「汚れにくい」生体材料表面にもタンパク質が選択的に蓄積する仕組みを解明
タンパク質表面の「アルギニン」が水和層を乱して吸着を駆動することを、高感度プロテオミクスで発見
ポイント
- 血液(血清)に触れた生体材料の表面にできる「タンパク質の膜(タンパク質コロナ)」を、高感度な質量分析(nano LC-MS/MS)で網羅的に解析し、タンパク質の分子量・等電点では、「汚れにくい(抗タンパク質付着性)」表面へのタンパク質の選択的な蓄積を説明できないことを明らかにした。
- 6種類のモデル有機表面に吸着したタンパク質を比較し、タンパク質表面の「アルギニン」残基の割合だけが、蓄積するタンパク質と排除されるタンパク質を有意に区別する因子であることを突き止めた(p = 0.005)。
- アルギニンが持つ平面状のグアニジニウム基が、抗タンパク質付着性表面を守る「水和層」を乱す(カオトロピック効果)ことで、本来タンパク質が付きにくいはずの表面にもタンパク質が蓄積する、という機構を提唱した。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 材料系の野村彩乃修士課程学生、林智広准教授らの研究グループは、京セラ株式会社との共同研究により、血液(血清)に触れた生体材料の表面にできる「タンパク質の膜(タンパク質コロナ[用語1])」の組成を高感度な質量分析(nano LC-MS/MS[用語2])で網羅的に解析し、「汚れにくい(抗タンパク質付着性[用語3])」表面にも特定のタンパク質が選択的に蓄積する仕組みを分子レベルで解明しました。
従来、タンパク質の付きやすさは等電点や分子量[用語4]などで予測されてきましたが、これらの指標では抗タンパク質付着性表面での選択的な蓄積を説明できませんでした。研究グループは、各材料表面に吸着した200種類以上のタンパク質を同定・定量し、統計解析(Welchのt検定)によって「タンパク質表面のアルギニン残基の割合」だけが、蓄積するタンパク質を区別する鍵であることを発見しました。アルギニンのグアニジニウム基[用語5]が持つカオトロピック(水の構造を乱す)効果が、材料表面を守る水和層を局所的に壊し、タンパク質の吸着を促すと考えられます。
本成果は、医療デバイスやインプラント、バイオセンサーなどの生体適合性を支配する「タンパク質コロナ」を分子レベルで予測・制御するための新たな設計指針を与えるものです。
本成果は、8月24日付(現地時間)の「Advanced Materials Interfaces」誌に掲載されました。
背景
医療用インプラントやバイオセンサーなど、体内や体液に触れる材料の運命は、その表面で起こる現象によって決まります。材料が血液などの体液に触れると、ミリ秒単位でタンパク質が表面に吸着し、「タンパク質コロナ」と呼ばれる膜を形成します。生体はこの膜を介して材料を認識するため、コロナの組成が、組織との結合、炎症、血栓形成、細胞接着といったその後の生体反応を大きく左右します。タンパク質コロナは生体との仲の良さ(生体親和性)を決定するため、企業・研究所・大学で幅広く研究されています。
血液や血清のような複雑な体液中では、この過程は単純な吸着ではなく、「Vroman(ブローマン)効果[用語6]」と呼ばれる動的な競争として進みます。はじめは量の多いタンパク質が表面を占めますが、やがてより表面親和性の高いタンパク質に順次置き換えられていきます。
これまで、コロナの組成はタンパク質の分子量や等電点、材料表面の水への濡れ性や表面電荷といった「バルク(全体)の性質」から予測されてきました。しかし、これらのモデルは単一のタンパク質では有効でも、血清・血漿からの様々なタンパク質の競争的な吸着、また、ポリエチレングリコール(PEG)や双性イオンポリマーなどの「抗タンパク質付着性(防汚)表面」では通用しないことが課題でした。こうした表面は、強く結合した水和層がバリアとなって材料表面とタンパク質分子の相互作用を遮蔽するため、より精密な分子レベルの理解が求められていました。
研究成果
研究グループは、ヒト血清に触れた6種類のモデル有機表面[双性イオン性のCBMA1・CBMA2、非イオン性のPEG・HPMA・オリゴエチレングリコール末端の自己組織化単分子膜(OEG-SAM)、および陽イオン性のDMAEMA]について、(1)表面プラズモン共鳴(SPR)[用語7]による吸着量の測定と、(2)nano LC-MS/MSによるタンパク質の網羅的な同定・定量を行いました。
