57~71 GHz全帯域で高効率通信を実現するミリ波フェーズドアレイ無線機を開発

2026年6月11日 公開

独自の開口調整アンテナにより、Beyond 5Gを支える広帯域・高速通信技術を実証

ポイント

  • 5Gミリ波(57~71 GHz)全帯域で高効率かつ安定した通信を実現するアンテナ・送受信IC技術を開発
  • アンテナの有効開口を周波数ごとに最適化する「開口調整アンテナ」と送受信回路の一体化により、広帯域動作と小型・低損失化を実現
  • Beyond 5G/6G時代の超高速・大容量通信インフラや、高精細XR等の次世代サービスへの応用に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo)工学院 電気電子系の岡田教授らの研究チームは、Beyond 5G/6G[用語1]時代に求められる超高速・大容量無線通信の実現に向け、5Gミリ波(n263バンド:57~71 GHz)[用語2]全帯域に対応した広帯域フェーズドアレイアンテナ[用語3]と送受信IC技術を開発しました。

従来の無線機では、中心周波数から離れた帯域端においてアンテナ利得や効率が低下する傾向にありました。このため、通信品質を維持するには送信電力を増強する必要があり、消費電力の増大が課題となっていました。

本研究では、アンテナ内部の電流分布を制御して有効開口を周波数ごとに最適化する「開口調整アンテナ」と、送受信回路を相互にチューナとして活用する独自構成を提案しました。これにより、追加の電力を消費することなく、広帯域にわたって高い等価等方放射電力(EIRP)[用語4]とシステムの小型化の両立を実現しました。

汎用的な65 nm CMOSプロセスを用いて開発した本ICは、2 GHz帯域の64QAM[用語5]信号において57~71 GHz全帯域で12 Gbpsの通信速度を達成するとともに、帯域端である57 GHzおよび71 GHzにおいてEIRPをそれぞれ62.2%および47.9%向上することに成功しました。

本成果は、5Gミリ波の広帯域を効率的に活用して高速・大容量通信を可能にするもので、Beyond 5G/6Gにおける無線インフラの基盤技術として展開が期待されます。

本成果は、6月14日~18日に米国ホノルルで開催される「2026 IEEE/JSAP Symposium on VLSI Technology & Circuits 」で発表されます。

背景

近年、動画配信の高精細化や仮想現実(VR/AR)[用語6]の進化、無線バックホールの需要増大により、無線通信にはさらなる超高速・大容量化が求められています。こうした需要に応えるため、5Gではミリ波帯と呼ばれる高周波数帯の活用が進められています。特に57~71 GHz帯は、チャンネル当たり最大2 GHz、全体で14 GHzに及ぶ広帯域を有し、将来の超高速通信を支える有力な周波数資源として注目されています(図1)。この帯域は3GPP[用語7] Release 17において「FR2-2(n263)」として新たに定義され、Beyond 5G/6Gへの展開に向けた重要な技術領域となっています。

一方で、このような広帯域では、周波数によってアンテナ性能や送受信効率が変動しやすく、特に帯域端での通信品質の低下が課題となっています。そのため、広帯域全体で安定した高効率通信を実現する技術の開発が求められていました。

このような背景のもと、本研究は、5Gミリ波帯の中でも特に広帯域である57~71 GHz(FR2-2 n263)に対応した、広帯域かつ低消費電力なフェーズドアレイアンテナ無線機の実現を目的として実施されました。

図1. 5Gミリ波(n263バンド)とアプリケーションの例

研究成果

広帯域ミリ波無線機の設計において、アンテナは特定の周波数に最適化されるため、帯域の両端では利得や送受信性能が低下し、通信品質が劣化するという根本的な課題があります。これに対して、従来は、アンテナと送受信回路のインピーダンス[用語8]を整合させることで改善が図られてきました(図2(a))。しかし、この方法は送受信回路からアンテナに入力される信号の反射を抑える効果にとどまり、アンテナ自体の放射性能(利得)を広帯域で向上させるものではありません。そのため、帯域端での利得低下を補うために送信電力を増加させる必要があり、結果として消費電力の増大や効率低下を招いていました。

