ポイント
- 裸のmRNAワクチンの皮内投与で高い予防効果を得る方法を開発
- これまで否定的だったアジュバントの効果を見直し、高い有効性を引き出すアジュバントの組み合わせを最適化
- 針を使わず、ガス圧で裸のmRNAを皮下に留めることで安全性を向上
- 新型感染症に対する安全で効果的なワクチン接種法
概要
東京科学大学(Science Tokyo)総合研究院 難治疾患研究所 先端ナノ医工学分野の内田智士教授(ナノ医療イノベーションセンター主幹研究員/ラボ長)は、公益財団法人川崎市産業振興財団 ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)および米国ニュージャージー州立ラトガース大学医学校附属ラトガースがん研究所と共同で、アジュバントと裸のmRNAを組み合わせた効率的かつ安全なワクチンを開発しました。本研究成果は、医学系学術誌 「Journal of Clinical Investigation」(インパクトファクター: 14.3 in 2025)に2026年10月20日(米国東部時間)付でオンライン掲載されました。
研究成果
ワクチンは、既存および新興の感染症に対する世界的な対策において極めて重要な手段です。しかし、予防効果と安全性のバランスをとらなければならないため、その開発はとても複雑です。単純なmRNA分子から作られたワクチンは比較的安全ですが、それだけでは疾患から身を守るのに十分な効果はありません。今回、共同研究に関わった研究者らは、AAVやLNPなどで覆われていない裸のmRNA[用語1]をわずか2種類のアジュバント[用語2]と組み合わせ、ジェットインジェクター[用語3]を用いて皮膚に直接注入すると、高い有効性と安全性を兼ね備えたワクチンを創出できることを発見しました。
ワクチンは、感染に対してより迅速に対応できるよう、私たちの免疫系を鍛えるもので、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックを乗り切る助けとなりました。また、HIVのような致死性の疾病との戦いの流れを変える可能性をも秘めています。実際の感染を模倣することで、将来の感染から人々を守るのに十分な効果を持ち、それぞれの感染症に適した免疫反応を引き起こすワクチンが最も有益です。しかし、深刻な副作用を避けるためには、その免疫反応の強さや体内のどの部位で起こるかといった点を、慎重に制御する必要があります。したがって、新しいワクチンを設計する際、その有効性と安全性の両方を確保することが中心的な課題となります。
ワクチンには、根本的に異なるいくつかの種類があり、それぞれに長所と短所があります。近年開発されたmRNAワクチンは、mRNAが細菌やウイルスのごく一部でしか産生せず、またmRNAが細胞の核へ侵入する能力が制限され、有害な変化を引き起こすリスクが低減されるため高い安全性を有して言います。また、不純物を含まない形で製造しやすいという利点もあります。しかし、mRNAだけでは、その有効性は不十分です。研究者たちは、mRNAが本来持つ安全性を損なうことなく、強力な免疫反応を誘発する能力を高める方法を精力的に模索してきました。
ワクチンの有効性を高める手段の1つは、強力な免疫反応に必要な豊富に存在する細胞が皮膚など、体内の特定部位にワクチンを留めることです。これには、体の他の部位で望ましくない免疫反応が起こるのを防ぐというさらなる利点もあります。しかし、皮内投与は、ワクチン投与法として一般的な筋肉注射に比べて、実現がはるかに困難です。研究者たちはすでに、よりシンプルな解決策として、針を使わない「パイロドライブ液体ジェットインジェクター(PYRO)」を用いた研究を進めていました。これは圧力を利用して、mRNAのような高分子を皮膚細胞に直接自動的に注入する装置です。これにより、mRNA単体に対する免疫反応の改善につながりました。しかし、これだけでは十分な効果を得ることができず、さらなる検討が必要でした。
従来のワクチンでは、アジュバントと呼ばれる免疫刺激分子を添加することで、有効性を向上させることができる場合が多くあります。しかし、研究者らは、この一見単純な戦略がmRNAワクチンには容易には適用できないことに気づきました。従来のワクチン効果を高めることが知られているいくつかのアジュバントは、裸のmRNAワクチン接種に対しては有効性がほとんど、あるいは全く見られず、中には免疫応答を低下させるものさえありました。これは、単に免疫刺激を強めたからといって必ずしもmRNAワクチンの性能が向上するわけではないことを示したこれまでの研究結果と一致しており、この新しいワクチンプラットフォーム向けに効果的なアジュバントを設計することがいかに困難であるかを浮き彫りにしています。
この課題を克服するため、研究者らは臨床的に関連性の高い幅広いアジュバントを系統的にスクリーニングし、それらが免疫応答を増強するかどうかだけでなく、mRNA特有の免疫刺激特性とどのように相互作用するかも検証しました。この包括的なスクリーニングを通じて、個々のアジュバントだけでは不十分であったものが、わずか2種類のアジュバントを特定の組み合わせで用いることで相乗的に作用し、裸のmRNAに対する抗体応答と細胞性免疫応答の両方を著しく増強することが明らかになりました。さらに重要なこととして、このアジュバントの組み合わせは、皮膚への無針ジェットインジェクションにおいても効果的に機能し、良好な安全性プロファイルを維持しつつ、強力な防御免疫を誘導しました。したがって、この発見は、裸のmRNAワクチン接種における主要な課題の1つ、すなわちmRNAワクチンの特有の生物学的特性を妨げることなく、それを補完する免疫刺激因子を特定するという課題に対して、合理的な回答となります。選定されたアジュバントは、すでにヒト用ワクチンで使用されている成分に基づいており、また無針ジェットインジェクションもヒトを対象として評価済みであることから、この戦略は、将来発生する新型感染症に対する安全かつ効果的なワクチンの迅速な開発に向けた実践的な基盤となり得ると考えられます。
