世界初、サブテラヘルツ波二偏波MIMOアンテナ一体型無線機モジュールの開発に成功

2026年7月9日 公開

144Gbps超高速通信により6G端末の実現に大きく前進

ポイント

  • サブテラヘルツ波二偏波MIMO通信が可能なフェーズドアレイ無線機を開発
  • 150 GHz帯双方向送受信回路の高密度集積により、144 Gbpsの超高速通信を実証
  • 6Gモバイル通信による屋内でのXRアプリケーションや遠隔医療への応用に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo)工学院 電気電子系の山崎雄大特任助教と岡田健一教授らの研究チームは、6G(第6世代移動通信システム)[用語1]に向けた、世界初の150 GHz帯MIMO[用語2]通信可能なフェーズドアレイ[用語3]無線機を開発しました。

6Gでは100 Gbpsを超える超高速・大容量通信の実現が求められており、広大な帯域幅を持つサブテラヘルツ波[用語4]による二偏波MIMO[用語5]無線通信に注目が集まっています。しかし、これをフェーズドアレイ無線機で実現するには、回路面積を従来の半分以下に抑えなければならず、波長がmm級と短いサブテラヘルツ波では困難でした。

本研究では、150 GHz帯送受信回路の経路を共有化し、大幅に小型化することで、二偏波MIMOフェーズドアレイ送受信回路を1チップの無線機ICに高密度集積することに成功しました。また、本無線機ICを搭載した二偏波MIMO通信対応の超小型AiP(アンテナ・イン・パッケージ)[用語6]無線機モジュールを用いた通信実証実験において、最大144 Gbpsのデータ転送速度を実現しました。本成果は、将来の遠隔手術に向けた超高精細映像伝送やXRなど、6G時代の多様なサービスへの応用が期待されます。

本成果は、6月14日~18日に米国ホノルルで開催される「2026 IEEE/JSAP Symposium on VLSI Technology & Circuits」で発表されました。また、この発表論文は、回路セッション全143件の発表のうち10件の注目論文に選ばれており、その筆頭として掲載されています。

背景

スマートフォンをはじめとするモバイルデバイスの急速な普及とデジタル化の加速により、モバイルデータトラフィックは年々増大しています。こうした社会的要求に応えるべく、現在の5Gの次の世代である6Gの研究開発が、2030年代の実用化を目指して世界各国で活発に進められています。6Gでは、現行の5Gの通信速度をさらに大幅に上回る、100 Gbps超の超高速・大容量無線通信の実現が目標とされており、遠隔手術向け超高精細映像伝送や高度なXR(拡張現実)サービスなど、これまで有線接続でなければ不可能だった用途への展開が期待されています。

このような超高速通信を実現するためには、広大な周波数帯域を確保することが不可欠です。現在の5Gで用いられているミリ波帯よりもさらに高い周波数帯である、100 GHz超のサブテラヘルツ波帯は、6Gに必要な広帯域を確保できる有力な候補として世界的に注目されています。しかしサブテラヘルツ波は、周波数が高いほど自由空間での伝搬損失が大きくなるため、十分な通信距離を確保するには、多数のアンテナ素子で電波に指向性を持たせるフェーズドアレイ技術が不可欠です。さらに、この周波数・時間領域において通信容量を倍増し、100 Gbps超の6G情報端末を実現するには、垂直・水平の2方向の偏波を同時に活用してデータを多重化する二偏波MIMO技術が必要になります(図1)。

図1. 6G端末に向けたサブテラヘルツ波二偏波MIMOによる100 Gbps超の高速通信

しかし、垂直・水平の2方向の偏波に対応した2ストリーム分のフェーズドアレイ送受信回路を1チップに収めるには、回路面積を従来の半分以下に抑えなければなりません。サブテラヘルツ波では、波長が短くなることでアンテナピッチが1 mm級に狭くなるため、各送受信回路の面積も非常に小さくする必要があり、回路全体の高密度集積を困難にしています(図2)。そのため、サブテラヘルツ波での二偏波MIMOフェーズドアレイ無線機はいまだ実現していませんでした。

図2. サブテラヘルツ波二偏波フェーズドアレイ無線機の課題

研究成果

本研究では、150 GHz帯二偏波MIMOフェーズドアレイ送受信回路を1チップの無線機ICに高密度集積することに世界で初めて成功しました。この無線機ICは安価なCMOS[用語7]プロセスで製造され、チップサイズは3 mm×4 mmです。垂直・水平の2偏波に対応した送受信素子を各4素子、計8素子を1チップに集積しており、素子あたりの消費電力は送信時124 mW、受信時90 mWと、高密度集積と低消費電力を両立しています。

このICの設計では、高密度集積を実現するにあたり、送信と受信の信号経路を部分的に共有化するアーキテクチャを採用しました。送受信の切り替えに必要なスイッチ素子の一部を省略し、アンテナ直前の信号経路を送受信で共有する独自技術を開発することで、切り替え時の信号損失を抑えながら、150 GHz帯送受信回路の回路面積を従来比で大幅に削減しています。

