新型コロナウイルスに有効な新規パパイン様プロテアーゼ阻害剤を創製

2025年10月3日 公開

耐性株や将来の新たなコロナウイルスにも有望な治療薬候補

ポイント

  • 新型コロナウイルスSARS-CoV-2に有効な新規パパイン様プロテアーゼ阻害剤を開発しました。
  • この阻害剤は、既存薬(RNAポリメラーゼ阻害剤・Mpro阻害剤)とは異なり、パパイン様プロテアーゼを標的とする初の高活性化合物です。
  • 既存薬耐性株にも有効となる可能性があり、将来の新たなコロナウイルスに備えた治療薬候補・備蓄薬としてしても期待されます。

概要

東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所 メディシナルケミストリー分野の玉村啓和教授、国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 難治性ウイルス感染症研究部の満屋裕明所長のグループ、ならびに米国NCI/NIH Experimental Retrovirology Sectionの満屋裕明ヘッドが率いるグループを中心とする研究チームは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2[用語1]に対する新規パパイン様プロテアーゼ阻害剤[用語2]の創製に成功しました。

この阻害剤は、同研究グループがこれまでに創出したリード化合物を最適化したもので、高い抗SARS-CoV-2活性を示しました。現在、臨床で使用されているCOVID-19治療薬は、RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤[用語3]メインプロテアーゼ阻害剤[用語4]です。本研究で見出された化合物を基盤に、さらに高活性なパパイン様プロテアーゼ阻害剤を開発できれば、従来の治療薬とは異なる作用機序を持つCOVID-19治療薬候補として期待されるとともに、将来出現する可能性のある新たなコロナウイルスに備えた阻害剤の備蓄としても有用であると考えられます。

本成果は、10月2日(現地時間)に国際科学誌「ACS Omega」に掲載されました。

図1. SARS-CoV-2の複製サイクルとパパイン様プロテアーゼ阻害剤9r

背景

2019年11月、中国・武漢市で発生したCOVID-19は、瞬く間に世界中へ広がり甚大な被害をもたらしました。現在、パンデミックは収束したものの、この感染症は完全に終息したわけではありません。COVID-19の治療薬としては、他の疾患に用いられていた既存医薬品に加えて、SARS-CoV-2のRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤(molnupiravir)やメインプロテアーゼ(Mpro)阻害剤(nirmatrelvir、ensitrelvir)が開発され、臨床で使用されています。

しかし、これらの医薬品は緊急課題に対応するため迅速に開発されたものであり、必ずしも十分に最適化されているわけではありません。さらに、数年前からnirmatrelvirに対する耐性株[用語5]が患者体内で発見されています。いずれにしても、これらの治療薬は作用機序の異なる2種類しか存在しないため、新たな作用点を標的とする有用な治療薬の開発が強く求められています。

研究成果

ウイルスRNAから翻訳される巨大な前駆体タンパク質を各構成タンパク質に切断する酵素は、メインプロテアーゼ(Mpro)とパパイン様プロテアーゼ(PLpro)です。これらの酵素の機能を阻害すればウイルスの複製を停止できるため、MproとPLproはCOVID-19に対する重要な創薬ターゲットとされています。本研究グループはCOVID-19発生直後からMproに着目し、その阻害剤の創製に取り組んできました[参考文献1]。続いて、PLproに関しても、満屋博士とPurdue大学のGhosh博士らが2002年のSARS流行時に見出したPLpro阻害剤GRL-0048を基盤として、SARS-CoV-2 のPLpro阻害剤をデザインし、新たに創出しました[参考文献2]

本研究では、コンピューターを用いたPLproー阻害剤複合体の構造解析および構造活性相関研究により、既存のリード化合物を最適化し、高活性なPLpro阻害剤の創出に成功しました。今回得られたPLpro阻害剤は既存薬とは作用点が異なることから、既存薬に耐性を示すウイルス株に対しても有効なCOVOD-19治療薬候補となることが期待されます。