以下の図に今回の研究のコンセプトをまとめています。裸のmRNAをジェット投与すると、投与した皮膚において、抗原[用語4]を効率的に作り出すことができます。一方で、ワクチン効果を得るためには抗原だけでは不十分で、アジュバントにより免疫を刺激する必要があります。このアジュバントに関して、既に臨床応用されているCpG DNAとアラムという2種類のアジュバントを併用することで優れたワクチン効果が得られることを発見しました。皮膚では免疫系を効率的に刺激した一方で、全身で炎症反応を引き起こすことがなかったので、これらのアジュバントは安全と考えられます。投与した皮膚での抗原の産生と免疫刺激により、リンパ節で効果的に免疫応答が誘導され、結果的に優れたワクチン効果が得られました。特に、ウイルスに結合してその機能を弱めその除去を促す抗体が効率的に産生されたほか、ウイルスに感染した細胞を除去するための細胞性免疫も効率的に誘導され、将来的にはがん治療などにも応用できると期待できます。さらに、このワクチンの有効性は、新型コロナウイルスとインフルエンザウイルスの感染症のモデルマウスでも実証されました。
本学研究者のコメント
内田智士
東京科学大学 難治疾患研究所 先端ナノ医工学分野 教授 ナノ医療イノベーションセンター 主幹研究員(ラボ長)
「キャリアフリーmRNAワクチンの開発において、最も注目すべき発見の1つは、アジュバントを組み合わせることで、動物実験において良好な安全性プロファイルを維持しつつ、ワクチンの有効性を著しく向上させることができたという点でした。こうした有望な知見を踏まえ、現在、臨床応用に向けた次の段階へと進んでいます」
用語説明
- [用語1]
- mRNA:mRNAは生体内で分解しやすいため、ウイルス殻(AAV)や脂質ナノ粒子(LNP)で覆うことが一般的だが、皮内投与されたmRNAが相当するタンパク質を合成する速度はとても速いため、必ずしも覆う必要がないと考えられている。
- [用語2]
- アジュバント:一般的にワクチンの効果を高めるために添加される物質を「アジュバント」とよび、日本語で「免疫補助剤」と訳されることも多い。
- [用語3]
- ジェットインジェクター:針を使わず、ガス圧で薬剤を皮内に投与する医療機器。
- [用語4]
- 抗原:mRNAは体の中でウイルスの一部である抗原を作り出し、この抗原に対して免疫反応が誘導される。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of Clinical Investigation
- タイトル:
- Jet-injected combinational adjuvants potentiate naked mRNA vaccines for protection against respiratory viral infections in mice(複数のアジュバントと組み合わせたジェットインジェクション法による裸のmRNAワクチンの接種は、マウスにおける呼吸器ウイルス感染症に対する防御効果を増強する)
- 著者:
- N. Qiao, J. Ishikawa, F. Yasui, K. Sano, K. Miyakawa, A. Hayashi, A. F. Amiry, H. Liu, X. Zhu, N Takeda-Miyata, M. Kojima, T. Sato, R. Pasqualini, W. Arap, K. Kataoka, H. Hasegawa, M. Kohara and S. Uchida
- DOI:
- 10.1172/JCI204021
研究機関
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ナノ医療イノベーションセンターについて
ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)は、キングスカイフロントにおけるライフサイエンス分野の拠点形成の核となる先導的な施設として、川崎市の依頼により、公益財団法人川崎市産業振興財団が、事業者兼提案者として国の施策を活用し、平成27年4月より運営を開始しました。有機合成・微細加工から前臨床試験までの研究開発を一気通貫で行うことが可能な最先端の設備と 実験機器を備え、産学官・医工連携によるオープンイノベーションを推進することを目的に設計された、世界でも類を見ない非常にユニークな研究施設です。
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ニュージャージー州で唯一、米国国立がん研究所(NCI)から認定を受けた総合がんセンターであるラトガースがん研究所は、RWJBarnabas Healthと連携し、州内各地の施設において、患者が自宅から近い場所で臨床試験を含む最先端の治療選択肢を受けられるよう支援しています。当研究所の画期的ながん研究は、最先端のがん治療へのアクセスを推進する原動力であり、そこで得られた発見が患者の治療に直結しています。さらに、州内初かつ唯一の独立型がん専門病院である「ジャック・アンド・シェリル・モリス・キャンサー・センター」の開設により、この取り組みはさらに強化されました。