ポイント
- 身体機能や認知機能が介助や介護を必要とするレベルまで低下した高齢者では、予期せぬ透析開始(Unplanned Dialysis Initiation, UDI)のリスクを有意に高めることが明らかになりました。
- 全国規模の診療報酬データベースを用いた大規模解析(対象:高齢者79,850人)により、身体機能および認知機能の低下がUDIリスクや医療費に与える影響を定量的に評価しました。
- 本研究の成果は、高齢者の透析準備を計画的に進める重要性を示し、UDIを防ぐことで医療費の抑制や患者の生活の質の向上が期待できることを示唆しています。
概要
東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 腎臓内科学分野の萬代新太郎准教授(テニュアトラック)、中野雄太非常勤講師、内田信一教授らの研究グループは、同研究科 医療政策情報学分野の伏見清秀教授との共同研究により、高齢者における認知機能低下[用語1]および身体機能低下[用語2]が、予期せぬ透析開始(予期せぬ透析開始(Unplanned Dialysis Initiation; UDI)[用語3])に与える影響を明らかにしました。また、本研究では、UDIが高齢者の医療費を大幅に増加させることも示されました。
研究チームは、日本の診療報酬データベースを用いて、65歳以上の透析導入患者79,850人を対象に解析を実施しました。その結果、身体機能が著しく低下している患者では、UDIのリスクがオッズ比2.22倍(95%信頼区間:2.09–2.35)に増加し、認知機能が重度に低下している患者ではオッズ比1.26倍(95%信頼区間:1.14–1.39)に増加することが分かりました(図1)。認知機能と身体機能がともに正常な場合、UDIとなる確率は17%であったのに対し、両方が高度に低下している場合には34%と2倍に増加することが推定されました(図2)。さらに、UDIに関連する平均追加医療費は、1回の入院あたり約78万円と推定されました(図3)。
日本は世界でも類を見ない高齢化社会であり、透析を必要とする患者の主な層も高齢者です。たとえば、最新の調査では、維持透析患者の約3分の2以上が65歳以上であり、透析導入の中心的な年齢層は75〜85歳であることが示されています。これまでの研究でも、高齢者がUDIリスクと関連していることは知られていましたが、詳細なリスク要因は明らかにされていませんでした。
私たちのグループは、加齢に伴う特有の変化として、筋力低下などによる身体機能の低下および認知機能の低下に着目し、それらを統合的に解析しました。その結果、リスクの定量化のみならず、UDIに伴う医療費の増加についても定量的に明らかにすることができました。本研究は、これまで見過ごされがちであった身体機能や認知機能に問題を抱える高齢者のUDIリスクを明確に示しました。早期からの専門医との連携や多職種による介入といった最適な意思決定により、UDIの発生を減少させることで、患者の生活の質および生命予後の改善のみならず、大幅な医療費削減にもつながる可能性が示唆されました。
本研究成果は、4月17日付の「Kidney International Reports」誌に掲載されました。

背景
慢性腎臓病は、日本国内で2,000万人(成人の5人に1人、高齢者では3人に1人)、世界では8億5,000万人が抱える疾患とされています[参考文献1,2])。
腎臓は、老廃物の排泄(血液のクレンジング)にとどまらず、体内の電解質やミネラルの調整、血圧の制御、赤血球をつくるホルモンの産生、骨の強化など、生命と健康の維持において多様な役割を担っています。こうした腎臓の機能は、老化、生活習慣病、薬剤の影響など、さまざまな要因により、しばしば不可逆的に低下します。そして、内服薬や点滴では恒常性と生命の維持が困難な段階に至ると、「透析」という治療が必要となります。
慢性腎臓病は、透析を必要とする段階に至る前から、全身の臓器に影響を及ぼすことが明らかになってきました。私たちのグループはこれまで、CKDに内在する複雑な病態(multi-morbidity/多併存症)を克服するための研究[参考文献3,4])、CKDによる血管障害などの腎外臓器合併症(いわゆる臓器連関)、さらには腎性老化のメカニズムの解明とそれに基づく治療法の開発に取り組んできました[参考文献5,6])。
慢性腎臓病の治療は日々進歩しており、集学的な介入によりその進行を抑制できるようになったことで、本邦における透析導入年齢は高齢化しています。世界的にも慢性腎臓病患者数や透析患者数は増加しており[参考文献1,2])、高齢者における透析治療の重要性は一層高まっています。透析準備が不十分な場合には、予期せぬ透析開始(UDI)が発生し、死亡率の上昇や医療費の増加といった問題が報告されています[参考文献7])。
若年者と比べ、高齢者はUDIのリスクと関連することが知られていましたが、その実態や具体的なリスク因子については十分に明らかにされていませんでした。そこで私たちは、加齢に伴って特に影響を受けやすい身体機能および認知機能の低下に着目し、それらがUDIリスクに与える影響について統合的に評価しました。
研究成果
研究チームは、日本の診療報酬データベースであるDPC(Diagnosis Procedure Combination)データベース[用語4]を用いて、65歳以上の透析導入患者79,850人を対象に、一般化線形モデルおよびロジスティック回帰分析を実施しました。
身体機能とUDIリスクの関係については、身体機能が正常な患者と比較して、低下している患者(例:車いす使用や寝たきり状態)ではUDIリスクが有意に増加していました。特に、身体機能が著しく低下している患者では、UDIリスクが2.22倍に上昇していました(図1)。
認知機能とUDIリスクの関係においても、認知機能が正常な患者と比較して、重度の認知機能低下を有する患者(例:日常生活に支援が必要な状態)ではUDIリスクが1.26倍に増加していました(図1)。
