ポイント
- 「凝集すると光る分子」(AIE色素)をコンピュータ上で予測する新しい分子設計法を開発
- 発光・消光特性は官能基の配置で決まるため、量子化学計算により事前予測できることを実証
- 経験に頼らない、計算科学に基づく合理的設計による発光材料開発を実現
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 物質理工学院 応用化学系の田中拓哉大学院生(研究当時、現・南洋理工大学博士研究員)、小西玄一准教授、九州大学、熊本大学、香港中文大学(深圳)のベン・ゾン・タン(Ben Zhong Tang)教授らの共同研究グループは、凝集すると光る分子「凝集誘起発光(AIE)色素」[用語1]の発光特性をコンピュータ計算によって予測する新しい分子設計指針を発見しました。
AIE色素は、溶液中ではほとんど発光せず、凝集・固体状態で強く発光する特異な性質を持ち、有機EL、バイオイメージング、化学センサーなどへの応用が期待されています。しかし、その多くは経験的な試行錯誤によって開発されており、どのような分子構造がAIE特性を生み出すのかを事前に予測することは困難でした。
本研究では、光を吸収した分子が発光せずにエネルギーを失う「円錐交差(CI)」[用語2]に着目しました。研究グループは、30種類の橋かけスチルベン[用語3]誘導体を量子化学計算によって解析し、分子内での官能基の配置が円錐交差への到達しやすさを左右し、発光・消光特性を決定することを見いだしました。この設計指針に基づいて分子を合成したところ、予測どおり、溶液中ではほとんど発光せず、固体状態で強く発光する凝集誘起発光(AIE)特性が確認されました。さらに超高速分光測定と量子化学計算により、官能基の配置が円錐交差の性質を変化させることで、無輻射失活[用語4]を制御していることを明らかにしました。これにより、AIE色素の発光特性を計算によって予測できることが示されました。今回得られた設計指針は、高効率有機EL材料、バイオイメージング用蛍光プローブ、環境・医療センシング材料などの開発を加速するだけでなく、発光材料開発を経験則から計算科学に基づく合理的分子設計へと転換する基盤技術となることが期待されます。
本成果は、6月18日(現地時間)に、Wiley社発行の国際学術誌「Advanced Science 」オンライン版に掲載されました。
背景
有機発光材料は、有機ELやバイオイメージング、センシングなど幅広い分野で利用されています。なかでも凝集誘起発光(AIE)色素は、「溶液中では光らず、固体や凝集状態で強く発光する」という特徴を持ち、その研究はこの20年で大きく発展してきました。
AIEの発現特性には、励起状態の分子が大きく構造変化して「円錐交差(CI)」と呼ばれるエネルギーの特異点に到達し、光を出さずに失活する過程が大きく影響します。固体や凝集状態ではこの構造変化が抑制されるため、CIに到達せず、発光が増強されます(図1)。しかし、どのような分子構造がCIへの到達しやすさを決定するのかは十分に理解されておらず、AIE色素の開発は依然として経験則に頼る部分が大きいのが現状です。
本研究グループはこれまでに、スチルベン骨格に橋かけ構造を導入することでCIへの到達しやすさを制御できること、さらにドナー・アクセプター(D–π–A[用語5])構造を導入することで環境応答性を付与できることを報告してきました。そこで本研究では、官能基(ドナー基とアクセプター基)の配置の違いがCIへの到達しやすさ(CIアクセシビリティ)をどのように変化させるかを調べ、その分子設計指針の解明を目指しました。
研究成果
1. 計算化学による円錐交差アクセシビリティの系統的評価
本研究ではまず、MRSF-TDDFT法という、通常のTDDFT計算とは異なるスピン汚染を排除した計算方法を用いて、候補分子の計算スクリーニングを行いました。具体的には、6員環および7員環の橋かけスチルベン(BST[6]、BST[7])にドナー・アクセプター(D–π–A)型置換基を導入した計30種の誘導体(図2)について、フランク–コンドン(FC)[用語6]と円錐交差(CI)のエネルギー差ΔE (FC–CI)を算出しました(図3)。
その結果、7員環系(BST[7])では
- X位にアクセプター基(–CNなど)→ CIが選択的に安定化 → ΔE(FC–CI)が増大
- Y位にドナー基(–NMe2など)→ CIがさらに安定化
という明確な置換基依存性が現れました。この傾向は、6員環系(BST[6])でも確認され、X位にアクセプター基、Y位にドナー基を置く非対称配置が、CIを最も安定化させるという設計指針が得られました(図3c、d)。また、ピラミッド化した中央炭素上の電子構造を解析すると、アクセプター基が負電荷を持つ炭素側に、ドナー基が正電荷を持つ炭素側に位置する場合に、CIが電子的に安定化されることが分かりました。
2. 代表的D–π-A型橋かけスチルベンの合成と発光特性
計算予測に基づき、4種類の分子(DCBS[6]、DCBS[7]、DPB[7]C、DPB[7]N)を新たに合成し、発光特性を評価しました。高いCIアクセシビリティが予測されたDCBS[7]は、溶液中の蛍光量子収率Φfl = 0.01と極めて低く、固体ではΦfl = 0.36と大幅に向上し、明確なAIE特性を示しました。また、6員環系のDCBS[6]では溶液中Φfl = 0.06、固体Φfl = 0.18、π共役を拡張したDPB[7]Cでも溶液中Φfl = 0.09、固体Φfl = 0.95という、高い凝集誘起発光増強(AIEE)[用語7]特性を示しました。一方で、ドナー基とアクセプター基を反転配置したDpCBS[6]はΦfl = 0.76、 DPB[7]NはΦfl = 0.88と溶液中でも高発光であり、CIへのアクセスが困難であることを反映しています。
