ポイント
- ヒト免疫不全ウイルスHIVを標的とした新規抗体薬物複合体(ADC)として、侵入阻害剤CD4ミミックと抗HIV中和抗体を結合させた複合体を創製しました。
- IgG抗体Fc領域に対する部位特異的化学修飾法(tCAP法)を用い、CD4ミミックを高効率に導入した高い抗HIV活性を示すADCの創製に成功しました。
- 本ADCは既存の低分子抗HIV薬とは異なる作用機序を有し、HIV感染症・エイズの寛解を目指す新たな治療薬候補として期待されます。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 生体材料工学研究所 メディシナルケミストリー分野の玉村啓和教授、熊本大学 ヒトレトロウイルス学共同研究センター 臨床レトロウイルス学分野の松下修三特任教授、鹿児島大学大学院 理工学研究科の伊東祐二教授、株式会社ペプチド研究所の吉矢拓博士を中心とする研究チームは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症に有効な新規抗体薬物複合体(ADC)[用語1]の創製に成功しました。
本ADCは、同研究グループがこれまでに創出した低分子HIV侵入阻害剤であるCD4ミミック[用語2]と、松下教授が開発した中和抗体[用語3]を、IgG抗体の部位特異的修飾法であるtCAP法[用語4]を用いて作製したものです。本ADCは、CD4ミミックまたは中和抗体の単独投与時、あるいはそれらの併用投与時と比べて、高い抗HIV活性を示しました。
現在、HIV感染症・エイズの治療には、複数の低分子医薬品を併用する治療法が用いられています。本研究で見出された「抗ウイルス薬としてのADC」に関する知見を基に、さらなるADCの開発を進めることで、HIV感染症・エイズの寛解を目指す新規治療法の開発につながることが期待されます。
本成果は、2月3日(現地時間)に、国際科学誌「Chemistry Europe(ケミストリーヨーロッパ)」が発刊する「ChemMedChem(ケムメドケム)」誌に掲載されました。
背景
後天性免疫不全症候群(エイズ、acquired immune deficiency syndrome:AIDS)の原因ウイルスであるHIVが発見されてから、40年以上が経過しました。これまでに、逆転写酵素、プロテアーゼ、インテグラーゼ、カプシドなどを標的とした阻害剤を含む、数十種類の抗HIV剤が開発・承認されてきました。そして現在では、これら2〜3剤の併用療法により、HIV 感染症・エイズはコントロール可能な感染症となってきています。
しかし、既存の抗ウイルス療法では、感染者の体内からHIVを完全に排除することは困難であり、感染者は一生にわたって薬を飲み続ける必要があります。その身体的・精神的負担は大きく、今後の抗HIV薬には、抗体などを利用したより穏和な治療法や、既存薬とは異なる阻害メカニズムを有する薬の開発が強く望まれています
このような背景のもと、本研究では、HIVが細胞へ侵入する最初の過程である、細胞表面の受容体とウイルス粒子との相互作用に着目し、これを標的とした創薬研究を行っています(図1)。
研究成果
HIVがヒトの細胞へ侵入する際、最初に結合する受容体は、細胞表面タンパク質であるCD4です。本研究グループは、HIV 侵入阻害剤として、このCD4とHIV外被タンパク質gp120との相互作用を阻害するCD4模倣型分子であるCD4ミミックを創出してきました[参考文献1](図1-1))。
CD4やCD4ミミックの結合は、gp120の構造変化を誘起し、松下教授らが開発した抗HIV中和抗体が認識する共受容体結合部位であるV3ループを露出させます(図1-2))。すなわち、本CD4ミミックを共投与することで、中和抗体の効果を飛躍的に増強することが可能です[参考文献2]。
本研究では、伊東教授、吉矢博士らが開発した新規ADC合成技術であるtCAP法を用いて、CD4ミミックを中和抗体に結合させた抗体薬物複合体 (ADC) を創製しました [参考文献3](図1-3))。本ADCの利点として、ウイルスがCD4発現細胞へ吸着することを必要としない点、ならびにCD4ミミック部位と抗体部位が同一のウイルス外被タンパク質gp120を標的とできるため、相乗効果が期待できる点が挙げられます。
また、玉村教授と松下教授らが最近報告した部位特異的修飾法の一つであるCCAP法[用語5]を用いて合成したADCにおいても同様な効果が認められましたが、本法ではアフィニティペプチドが残存していました[参考文献4]。一方、tCAP法を用いて合成したADCでは、アフィニティペプチドが残らないという利点があります。
tCAP法は、IgG抗体のFc領域を特異的に修飾できる手法であり、CD4ミミックの導入効率や導入数に応じた物性変化を制御することが可能です(図1-3))。その結果、抗体単独あるいはCD4ミミック単独の場合と比較して、顕著な抗HIV 活性の向上が確認されました。
今後、さらなる構造最適化や、他の中和抗体を用いたADCの創製を進めることで、より有用な抗HIV薬としてのADCの創製につながることが期待されます。
社会的インパクト
本研究グループが創出したCD4ミミック-抗HIV中和抗体複合体(ADC)は、既存薬とは異なる作用機序を有しており、HIV感染症の寛解を目指した治療法として大きな期待が寄せられます。
今後の展開
上記の結果から、今後さらなる最適化を行うことで、ADCが実際に有望な抗HIV薬となる可能性が示されました。
付記
この研究は日本医療研究開発機構(AMED)エイズ対策実用化研究事業「中和抗体によるHIV 感染症の治癒を目指した研究開発」、「CD4 mimic分子によるgp120構造変化を起点とする新規抗HIV剤の創製研究」ならびに文部科学省科学研究費助成事業(24K02144, 22K15243, 25K08852, 23K14318)、AMED 創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)、共同利用・共同研究システム形成事業〜学際領域展開ハブ形成プログラム〜「多プローブ×多対象×多階層のマルチ3構造科学拠点形成」、ScienceTokyo-SPRINGの支援のもとで行われたものです。
参考文献
- [参考文献1]
- Ohashi, N., et al.:ChemMedChem 2016, 11, 940‒946.
