超分子ナノファイバーにおける励起子の長距離輸送

2026年8月13日 公開

エネルギーの無損失輸送に向けて

ポイント

  • メゾスケールで自己組織化された超分子ナノファイバーに沿って励起子が数百ナノメートルの距離を移動することを実証
  • 時間分解蛍光顕微鏡法によって励起子輸送を可視化
  • 金ナノホールアレイプラズモン基板を用い、励起子輸送距離を2倍以上に向上

概要

東京科学大学(Science Tokyo)物質理工学院 材料系のバッハ・マーティン(Martin Vacha)教授および相良剛光准教授のグループと、量子科学技術研究開発機構の藤田貴敏博士のグループからなる共同研究チームは、自己組織化超分子ナノファイバーにおける励起子の長距離輸送を発見し、表面プラズモンによるその輸送を制御することに成功しました。

有機固体中における励起子[用語1]輸送は、有機太陽電池、発光デバイス、光捕集システムといった有機光電子デバイスの性能を左右する極めて重要なプロセスです。しかし、エネルギー的な無秩序性や欠陥の存在により、有機材料中を励起子が移動できる距離は、これまで主に数十ナノメートル程度にとどまっていました。本研究チームは、9,10-ビス(フェニルエチニル)アントラセン(BPEA)誘導体が自己組織化して形成する超分子[用語2]ナノファイバーを用い、空間・時間分解蛍光顕微鏡により励起子輸送特性を解析しました。蛍光寿命[用語3]測定を併せて行うことで、最大350 nmに及ぶ励起子輸送距離と、最大0.7 cm2/s の拡散係数[用語4]という有機固体において報告された値の中でも最高水準の値が得られました。量子化学計算と励起子拡散シミュレーションを組み合わせた解析により、スペクトル特性や拡散挙動が定性的に再現されました。その結果、秩序高い蛍光団の相関配置、2~3個のモノマーにわたる励起子の非局在化、および局所励起状態と電荷移動状態の混合が、このような長距離輸送を可能にしていると考えられます。さらに同チームは、金ナノホールアレイ構造を持つプラズモン基板[用語5]を用いることで、表面プラズモン[用語6]効果による励起子輸送を2倍以上に増強することに成功しました。これらの知見は、有機固体における励起子輸送に関する我々の根本的な理解を深めるとともに、励起子輸送材料の設計に有益な指針を与えるものです。本成果は、高度な光電子デバイスの機能発現に重要な示唆を与え、エネルギー損失のないエネルギー輸送の実現に大きく前進する成果となります。本成果は、7月9日(現地時間)付の「Nano Letters 」誌に掲載されました。

背景

励起子は光吸収によって生じたエネルギー形態であり、その輸送は有機太陽電池における電荷生成、発光デバイスにおける発光、光捕集系におけるエネルギー移動といった、有機光電子材料機能の多くの側面において極めて重要な意味を持ちます。さらに、励起子輸送は、エネルギー損失を伴わないエネルギー輸送形態の1つです。有機固体における励起子拡散の理解、制御、および効率向上による励起子輸送の長距離化は、光電子デバイスの性能を高める上で不可欠です。しかしながら、多くの有機半導体ではエネルギー的な無秩序性、欠陥の存在、あるいは分子間の電子的な相互作用(カップリング)の弱さに起因して、励起子の拡散長は広範な材料にわたって5~20 nm程度にとどまっています[参考文献1]。一方で、過去10〜15年の間に得られた実験的証拠から、高度に秩序化された超分子集合体においては、励起子が数百ナノメートル以上の距離を移動し得ることが示されています。この結果は、分子材料における励起子の局在化に関する従来の想定では説明がつかない現象です。長距離励起子輸送に関連する材料や分子間相互作用は多岐にわたるため、これらの現象の統一的な理論的起源を提示することは困難であり、長距離励起子輸送を実現するための普遍的な設計指針の確立には程遠い状況にあります。そこで本研究チームは、特性が詳細に解明されているメゾスケールで自己集合した超分子ナノファイバーを用いて励起子拡散特性を精査し、量子化学計算によって実験的観測結果を再現・説明することに成功しました。さらに、プラズモニクス基板という外部刺激を用いて励起子輸送を制御する手法を提示し、今後の展望を示しました。

研究成果

超分子ナノファイバー内において9,10-ビス(フェニルエチニル)アントラセン(BPEA)発色団を精密に配列するために、当該発色団の両末端に2つのアミド基を導入しました(図1a)[参考文献2]。アミド基によって形成される一次元水素結合は、明確に規定されたはしご状の集合構造に発色団を固定し、トラップサイトの形成を抑制します。樹状の親水性側鎖は、十分な溶解性を確保するとともに、アミド基に規定された発色団の配列を維持します。混合溶媒中での自己組織化により超分子ナノファイバーを作製したところ、長さがマイクロメートルオーダー、直径が100~400 nmのワイヤー状構造が得られました(図1b)。次に、位置依存フォトルミネッセンス(PL)寿命測定[参考文献3]を用いて、励起子輸送を解析しました。具体的には、超分子ナノファイバーに集光したピコ秒パルスレーザーを照射し、照射点からの距離を順次変えながら、ナノファイバーに沿って時間分解発光を検出しました。図1cは、PL寿命と検出位置との関係を二次元プロットとして示しています。ここで、時間の経過に伴うPL強度の空間的な広がりは、励起子が光照射スポットから離れる方向へ移動していることを示唆しています。さらにデータを解析し、拡散係数Dや輸送長LTといった励起子拡散パラメータを求めました。ナノファイバー上の35箇所について測定を行ったところ、DおよびLTの値には大きな分布が見られ(図1d, e)、Dは最大0.7 cm2/s(平均値約0.17 cm2/s)、LTは最大350 nm(平均値約205 nm)に達することが示されました。これらの値は、有機固体中の励起子について報告されたものの中でも最高水準にあります。効率的な輸送に寄与する要因の1つは、ナノファイバーが持つ精緻な構造です。これは、アミド基間の水素結合と、発色団を環境から保護する周囲のデンドロンによって決定されています。

