ポイント
- 折り紙技術を活用して、小さく収納して宇宙空間で大面積に展開できる新たな衛星無線機を開発。
- 平らでない柔らかい展開膜上のフェーズドアレイ無線機によるビームフォーミング技術の宇宙実証を世界で初めて実施予定。
- 開発した無線機が搭載されたJAXA革新的衛星技術実証4号機のRAISE-4は2025年12月14日打ち上げに成功。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 工学院 機械系の坂本啓教授、総合研究院 未来産業技術研究所の白根篤史准教授、工学院 電気電子系の岡田健一教授らの研究チームは、折り紙技術を活用した小型で軽量の宇宙展開型フェーズドアレイ[用語1]無線機の開発に成功しました(図1)。本無線機は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の革新的衛星技術実証4号機のRAISE-4に搭載され、2025年12月14日に打ち上げられました(図2)。
研究チームは、打ち上げ前は小さく収納でき、軌道投入後は大面積に展開可能な、従来の無線機よりも小型で軽量のフェーズドアレイ無線機を提案し、開発を行ってきました。折り紙技術により収納される柔らかな展開膜上の無線機は、展開後も完全な平面にはなりません。そのため本研究では、非平面を電気的に補償する技術を採用しました。今後はこの非平面の宇宙展開型フェーズドアレイ無線機によって、6G[用語2]時代の無線通信に不可欠なビームフォーミング技術[用語3]を宇宙実証します。
本技術によって、大面積のフェーズドアレイ無線機を小型衛星にも搭載可能になり、現在は数百キロを超える通信衛星の飛躍的な小型・軽量化が実現します。本研究の成果は、6G時代の広カバレッジ化の鍵となる衛星コンステレーション[用語4]構築の低コスト化と、その普及の加速に大きく貢献すると期待されます。
この研究は、革新的衛星技術実証4号機の実証テーマ「Society 5.0に向けた発電・アンテナ機能を有する軽量膜展開構造物の実証」(HELIOS-R)の一環として実施されました。
背景と研究課題
私たちが普段利用する音声通話や、画像や動画などのデータ通信は、地上に張り巡らされたネットワークを主に利用しています。これに対して、次世代の通信システム6Gでは、上空20 kmを飛行する高高度プラットフォームステーション(HAPS)や、地上約500 kmを周回する低軌道衛星といった非地上のネットワークを利用することで、飛躍的な通信エリアの拡大や、災害等に対して堅牢な通信が実現します。従来も、静止軌道衛星を用いたブロードバンドサービスや低速のデータ衛星通信サービスは提供されてきました。しかし従来の衛星通信は、非常に大きい通信遅延や、通信コストの高さ、端末サイズの大きさといった課題があり、日常的に利用される通信ネットワークとしては普及してきませんでした。最近では、一部のスマートフォンに衛星通信機能が搭載され、地上の基地局からの電波が届かない場所でも緊急時にSOSを送れるようになっています。6G時代が到来すれば、SOSのような非常に小容量のデータ送信だけでなく、陸から遠い外洋から通話したり、山頂から雄大な景色を伝送したり、宇宙から動画を配信したりできる世界が実現すると期待されています。
一方で、近年では、多数の低軌道衛星を利用して通信ネットワークを構築する「衛星コンステレーション」が注目されています。衛星コンステレーションは、低軌道上にあるために通信遅延が小さいだけでなく、大量の衛星を打ち上げることでネットワークのスループットを向上させることが可能です。特に、光ファイバを敷設することが困難な地域や、非常事態における通信インフラとして、その重要性が国際的に高まっています。
現在の衛星コンステレーションを構成する衛星は、それぞれが200 kgを超える大型衛星であるため、打ち上げ費用が高いことが、衛星通信コストの上昇に直結しています。しかし、宇宙から地上への長距離通信には、高い指向性を持つ大面積のアンテナが必要であり、衛星サイズを小型化するにはそうしたアンテナの開発が課題となっています。来るべき6Gの時代の重要な通信インフラとなる衛星コンステレーションに向けて、従来と比べて小型かつ軽量でありながら、大面積のアンテナを持つ小型衛星の実現が強く求められています。
研究成果
東京科学大学の研究チームは以前から折り紙技術を活用することで、大面積に展開可能で、かつ収納度の高い新たな衛星無線機を提案し、開発を行ってきました。展開可能な無線機を用いることで、衛星のサイズや重量を飛躍的に低減可能であり、同時に小型衛星でも大面積のアンテナを実現できます。展開型の無線機はこれまでにも研究されてきましたが、一般的な展開型の大面積アンテナは高い平面度を必要とするため、固くて重量の大きい展開機構が必要でした。本研究の特徴は、大面積のアンテナにおいて非平面であることを許容し、非平面を電気的に補正することで、高い指向性を持つ無線機を実現する点にあります。こうした方針により、柔らかで軽量の展開膜の上に無線機を構成できるようになります。
低軌道衛星は、地上局に対して常に同じ位置にある静止軌道衛星と異なり、地球を約90分で一周するため、アンテナの指向性を制御して、電波を常に地上局に向けておく必要があります。本研究では、姿勢制御が不要で、指向性を電子的に制御できるフェーズドアレイ無線機を採用しています。フェーズドアレイ無線機では、複数のアンテナ素子を縦横等間隔にアレイ状に並べて、各素子における位相を調整することで、指向性制御(ビームフォーミング)を行います。