- [参考文献2]
- Kobayakawa, T., et al.:J. Med. Chem. 2021, 64, 1481‒1496.
- [参考文献3]
- Ito, Y., et al.:WO 2023/038082 A1. 2023.
- [参考文献4]
- Miura Y., et al.:J. Med. Chem. in press. DOI:10.1021/acs.jmedchem.5c01552
用語説明
- [用語1]
- 抗体薬物複合体(ADC):抗体と薬物をハイブリッドしたバイオ医薬品である。がんの治療薬として主に開発されており、抗体が持つがん細胞表面の特定分子に結合する性質を利用して、化学療法で使用される抗がん剤を直接がん細胞内まで特異的に届けることができるので、有効性が高く、副作用が少ない治療薬として期待されている。本研究のADC は、HIV侵入阻害剤であるCD4 ミミックと抗HIV中和抗体の複合体である。
- [用語2]
- CD4ミミック:ヒトの細胞表面タンパク質CD4は、HIVが細胞へ侵入する際の第一受容体である。CD4ミミックはCD4のHIV外被タンパク質gp120への結合部位を模倣したジペプチドミミックである。それ自体の侵入阻害活性に加え、CD4様の構造変化をgp120に対して誘導するため、構造変化に伴い露出する第二受容体結合領域であるV3ループを認識する抗HIV中和抗体の効果を向上させる作用も有する。
- [用語3]
- 中和抗体:細菌毒素やウイルスなどの特定のタンパク質に結合して、その病原体や感染性粒子が細胞へ及ぼす影響を中和 (生物学的活性を阻害) して、細胞を保護する抗体である。「中和」は病原体や感染性粒子の重要な機能部位を攻撃して、その機能を阻止することに由来する。中和抗体は、細胞内細菌、微生物毒素、ウイルスに対する体液性免疫応答によって産生される。本研究では、松下教授らが開発したHIV第二受容体の結合部位であるV3ループを認識する中和抗体KD-247等を用いている。
- [用語4]
- tCAP法:伊東教授、吉矢博士らによって開発された抗体化学修飾法の一種である部位特異的修飾法。IgG抗体のFc領域に特異的に結合するペプチドを利用し、当該ペプチド近傍に存在するリジン残基の側鎖アミノ基に、薬物や標識物質を定量的に結合させる手法である。本手法では、修飾反応後にFc領域に結合していたアフィニティペプチドが抗体上に残存しない点が特徴であり、従来法(CCAP法)と比べて、抗体本来の構造や機能への影響を抑えたADCの創製が可能となる。
- [用語5]
- CCAP法:伊東教授らによって開発された抗体化学修飾法の一種である。上記のtCAP法と同様、この方法により、抗体の抗原認識部位を修飾することなく、ADCの創製やPETイメージングのプローブの付加などが可能であるが、合成したADCにFc領域アフィニティペプチドが残るというデメリットがある。
論文情報
- 掲載誌:
- ChemMedChem
- タイトル:
- CD4 Mimic-Neutralizing Antibody Conjugates Synthesized by Site-specific Modification Methods as HIV-1 Entry Inhibitors
- 著者:
- Kohei Tsuji, Yutaro Miura, Takeo Kuwata, Riku Matsuzaki, Takuya Kobayakawa, Kaho Matsumoto, Yuji Ito, Taku Yoshiya, Shuzo Matsushita, and Hirokazu Tamamura
研究者プロフィール
玉村 啓和 Hirokazu Tamamura
東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所
メディシナルケミストリー分野 教授/副学長(湯島地区安全担当)
研究分野:創薬化学、ペプチド化学、ケミカルバイオロジー、有機化学
三浦 裕太郎 Yutaro Miura
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 生命理工医療科学専攻
メディシナルケミストリー分野
博士後期課程3年(Science Tokyo SPRING生)
研究分野:創薬化学、ペプチド化学
関連リンク
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