まず、SPR測定により、陽イオン性のDMAEMA表面が最も多くタンパク質を吸着(409.6 ng/cm2)したのに対し、その他の表面は平均50.7 ng/cm2と高い抗タンパク質付着性を示すことを確認しました。次に、各表面で200種類以上(6表面全てに共通する137種を含む)のタンパク質を同定し、その組成が血清中の組成とは大きく異なること、すなわちVroman効果によって特定のタンパク質が選択的に濃縮・排除されていることを定量的に示しました。
注目すべきは、抗タンパク質付着性表面における選択性が、タンパク質の等電点や分子量では説明できなかった点です。そこで研究グループは、吸着したタンパク質を「濃縮(蓄積)」群と「希釈(排除)」群に分け、タンパク質表面のアミノ酸組成を統計的に比較しました(Welchのt検定)。その結果、表面に露出した20種類のアミノ酸や二次構造(αヘリックス・βシート)などタンパク質の性質を決める多数の因子のうち、「アルギニン残基の割合」だけが両群を有意に区別する因子であることを見いだしました(p = 0.005。他の因子はいずれも有意でなかった)。
研究グループは、その理由を分子レベルで次のように説明しました。アルギニン、リシン、ヒスチジンはいずれも正電荷を持つが、アルギニンだけが持つ平面状の「グアニジニウム基」は、電荷が分子全体に広がって電荷密度が低いため、周囲の水分子を整列させることができません。これは、水を秩序立てて安定な水和殻をつくるリシンのアンモニウム基(コスモトロピックな性質)とは対照的に、水素結合ネットワークを乱す「カオトロピック」な性質(ホフマイスター系列)です。
抗タンパク質付着性表面は、強く結合した水和層をエネルギー障壁として非特異的な吸着を防いでいます。しかし、表面アルギニンの多いタンパク質は、グアニジニウム基のカオトロピック効果でこの水和層を乱し、材料表面を脱水させる際のエネルギー的な不利を軽減します。その結果、タンパク質と材料表面、およびタンパク質同士の直接的な接触が促され、本来タンパク質が付きにくいはずのポリマーブラシ膜にもアルギニンに富むタンパク質が蓄積します。実際、生体材料に付着しやすいことが知られるビトロネクチン(VN)やフィブロネクチン(FN)[用語8]が比較的アルギニンに富むことも、この機構でよく説明できます(図1)。
社会的インパクト
タンパク質コロナの組成は、医療デバイスやインプラントの生体適合性を決定づけます。しかし、抗タンパク質付着性表面でどのタンパク質が蓄積するかを予測することは長年困難でした。本研究は、従来のバルク指標では説明できなかった選択的吸着に対し、「タンパク質表面のアルギニン」という分子レベルの明確な指標を与えた点に大きな意義があります。これにより、血液に触れる医療材料、体内に埋め込むインプラント、高感度バイオセンサーなどの表面設計を、経験や勘ではなく分子レベルの機構に基づいて合理的に進められるようになると期待されます。
さらに、タンパク質や微生物の「付着」は医療分野に限らず、社会の幅広い場面で性能や安全性、コストを左右します。船舶や海洋構造物の表面に生物が付着するバイオファウリングは、燃費の悪化と温室効果ガス排出の増加を招く世界規模の課題であり、水処理膜や食品・飲料の製造設備、熱交換器などでも、付着・汚れ(ファウリング)が効率低下や衛生上のリスクの原因となっています。本研究が示した「どの分子がどの表面に付着しやすいか」を分子レベルで予測する枠組みは、これら防汚(アンチファウリング)コーティングや分離膜、産業装置の表面設計にも共通して活用できます。すなわち本成果は、医療の生体適合性向上にとどまらず、環境負荷の低減、省エネルギー、産業プロセスの高効率化・衛生管理まで含めた、付着現象が関わるあらゆる分野に波及する基盤的な知見となることが期待されます。
今後の展開
研究グループは、今回見いだした「タンパク質表面のアルギニンが水和層を乱して吸着を駆動する」という分子レベルの指針を、より複雑で現実に近い環境へと展開していきます。まず、血清にとどまらず、体液や細胞培養液など多様な生体環境に置かれたさまざまな生体材料表面について、タンパク質の蓄積と同定を進め、Vroman効果が医療デバイスに与える影響をより正確に予測して、生体適合性に優れた表面設計の確立を目指します。
