ポイント
- ファイザー社のnirmatrelvirよりも高い抗ウイルス活性を持つ、新型コロナウイルスSARS-CoV-2の新規メインプロテアーゼ阻害剤TKB272を創製しました。
- 研究グループが創出した従来のリード化合物を最適化することで、nirmatrelvir耐性株にも有効な高活性化合物を創出しました。
- 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬候補として有望であり、将来の新たなコロナウイルスへの備えとしても期待されます。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 生体材料工学研究所 メディシナルケミストリー分野の玉村啓和教授、国立健康危機管理研究機構 国立国際医療研究所 難治性ウイルス感染症研究部の満屋裕明所長のグループ、および米国NCI/NIH Experimental Retrovirology Sectionの満屋裕明ヘッド率いるグループらの研究チームは、新型コロナウイルスSARS-CoV-2[用語1]に対する新規メインプロテアーゼ阻害剤[用語2]TKB272の創製に成功しました。
このTKB272は、同研究グループがこれまでに創出したリード化合物を最適化したものであり、ファイザー社の既存薬nirmatrelvir[用語3]と比較して約100倍の抗SARS-CoV-2活性を示すとともに、優れた体内動態を有しています。また、nirmatrelvir耐性株[用語4]に対しても有効であることが確認されています。さらに、TKB272の構造活性相関研究を通じて、活性発現に重要な部位を明らかにし、今後の阻害剤のデザインに資する有用な情報を得ました。
本成果は、いまだ終息していない新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する治療薬候補として期待されると同時に、将来出現する可能性のある新たなコロナウイルスに備えた阻害剤の備蓄としても有用であると考えられます。
本研究成果は、8月27日(現地時間)付で、国際科学誌「ACS Omega」に掲載されました。

背景
2019年11月、中国・武漢市で発生したCOVID-19は、瞬く間に世界中に甚大な被害をもたらしました。現在、パンデミックは収束したものの、この感染症は完全には終息していません。COVID-19の治療薬としては、他の用途で使用されていた既存医薬品に加えて、SARS-CoV-2のRNA依存性RNAポリメラーゼ阻害剤(molnupiravir)やメインプロテアーゼ(Mpro)阻害剤(nirmatrelvir、ensitrelvir)などが開発され、臨床で使用されています。
しかし、これらの薬剤は緊急課題として迅速に開発されたものであり、薬効や体内動態などの点で必ずしも最適化されているわけではありません。そのため、より有用な治療薬の開発が求められています。なお、ファイザー社が開発したnirmatrelvirは、代謝抑制剤であるritnavirとの併用が必要であり、さらに、数年前からnirmatrelvirに対する耐性株が患者体内から発見されています。
研究成果
本研究グループは、COVID-19の発生直後からnirmatrelvirと同じ標的であるMproに着目し、その阻害剤の創製に取り組んできました[参考文献1-4]。Mproは、ウイルスRNAから翻訳される巨大な前駆体タンパク質を、各構成タンパク質へと切断する酵素です。この酵素の機能を阻害すれば、ウイルスの複製を停止できるため、MproはCOVID-19に対する重要な創薬ターゲットとされています。
本研究では、以前に本研究グループが報告したSARS-CoV-2のMpro阻害剤TKB245 (6)から誘導されたTKB272 (8)の構造活性相関研究を行い、活性発現に重要な部位を明らかにしました。また、TKB272 (8)はnirmatrelvirに比べて約100倍高い抗ウイルス活性を有し、薬物動態も優れているほか、nirmatrelvirのように代謝抑制剤ritnavirの併用を必要としません。さらに、祖先株に対してだけでなく、nirmatrelvir耐性株にも有効であることが確認されています。
これらの特徴から、TKB272 (8)はSARS-CoV-2のMproを標的とするCOVOD-19の有望な治療薬候補であると考えられます。
社会的インパクト
COVID-19のパンデミックは収束したものの、この感染症は依然として完全には終息していません。さらに、特定の動物種は体内にコロナウイルスを常に保有しており、新たなウイルスの出現リスクが継続しています。
本研究グループが開発したTKB272は、nirmatrelvirと比較して複数の利点を有しており、COVID-19に対する治療薬候補であると同時に、将来いつ出現するか予測できない新たなコロナウイルスに備える阻害剤としての備蓄にも有望であると期待されます。
今後の展開
TKB272はnirmatrelvir耐性株に対しても有効性を示しますが、コロナウイルスは変異しやすいため、さまざまな阻害剤のレパートリーを備えておくことが重要です。今回得られた構造活性相関に関するデータは、今後の阻害剤創製における分子設計に有用であると考えられます。
付記
この研究は日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業「新規SARS-CoV-2 Mpro/PLpro阻害剤の研究・開発と臨床応用」ならびに文部科学省科学研究費補助金、AMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(BINDS)の支援のもとで行われたものです。
参考文献
- [1]
- Tsuji, K., et. al.:iScience 2022, 25, 105365.
