯肉炎症(出血など)がある成人134名のうち、歯肉の炎症に影響する薬剤(消炎鎮痛剤等)を服用した研究参加者18名を除外した116名(有効性解析対象集団)を対象として、無作為化二重盲検プラセボ対照比較試験により、食品として手軽に摂取できる形態でのポストバイオティクス効果を検証しました。
研究成果
歯みがき指導などは一切行わず、研究参加者は普段どおりの生活を維持した上で、乳酸菌「ONRICb0240」(加熱死菌)入り食品、または乳酸菌を含まないプラセボを、1日2回(午前・午後)に各2粒、計4粒を6週間継続して摂取しました。その結果、乳酸菌「ONRICb0240」を含む食品を摂取したグループでは、プラセボ群と比較して以下の有意な改善が認められました。
- 歯ぐきの出血率(BOP)の減少:炎症の指標であるBOPは、開始時の17.6%から6週間後には12.3%へと減少しました。これは相対的に約30%の減少を意味し、プラセボ群と比較して統計的に有意な差が確認されました(図1)。
- 歯肉炎指数の改善:歯科医師の目視による歯ぐきの腫れや赤み、出血の指標(Gingival Index, GI)も、乳酸菌ONRICb0240群において摂取前後で有意に低下しました(図2)。
さらに、事後的な詳細分析により、特に以下の条件に当てはまる参加者では、「ONRICb0240」入り食品の効果がより大きいことが分かりました。
- 標準体型以上の層:BMI値が22以上の研究参加者において、BOPの減少幅がより顕著であり、「ONRICb0240」入り食品による炎症抑制効果がより強く現れる傾向が確認されました。
- 適切なプラークコントロールができている層:歯垢(プラーク)が一定以下に抑えられていたり、歯肉の炎症が強すぎない研究参加者では、「ONRICb0240」入り食品の摂取による炎症改善効果を得られやすい傾向がありました。
- 男性:今回の研究では、男性グループにおいて、「ONRICb0240」入り食品の摂取によるBOPおよびGIの改善が、より強く示されました。
安全性と将来の展望
試験期間中、乳酸菌入り食品に起因する深刻な副作用は報告されておらず、安全性が確認されました。 乳酸菌ONRICb0240由来のポストバイオティクスは、唾液中の免疫物質(IgA)の分泌を促進し、粘膜免疫を強化する可能性が示唆されています。今回の結果は、食品を噛むことによる唾液分泌の促進だけでなく、乳酸菌成分が直接的または間接的に体の「守る力」に働きかけ、歯ぐきの炎症を抑制した可能性を示すものと考えられます。
社会的インパクト
本研究は、特別な歯みがき指導や歯科治療を行わない日常生活下においても、加熱殺菌乳酸菌由来のポストバイオティクスを含む食品の継続摂取により、歯ぐきの出血や炎症の改善が期待できる可能性を示しました。安定性、安全性、取り扱いやすさなどのポストバイオティクスの特性を活かし、毎日の生活に無理なく取り入れやすい食品という形で、より多くの人が継続しやすい新たなオーラルケア習慣の可能性を提示した点に、大きな社会的意義があると考えられます。
今後の展開
本研究により、乳酸菌「ONRICb0240」入り食品の摂取は、日々の歯磨き不足を補完し、歯肉の健康を維持するための簡便かつ有効なセルフケア手段となり得ることが期待されます。将来的な臨床応用や食品開発に向けて、今回のポストバイオティクス効果の詳細なメカニズムの解明を大塚製薬株式会社と共同研究にて現在進めております。
付記
本研究は大塚製薬株式会社が、東京科学大学病院(研究代表医師:岩田隆紀)と医療法人社団知正会東京センタークリニック(研究責任医師:長嶋浩貴)に委託して実施された特定臨床研究です。
参考文献
- [参考文献1]
- Okada S et al. : Flora of lactic acid bacteria in Miang produced in northern Thailand. J Gen Appl Microbiol. 1986; 32: 57-65
- [参考文献2]
- 岸 和正ら. : Lactobacillus plantarum ONRICb0240は健康成人の唾液IgAを高める 日本乳酸菌学会誌 2006; 17: 132-137
- [参考文献3]
- Kotani Y et al. : Oral intake of Lactobacillus pentosus strain b240 accelerates salivary immunoglobulin A secretion in the elderly. Immunity & Ageing. 2010; 7: 11.
用語説明
- [用語1]
- 特定臨床研究:医薬品、医療機器、再生医療等製品などを人に対して用いることで、病気の診断、予防、治療法の改善など、有効性や安全性を明らかにする研究のうち、以下の1. 2.のいずれかを満たすもの。「臨床研究法」という法律を遵守して実施する義務が課せられる。
1. 未承認または適応外の医薬品等を用いて実施する臨床研究
2. 医薬品等製造販業者又はその特殊関係者から研究資金等の提供を受けて実施する臨床研究 - [用語2]
- バクテリアセラピー:ヒト由来の生菌を摂取し、体内の菌のバランスを整えることで、病気の治療や予防を行う医療技術。
- [用語3]
- ポストバイオティクス:加熱死菌など、体に有益な作用をもたらす成分。生菌(プロバイオティクス)に比べて保存性が高く、品質が安定しており、安全性も高い。
- [用語4]
- プロバイオティクス:十分量を摂取したときに、宿主に有益な効果を与える生きた微生物。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Periodontology
- タイトル:
- Consuming heat-inactivated Lactiplantibacillus pentosus ONRICb0240-containing postbiotics reduces gingival inflammation: A double-blind randomized clinical trial
- 著者:
- Anhao Liu, Megumi Ishiguro, Yasuhiro Matsumura, Kyungtak Kwak, Seiichi Shimizu, Keiko Watabe, Hirotaka Nagashima, Shogo Maekawa, Takanori Iwata
- DOI:
- 10.1002/jper.70141
研究者プロフィール
岩田 隆紀 Takanori Iwata
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 教授
研究分野:歯周病学
前川 祥吾 Shogo Maekawa
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 助教
研究分野:歯周病学
劉 安豪 Anhao Liu
東京科学大学 医歯学総合研究科 歯周病学分野 非常勤講師
研究分野:歯周病学