ポイント
- 分子触媒と半導体のハイブリッド光触媒では、分子触媒による光の直接吸収が反応効率を低下させることを実験的に解明
- ルテニウム錯体分子触媒の光吸収を抑制する反応条件を設計することで、CO2からギ酸への高効率変換を実現
- 分子触媒と半導体を組み合わせた人工光合成系の新たな設計指針として、高効率CO2資源化技術への展開に期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo)理学院 化学系の仲田竜一大学院生と前田和彦教授らの研究チームは、分子触媒と半導体を組み合わせたハイブリッド光触媒[用語1]において、分子触媒自体が光を吸収することが、かえって反応効率を低下させる主要因になっているという、これまで見過ごされてきた現象を明らかにしました。
二酸化炭素(CO2)を光エネルギーによって有用な化学物質へ変換する人工光合成では、選択率[用語2]が高い分子触媒と光吸収能・耐久性に優れた半導体を組み合わせたハイブリッド光触媒が有望視されています。しかし、こうしたハイブリッド光触媒系では期待されるほど反応効率が向上せず、その根本的な原因は十分に理解されていませんでした。
本研究では、半導体上に固定化したルテニウム錯体分子触媒が光を直接吸収すると、不要な光化学反応が起こって触媒構造が変化し、CO2還元活性が著しく低下することを突き止めました。そこで、ルテニウム錯体分子触媒の表面密度と光強度を精密に制御することで、光吸収を抑制しつつ、半導体のみを効率的に励起する設計を実現しました。その結果、可視光照射下でのCO2変換反応において、CO2をギ酸[用語3]へとほぼ完全に変換する高い選択率(99%以上)と、分子/半導体ハイブリッド光触媒としては世界最高水準のみかけの量子収率[用語4](27.7%)を同時に達成しました。
本成果は、「光触媒にはとにかく光を当てれば良い」という従来の発想を転換し、分子触媒の光吸収を制御することが高効率人工光合成の鍵であることを示した、重要な知見です。
本成果は、2月5日付で「Journal of the American Chemical Society」に掲載され、supplementary coverに選出されました。
背景
CO2を有用な化学物質へと変換する人工光合成は、持続可能な社会の実現に向けた重要な研究課題です。特に、光エネルギーを利用してCO2を還元する光触媒反応では、高い反応効率と生成物選択率の両立が求められています。
この課題に対して、分子触媒として金属錯体[用語5]を用い、それを光吸収体となる半導体と組み合わせた「分子/半導体ハイブリッド光触媒」が注目されてきました[参考文献1、2]。分子触媒は反応機構が明確で選択率に優れているのに対して、半導体は強い光吸収能と安定性を有していることから、両者を組み合わせた高性能な人工光合成系の構築が期待されてきました。
しかしこうしたハイブリッド光触媒系の実際の反応効率は、理論的な可能性に反して伸び悩んでおり、その原因は十分に解明されていませんでした。
研究成果
本研究では、ルテニウム錯体(分子触媒)を銀ナノ粒子担持窒化炭素(半導体)上に固定化したCO2変換用ハイブリッド光触媒について、錯体の吸着量(表面被覆率)および照射光強度を系統的に変化させながら、光化学挙動と光触媒性能の相関を詳細に解析しました。その結果、ルテニウム錯体自体が光を吸収すると、配位子が外れて溶媒分子などと入れ替わる光配位子交換反応[用語6]が進行し、触媒構造が不可逆的に変化することを突き止めました。分光測定による解析から、この構造変化はCO2変換に有効な構造を損ない、光触媒性能の急激な低下を引き起こすことが明らかになりました(図2)。
一方で、ルテニウム錯体の吸着量を高く保ちつつ、低強度の可視光を照射する条件では、ルテニウム錯体による直接的な光吸収が抑制され、光配位子交換反応が効果的に防がれることが分かりました(図3)。この条件下では、半導体が主に光を吸収して電子を供給し、大部分の分子触媒は本来の構造を維持したままCO2変換反応に関与します。
その結果、可視光照射下でのCO2変換において、CO2をほぼ完全にギ酸へと変換する高い選択率(99%以上)と、従来よりも1桁高い、27.7%というみかけの量子収率を同時に達成しました。これらの結果は、分子触媒に「光を当てすぎない」設計が高効率化の鍵であることを明確に示しています。
(a)と反応前後の光触媒の赤外分光測定による光触媒試料の解析結果。(b)ルテニウム錯体の吸着量が高く、かつ光強度が弱い条件で高いみかけの量子収率が得られる。また、光強度が強い条件では光配位子交換反応によるルテニウム錯体の構造変化が進行しやすい。
