生命を形づくる「設計条件」を解き明かす

VI-Researcherインタビュー:Future Intelligence Visionary Initiative

2026年10月26日 公開

諸石 寿朗 教授(総合研究院)

瀧ノ上 正浩 教授(総合研究院)

2025年4月に導入したVisionary Initiatives(VI)は、現行の医学、歯学、理学、工学、情報学、物質理工学、環境・社会理工学、生命理工学、リベラルアーツといった分野別縦割りの研究体制を、分野横断型へと大きく変革する仕組みです。研究者はいずれかのVIを選択し、異分野融合研究を加速していきます。

諸石寿朗教授が担当するFuture Intelligence VIは、数理・量子・AI・生命・医歯学・人文社会といった多様な知を統合することで、100年先の複雑な社会現象を科学的に予言・設計し、未来を切り拓く社会システムの創造を目指しています。

「なぜこのVIを選んだのか」「異分野研究者との出会いでこれから何が生まれるのか」、研究者一人一人のエピソードを紐解きます。

細胞と環境の対話を読み解き、発生の未来を予測する

細胞は、遺伝子に記された「設計図」だけに従って生命を形づくっているわけではありません。周囲の細胞や環境と絶えず情報をやり取りしながら、組織や臓器をつくり、その機能を維持しています。分子生物学・細胞生物学を専門とする諸石教授は、細胞同士の協調や競合、細胞を取り巻く環境に注目し、生命が形づくられる原理を追究しています。AIや数理科学との融合によって、発生を「観察する」研究から、その未来を「予測する」研究へ。Future Intelligenceで広がる研究の可能性について聞きました。

――専門分野と、現在の研究テーマを教えてください。

私の専門は分子生物学と細胞生物学です。細胞が周囲の環境とどのように相互作用しながら組織や個体を形成し、その状態を維持しているのかを研究しています。

多細胞生物の体内では、性質や役割の異なる細胞が、互いに協調したり、ときには競合したりしながら、1つの生命体をつくり上げています。その仕組みを理解するには、個々の細胞だけでなく、細胞同士の関係や、細胞を取り巻く環境の影響まで捉える必要があります。

現在は、マウス胎児を母体外で長期間発育させる培養技術の開発にも挑戦しています。この実験系を活用し、細胞と環境との相互作用をリアルタイムで解析することで、発生を支える条件を明らかにしたいと考えています。

――なぜFuture Intelligenceを選んだのでしょうか。

研究環境が変わるたびに、その場所で出会った研究者や技術を生かし、新しいテーマに挑戦してきました。そのため、専門の枠を越えることに抵抗はありません。異なる分野の視点に触れることは、自分の研究を新しい方向へ広げる機会だと捉えています。

発生は、遺伝子、分子、細胞、組織、個体という複数の階層が影響し合う、非常に複雑な生命現象です。その全体像を理解するには、生物学だけでなく、AI、数理科学、情報科学、物理学などの知見を取り入れ、生命を多階層のシステムとして捉える必要があります。生命や意識、社会を統合的に理解し、未来を予測するFuture Intelligenceの方向性は、私が目指す研究と重なると感じました。

――VIへの参画によって、研究にどのような広がりが生まれそうですか。

私はこれまで、実験を中心とする、いわゆるウェットサイエンスに取り組んできました。Future Intelligenceには、情報科学、数学、物理学など、異なる方法で現象を捉える研究者が集まっています。そうした研究者の技術や考え方を取り入れることで、これまでとは違う角度から生命現象を捉え、新たな発見につなげられると期待しています。

細胞が環境と相互作用しながら形をつくる過程を時系列データとして蓄積し、その背後にある法則を抽出できれば、過去に起きた現象を説明するだけでなく、現在の状態から次にどのような形態が生まれるのかを予測できるかもしれません。異分野との対話によって、研究の問いそのものが広がり始めています。

――若い研究者が「もう一つの専門」を持つことを、どう考えますか。

学生には、いつも「T字型の知識を持ってほしい」と伝えています。縦の軸は、自分の専門を深く掘り下げる力。横の軸は、専門外の分野についても広く知り、異分野の研究者と対話する力です。

現在の研究は、一つの専門分野の知識だけでは進められないことが少なくありません。ただし、横に広げるだけでは研究者としての深みは生まれません。自らの専門をしっかりと深めた研究者同士が出会うからこそ、新しい研究が生まれるのだと思います。

――今後、Future Intelligenceを通じて実現したいことを教えてください。

研究では、「今できること」を繰り返すのではなく、「できたらよいと思うことを、どうすれば実現できるか」と考えるようにしています。今の技術では見ることができない、確かめられないから分からない。その壁に新しい技術で挑むことが、基礎研究の面白さです。

生命は、遺伝子という「設計図」だけで決まるものではありません。周囲の細胞との関係や環境など、さまざまな「設計条件」のもとで形づくられます。これらを解き明かし、AIや数理モデルと組み合わせることで、発生の未来を予測する新しい生命科学を築きたいと考えています。その先には、試験管内で臓器をつくる技術や再生医療への応用も見えてくるかもしれません。異分野の知を結集し、生命の成り立ちを理解する基礎研究から、人々の健康と未来に貢献していきたいと思います。

プロフィール

諸石 寿朗(もろいし・としろう)

東京科学大学 総合研究院 難治疾患研究所 教授。博士(医学)。専門は、分子生物学・細胞生物学。細胞同士や細胞と環境との相互作用をリアルタイムで解析し、発生を支える「設計条件」を明らかにするとともに、発生過程を予測・制御できる新しい生命科学の基盤構築を目指している。

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