太陽光を有効利用できる色素増感型光触媒を開発

2025年12月23日 公開

長波長の可視光を利用した水素製造技術の実現に期待

ポイント

  • 長波長の可視光(~800 nm)を利用できるオスミウム錯体を用いて新たな色素増感型光触媒を開発
  • 可視光全域の利用が可能になり、高い太陽光エネルギー変換効率を達成
  • 太陽光エネルギーを有効利用した持続可能な水素製造技術への応用に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo)理学院 化学系の山本悠可大学院生と前田和彦教授らの研究チームは、従来利用できなかった波長の可視光も利用できる新しい色素増感型光触媒[用語1]を開発しました。これにより太陽光のエネルギーから水素を生成する際のエネルギー変換効率を従来の約2倍まで高めました。

太陽光にはさまざまな波長の光が含まれています。その光を水素生成に利用するには、まず光増感剤で光を吸収しなくてはなりません。ルテニウム錯体[用語2]を光増感剤として用いた色素増感型光触媒はこれまで広く研究されており、水を分解して水素を生成する反応で高い性能を示すことが報告されています。今回の研究では、錯体に用いる金属種をオスミウムにすることで、従来のルテニウム錯体では利用できなかった600 nm以上の長波長の光を吸収可能な色素増感型光触媒を開発しました。その結果、既存のルテニウム錯体を用いた光触媒に比べて広い波長域での光応答が可能になり、高い太陽光エネルギー変換効率を達成しました。

本研究で得られた知見は、長波長の可視光を活用した人工光合成の実現に道を拓くものであり、将来的には太陽光エネルギーを最大限に利用した持続可能なエネルギー変換技術の確立につながることが期待されます。

本成果は、12月5日付(現地時間)の「ACS Catalysis」誌に掲載されました。

図1. 開発した色素増感型光触媒のイラスト。ACS Catalysisのカバーピクチャーに選出された。

背景

クリーンなエネルギー源として注目されている水素を生成する手法の一つとして、光触媒の研究が盛んに行われています。太陽光エネルギーを効率よく利用するためには、太陽光の大部分を占める可視光を活用することが重要です。その有効な手段の一つとして、色素増感型光触媒が挙げられます。

前田教授らの研究チームはこれまでに、可視光を吸収するルテニウム錯体を酸化物ナノシート[用語3]HCa2Nb3O10に吸着させた色素増感型光触媒を開発し、可視光を利用した水素生成反応の実現に成功してきました[参考文献1、2]。しかし、色素増感型光触媒に用いられる典型的なルテニウム錯体はおよそ600 nmまでの可視光しか吸収できず、より長波長の光を利用するための新しい設計指針が求められていました。

研究成果

今回、前田教授らの研究チームは、従来使用できなかった長波長領域(600~800 nm)の可視光を利用できる、新しい色素増感型光触媒の開発に成功しました。従来使用していたルテニウム錯体の中心金属をより重いオスミウムにすることで、重原子効果が働き、ルテニウム錯体では顕著に見られない電子のスピン[用語4]を反転させて励起する一重項–三重項励起[用語5]を起こすことができます(図2)。これを利用することで、従来のルテニウム錯体系では吸収できなかった600~800 nmの長波長光も有効に利用できることが明らかになりました(図3)。そして、可視光照射下での水素生成反応において、ルテニウム錯体系を上回る高いみかけの量子収率[用語6]を示し、従来の約2倍となる0.21%の太陽光エネルギー変換効率を達成しました。

図2. (上)ルテニウム錯体とオスミウム錯体の分子構造と、(下)一重項−一重項遷移と一重項−三重項遷移
図3. ルテニウム錯体(左)、オスミウム錯体(右)を用いた色素増感HCa2Nb3O10光触媒による水素生成反応に対するみかけの量子収率の波長依存性(左縦軸)。それぞれの錯体におけるモル吸光係数(右縦軸)も比較として示した。

社会的インパクトと今後の展開

本研究では、オスミウム錯体の三重項励起を活用することで、800 nm付近までの長波長光を利用できる新しい色素増感型光触媒を開発することに成功しました。これにより、これまでに有効活用できていなかった太陽光の長波長成分を用いて、太陽光エネルギーをより効率的に水素エネルギーへ変換できることが実証されました。今後は、より高度な分子設計を通じて錯体構造の最適化を図ることで、より安価で資源制約の小さい還元剤を用いた太陽光水素製造システムの実現が期待されます。