このように、実験結果は計算予測と良く対応しており、官能基の配置がCIアクセシビリティを介してAIE特性を支配することが実証されました。
3. 超高速分光と円錐交差トポロジー解析
フェムト秒時間分解過渡吸収(fs-TAS)[用語8]により、DCBS[6]の励起状態の寿命は142 ps(トルエン)、777 ps(アセトニトリル)と、置換基を反転したDpCBS[6]の1,773 ps、2,219 psに比べて大幅に短いことが確認されました。DCBS[7]でも同様に、DpCBS[7]より短い寿命を示し、ドナー・アクセプター非対称配置が内部転換を加速することが実験的に検証されました。
さらに、CI付近の2次元ポテンシャルエネルギー面(2D-PES)を解析したところ、DCBS[6]は「peaked型」CI(あらゆる方向から到達でき内部転換効率が高い)を持つのに対し、DpCBS[6]は「sloped型」CI(励起状態に戻りやすく内部転換効率が低い)であることが明らかになりました(図4)。この違いを定量的に反映して、DCBS[6]の非断熱遷移結合(NACME)[用語9]はDpCBS[6]の約3倍の値に達しており、官能基の配置がCI形状と非断熱結合の両方を変化させることが示されました。
社会的インパクト
本研究は、AIE発現の鍵となる円錐交差(CI)への到達しやすさを量子化学計算によって予測し、発光・消光特性を分子設計の段階で制御できることを示した成果です。これまで経験的な試行錯誤に依存していたAIE色素開発に対して、無輻射失活経路に基づく新たな分子設計指針を提供するものであり、有機EL材料やバイオイメージング用蛍光プローブなどの高性能発光材料の開発加速が期待されます。また、官能基の配置という比較的単純な分子設計によって励起状態ダイナミクスを制御できるという知見は、橋かけスチルベンに限らず、幅広いπ共役有機分子へ応用できる可能性があります。
今後の展開
今後は、本研究で得られた設計指針をさまざまなπ共役分子へ展開し、計算科学に基づく高性能AIE材料の探索を進めます。さらに、溶媒効果や分子運動をより精密に取り扱う理論手法や非断熱ダイナミクス計算を導入することで、励起状態ダイナミクスの予測精度を向上させ、発光材料の計算主導型設計の実現を目指します。
用語説明
- [用語1]
- 凝集誘起発光(AIE):分子が孤立した溶液中ではほとんど光らず、凝集・固体状態になると強く発光する現象。従来の「凝集すると消光する」という常識を逆転した性質。
- [用語2]
- 円錐交差(CI):励起状態と基底状態のポテンシャルエネルギー面が交差する特異点。分子がここを通ることで、光を出さずに高速にエネルギーを失って基底状態に戻ることができる。
- [用語3]
- 橋かけスチルベン:スチルベン分子の中心の炭素–炭素二重結合部位と一方のフェニル基とを炭素鎖で「橋かけ」して連結した分子構造。
- [用語4]
- 無輻射失活:分子が光を出さずに、励起状態から基底状態へエネルギーを失って戻る過程。
- [用語5]
- D–π–A型:電子を与えやすい部分(D;ドナー)と、電子を受け取りやすい部分(A;アクセプター)をπ共役骨格でつないだ分子構造。分子内で電荷の偏りが生じやすく、発光色が環境に応答しやすくなる。
- [用語6]
- フランク–コンドン(FC):分子が光を吸収した直後の構造に対応する励起状態の出発点。ここから分子が構造変化を始め、円錐交差へ向かうかどうかが決まる。
- [用語7]
- 凝集誘起発光増強(AIEE):溶液中でも一定の発光を示すが、凝集・固体状態になるとさらに発光が強くなる性質。溶液中で全く光らないAIEに対し、AIEEは溶液中でも弱く光る点が異なる。
- [用語8]
- フェムト秒時間分解過渡吸収測定(fs-TAS):光を当てた直後の分子の状態をピコ秒(1兆分の1秒)よりも短い超短時間スケールで観測する測定法。
- [用語9]
- 非断熱遷移結合(NACME):円錐交差付近での2つの電子状態間の量子力学的な結合の強さを表す指標。大きいほど励起状態から基底状態への遷移が起こりやすい。
論文情報
- 掲載誌:
- Advanced Science
- タイトル:
- Computation-Guided Control of Excited-State Deactivation through Modulation of Conical-Intersection Accessibility by Donor–Acceptor Asymmetry in Bridged Stilbene AIE Luminogens
(和訳:ドナー–アクセプター非対称性による円錐交差アクセシビリティの制御を通じた橋かけスチルベンAIE色素における励起状態失活の計算ガイド型制御) - 著者:
- Takuya Tanaka1, Satoshi Suzuki2, Hirosato Koyanagi2, Kiyoshi Miyata2, Riki Iwai1, Kazunobu Igawa3, Ken Onda2, Ben Zhong Tang4, Gen-ichi Konishi*1
(田中拓哉1、鈴木聡2、小柳裕聖2、宮田潔志2、岩井梨輝1、井川和宣3、恩田健2、唐本忠4、小西玄一*1) - 所属:
- 1. 東京科学大学 物質理工学院 応用化学系
2. 九州大学 理学研究院 化学部門
3. 熊本大学 大学院先端科学研究部
4. 香港中文大学深圳校 - DOI:
- 10.1002/advs.76058
研究者プロフィール
小西 玄一 Gen-ichi Konishi
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 准教授
研究分野:光化学、有機合成化学、高分子科学、生理学