ポイント
- 全ての歯を失った高齢者は、歯が残っている人に比べて、2年後の生物学的年齢が平均0.82歳高くなることを明らかにしました。
- 調査開始時点の生物学的年齢を統計的に調整した分析により、「歯の喪失がその後の老化を加速する可能性」を検証しました。
- 歯の喪失予防を含む口腔保健の推進が、健康長寿の延伸に寄与する公衆衛生戦略となり得ることを示しました。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 歯科公衆衛生学分野の松山祐輔准教授、木内桜助教、相田潤教授の研究グループは、英国の高齢者を対象とした調査のデータを分析し、歯を全て失うことが、その後の生物学的な老化を加速させる要因であることを報告しました。
生物学的年齢は、実年齢(暦年齢)とは異なり、臓器や生理機能の低下を反映する指標です。本研究では、調査開始時点での老化度を統計的に調整した上で解析を行い、全ての歯を失った人は、歯が残っている人に比べて、2年後の生物学的年齢が平均0.82歳高いことを明らかにしました。
本成果は、口腔の健康維持が健康長寿において極めて重要であることを示しており、健康寿命の延伸に向けた新たな知見を提供するものです。
本成果は、2026年2月9日付(現地時間)で、国際学術誌「Journal of Clinical Periodontology 」に掲載されました。
背景
生物学的な老化は、生理的機能の低下をもたらし、疾患への罹患リスクや死亡リスクを高めます。これまで、歯周病などの口腔疾患と生物学的老化との関連については、一時点での調査(横断研究)を中心に報告されてきました。
しかし、「歯の喪失が生物学的老化を早めるのか」、あるいは「老化が進んでいるために歯を失うのか」という因果関係の順序については、十分に検証されていませんでした。歯の喪失は、それまでの累積的な老化の結果である可能性もあるため、因果関係を明らかにするには、調査開始時点の老化度(生物学的年齢)を考慮した縦断的研究が必要とされていました。
研究成果
本研究では、英国の50歳以上の男女を対象とした「English Longitudinal Study of Ageing(ELSA)」のデータ(1,889名)を用いました。生物学的年齢は、心血管系、呼吸器系、代謝系など5つの生理システムを網羅する指標(血圧、肺機能、HbA1c、握力、歩行速度など)を用いて算出しました。
その上で、歯の喪失(無歯顎)と生物学的年齢との関連を縦断的に検証しました。その結果、経済状況や既存の持病、健康習慣などを考慮してもなお、無歯顎の人は、歯が残っている人に比べて、2年後の生物学的年齢が平均0.82歳高い(95%信頼区間[用語1]:0.40–1.24)ことが明らかになりました。
社会的インパクト
世界的に高齢化が進む中、口腔疾患は重要な公衆衛生上の課題となっています。本研究により、歯を失うことは単なる口腔内の問題にとどまらず、全身の生理的老化を促進する可能性が示されました。
今後の展開
本研究の結果は、歯科医療を健康長寿の枠組みに統合することの重要性を示しています。歯の喪失予防に向けた口腔保健の推進は、人々の健康寿命を延伸するための有効な公衆衛生戦略の1つになり得ます。
付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)の科学研究費助成事業(24K02658)の支援を受けて行われました。
用語説明
- [用語1]
- 95%信頼区間:同じ調査を何度も繰り返した場合に、そのうちの95%で真の値を含むと期待される範囲。狭いほど推定精度が高い。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Clinical Periodontology
- タイトル:
- Association of edentulism with subsequent biological age: A cohort study
- 著者:
- Yusuke Matsuyama, Sakura Kiuchi, Jun Aida
- DOI:
- 10.1111/jcpe.70106
研究者プロフィール
松山 祐輔 Yusuke Matsuyama
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 歯科公衆衛生学分野 准教授
研究分野:歯科疫学、公衆衛生学
木内 桜 Sakura Kiuchi
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 歯科公衆衛生学分野 助教
研究分野:歯科疫学、公衆衛生学
相田 潤 Jun Aida
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 歯科公衆衛生学分野 教授
研究分野:歯科疫学、公衆衛生学