金属錯体が光吸収を担う光エネルギー変換システムとしては、産業界で研究開発が活発な色素増感型太陽電池があるほか、基礎研究では二酸化炭素を有用物質に変換する光触媒があります。本成果は、水から水素を生成する色素増感型光触媒だけでなく、こうした異分野の光エネルギー変換材料の発展にもつながる可能性があります。

付記

本研究はThomas E. Mallouk教授(ペンシルベニア大学)、恩田健教授(九州大学)、岡崎めぐみ助教(東京科学大学)らとの共同で行われました。また、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP22H01862、JP22H05142、JP22H05148、JP23H04631、JP23H01977、JP23K20039、JP25H01678、JP25KJ1237)の助成を受けて行われました。

参考文献

[参考文献1]
Takayoshi Oshima, Shunta Nishioka, Yuka Kikuchi, Shota Hirai, Kei-ichi Yanagisawa, Miharu Eguchi, Yugo Miseki, Toshiyuki Yokoi, Tatsuto Yui, Koji Kimoto, Kazuhiro Sayama, Osamu Ishitani, Thomas E. Mallouk, Kazuhiko Maeda, J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 8412–8420.
[参考文献2]
Shunta Nishioka, Koya Hojo, Langqiu Xiao, Tianyue Gao, Yugo Miseki, Shuhei Yasuda, Toshiyuki Yokoi, Kazuhiro Sayama, Thomas E. Mallouk, Kazuhiko Maeda, Sci. Adv. 2022, 8, eadc9115.

用語説明

[用語1]
色素増感型光触媒:エネルギーの高い紫外線存在下でしか働かない光触媒に、可視光を吸収する色素を吸着させることで、エネルギーの低い可視光存在下でも触媒能を発現する特徴を持たせた光触媒。可視光は太陽光に多く含まれるため、色素増感型光触媒の高機能化が実現すれば、太陽光エネルギーの変換・有効利用の発展に大きく寄与する。
[用語2]
錯体:金属と非金属が配位結合した分子。可視光を吸収する性質を持つ化合物が多く、光吸収を担う色素として広く利用されている。
[用語3]
ナノシート:ナノメートルオーダーの厚みとマイクロメートルオーダー以上の平面サイズを持った二次元材料の総称。一般的な三次元性の固体とは異なり、柔軟な構造と高い表面積を有するため、複合系の機能材料への応用研究が進められている。
[用語4]
スピン:電子が本来持つ量子力学的な“回転”の性質。上向きと下向きの2種類の状態をとる。
[用語5]
一重項–三重項励起:2つの電子のスピン状態が互いに対向した一重項からスピンが揃った励起三重項へと、電子がスピンの向きを変化させながら直接移る励起過程。一般的にはこの励起は禁制遷移で起こりにくいが、オスミウム、イリジウム、ヨウ素などの重原子が存在する場合は、重原子効果によって促進される。一般に励起三重項は励起一重項よりも小さいエネルギーを持つため、スピンの変化を伴わない一重項–一重項励起と比較してより低いエネルギー(長波長)の光で励起ができる特徴がある。
[用語6]
量子収率:ある反応系で吸収された光子数に対して、生成物を与えるのに使用された電子数の割合のこと。反射等の理由で反応系が吸収した光子数を厳密に計数できない場合、入射光子の全吸収を仮定して、外部量子収率、またはみかけの量子収率として表される。

論文情報

掲載誌:
ACS Catalysis
タイトル:
Charge Transfer Dynamics in Dye-Sensitized Photocatalysts Using Metal Complex Sensitizers with Long-Wavelength Visible Light Absorption Based on Singlet–Triplet Excitation
著者:
Haruka Yamamoto, Toshiya Tanaka, Masahito Oura, Kelly M. Kopera, Megumi Okazaki, Ken Onda, Thomas E. Mallouk, Kazuhiko Maeda

研究者プロフィール

山本 悠可 Haruka Yamamoto

東京科学大学 理学院 化学系 博士後期課程1年/日本学術振興会特別研究員DC1
研究分野:光化学、触媒化学

前田 和彦 Kazuhiko Maeda

東京科学大学 理学院 化学系/総合研究院 自律システム材料学研究センター 教授
研究分野:光化学、触媒化学

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教授 前田 和彦

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