研究チームは今回、高い平面度を必要としない展開型フェーズドアレイ無線機としては、世界初となる宇宙実証を行います。この宇宙実証では、平らでない柔らかな展開膜上に貼付したフェーズドアレイ無線機によるビームフォーミング機能を確認します。開発したフェーズドアレイ無線機は、2つの基板により構成されています。この2つの基板が同一平面上になくても、つまりアンテナが平面でなくても、その非平面を電気的に補償するように、等価等方輻射電力[用語5]を最大化する位相を設定します。こうした補償を行ったうえで、膜面上の無線機より電波を照射してビームフォーミングを行い、衛星本体に取り付けた受信機によって電力を計測することで、ビームフォーミング特性を確認します。使用する周波数は、次世代の衛星通信で活用が期待されるKa帯[用語6]や、5Gや6Gで利用されるミリ波[用語7]帯を狙って、24 GHzとしています。
今回の研究は、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「革新的衛星技術実証3号機」への選定を経て、「革新的衛星技術実証4号機」の宇宙実証再チャレンジテーマの1つの「Society 5.0に向けた発電・アンテナ機能を有する軽量膜展開構造物の実証」(HELIOS-R)の一環として行われました。この実証テーマは、小型衛星での大電力発電・大容量通信・高分解能観測等を可能にする膜構造物の展開・運用実証を行うもので、サカセ・アドテック株式会社(本社・福井県坂井市)を提案代表機関として、東京科学大学の他、JAXA、防衛大学校の研究チームが参画しています。本無線機が搭載された小型実証衛星4号機(RAISE-4)は、革新的衛星技術実証4号機の9機の衛星の1つであり、2025年12月14日に打ち上げられました。
社会的インパクト
本研究成果は、6G時代の衛星コンステレーションによる無線通信システムの普及を通して、いつでも、どこでも、だれでもつながる社会の実現に貢献し、災害レジリエンスの向上、非ネットワーク化地域への通信カバレッジの拡大といった、私たちの生活インフラの革新につながります。また、小型軽量でありながら大面積を持つアンテナを実現する本技術は、衛星通信コストの大幅な低減を可能とし、衛星通信の大衆化や、新たな宇宙利用サービスの創出に貢献します。
今後の展開
今後は、今回開発した宇宙展開型フェーズドアレイ無線機を、さらに大規模な展開膜上の無線機へとスケールアップさせることで、衛星通信のさらなる高速化や、端末側アンテナの小型化が可能になると期待されます。また、本無線機の開発には、総勢20名以上の本学学生が関わっており、今後ますます重要性が増していく宇宙分野および無線通信分野の人材育成に大きく貢献します。
用語説明
- [用語1]
- フェーズドアレイ:複数のアンテナへ位相差をつけた信号を給電する技術。放射方向を電気的に制御するビームフォーミングの実現に利用される。
- [用語2]
- 6G:移動通信システムは第1世代のアナログ携帯電話から始まり、性能が向上するごとに世代、つまりジェネレーションが変わる。「G」はジェネレーション(Generation)の頭文字。現在の携帯電話等は4Gから5Gに変わろうとしているフェーズである。6Gは、5Gの次の世代の移動体通信システムとして、さらなる高速・大容量化、多数接続の実現、低遅延性能の向上に加え、非地上ネットワークも利用することで、これまで通信エリア化が難しかった地域や場所(海、空、宇宙等)へのエリア拡大が検討されている。
- [用語3]
- ビームフォーミング技術:電波を細く絞って、集中的に任意の方向に発射、制御する技術。ミリ波帯5G通信に用いられており、今後の無線通信の高速化のコア技術である。
- [用語4]
- 衛星コンステレーション:複数の衛星の一群・システム。SpaceX社のStarlinkでは3,000機以上の衛星群がインターネット網を構成する。
- [用語5]
- 等価等方輻射電力(Equivalent Isotropic Radiated Power;EIRP):指向性のあるアンテナを用いると、放射方向によっては無指向(等方性)のアンテナを用いるよりも強い電力密度を発生させることができる。この時に、指向性のあるアンテナにより生じたものと同じ電力密度を等方性アンテナで得るために必要となる送信電力を、等価等方輻射電力という。
- [用語6]
- Ka帯:一般には26-40 GHzまでの周波数帯域を示すが、衛星通信においては、衛星通信用に割り当てられているアップリンクの17-21 GHz、ダウンリンクの27-31 GHzの周波数帯を指す。
- [用語7]
- ミリ波:波長が1~10 mm、周波数が30~300 GHzの電波。
研究者プロフィール
坂本 啓 Hiraku Sakamoto
東京科学大学 工学院 機械系 教授
研究分野:宇宙システム工学、構造工学
白根 篤史 Atsushi Shirane
東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 准教授
研究分野:集積回路、衛星通信、無線電力伝送
岡田 健一 Kenichi Okada
東京科学大学 工学院 電気電子系 教授
研究分野:無線機・高周波回路(RF回路、ミクストシグナル回路)