従来の設計では、送受信の切り替えスイッチや伝送線路がそれぞれ独立して設けられていたため、回路面積が大きくなることが課題でした。本研究の手法はこの課題を根本から解決するものであり、狭いアンテナピッチの中に2偏波分の送受信回路を収めることを可能にしました。

また、フェーズドアレイ無線機ICにおいては、各アンテナ素子からの信号を合成する際に広い周波数帯域にわたって遅延のズレなく信号を増幅する、中間周波数(IF)[用語8]増幅器が必要です。従来のIF増幅器では、広帯域化を図ると複数のインダクタなどの受動素子が必要となり、回路面積が増大するというトレードオフが課題でした。本研究では独自の回路構成によりこのトレードオフを解消し、従来の半分以下の面積で20 GHz以上の広帯域動作を実現しました。これにより、広帯域にわたり、かつ遅延ズレの少ない信号増幅を小面積で達成し、無線機IC全体の高密度集積に大きく貢献しています。

本研究ではさらに、この無線機ICを2個搭載した二偏波MIMO通信対応の超小型AiP無線機モジュール(20 mm×8.2 mm)を開発しました(図3)。このモジュールは、垂直偏波用アンテナと水平偏波用アンテナをそれぞれ8素子ずつ搭載しており、EIRP (等価等方放射電力)[用語9]は垂直偏波で27.8 dBm、水平偏波で26.3 dBmを達成しています。また、電波を±45°の範囲で電子的に制御するビームステアリング[用語10]動作も確認しており、障害物や環境変化に応じて通信方向を柔軟に切り替えることが可能です。

図3.(a)150 GHz帯二偏波MIMOフェーズドアレイ半導体無線機ICと(b)端末搭載可能な超小型アンテナ一体型 (AiP)無線機モジュール図。

このモジュールを搭載した評価基板による通信実証実験では、最大3mの距離でのMIMO通信に成功しました(図4)。またこのモジュールは、二偏波MIMOにより最大144 Gbpsのデータ転送速度を達成することで、低消費電力かつ大容量な通信性能を実現しました(図5)。これは、これまで報告されてきたサブテラヘルツ波フェーズドアレイ無線機の通信速度を大幅に上回る数値です。さらに、この実証実験では最大50 mの遠距離通信も達成しており、室内の近距離通信から屋外の中距離通信まで幅広いシナリオへの対応可能性を実証しました。

図4. (a)提案する無線機AiPモジュールを搭載した評価基板と、(b)150GHz帯二偏波MIMO通信実験の様子。
図5. 本研究成果とこれまでのフェーズドアレイ無線機との比較

社会的インパクト

本研究では、サブテラヘルツ波を用いた6G端末向け二偏波MIMOフェーズドアレイ無線機を世界で初めて実現することで、これまで技術的に困難とされてきた、超高速・大容量無線通信に対応するサブテラヘルツ無線機ICの端末への搭載が可能であることを実証しました。
本成果がもたらす最も大きな社会的意義は、100 Gbpsを超える大容量での超高速無線通信を、基地局などの大型設備だけでなく、スマートフォンのような小型の民生用端末でも実現できる道筋を示した点にあります。安価な65nm CMOSプロセスを用いて小型チップとして実装できることは、将来的な大量生産・低コスト化にも直結しており、6G端末の普及を大きく後押しするものです。

こうした超高速無線通信を実現するフェーズドアレイ無線機は、これまで有線接続でなければ不可能だったさまざまなサービスへの展開が期待されます。たとえば、遠隔手術における超高精細映像のリアルタイム伝送や、高度なXR(拡張現実)[用語11]を活用した教育・医療・製造現場での応用、さらには大容量データを瞬時にやり取りする産業用途などへの展開を通して、社会のあらゆる分野に変革をもたらす可能性を持っています。

本成果は、6G高速・大容量通信システムの実用化を大きく加速するものであり、デジタル社会のさらなる発展に貢献することが期待されます。

今後の展開

今回開発した超小型AiP無線機モジュールは1次元のフェーズドアレイ構成ですが、今後はサブテラヘルツ波を用いた数キロメートル先までの長距離通信の実現に向けて、2次元アレイによる大規模フェーズドアレイの開発を目指します。二偏波MIMO無線機ICを2次元アレイに搭載するには、今回実現した高密度集積技術をさらに発展させる必要があります。そのため今後は、本研究で培った送受信回路の共有化や面積削減の技術を基盤として、ICのさらなる小型化・高密度化に積極的に取り組み、大規模フェーズドアレイの実現を推進していきます。

さらに、開発した無線機モジュールの社会実装に向けて、大容量通信を必要とする具体的な応用領域での実証実験も進めていきます。特に、医療手術室におけるXRアプリケーションのような高精細映像のリアルタイム伝送を想定したシステム実証を通じて、サブテラヘルツ波通信の社会的利用を力強く推進していきます。