これらの因子を統合的に解析した結果、認知機能および身体機能のいずれも正常な場合のUDI発生確率は17%であったのに対し、両者が最も重度に低下している場合には、その確率が2倍の34%にまで増加すると推定されました(図2)。
医療費への影響については、UDIに関連する平均追加医療費が1回の入院あたり約78万円と見積もられました。とくに、認知機能が低下している患者では、UDIによる医療費の増加傾向が顕著に見られました(図1, 3)。


社会的インパクト
本研究により、高齢者における身体機能および認知機能の低下が、UDIリスクおよび医療費に与える影響が明らかになり、安全かつ計画的な透析準備の重要性が強調されました。身体機能や認知機能が低下した高齢者におけるUDIリスクの高さを示した本研究は、透析導入の最適化に向けた取り組みに新たな礎を築く成果といえます。
また、こうした高齢者に対しては、早期からの専門医との連携や多職種による包括的なケア、意思決定支援の枠組みを構築する必要性が示唆されました。これにより、患者の生活の質の向上とともに、医療費の削減にもつながることが期待されます。
今後の展開
- 高齢者の身体機能および認知機能を評価するための、標準的なスクリーニング手法の開発
- 透析準備を最適化し、円滑な意思決定を支援するための多職種連携によるケアモデルの構築
- 身体機能および認知機能低下を有する患者に対する、早期介入プログラムの実施
付記
本研究は、厚生労働科学研究費補助金(研究番号:Seisaku-Sitei-24AA2006)による支援を受けて実施されました。
参考文献
- [1]
- Thurlow JS, Joshi M, Yan G, Norris K, Agodoa L, Yuan C, Nee R. Global epidemiology of end-stage kidney disease and disparities in kidney replacement therapy. Am J Nephrol. 2021;52(2):98-107.
- [2]
- Jager KJ, Kovesdy C, Langham R, Rosenberg M, Jha V, Zoccali C. A single number for advocacy and communication-worldwide more than 850 million individuals have kidney diseases. Kidney Int. 2019;96(5):1048-1050.
- [3]
- Mandai S, Ando F, Mori T, Susa K, Iimori S, Naito S, Sohara E, Uchida S, Fushimi K, Rai T. Burden of kidney disease on the discrepancy between reasons for hospital admission and death: An observational cohort study.PLoS One. 2021; 16(11): e0258846. プレスリリース:全国規模の入院データ解析により慢性腎臓病(CKD)の複雑病態を可視化|旧・東京医科歯科大学
- [4]
- Nakano Y, Mandai S, Genma T, Akagi Y, Fujiki T, Ando F, Susa K, Mori T, Iimori S, Naito S, Sohara E, Uchida S, Fushimi K, Rai T. Nationwide mortality associated with perioperative acute dialysis requirement in major surgeries.;Int J Surg. 2022; 104: 106816. プレスリリース:全国規模の解析で明らかとなった 周術期の透析開始の予後への影響|旧・東京医科歯科大学
- [5]
- Koide T, Mandai S, Kitaoka R, Matsuki H, Chiga M, Yamamoto K, Yoshioka K, Yagi Y, Suzuki S, Fujiki T, Ando F, Mori T, Susa K, Iimori S, Naito S, Sohara E, Rai T, Yokota T, Uchida S. Circulating Extracellular Vesicle-Propagated microRNA Signature as a Vascular Calcification Factor in Chronic Kidney Disease. Circ Res. 2023; 132(4): 415-431. プレスリリース:慢性腎臓病において血管石灰化を引き起こす悪玉メッセージ物質を発見|旧・東京医科歯科大学
- [6]
- Nakano Y, Mandai S, Takahashi D, Ikenouchi K, Mori Y, Ando F, Susa K, Mori T, Iimori S, Naito S, Sohara E, Fushimi K, and Uchida S, Sex Disparities in the Risk of Urgent Dialysis Following Acute Aortic Dissections in Japan. iScience. 2024, 27(8):110577. プレスリリース:急性大動脈解離後の緊急透析リスクに男女差|旧・東京医科歯科大学
- [7]
- Schaeffner E. Smoothing transition to dialysis to improve early outcomes after dialysis initiation among old and frail adults-a narrative review. Nephrol Dial Transplant. 2022;37(12):2307-2313.