励起子の長距離輸送の起源をさらに深く理解するため、研究チームはフラグメント分子軌道法に基づく励起状態計算を行いました。この手法では、超分子集合体全体の励起状態波動関数を、局所励起(LE)状態と電荷移動(CT)状態の重ね合わせとして近似します。最も強い遷移を示す状態(図1f)について、自然遷移軌道対を用いて励起状態を可視化したところ、2~3個のモノマーユニットにわたって非局在的に電子密度の高い箇所が存在していることが明らかになりました。また、励起状態においてLE状態とCT状態の顕著な混合が生じていることも示されました。これら双方の要因が、長距離励起子輸送に寄与していると考えられます。

図1. (a)BPEAコアを持つモノマー化学構造と超分子ナノファイバーの構造
(b)超分子ナノファイバーの蛍光顕微鏡イメージ
(c)ナノファイバーの1か所で得られた蛍光寿命対位置の2次元プロット
(d)励起子拡散係数Dの分布
(e)励起子輸送長LTの分布
(f)最も強い遷移について自然遷移軌道対を用いた励起状態の可視化

励起子輸送は双極子-双極子相互作用によって進行しますが、この相互作用は原理的に、表面プラズモンによる局在電場によって増強され得ることが考えられます[参考文献4]。この可能性を検証するため、研究チームは、金薄膜に正方格子状に配置されたナノホール(直径250 nm、深さ40 nm)のアレイからなるプラズモン基板を用いました(図2a)[参考文献5]。この基板上に堆積させたナノファイバーにおいて、励起子輸送の著しい増強が観測されました。解析の結果、輸送長は格子方向に対するナノファイバーの角度に依存することが示され(図2b)、ナノファイバーをナノホールアレイと平行に配置した際に最大の増強効果が得られることが明らかになりました。理論シミュレーションにより、双極子-双極子相互作用に基づく励起子輸送のプラズモン増強において、局所電場が重要な役割を果たしていることが確認されました。全体として、励起子輸送は2倍以上に増強され、その輸送長は1マイクロメートルを超える値に達することが分かりました。

図2.(a)プラズモン基板のAFMイメージ(左)とナノファイバーの配向角θの定義(右)
(b)角θに依存する励起子輸送長LT

社会的インパクト

今回得られた知見は、有機固体における励起子輸送に関する根本的な理解を深めるとともに、励起子輸送材料の設計に有益な指針を与えるものです。本成果は、高度な光電子デバイスの機能に重要な示唆を与え、エネルギー損失のないエネルギー輸送という概念の実現に向けた大きな一歩と言えます。

今後の展開

今後の研究では、新材料の探索に加え、局所的な力や光、そして電場の印加などの外部刺激を用いて励起子輸送を自在に制御し、高効率な励起子エレクトロニクス素子の開発の実現を目指します。

付記

本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「メゾヒエラルキー物質科学」(23H04875、23H04878および23H04879)の支援を受けて実施されました。

参考文献

[参考文献1]
Mikhnenko, O. et al. Energy Environ. Sci. 8, 1867–1888 (2015)
[参考文献2]
Liu, Q. et al. Small 20, 2400063 (2024)
[参考文献3]
Pathoor, N. et al. Adv. Sci. (2026) DOI:10.1002/advs.76474
[参考文献4]
Bujak, Ł.et al. Nanoscale 9, 1511–1519 (2017)
[参考文献5]
Tan, Q. et al. J. Phys. Chem. C 128, 4295–4302 (2024)

用語説明

[用語1]
励起子:有機個体や半導体の中に電子と正孔が対を成した状態
[用語2]
超分子:複数の分子が非共有結合により秩序だって集合した化学種
[用語3]
蛍光寿命:物質が光を吸収し励起状態になってから、エネルギーを放出して元の基底状態に戻るまでの平均時間
[用語4]
拡散係数:物質や熱などが濃度の高い方から低い方へ移動する過程(拡散)の速度を示す指標
[用語5]
プラズモン基板:金や銀薄膜にナノ構造を表面に配置した基板で、局在表面プラズモンを発生させる
[用語6]
表面プラズモン:金属と誘電体の界面に存在する自由電子が、光のエネルギーによって集団で振動する現象

論文情報

掲載誌:
Nano Letters
タイトル:
Long-range exciton transport in anthracene-based supramolecular mesostructures and its control by surface plasmons
著者:
Nithin Pathoor, Qiwen Tan, Wenhao Zhang, Misa Nozaki, Takatoshi Fujita, Toranosuke Takagi, Shun Omagari, Yoshimitsu Sagara, Martin Vacha

研究者プロフィール

バッハ・マーティン Martin Vacha

東京科学大学 物質理工学院材料系 教授
研究分野:有機・ハイブリッド材料ナノスケール特性、単一分子分光

相良 剛光 Yoshimitsu Sagara

東京科学大学 物質理工学院材料系 准教授
総合研究院 自律システム材料学研究センター(ASMat)准教授
研究分野:光機能性超分子、超分子メカノフォア、メカノクロミック発光材料

藤田 貴敏 Takatoshi Fujita

量子科学技術研究開発機構 量子生命科学研究所 量子生命情報グループ 主幹研究員
研究分野:生物物理、化学物理、ソフトマターの物理、理論化学

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