付記

本研究は、総務省委託研究「テラヘルツ波による超大容量無線LAN伝送技術の研究開発(JPJ000254)」の成果の一部です。

用語説明

[用語1]
6G(第6世代移動通信システム):現在普及が進んでいる5Gの性能をさらに進化させた、次世代の移動通信システム。100 Gbpsを超える超高速・大容量通信や低遅延、多数同時接続といった通信の高度化を目指しており、2030年代の実用化に向けて世界各国で研究開発が進められている。
[用語2]
MIMO:複数のアンテナを用いて送受信を同時に行い、通信容量や信頼性を向上させる無線通信技術。送受信それぞれに複数のアンテナを使用することで、同じ周波数帯域を使いながら複数のデータストリームを同時に伝送することができる。
[用語3]
フェーズドアレイ:複数のアンテナ素子を配列し、各素子への信号の位相を電子的に制御することで、電波の放射方向を任意に変えることができるアンテナ技術。機械的な駆動部なしで高速でビームの方向を切り替えられる。
[用語4]
サブテラヘルツ波:100 GHzから300 GHzの周波数帯の電波。現在の5Gで使用されているミリ波帯よりもさらに高い周波数帯であり、広大な帯域幅を活用した超高速通信が可能である。一方で、自由空間での電波損失が大きいという特性を持っている。
[用語5]
二偏波MIMO:垂直・水平の2方向の偏波を同時に活用してデータを多重化するMIMO技術。同じ周波数・時間領域で2つの独立したデータストリームを伝送できるため、実質的に通信容量を倍増させることができる。
[用語6]
AiP(アンテナ・イン・パッケージ):無線通信用のICチップとアンテナを一つのパッケージに統合したモジュール。ICとアンテナを近接配置することで、両者をつなぐ配線での信号損失を最小限に抑えることができる。特に電波損失が大きいサブテラヘルツ波帯において、高性能な無線通信モジュールを小型・低コストで実現するうえで重要な技術である。
[用語7]
CMOS:相補型金属酸化膜半導体。半導体集積回路の製造技術の1つ。低消費電力で動作し、大量生産に適しているため製造コストを抑えられるという特長を持っており、スマートフォンをはじめとする民生用電子機器に広く用いられている。
[用語8]
中間周波数(IF):無線通信において、高周波の送受信信号を処理しやすい周波数帯に変換した信号の周波数帯域。サブテラヘルツ波のような極めて高い周波数の信号を直接処理することは困難であるため、一度扱いやすい中間周波数帯に変換してから信号処理を行う方式が広く用いられている。本研究では、5〜23 GHzの周波数帯をIF信号として用いている。
[用語9]
EIRP(等価等方放射電力):アンテナからある方向に放射される電波の強さを表す指標。送信機の出力電力にアンテナの利得を乗じた値であり、単位はdBmで表される。EIRPが高いほど、より遠くまで電波を届けることができる。
[用語10]
ビームステアリング:フェーズドアレイアンテナにおいて、各アンテナ素子への信号の位相を電子的に制御することで、電波の放射方向を任意に変える技術。機械的な駆動部なしで高速に動作するため、移動する端末との通信や障害物を回避した通信方向の切り替えに有効である。
[用語11]
XR(拡張現実):現実世界と仮想世界を融合させて新たな空間を生み出す技術の総称。AR(拡張現実)、VR(仮想現実)、MR(複合現実)などを含む概念であり、医療・教育・製造など幅広い分野での活用が期待されている。超高速・大容量の無線通信と組み合わせることで、高精細な映像をリアルタイムに伝送する没入型のサービスが実現可能となる。

論文情報

学会:
2026 IEEE/JSAP Symposium on VLSI Technology & Circuits
セッション:
C1 High-Frequency Arrays for 6G and SATCOM
講演時間:
現地時間2026年6月16日 午前11時55分
タイトル:
A 144Gbps D-Band Dual-Polarized MIMO High-Density Phased-Array Transceiver in 65nm CMOS for 6G UE
著者:
Yudai Yamazaki, Ryuji Kinugawa, Takumi Kojima, Takaya Uchino, Anyi Tian, Chenxin Liu, Sunghwan Park, Kotaro Ito, Sena Kato, Chun Wang, Minzhe Tang, Takashi Tomura, Yuncheng Zhang, Hiroyuki Sakai, Kazuaki Kunihiro, Kenichi Okada

研究者プロフィール

山崎 雄大 Yudai Yamazaki

東京科学大学 工学院 電気電子系 特任助教
研究分野:ミリ波・テラヘルツ波、無線機、レーダ、高周波回路

山崎 雄大 Yudai Yamazaki

岡田 健一 Kenichi Okada

東京科学大学 工学院 電気電子系 教授
研究分野:無線機・高周波回路(RFアナログ回路、ミックスドシグナル回路)

岡田 健一 Kenichi Okada

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教授 岡田 健一

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