本研究では、この課題を解決するために「開口調整アンテナ(Aperture-Tuning Antenna)」を提案しました。本技術は、給電点の対向位置に設けたインピーダンスチューナによってアンテナ内部の電圧・電流分布を制御し、物理的なサイズを変えることなくアンテナの電気的な長さを実効的に変化させるものです(図2(b))。これにより、周波数に応じて放射効率が最大となる共振状態を維持し、有効開口を最適化することで、帯域端を含む広帯域全体での高効率な放射を実現しました。

図2. ミリ波通信の広帯域化手法の比較
(a)従来のアンテナ給電点におけるインピーダンス整合、(b)提案する開口調整アンテナ

さらに、このアンテナ開口調整機能をフェーズドアレイ用の送受信回路と一体化し、小型・低損失に実装する独自の構成も開発しました(図3)。本構成では、1つのパッチアンテナに対して、送受信(Tx/Rx)および偏波(水平H/垂直V)に対応した4つの給電点を設けています。最大の特徴は、送信時には停止している受信回路を、受信時には停止している送信回路を、それぞれアンテナの開口チューナとして相互に活用する点です。例えば送信時、垂直偏波用給電点(Tx/V)から信号を入力し、受信用給電点(Rx/V)に接続された回路がチューナとして機能して有効開口を調整します。受信時は、逆の動作を行います。

この構成により、従来必要であった高損失なオンチップ送受切替スイッチが不要となり、チップ面積の削減とアンテナインターフェーズの簡素化、ならびに損失の大幅な低減を実現しました。その結果、追加の電力消費なしに、周波数に応じた最適動作とシステムの小型化を同時に達成しました。

図3. 開発した開口調整アンテナと送受信回路の一体構成(送信時の動作)

汎用的な65 nm CMOSプロセスで試作したIC(4 mm×4 mm)を用いた4×1素子のフェーズドアレイモジュールにより、1 m距離でOTA(Over the Air)[用語9]通信試験(図4)を実施した結果、以下の成果を得ました。

  • 広帯域での高速通信:2 GHz帯域の64QAM信号において、57~71 GHzの全帯域で12 Gbpsの良好な通信特性を確認。
  • 帯域端の性能向上:57 GHzおよび71 GHzにおいて、実効放射電力(EIRP)を従来比でそれぞれ62.2%および47.9%向上。
  • 超高速伝送の達成:14 GHzの全帯域を用いた場合、最大56 Gbpsという極めて高いデータ伝送速度を実証。

これらの結果は、従来の60 GHz帯フェーズドアレイ無線機と比較して、帯域幅および1素子あたりのEIRPともに世界最高水準の性能を示すものです。本技術により、ミリ波通信の課題であった帯域端の性能劣化を克服し、高効率かつ高品質な通信が実現可能であることを実証しました。

図4. 開発した開口調整アンテナ方式フェーズドアレイ無線機
(a)送受信CMOS IC(基板裏面に実装)、(b)4×1偏波対応フェーズドアレイとOTA測定

社会的インパクト

本技術により、これまで通信が不安定になりがちだった帯域端でも安定した通信が可能になります。ミリ波通信が持つ広帯域性を最大限に活用できるため、高精細映像配信やVR/AR、遠隔医療、自動運転など、次世代サービスの実現を支える基盤技術としての役割が期待されます。また、消費電力の増加を伴わず通信品質の向上が図られるため、デバイスの小型化や効率化にも貢献します。これにより、VR/AR機器やオフィス内のワイヤレスネットワークにおいて、途切れのないマルチギガビット通信の普及が期待されます。

今後の展開

今後は、本技術のさらなる高性能化に向けて、広帯域化や高出力化、ビーム制御精度の向上に取り組みます。また、大規模アレイ化やシステム統合を進めることで、実用的な通信システムへの展開を目指します。6Gを見据えた研究開発と産業界との連携による実証実験を通じて、超高速・大容量通信を支える社会インフラとしての実装を目指します。

付記

本研究成果は、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、エヌアイシーティー)の委託研究(JPJ012368C00801)により得られたものです。