社会的インパクト

COVID-19のパンデミックは収束したものの、この感染症は依然として完全に終息したわけではありません。さらに、特定の動物種は体内にコロナウイルスを保有しており、新たなウイルスが出現するリスクは継続しています。現在使用されている特異的治療薬は、RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤とMpro阻害剤の2種類に限られています。また、既存薬に対する耐性株の出現も報告されており、異なる作用点を標的とする阻害剤が開発されれば、有用な治療法となります。

本研究グループが開発したPLpro阻害剤は、既存薬とは作用点が異なることから、COVID-19に対する有力な治療薬候補であると同時に、将来いつ出現するか予測できない新たなコロナウイルスに備える備蓄用阻害剤としても有望であると期待されます。

今後の展開

コロナウイルスは変異しやすいため、さまざまな阻害剤のレパートリーを備えておくことが重要です。今回得られたPLpro阻害剤のデザインや構造活性相関に関する知見は、今後の阻害剤創製における分子設計に有用であると考えられます。

付記

この研究は日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「新規SARS-CoV-2 Mpro/PLpro阻害剤の研究・開発と臨床応用」ならびに国際医療研究開発費、文部科学省科学研究費補助金、AMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)、TMDU-SPRINGの支援のもとでおこなわれたものです。

参考文献

[1]
Tsuji, K., et. al.:J. Med. Chem. 2023, 66, 13516–13529.
[2]
Shinohara, K., et. al.:Eur. J. Med. Chem. 2024, 280, 116963.

用語説明

[用語1]
新型コロナウイルスSARS-CoV-2:2020年にパンデミックを引き起こした「新型コロナウイルス感染症」COVID-19という疾病の原因ウイルスの名称である。SARS-CoV-2は2019年11月に中国武漢市で発見されて以来、瞬く間に世界中へ感染拡大した。いままでに世界で7億人以上が感染、700万人以上が死亡している。新型コロナウイルスは変異しやすいという特徴もある。
[用語2]
パパイン様プロテアーゼ阻害剤:コロナウイルスはゲノムとして一本鎖RNAを有し、宿主細胞に感染するとこのRNAから前駆体タンパク質が翻訳される。この前駆体タンパク質が切断されると構造タンパク質や酵素が生成される。この切断を担う酵素が、メインプロテアーゼ(Mpro)(別名:3CLプロテアーゼ)およびパパイン様プロテアーゼ(PLpro)である。このMproやPLproの切断活性を阻害することでウイルスの増殖を抑制できると考えられ、本研究ではPLpro阻害剤の創製を行った。
[用語3]
RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤:RNA依存性RNAポリメラーゼはRNAを鋳型としたRNAの複製を触媒する酵素であり、RNAウイルスの複製において重要である。したがって、本阻害剤は抗ウイルス剤として有用であり、SARS-CoV-2のRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤としては、メルク社が開発したmolnupiravirがある。
[用語4]
メインプロテアーゼ阻害剤:上記の[用語2]の説明にあるように、メインプロテアーゼ(Mpro)やPLproの切断活性を阻害すると、ウイルスの増殖を抑制できる。そこで、世界中でMpro阻害剤の探索研究が進められた。ファイザー社のnirmatrelvirや塩野義製薬のensitrelvirは臨床使用されているMpro阻害剤である。
[用語5]
耐性株:細菌、ウイルスが、特定の薬剤に対して抵抗力を持ち、その薬剤が効きにくくなった株のことである。数年前からMpro阻害剤であるnirmatrelvirの耐性株が患者の体内より発見されている。このnirmatrelvir耐性株はnirmatrelvirに抵抗性を示すようになった株である。

論文情報

掲載誌:
ACS Omega
タイトル:
SARS-CoV-2 Papain-like Protease Inhibitors Based on Naphthalen-1-ylethanamine and Halogenated Benzene Moieties
著者:
Shinohara, Kouki; Kobayakawa, Takuya; Tsuji, Kohei; Takamatsu, Yuki; Mitsuya, Hiroaki; Tamamura, Hirokazu

研究者プロフィール

玉村 啓和 Hirokazu TAMAMURA

東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所 メディシナルケミストリー分野 教授/副学長(湯島地区安全担当)
研究分野:創薬化学、ペプチド化学、ケミカルバイオロジー、有機化学

柳井 翔吾 Shougo YANAI

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