要点
- 新型コロナウイルスSARS-CoV-2に有効な新規パパイン様プロテアーゼ阻害剤を開発
- 以前のリード化合物GRL-0048をもとに、この非共有結合型阻害剤を創製
- 新型コロナウイルス感染症COVID-19の新たな治療薬候補として期待
概要
東京科学大学(Science Tokyo)※ 総合研究院 生体材料工学研究所 創薬科学系の玉村啓和教授と篠原功紀博士後期課程学生らの研究チームは、国立国際医療研究センター研究所難治性ウイルス感染症研究部の満屋裕明所長グループ、米国国立衛生研究所 米国国立がん研究所 レトロウイルス感染症研究部(NCI/NIH Experimental Retrovirology section)の満屋裕明ヘッドグループとの共同研究により、新型コロナウイルスSARS-CoV-2[用語1]に対する新しいパパイン様プロテアーゼ阻害剤[用語2]を創製しました。この阻害剤は、ウイルス増殖に関与するパパイン様プロテアーゼと非共有結合的に結合します。現在、臨床で使用されているCOVID-19[用語3]の治療薬はRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤[用語4]やメインプロテアーゼ阻害剤[用語5]ですが、本研究で見出された化合物をもとに、さらに高活性なパパイン様プロテアーゼ阻害剤が創出されれば、新型コロナウイルス感染症の治療に大きく貢献することが期待されます。
本成果は、10月25日付(グリニッジ標準時間午後0時)の国際科学誌「European Journal of Medicinal Chemistry」誌に掲載されました。
- 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

背景
2019年末に中国・武漢で発生したCOVID-19は、世界中に甚大な災禍をもたらし、3年半以上のパンデミックを引き起こしました。そして我が国では、この感染症が5類感染症へ移行した後も消えておらず、発生は続いています。COVID-19の治療薬としては、別用途の既存薬の他に、SARS-CoV-2のRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤(molnupiravir)やメインプロテアーゼ(Mpro)阻害剤(nirmatrelvir、ensitrelvir)等が開発され、臨床で使用されています。しかし、nirmatrelvir の耐性株[用語6]も出現しており、また、これらの医薬品は2種類しかないため、別の作用点をターゲットとした有用な治療薬の開発が望まれています。
研究成果
満屋博士とPurdue大学のGhosh博士らは以前、パパイン様プロテアーゼ(PLpro)阻害剤GRL-0048およびGRL-0068を見出しました。本研究では、GRL-0048をもとにして、さらに効果的なPLpro阻害剤をデザインし、合成しました。そしてコンピューターを用いたGRL-0048とPLproの複合体の構造解析により、GRL-0048は非共有結合的にPLproと相互作用することが示されました。これらを踏まえ、GRL-0048をもとにした構造活性相関研究により、より高活性なPLpro阻害剤1, 2b, 3hを創出することに成功しました。
社会的インパクト
国内では、新型コロナウイルス感染症の発生が続いており、現在使用されている特異的な治療薬はRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤とメインプロテアーゼ阻害剤の2種類のみです。また、既存薬に対する耐性株の出現も報告されており、他の作用点の阻害剤が開発されれば、有用な治療法となります。さらに、将来、別のコロナウイルス感染症や他の新興再興感染症が発生するかもしれません。その際には、本研究のようなストラテジーが活かされると考えられます。
今後の展開
本研究で見出されたPLpro阻害剤1, 2b, 3hをもとに、さらに高活性で効果的な化合物の創製を目指します。また、体内動態等のプロファイルの向上も考慮し、COVID-19治療薬の創出につなげたいと考えています。
付記
この研究は、文部科学省科学研究費補助金ならびにAMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)、TMDU-SPRINGの支援のもとで行われたものです。
用語説明
- [用語1]
- 新型コロナウイルスSARS-CoV-2:2019年以降、世界中でパンデミックを引き起こした「新型コロナウイルス感染症」COVID-19の原因ウイルスで、一般には、「新型コロナウイルス」と呼ばれています。最初、SARS-CoV-2は2019年11月に中国武漢市で発見され、2023年9月までに世界で6億9千万人以上が感染、690万人以上が死亡しています。日本では、この感染症が5類感染症へ移行した後も発生は続いています。
- [用語2]
- パパイン様プロテアーゼ阻害剤:コロナウイルスはゲノムとして一本鎖RNAを有し、宿主細胞に感染すると前駆体タンパク質がRNAから翻訳されます。この前駆体タンパク質が切断されることで構造タンパク質や酵素が生成されます。この切断を行う酵素が、メインプロテアーゼ(Mpro、別名: 3CLプロテアーゼ)およびパパイン様プロテアーゼ(PLpro)です。このPLproの切断活性を阻害ことでウイルスの増殖を抑制できると考えられ、本研究ではPLpro阻害剤の創製を行いました。
- [用語3]
- COVID-19:「新型コロナウイルス感染症」であり、SARS-CoV-2によって引き起こされます。
- [用語4]
- RNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤:RNA依存性RNAポリメラーゼはRNAを鋳型としたRNAの複製を触媒する酵素であり、RNAウイルス複製において重要です。したがって、本阻害剤は抗ウイルス剤として有用です。SARS-CoV-2のRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤としては、メルク社が開発したmolnupiravirがあります。
- [用語5]
- メインプロテアーゼ阻害剤:SARS-CoV-2のメインプロテアーゼ(Mpro)の阻害剤です。SARS-CoV-2の同定後、世界中でMpro阻害剤の研究が進められ、ファイザー社のnirmatrelvirや塩野義製薬のensitrelvirが現在臨床で使用されています。本グループも有用なMpro阻害剤、TKB245, TKB272等を創出しています。
- [用語6]
- 耐性株:抗ウイルス剤が効かない、または効きにくくなったウイルス株のことです。SARS-CoV-2の場合、nirmatrelvirにも耐性株が出現しています。
論文情報
- 掲載誌:
- European Journal of Medicinal Chemistry
- 論文タイトル:
- Naphthalen-1-ylethanamine–containing small molecule inhibitors of the papain-like protease of SARS-CoV-2
- 著者:
- Kouki Shinohara, Takuya Kobayakawa, Kohei Tsuji, Yuki Takamatsu, Hiroaki Mitsuya, and Hirokazu Tamamura
研究者プロフィール
玉村啓和 Hirokazu TAMAMURA
東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所
メディシナルケミストリー分野
副学長・教授
研究分野:創薬化学、ペプチド化学、ケミカルバイオロジー、有機化学

篠原功紀 Kouki SHINOHARA
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 生命理工医療科学専攻
メディシナルケミストリー分野
博士後期課程1年(Science Tokyo SPRING生)
研究分野:創薬化学、ペプチド化学

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副学長・教授 玉村啓和
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