用語説明

[用語1]
Beyond 5G/6G:第5世代移動通信システム(5G)の次世代となる無線通信技術の総称。5Gの次を特に6Gと呼ぶ。超高速・大容量通信に加え、超低遅延や多数同時接続などを実現することで、自動運転、遠隔医療、XR(仮想・拡張現実)などの高度なサービスを支えることが期待されている。
[用語2]
5Gミリ波(n263バンド):5Gで使用される高周波数帯(ミリ波帯)の一つで、57~71 GHzの周波数範囲を指す。最大14 GHzの広い帯域幅を利用できるため、超高速・大容量通信が可能であり、次世代無線通信の重要な周波数資源とされている。
[用語3]
フェーズドアレイアンテナ(Phased Array Antenna):多数のアンテナ素子を配列し、それぞれの信号の位相を制御することで、電波を特定の方向へ集中させる技術。ビームの方向を電気的に高速制御できる「ビームフォーミング」を実現し、ミリ波通信やレーダーに不可欠な基盤技術。
[用語4]
等価等方放射電力(EIRP:Equivalent Isotropic Radiated Power):アンテナから放射される電波の強さを表す指標で、送信電力とアンテナの利得を合わせた実効的な放射能力を示す。値が大きいほど、遠くまで強い電波を届けることができる。
[用語5]
64QAM(Quadrature Amplitude Modulation:直交振幅変調):QAMは無線通信で用いられるデジタル変調方式の一つで、信号の振幅と位相の両方を変化させて情報を伝送する。多くの情報を一度に送ることができるため、高速・大容量通信に適しており、5Gなどで広く利用されている。64QAMは、1つの信号で6ビットの信号が送れる。
[用語6]
仮想現実(VR/AR):VR(Virtual Reality:仮想現実)は、コンピュータで生成した仮想空間に没入して体験できる技術、AR(Augmented Reality:拡張現実)は、現実の映像にデジタル情報を重ねて表示する技術。いずれも高精細な映像やリアルタイム処理が必要なため、高速・低遅延な無線通信との親和性が高い。
[用語7]
3GPP(3rd Generation Partnership Project):携帯電話の通信方式(4Gや5Gなど)の国際標準仕様を策定する業界団体。世界中の通信事業者やメーカーが参加し、無線通信の規格や周波数利用などの技術標準を定めている。
[用語8]
インピーダンス:電気信号の流れやすさを表す指標で、抵抗・容量・インダクタンスの要素を含む。アンテナや送受信回路では、このインピーダンスを適切に整合させることで信号の反射を抑え、効率よく電力を伝送することができる。
[用語9]
OTA(Over the Air):実際の電波を空間中に放射し、アンテナを含めた無線システム全体の性能を評価する測定手法。ケーブル接続による測定とは異なり、実際の通信環境に近い条件で送受信特性を確認できる。

論文情報

発表学会:
2026 IEEE/JSAP Symposium on VLSI Technology & Circuits
講演セッション:
C14 Adaptive and Agile Radio Architectures
講演時間:
現地時間 2026年6月17日 午後2時20分
論文タイトル:
A 57–71-GHz CMOS Phased-Array Transceiver with Aperture-Tuning Antenna Achieving 47.9–62.2% EIRP Efficiency Improvement
著者:
Minghao Fan, Yilun Chen, Zheng Li, Ziyuan Ren, Minzhe Tang, Junqing Liu, Yuxuan Liu, Dongfan XU, Zezheng Liu, Yudai Yamazaki, Sena Kato, Kazuaki Kunihiro, Hiroyuki Sakai, Yuncheng Zhang, and Kenichi Okada

IEEE VLSI 2026 会議情報:
学会サイト:IEEE/JSAP Symposium on VLSI Technology & Circuits
プログラム:VLSI Program Overview

研究者プロフィール

岡田 健一 Kenichi Okada

東京科学大学 工学院 電気電子系 教授
研究分野:無線機・高周波回路(RFアナログ回路、ミックスドトシグナル回路)

岡田 健一 Kenichi Okada

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東京科学大学 工学院 電気電子系
教授 岡田 健一

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