ポイント
- 全国DPCデータベースを用いて、腎嚢胞感染症で入院した868人を対象に、βラクタム系抗菌薬とフルオロキノロン系抗菌薬による初期治療の成績を比較しました。
- 90日以内の死亡、再入院、ドレナージ・手術、抗菌薬の広域化などを比較した結果、両群の治療成績に明確な差は認められず、特にセフトリアキソンはフルオロキノロン系抗菌薬と近い治療成績を示しました。
- フルオロキノロン耐性菌の増加や副作用が懸念される中、βラクタム系抗菌薬、特にセフトリアキソンが初期治療の有力な選択肢となる可能性を示しました。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 腎臓内科学分野の中野雄太非常勤講師(当時、現 University of Bristol, Population Health Sciences)、萬代新太郎准教授(テニュアトラック)らの研究グループは、同大学 医療政策情報学分野の伏見清秀教授(当時、現 横浜市立大学データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻特任教授)との共同研究により、全国規模のDPCデータベース[用語1]を用いて、腎嚢胞感染症[用語2]で入院した868人を対象に、初期抗菌薬治療の成績を解析しました。βラクタム系抗菌薬[用語3]とフルオロキノロン系抗菌薬[用語4]を比較した結果、90日以内の死亡、再入院、嚢胞ドレナージ・手術、抗菌薬の広域化を組み合わせた主要複合転帰を含め、評価したいずれの臨床転帰にも明確な差は認められませんでした。
従来、腎嚢胞感染症では、嚢胞内への移行性が高いと考えられているフルオロキノロン系抗菌薬が推奨されてきました。一方、近年では、薬剤耐性菌の増加や重篤な副作用が懸念されています。今回の解析では、βラクタム系抗菌薬のうち、セフトリアキソン[用語5]がフルオロキノロン系抗菌薬と特に近い臨床転帰を示しました。
腎嚢胞感染症に対する経験的抗菌薬治療について、異なる抗菌薬群の治療成績を全国規模の実臨床データを用いて比較した研究は、これまでほとんどありません。本研究は、βラクタム系抗菌薬、特にセフトリアキソンが初期治療の有力な選択肢となる可能性を示すとともに、今後の前向き研究や診療方針の見直しにつながる新たなエビデンスを提供するものです。
本成果は、10月22日付(現地時間)米国National Kidney Foundation(NKF)が刊行する国際学術誌「Kidney Medicine」誌に掲載されました。
背景
腎嚢胞感染症は、多発性嚢胞腎などの嚢胞性腎疾患における重要な合併症です。重症例では、嚢胞ドレナージや手術が必要となることもあります。一方、嚢胞穿刺は日常診療で一般的に行われる検査ではなく、これまでの報告では、半数以上の症例で原因菌が同定されないとされています[参考文献1]。また、CTやMRIでも感染した嚢胞を特定できないことがあり、実臨床では、原因菌が判明する前に抗菌薬を開始する「経験的治療[用語6]」が必要となる場合が少なくありません[参考文献2]。
これまで、脂溶性で嚢胞内に移行しやすいと考えられているフルオロキノロン系抗菌薬が広く用いられてきました。しかし、近年ではフルオロキノロン耐性菌の増加や副作用が懸念されています。一方、水溶性のβラクタム系抗菌薬も実臨床で使用されていますが、両者の有効性を直接比較したエビデンスは限られていました。
そこで研究グループは、全国規模のDPCデータベースを用いて、腎嚢胞感染症患者に対するβラクタム系抗菌薬とフルオロキノロン系抗菌薬の治療成績を比較しました(図1)。
研究成果
研究チームは、2010~2022年の全国DPCデータベースから、腎嚢胞感染症を主病名として入院し、入院早期に対象抗菌薬による単剤治療を開始した成人868人を抽出しました。内訳は、フルオロキノロン系抗菌薬が310人(レボフロキサシン、シプロフロキサシン)、βラクタム系抗菌薬が558人(アンピシリン/スルバクタム、セフメタゾール、セフトリアキソン)でした。
研究チームは、年齢、性別、併存疾患、日常生活動作、腎代替療法の有無、救急搬送、病院規模、入院年などの患者背景を、IPTW(逆確率治療重み付け法)[用語7]により調整しました。その上で、90日以内の院内死亡、腎嚢胞感染症による再入院、経皮的ドレナージまたは手術、抗菌薬の広域化について評価しました。
その結果、これらを組み合わせた主要複合転帰のリスク差は、βラクタム系抗菌薬とフルオロキノロン系抗菌薬の間で0.6%(95%信頼区間 −6.2~7.4)であり、両群の治療成績に明確な差は認められませんでした。また、院内死亡・再入院、経皮的ドレナージまたは手術、抗菌薬の広域化といった個別の臨床転帰についても、両群の間に明確な差は認められませんでした。
さらに、個別の薬剤について比較したところ、セフトリアキソンの主要複合転帰のリスク差は−2.7%(95%信頼区間 −9.9~4.6)であり、βラクタム系抗菌薬の中でフルオロキノロン系抗菌薬に最も近い治療成績を示しました(図2)。院内死亡・再入院や抗菌薬の広域化についても、フルオロキノロン系抗菌薬と同程度の転帰を示し、セフトリアキソンが有望な治療選択肢となる可能性が示されました。
加えて、医療費および入院期間についても、患者背景を調整した解析では、両群の間に統計学的に明確な差は認められませんでした。また、初期治療を3日以上継続した患者を対象とした感度分析などでも、主解析と概ね一致する結果が得られ、本研究結果の頑健性が支持されました。
社会的インパクト
腎嚢胞感染症では、治療開始時点で原因菌や感染部位を特定できないことが多く、経験的な抗菌薬の選択が臨床上の課題となっています。本研究では、従来広く用いられてきたフルオロキノロン系抗菌薬と比較して、セフトリアキソンを含むβラクタム系抗菌薬でも明確な治療成績の差は認められませんでした。