社会的インパクトと今後の展開
今回の研究は、「光触媒にはとにかく光を当てれば良い」という従来の常識を覆し、むしろ光を吸収させないことが高性能化の鍵となるという、新しい設計指針を提示するものです。これは、分子触媒と半導体を組み合わせた人工光合成システム全般に適用可能な、普遍的な知見です。
ルテニウム錯体は、CO2還元用光触媒や光電極システムに広く用いられていることから、今回の成果はCO2資源化のための光触媒技術だけでなく、太陽光エネルギーを化学エネルギーへと変換する次世代エネルギーデバイス技術の設計指針としても重要な意味を持ちます。
今後は、分子触媒が吸収しない波長域で選択的に励起できる新しい半導体材料の開発や、光触媒デバイス全体の構造最適化を通じて、より高効率な太陽光エネルギー変換システムの実現が期待されます。
付記
本研究は恩田健教授(九州大学)、岡崎めぐみ助教(東京科学大学)らとの共同で行われました。また、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP22H05142、JP22H05148、JP23H04626、JP25H01678、JP23H01977、JP23K20039、JPJSBP120237406)、JST SPRING(JPMJSP2180)の助成を受けて行われました。
参考文献
- [参考文献1]
- Kazuhiko Maeda, Adv. Mater. 2019, 31, 1808205.
- [参考文献2]
- Akinobu Nakada, Hiromu Kumagai, Marc Robert, Osamu Ishitani, Kazuhiko Maeda, Acc. Mater. Res. 2021, 2, 458–470.
用語説明
- [用語1]
- 光触媒:触媒とは、化学反応を起こす物質と同時に存在することで、反応速度を加速または遅滞させながら、それ自身は変化しない物質。光触媒は、照射された光を吸収することによって、化学反応を促進する触媒としての機能を持つ物質のこと。
- [用語2]
- 選択率:複数の生成物を与える化学反応における、全生成物量に対する目的生成物の割合。
- [用語3]
- ギ酸:分子式HCOOHで表される最も単純なカルボン酸。主な利用法として、防腐剤や抗菌剤が挙げられる。触媒を用いて分解すると水素と二酸化炭素が生成するため、水素キャリアとしても注目されている。
- [用語4]
- 量子収率:ある反応系で吸収された光子数に対する、生成物を与えるのに使用された電子数の割合のこと。反射等の理由で反応系が吸収した光子数を厳密に計数できない場合、入射光子の全吸収を仮定して、外部量子収率、またはみかけの量子収率として表される。
- [用語5]
- 錯体:金属と非金属が配位結合した分子。反応性に富むものが多く、分子触媒として利用される。
- [用語6]
- 光配位子交換反応:金属錯体に結合した分子(配位子)が、光の影響で外れて別の分子と入れ替わる反応。錯体分子が持つ触媒性能の低下を引き起こすことがある。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of the American Chemical Society
- タイトル:
- Elucidating the Origin of Hidden Limitations in Ru-Complex/Ag/Polymeric Carbon Nitride Hybrid Photocatalysts for Visible-Light CO2 Reduction
- 著者:
- Ryuichi Nakada, Rikuya Nagao, Jo Onodera, Xian Zhang, Masahito Oura, Megumi Okazaki, Toshiya Tanaka, Riku Koda, Minato Tanaka, Ken Onda, and Kazuhiko Maeda
- DOI:
- 10.1021/jacs.5c21374
研究者プロフィール
仲田 竜一 Ryuichi Nakada
東京科学大学 理学院 化学系 博士後期課程1年
研究分野:光化学、触媒化学
前田 和彦 Kazuhiko Maeda
東京科学大学 理学院 化学系/総合研究院 自律システム材料学研究センター 教授
研究分野:光化学、触媒化学