HIV感染症に対する新しい抗体薬物複合体(ADC)を開発

2025年12月16日 公開

ウイルスの侵入を阻む新しい作用機序で根治を目指す治療薬候補に

ポイント

  • ヒト免疫不全ウイルスHIVに高い効果を示す新規抗体薬物複合体(ADC)を、CD4ミミックと中和抗体を組み合わせて創製しました。
  • このADCはHIV外被タンパク質gp120を標的とする、既存のADCとは異なる新しいタイプの高活性分子です。
  • 中和抗体の作用を大幅に高め、副作用の少ないHIV感染症・エイズの新たな治療薬候補として期待されます。

概要

東京科学大学(ScienceTokyo) 総合研究院 生体材料工学研究所 メディシナルケミストリー分野の玉村啓和教授と、熊本大学 ヒトレトロウイルス学共同研究センター 臨床レトロウイルス学分野の松下修三特任教授を中心とする研究チームは、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)に有効な新規抗体薬物複合体(ADC)[用語1]の創製に成功しました。

本ADCは、同研究グループがこれまでに創出してきた低分子化合物であるCD4ミミック[用語2]と、松下教授が開発した中和抗体[用語3]をコンジュゲートした分子であり、CD4ミミックや中和抗体の単独投与あるいは併用と比べて、高い抗HIV活性を示しました。

現在、臨床でのエイズ治療では、酵素阻害剤などの低分子医薬品を2〜3剤併用する治療法が用いられています。本研究で見いだされたADCを基盤として、さらに効果的なADCを開発できれば、HIV感染症・エイズの根治を目指す新規治療法の創出につながると考えられます。

本成果は、12月15日正午(米国東部時間)に、国際科学誌「アメリカ化学会誌 Journal of Medicinal Chemistry(ジャーナル・オブ・メディシナル・ケミストリー)」オンライン版に掲載されました。

背景

後天性免疫不全症候群であるエイズ(acquired immune deficiency syndrome、AIDS)の原因ウイルスであるHIVが発見されてから40年以上が経過した現在、逆転写酵素、プロテアーゼ、インテグラーゼ、カプシドの阻害剤など、多くの抗HIV剤が開発されてきました。そして、これら2〜3剤の併用療法により、HIV感染症・エイズの治療は飛躍的に発展しました。

しかし、いずれの抗ウイルス療法を用いても、感染者の体内からHIVを完全に排除することはできず、根治には至っていません。感染者は一生薬を飲み続ける必要があり、その身体的負担は大きいものとなります。そのため、抗体などを利用したより穏和な治療法や、これまでとは異なる作用点をターゲットとした治療法の開発が強く望まれています。

このような背景のもと、HIVが細胞へ侵入する過程はウイルス複製サイクルの最初のステップにあたり、魅力的な創薬ターゲットであると考えられます(図1)。

図1. HIVの細胞への侵入機構とCD4ミミックおよび中和抗体によるブロック。
2)の構造変化に伴いHIV外被タンパク質gp120のV3ループが露出する。1)から2)への進行(1つ目の矢印)をCD4ミミックがブロックし、2)から3)への進行(2つ目の矢印)を中和抗体がブロックする。四角内に記載した、この2種の薬剤のコンジュゲート分子ADCは、効果的にHIVの細胞への侵入をブロックする。

研究成果

HIVがヒト細胞へ侵入する際に利用する第一受容体は、細胞表面タンパク質であるCD4です。本研究グループはHIV侵入阻害剤の創製を精力的に進めており、その一環として、CD4のHIV外被タンパク質gp120への結合部位を模倣したジペプチドミミックであるCD4ミミックを創出してきました[参考文献1](図1)。

また、CD4ミミックのgp120への結合は、CD4と同様にgp120の構造変化を誘起し、松下教授らが開発した抗HIV中和抗体が認識する共受容体結合部位であるV3ループを露出させます。そのため、中和抗体を用いた抗体療法において、本CD4ミミックは中和抗体の効果を飛躍的に増強することが明らかとなっています[参考文献2]。

本研究では、CD4ミミックと中和抗体を組み合わせることで、ウイルスのCD4発現細胞への吸着を必要としない、より安全な新規CD4ミミック–中和抗体複合体(ADC)の創製を試みました。さらに、ADC化することで、gp120にCD4ミミック部位が結合した直後に、同一分子内の中和抗体がV3ループへアクセスできるようになり、相乗効果が期待されます。

まず、非特異的修飾法によるADCの合成を行いました。その結果、抗体に対して適切な比でCD4ミミックを導入したADCでは、抗体単独またはCD4ミミック単独と比較して、抗HIV活性の向上が認められました。

