周波数利用効率を2倍に高めるミリ波帯通信ICを開発

2026年6月10日 公開

Beyond 5G/6G時代の無線インフラやISACへの展開に期待

ポイント

  • 複雑な干渉キャンセル回路を排したミリ波帯全二重通信方式を搭載した無線ICを開発
  • 信号周期を上回る超高速スイッチングにより実効的に同一周波数・同一時間での同時送受信を実現
  • 超高速・低遅延な双方向通信により、スマート工場のリアルタイム制御や高精細XRへの応用に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo)工学院 電気電子系の岡田健一教授らの研究チームは、Beyond 5G/6G[用語1]時代の爆発的なトラフィック増大に対応するため、広帯域ミリ波通信への適用が可能な帯域内全二重通信(IB-FD)[用語2]方式、ならびに本方式を適用した無線ICを開発しました。

従来のIB-FDは、同一周波数・同一時間に送信と受信を同時に行うことで通信容量を理論上2倍に高められる一方、広帯域にわたる自己干渉[用語3]の抑制が極めて困難であり、大規模な回路と多大な消費電力を必要することが実用化の大きな課題となっていました。

本研究では、無線信号の周期よりも高速に送受信を切り替えることで、実効的な同時送受信を実現する独自の「時分割型全二重通信(TD-FD)」方式を提案しました。本方式を搭載した無線ICを汎用的な65 nm CMOSプロセスを用いて制作し、従来方式に比べ大幅な回路の簡素化と小型化を実現しました。5G NR[用語4]準拠のミリ波帯400 MHz広帯域信号を用いた実証では、自己干渉を最大 59 dB抑圧(数十万分の1に低減)し、良好な同時送受信動作を実証しました。

本成果は、有限な周波数資源の利用効率を大幅に高めるものであり、スマート工場のリアルタイム制御や高精細XRの双方向通信といった、超高速・低遅延が求められる次世代無線インフラの基盤技術となることが期待されます。また、通信とセンシングを統合するISAC(Integrated Sensing and Communications)[用語5]などの新たな応用分野への展開も期待されます。

本成果は、6月14日~18日に米国ホノルルで開催される「2026 IEEE/JSAP Symposium on VLSI Technology & Circuits」で発表されます。

背景

第5世代移動通信システム(5G)の次の世代にあたる通信規格であるBeyond 5G/6Gに向けてIoTデバイスの爆発的増加やデジタルツインの普及、AI活用が進展しており、それに伴い無線トラフィックが急速に増大することが予想されています。膨大なデータをリアルタイムで処理するためには通信インフラの高度化が重要であり、次世代社会の実現に向けた喫緊の課題と言えます。特に、限られた無線リソース(周波数・時間・空間)をいかに効率よく活用するかが強く求められています。

双方向に無線通信を行う際、現行の5Gシステムでは、上り(UL)と下り(DL)[用語6]を時間的に切り替える「時分割複信(TDD)[用語7]」が主に用いられています。この方式は半二重通信(HD)[用語8]であり、ユーザ端末(UE)や基地局(BS)において送信と受信が時間的に分離されるため、ULとDLそれぞれの通信が休止している時間が生じます(図1(a))。一方、国内の3Gや4G等で用いられてきた「周波数分割複信(FDD)[用語9]」は、送受信を同時に行えるものの、ULとDLでそれぞれ異なる周波数帯域を確保する必要があるため、限られた周波数資源を十分に活用できていません(図1(b))。

これらに対し、同一の周波数かつ同一の時間に送受信を同時に行う「帯域内全二重通信(IB-FD)」は、理論上の通信容量を2倍に高めることができるため、非常に高いスペクトル効率を実現する次世代の通信方式として注目されています。しかし、IB-FDの実現には、自身の送信信号が受信信号に干渉する「自己干渉(SI:Self-Interference)」の存在が最大の障壁となります。特に、5Gで導入された28 GHz帯などのミリ波帯は、広帯域であり超高速通信に適している一方、その広帯域性ゆえに、従来の技術では干渉波を十分に抑圧することが困難でした。

このような背景のもと、本研究は、小型かつ低消費電力で、広帯域ミリ波通信への適用が可能なIB-FD方式の無線機の実現を目的として実施されました。

図1 無線通信における複信方式(TDDとFDD)の比較

研究成果

IB-FD方式の無線機を実現するためには、自身の送信信号が受信信号を妨害する現象を除去する「自己干渉キャンセル(SIC:Self-Interference Cancellation)」技術が不可欠です。

一般にSICは、アンテナ間の物理的な分離、アナログ回路での逆位相信号合成、さらにデジタル信号処理による残留干渉除去といった複数のステップを組み合わせて実現されます。中でも、アナログRF回路によるキャンセルは、後段の高感度な低雑音アンプ[用語10]の飽和を防ぐために最も重要なプロセスです。従来の方式では、送信信号の一部から逆位相の「レプリカ信号」を生成し、これを受信信号と合成することで自己干渉(SI)を打ち消します(図2)。