さらに、この予測モデルを生体材料の枠を越えて、海洋・産業環境の界面へと拡張します。付着を「抑える」防汚設計と、狙った分子だけを「呼び込む」設計の両面から表面を制御する技術へと育て、医療材料から船舶・海洋コーティング、分離膜や産業装置までを共通の原理で扱えるようにしてゆきたいです。こうした取り組みを通じて、長年にわたり経験と試行錯誤に頼ってきた表面設計を、分子の特徴から付着を合理的に予測・制御する「付着の予測科学」へと発展させ、医療・環境・産業を横断して人と社会に役立つ材料開発へとつなげていきます。
付記
本研究は、科学研究費助成事業 基盤研究(B)(JP26K01354)および挑戦的研究(萌芽) (JP26K24036)、「物質・デバイス領域共同研究拠点」における「ファイブスター・アライアンス」のCOREラボ共同研究プログラムの一環として実施され、公益財団法人日本台湾交流協会、および防衛装備庁 安全保障技術研究推進制度(ISTIS、課題番号JPJ013268)の支援を受けて行われました。
用語説明
- [用語1]
- タンパク質コロナ:材料が血液などの体液に触れた際、その表面に自発的に吸着して形成されるタンパク質の層。生体はこの層を介して材料を認識するため、材料の生体適合性を左右する。
- [用語2]
- nano LC-MS/MS:ナノ流量の液体クロマトグラフィー(nano LC)で微量のペプチドを分離し、タンデム質量分析(MS/MS)で同定・定量する高感度な手法。多数のタンパク質を網羅的に解析するプロテオミクス(タンパク質の総体解析)に用いられる。
- [用語3]
- 抗タンパク質付着性:タンパク質が付着しにくいように設計された表面。PEGや双性イオンポリマーなどがを修飾した材料表面が代表例で、表面に強く結合した水分子の層(水和層)がバリアとなって非特異的なタンパク質の吸着を防ぐと考えられている。
- [用語4]
- 等電点・分子量:等電点はタンパク質の正味の電荷がゼロになるpH、分子量はタンパク質の大きさを表す指標。いずれも従来、タンパク質の吸着しやすさの予測に用いられてきた。
- [用語5]
- アルギニンのグアニジニウム基:アルギニンは正電荷を持つアミノ酸の1つで、側鎖の先端に平面状の「グアニジニウム基」を持つ。この基は電荷が広がって電荷密度が低く、周囲の水の構造を乱す「カオトロピック」な性質を持つ。
- [用語6]
- Vroman(ブローマン)効果:体液が材料表面に触れたとき、まず量の多いタンパク質が吸着し、その後、より表面親和性の高いタンパク質に順次置き換わっていく現象。最終的に安定な「ハードコロナ」が形成される。
- [用語7]
- 表面プラズモン共鳴(SPR):金属薄膜表面での光と電子の共鳴現象を利用し、表面への分子の吸着量をリアルタイムかつ高感度に測定する手法。
- [用語8]
- ビトロネクチン(VN)・フィブロネクチン(FN):血液や培養液に含まれ、細胞の接着を仲介するタンパク質。比較的アルギニンに富み、さまざまな生体材料表面に付着しやすいことが知られている。
- [用語9]
- ポリマーブラシ膜:高分子の鎖をブラシ状に密に固定した薄膜(ポリマーブラシ膜)
論文情報
- 掲載誌:
- Advanced Materials Interfaces
- タイトル:
- Chaotropic Surface Arginine Correlates With Protein Corona Formation on Anti-Fouling Biomaterial Surfaces: A Quantitative Proteomics and Protein Structure Study
- 著者:
- Ayano Nomura, Guanghao Hu, Ang Art Wei Yao, Chisato Komura, Hideharu Kurioka, and Tomohiro Hayashi
- DOI:
- 10.1002/admi.70652
研究者プロフィール
林 智広 Tomohiro Hayashi
東京科学大学 物質理工学院 材料系 准教授
研究分野:表面・界面科学、バイオインターフェース、マテリアルズインフォマティクス