次に、CD4ミミックの導入効率や導入数による物性変化を制御するために、部位特異的修飾法(CCAP法)[用語4]を用いてADCを合成しました(図1)。その結果、抗体単独あるいはCD4ミミック単独の場合と比較して、最適なリンカー長を持つADCにおいて、顕著な抗HIV活性の上昇が確認されました。

今後、他の中和抗体やIgG抗体の部位特異的修飾法を検討することで、さらに有用なADCの創製につながると期待されます。

社会的インパクト

本研究グループが創出したCD4ミミック–抗HIV中和抗体複合体(ADC)は、既存薬とは作用機構が異なることから、有力な新規治療薬候補です。また、副作用が少なく、根治を目指した治療法として大きな期待が寄せられます。

今後の展開

上記の結果から、今後さらなる最適化を行うことで、実際にADCとして抗HIV薬へ応用できる可能性が示されました。

付記

この研究は日本医療研究開発機構(AMED)エイズ対策実用化研究事業「中和抗体によるHIV感染症の治癒を目指した研究開発」、「CD4 mimic分子によるgp120構造変化を起点とする新規抗HIV剤の創製研究」ならびに文部科学省科学研究費助成事業、AMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)、共同利用・共同研究システム形成事業~学際領域展開ハブ形成プログラム~「多プローブ×多対象×多階層のマルチ3構造科学拠点形成」、TMDU-SPRINGの支援のもとで行われたものです。

参考文献

[参考文献1]
Ohashi, N., et. al.:ChemMedChem 2016, 11, 940–946.
[参考文献2]
Kobayakawa, T., et. al.:J. Med. Chem. 2021, 64, 1481–1496.

用語説明

[用語1]
抗体薬物複合体(ADC):抗体と薬物を結合させたバイオ医薬品である。主にがんの治療薬として開発されており、抗体が持つがん細胞表面の特定分子に結合する性質を利用して、化学療法で使用される抗がん剤を直接がん細胞内まで特異的に届けることができるので、副作用が少なく、有効性が高い治療薬として期待されている。本研究のADCは、HIVの中和抗体と侵入阻害剤であるCD4ミミックの複合体である。
[用語2]
CD4ミミック:CD4はヒトの細胞表面タンパク質であり、HIVが細胞へ侵入するときの第一受容体である。CD4ミミックはCD4のHIV外被タンパク質gp120への結合部位を模倣したジペプチドミミックであり、gp120とCD4の相互作用を阻害する。また、CD4と類似した構造変化をgp120に対して誘導することから、構造変化に伴い露出するV3ループを認識するウイルス中和抗体の効果を増強する作用も有する。
[用語3]
中和抗体:ウイルスや細菌毒素などの特定のタンパク質に結合して、その病原体や感染性粒子が細胞へ及ぼす影響を中和(生物学的活性を阻害)して、細胞を防御する抗体である。「中和」は病原体や感染性粒子の重要な機能部位を攻撃して、その機能を阻止することに由来する。中和抗体は、ウイルス、細胞内細菌、微生物毒素に対する体液性免疫応答に含まれる。本研究では、松下教授らが開発したHIVコレセプター結合部位であるV3ループを認識するKD-247等を用いている。
[用語4]
部位特異的修飾法(CCAP法):IgG抗体のFc領域に特異的に結合するペプチドを用いて、Fc領域に標識物質や薬物などを部位特異的かつ定量的に結合させる方法である。この方法により、抗体の抗原認識部位を修飾することなく、抗体薬物複合体(ADC)の作製や、PETイメージングのプローブの付加などが可能となり、高機能化抗体の創製ができる。

論文情報

掲載誌:
Journal of Medicinal Chemistry
タイトル:
Antibody-drug conjugates using CD4 mimics and a neutralizing antibody as HIV-1 entry inhibitors
著者:
Yutaro Miura, Kohei Tsuji, Takuya Kobayakawa, Kaho Matsumoto, Takeo Kuwata, Riku Matsuzaki, Shuzo Matsushita, Hirokazu Tamamura

研究者プロフィール

玉村 啓和 Hirokazu Tamamura

東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所
メディシナルケミストリー分野 教授/副学長(湯島地区安全担当)
研究分野:創薬化学、ペプチド化学、ケミカルバイオロジー、有機化学

玉村 啓和 Hirokazu Tamamura

三浦 裕太郎 Yutaro Miura

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 生命理工医療科学専攻
メディシナルケミストリー分野
博士後期課程3年(Science Tokyo SPRING生)
研究分野:創薬化学、ペプチド化学

三浦 裕太郎 Yutaro Miura

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教授/副学長(湯島地区安全担当) 玉村 啓和

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