しかし、実際の無線機内部では、ICチップ内だけでなく、パッケージや実装基板上の複数の経路を介して送信信号が受信側へ回り込みます。これらの回り込み信号(SI信号)は、経由する経路ごとの遅延差(マルチパス)などの影響を受け、元の送信信号とはわずかに異なる波形となります。

このように、複数経路を通ることで波形が変化したSI信号を十分に抑圧するためには、SIC回路において遅延・利得・位相を極めて高精度に制御する必要があり、その結果として回路規模や消費電力の増大を招くという課題がありました。特に、5Gで利用される28 GHz帯などのミリ波通信では、信号が広帯域であるために周波数ごとの特性変動が大きく、従来のSIC回路では高精度なレプリカ信号の生成が極めて困難でした。

図2 SIC回路を用いた従来の帯域内全二重通信(IB-FD)

これらの課題に対し、本研究では、従来のSIC回路に依存しない新しいIB-FD方式として、「時分割型全二重通信(TD-FD:Time-Division Full Duplex)」を提案しました(図3)。

図3 提案する時分割方式の帯域内全二重通信(TD-FD)

本方式の最大の特徴は、アナログRF領域において無線信号の変化(周期)よりも高速に送受信を切り替える点にあります。具体的には、5Gミリ波の400 MHz帯域信号(周期2.5 ns)を上回る速度で送受信のスイッチングを行うことで、デジタル信号処理の観点では送受信が連続して行われているように見え、実効的に「同一周波数・同一時間での同時送受信」を実現します。一方で、実際の送信時間は半分となるため信号電力は低下しますが、瞬時の送信電力を大きくすることで、時分割動作を行わない場合と同等の送信電力を実現することができます。

また、この方式では、送信と受信の間に約250 psの微小な待機時間(ガードインターバル)を設けることで、遅延を伴う自己干渉波を物理的に遮断します。これにより、複雑なレプリカ生成回路を用いることなく、広帯域ミリ波においても極めて高い干渉抑圧性能を実現しています。

さらに本研究では、提案したTD-FD方式に対応した送受信ICを65nm CMOSプロセスにより試作しました(チップサイズ:0.8 mm × 1.8 mm)。この小型ICチップには、信号周期(2.5 ns)に比べて極めて速い0.08~0.15 nsで送受信を切り替える超高速スイッチ回路や、デューティ比を制御可能なクロック生成器に加え、フェーズドアレイ[用語11]としてビームフォーミングを実現する移相器も集積されています。消費電力は、デューティ比40%動作時において送信50 mW、受信14 mWと低い値に抑えることに成功しました。

試作したTD-FD方式CMOS ICをアンテナに接続し、5G NR準拠の400 MHz帯域信号を用いた動作検証を行った結果、以下の成果を得ました。

1. 大幅な干渉抑圧を実現: 従来のSIC方式によるIB-FDでは、変調帯域が100 MHzを超えると自己干渉信号を抑圧する能力が劣化するのに対し、TD-FD方式では、400 MHzの広帯域においても自己干渉信号を43~59 dB抑圧(数万〜数十万分の1に低減)することに成功しました(図4(b))。

2. 高精度な通信品質を実証: 自己干渉により通信不能であった状態(TD-FD動作オフ)から、TD-FD動作をオンにすることにより受信信号のEVM(エラーベクトル振幅)を–26.6 dB(4.7%)まで改善しました。また、送信動作を継続しながら、5Gミリ波で用いられる400 MHz帯域64 QAM OFDMA信号を、規格要求を満たす品質で受信できることを確認しました(図4(c))。

図4 開発したTD-FD方式送受信CMOS ICの評価結果

社会的インパクト

本研究は、ミリ波の広帯域性と帯域内全二重通信(IB-FD)を組み合わせることで、有限な周波数資源を最大限に活用し、Beyond 5G/6G時代における無線インフラの高速・大容量通信の実現に貢献するものです。さらに、送信と受信を同時に行うIB-FDの低遅延性を活かし、スマート工場におけるロボットのリアルタイム制御や、高精細XRの双方向通信など、大容量データを遅延なくやり取りする応用への展開が期待されます。また、通信とセンシングを同時に行うISACへの応用にもつながり、無線通信の新たな活用領域の拡大に寄与します。さらに、本研究では従来の全二重通信で課題であったSIC回路を不要とすることで、小型かつ低消費電力な実装を可能にしており、実用的なミリ波IB-FD通信の実現に貢献する成果と言えます。