用語説明
- [用語1]
- 認知機能低下:記憶や判断力などの認知能力の低下をさす。認知症高齢者の日常生活自立度という尺度を基に認知症のない群(正常)、軽度の認知症により困難はあるものの日常生活が基本的には自立している群(軽度低下)、誰かの介護を必要とし自立した生活が困難な群(高度低下)と分類を行った。
- [用語2]
- 身体機能低下:歩行といった能力の低下をさす。入院時に記録された日常生活動作から介護度の高さに着目し、自立した歩行が可能(正常群)、歩行に軽度の介助が必要な群(軽度低下群)、車いすが必要(高度低下群)、寝たきりの状態(著しい低下群)の四つに分類した。
- [用語3]
- 予期せぬ透析開始(Unplanned Dialysis Initiation; UDI):計画的な血管アクセスが準備されていない状態での透析開始。血液透析には内シャント血管に代表される、血液透析機器と体を繋ぐための透析専用の血管アクセスが必要である。理想的には透析開始時期を事前に予想し、前もって恒久的な血管アクセスを用意しておくことが期待される。しかしながら、シャント血管は手術や発達に時間を要するため、事前の準備が困難な場合は短期留置カテーテルという一時的な血管アクセスを用いて透析を行い、のちにシャント血管といった恒久的な血管アクセスを準備していくことになる。恒久的な血管アクセスで透析を開始した場合に比べて一時的なカテーテルを用いた透析を開始は予後不良因子であることは以前より知られている。
- [用語4]
- DPC データベース:DPC(Diagnostic Procedure Combination)は、本邦の入院患者に関する大規模データベースである。全国の DPC調査参加病院から収集された、退院時情報や診療報酬データなどから構成され、診断名・入院時併存症および入院後の合併症とそれらの ICD-10(International Classification of Diseases – 10; 国際疾病分類第10版)コード、併存疾患、手術処置名、在院日数、退院 時転機、入退院時の身体機能などの情報が含まれる。(1)診療報酬データベースであると同時に、(2)医療の透明性の向上(患者・国民)、(3)医療機関の客観的評価と比較(医療機関)、(4)医療資源の配分や政策の立案 (医療政策)、のために運用される多面的に有効なデータベースである。
論文情報
- 掲載誌:
- Kidney International Reports
- タイトル:
- Cognitive Impairment and Physical Dysfunction Associated With Unplanned Dialysis Initiation
- 著者:
- Yuta Nakanoa M.D. Ph. D., Shintaro Mandaia M.D., Ph. D., Yutaro Moria M.D., Ph. D., Fumiaki Andoa M.D., Ph. D., Takayasu Moria M.D., Ph. D., Koichiro Susaa M.D., Ph. D., Soichiro Iimoria M.D., Ph. D., Shotaro Naitoa M.D., Ph. D., Eisei Soharaa M.D., Ph. D., Kiyohide Fushimib M.D., Ph. D., and Shinichi Uchidaa M.D., Ph. D.
研究者プロフィール
萬代 新太郎 Shintaro Mandai
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学 准教授(テニュアトラック)
研究分野:腎臓、水・電解質輸送、サルコペニア
中野 雄太 Yuta Nakano
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野 非常勤講師
研究分野:腎臓、水・電解質輸送、臨床疫学
内田 信一 Shinichi Uchida
東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野 教授
研究分野:腎臓、水・電解質輸送
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