- [2]
- Higashi-Kuwata, N., et. al.:Nat. Commun. 2023, 14, 1076.
- [3]
- Tsuji, K., et. al.:J. Med. Chem. 2023, 66, 13516–13529.
- [4]
- Higashi-Kuwata, N., et. al.:PNAS Nexus 2025, 4, pgae578.
用語説明
- [用語1]
- 新型コロナウイルスSARS-CoV-2:2020年、世界中にパンデミックを引き起こした「新型コロナウイルス感染症」COVID-19という疾病の原因ウイルスの名称である。SARS-CoV-2は2019年11月に中国武漢市で発見されて以降、瞬く間に世界中に感染拡大した。これまでに世界で7億人以上が感染、700万人以上が死亡している。新型コロナウイルスは変異株が多いのも特徴である。
- [用語2]
- メインプロテアーゼ阻害剤:コロナウイルスはゲノムとして一本鎖RNAを有し、宿主細胞に感染するとRNAから前駆体タンパク質が翻訳される。この前駆体タンパク質を切断する酵素が、メインプロテアーゼ(Mpro)(別名: 3CLプロテアーゼ)およびパパイン様プロテアーゼである。前駆体タンパク質が切断されると、構造タンパク質や酵素が生成し、ウイルスが複製できるようになる。従って、Mproの切断活性を阻害すれば、ウイルス増殖を抑制できると考えられ、世界中でMpro阻害剤の探索研究が進められた。ファイザー社のnirmatrelvirや塩野義製薬のensitrelvirは臨床使用されているMpro阻害剤である。
- [用語3]
- nirmatrelvir:ファイザー社が開発した新型コロナウイルスSARS-CoV-2のメインプロテアーゼ(Mpro)阻害剤であり、新型コロナウイルス感染症COVID-19治療薬として臨床で使用されている。商品名はPaxlovid (代謝抑制剤ritonavirとの合剤)である。日本では2022年2月に特例承認された。
- [用語4]
- 耐性株:細菌、ウイルスが、特定の薬剤に対して抵抗力を持ち、その薬剤が効きにくくなった株のことを指す。数年前よりnirmatrelvirの耐性株が患者の体内から発見されている。この場合、nirmatrelvir耐性株はnirmatrelvirに抵抗性を示すようになった株である。
論文情報
- 掲載誌:
- ACS Omega
- タイトル:
- SARS-CoV-2 Main Protease Inhibitors Containing 5-Substituted Benzothiazole-2-carbonyl Moieties at the P1’ Site and Their Derivatives
- 著者:
- Tsuji, Kohei; Kobayakawa, Takuya; Higashi-Kuwata, Nobuyo; Ishii, Takahiro; Shinohara, Kouki; Yamamoto, Ryusei; Miura, Yutaro; Wada, Naoya; Mitsuya, Hiroaki; Tamamura, Hirokazu
研究者プロフィール
玉村 啓和 Hirokazu TAMAMURA
東京科学大学 総合研究院 生体材料工学研究所
メディシナルケミストリー分野 教授/副学長(湯島地区安全担当)
研究分野:創薬化学、ペプチド化学、ケミカルバイオロジー、有機化学

関連リンク
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