今後の展開

今後は、提案したTD-FD技術の性能向上と実用化に向けた研究を加速させます。具体的には、アンテナ一体型(AiP:Antenna in Package)実装や実環境下でのシステムレベル評価を行い、さらなる広帯域化・高効率化を追求します。あわせて、通信とセンシングを統合するISACなどの新領域への応用検討も進めていく方針です。さらに、産業界との連携を深めることで、スマートファクトリーや次世代無線インフラへの社会実装を目指し、Beyond 5G/6G時代の通信基盤の発展に寄与してまいります。

付記

本研究成果は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、エヌアイシーティー)の委託研究(JPJ012368C00801)により得られたものです。

用語説明

[用語1]
Beyond 5G/6G:第5世代移動通信システム(5G)の次の世代にあたる、2030年代の社会基盤となる通信規格。5Gの特長である高速・大容量、低遅延、多数同時接続をさらに進化させ、超低消費電力化や通信とセンシングの融合、海・空・宇宙までのカバレッジ拡大を目指すもの。
[用語2]
帯域内全二重通信(IB-FD: In Band Full Duplex):同一の周波数かつ同一の時間において、送信と受信を同時に行う通信方式。送信と受信を時間や周波数で分ける従来の方式に対し、理論上の通信容量を最大2倍に高めることが可能。
[用語3]
自己干渉(SI:Self-Interference):全二重通信において、送信機から出力した強力な信号が、至近距離にある自身の受信機に直接回り込む現象。この干渉波により、受信しようとする遠方の微弱な信号を完全にかき消されてしてしまうため、全二重通信を実現する上での最大の技術的障壁となっている。
[用語4]
5G NR(New Radio):3rd Generation Partnership Project(3GPP)で策定された第5世代移動通信(5G)の無線方式の国際標準規格。幅広い周波数帯を利用し、超高速・大容量、低遅延、多数接続を実現するための無線インターフェースの仕様。
[用語5]
ISAC(Integrated Sensing and Communications:通信とセンシングの融合):1つの無線インフラや端末で、データのやり取りを行う「通信」と、周囲の物体の位置や動きを検知する「センシング」を同時に行う技術。6Gの主要なユースケースの1つとして、高度な自動運転や侵入検知などへの応用が期待されている。
[用語6]
上り(UL:Uplink)、下り(DL:Downlink):上りは、スマートフォンやIoTデバイスなどのユーザ端末から基地局(ネットワーク側)へ向けてデータを送信する通信方向、下りは基地局から端末へデータを送信する通信方向を指す。
[用語7]
時分割複信(TDD:Time Division Duplex):同一の周波数帯を用い、送信と受信を高速かつ交互に行う通信方式。
[用語8]
半二重通信(HD:Half Duplex):送信と受信を同時に行わず、交互に切り替えて通信する方式。
[用語9]
周波数分割複信(FDD:Frequency Division Duplex):送信と受信にそれぞれ異なる周波数帯域を割り当て、同時に通信を行う方式。
[用語10]
低雑音アンプ(LNA:Low Noise Amplifier):アンテナが受信した微小な無線 信号を、ノイズの影響を最小限に抑えつつ増幅する回路。受信機の感度を決定する最重要コンポーネントの1つ。
[用語11]
フェーズドアレイ(Phased Array):多数のアンテナ素子を配列し、それぞれの信号の位相を制御することで、電波を特定の方向へ集中させる技術。ビームの方向を電気的に高速制御できる「ビームフォーミング」を実現し、ミリ波通信やレーダーに不可欠な基盤技術。

論文情報

発表学会:
2026 IEEE/JSAP Symposium on VLSI Technology & Circuits
講演セッション:
C14 Adaptive and Agile Radio Architectures
講演時間:
現地時間6月17日午後1時30分
タイトル:
A Reconfigurable 24-28 GHz Time-Division Full-Duplex Transceiver with 59 dB Self-Interference Rejection over 400 MHz
著者:
Dongfan Xu, Haiyun Gu, Minzhe Tang, Yuxuan Liu, Ziyuan Ren, Yilun Chen, Minghao Fan, Duo Li, Zheng Li, Yi Zhang, Daxu Zhang, Zezheng Liu, Chun Wang, Sena Kato, Yudai Yamazaki, Hiroyuki Sakai, Yuncheng Zhang, Kazuaki Kunihiro and Kenichi Okada

IEEE VLSI 2026 会議情報:
学会サイト:IEEE/JSAP Symposium on VLSI Technology & Circuits
プログラム:VLSI Program Overview

研究者プロフィール

岡田 健一 Kenichi Okada

東京科学大学 工学院 電気電子系 教授
研究分野:無線機・高周波回路(RFアナログ回路、ミックスドトシグナル回路)

岡田健一教授

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東京科学大学 工学院 電気電子系
教授 岡田 健一

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