近年、フルオロキノロン耐性菌の増加が課題となる中、経験的治療の選択肢が広がることは、抗菌薬の適正使用の観点からも重要です。特にセフトリアキソンは、本研究においてフルオロキノロン系抗菌薬と近い治療成績を示しました。また、腎機能が低下した患者でも、通常は腎機能に応じた用量調整を必要としないという特徴があり、実臨床で使用しやすい薬剤の1つです。
本研究結果のみをもって治療指針を変更したり、特定の抗菌薬を一律に推奨したりするものではありません。しかし、本研究の成果は、患者ごとの重症度や併存疾患、地域の薬剤耐性菌の状況などを踏まえて抗菌薬を選択する際の、新たな科学的根拠となることが期待されます。
今後の展開
今後は、前向き研究やより詳細な臨床データを用いた解析により、どのような患者にどの抗菌薬が適しているのかを明らかにする必要があります。特に、本研究でフルオロキノロン系抗菌薬と近い治療成績を示したセフトリアキソンについて、腎嚢胞感染症に対する実用的な経験的治療の選択肢となり得るか、さらに検証することが期待されます。
また、本研究は日本全国の実臨床データを用いた解析であるため、海外の医療環境や異なる患者集団においても同様の結果が得られるかを検証することが重要です。こうした研究を通じて、腎嚢胞感染症に対する、より安全で合理的な抗菌薬選択につながるエビデンスの蓄積を目指します。
付記
本研究は、厚生労働行政推進調査事業費補助金(Seisaku-Sitei-24AA2006、研究代表者:伏見清秀教授)の支援を受けて実施されました。また、中野雄太非常勤講師は、公益財団法人武田科学振興財団による研究助成を受けています。
参考文献
- [参考文献1]
- Jouret F, Lhommel R, Devuyst O, et al. Diagnosis of cyst infection in patients with autosomal dominant polycystic kidney disease: attributes and limitations of the current modalities. Nephrol Dial Transplant. 2012;27(10):3746-3751.
- [参考文献2]
- Sallée M, Rafat C, Zahar JR, et al. Cyst infections in patients with autosomal dominant polycystic kidney disease. Clin J Am Soc Nephrol. 2009;4(7):1183-1189.
用語説明
- [用語1]
- DPCデータベース:Diagnosis Procedure Combination(診断群分類)に基づく、全国規模の診療報酬・入院医療データベース。本研究で用いたデータは、日本の入院患者の半数以上をカバーし、1,000を超える病院の診療情報が収録されている。
- [用語2]
- 腎嚢胞感染症:腎臓にできた嚢胞(液体がたまった袋状の構造)の内部に感染が起こる病態。多発性嚢胞腎などの嚢胞性腎疾患における重要な合併症である。
- [用語3]
- βラクタム系抗菌薬:細菌の細胞壁の合成を阻害する抗菌薬の一群。本研究では、アンピシリン/スルバクタム、セフメタゾール、セフトリアキソンを対象とした。
- [用語4]
- フルオロキノロン系抗菌薬:細菌のDNA複製を阻害する抗菌薬の一群。本研究では、レボフロキサシンとシプロフロキサシンを対象とした。
- [用語5]
- セフトリアキソン:βラクタム系抗菌薬の1つで、第3世代セファロスポリン系に分類される抗菌薬。
- [用語6]
- 経験的治療:感染症では早期の治療開始が重要であるため、原因菌や薬剤感受性検査の結果が判明する前に、効果が期待される抗菌薬による治療を開始すること。
- [用語7]
- IPTW(逆確率治療重み付け法):観察研究において、治療群間の患者背景の違いを統計学的に調整し、治療成績などを比較するための解析手法。
論文情報
- 掲載誌:
- Kidney Medicine
- タイトル:
- β-Lactams vs Fluoroquinolones for Empiric Treatment of Suspected Kidney Cyst Infection: A Nationwide Observational Study
- 著者:
- Yuta Nakano, Rena Suzukawa, Tamami Fujiki, Hiroaki Kikuchi, Yohei Arai, Yutaro Mori, Fumiaki Ando, Takayasu Mori, Koichiro Susa, Soichiro Iimori, Shotaro Naito, Eisei Sohara, Kiyohide Fushimi, Shinichi Uchida, Shintaro Mandai
研究者プロフィール
中野 雄太 Yuta Nakano
東京科学大学 医歯学総合研究科 腎臓内科学分野 非常勤講師
/University of Bristol, Population Health Sciences
研究分野:腎臓、臨床疫学
萬代 新太郎 Shintaro Mandai
東京科学大学 医歯学総合研究科 腎臓内科学 准教授
(テニュアトラック)
研究分野:腎臓、心腎血管老化、細胞外小胞
関連リンク
お問い合わせ
東京科学大学 医歯学総合研究科 腎臓内科学分野
准教授 萬代 新太郎/非常勤講師 中野 雄太
- smandai.kid@tmd.ac.jp
- Tel
- 03-5803-5214
- FAX
- 03-5803-5215