力により円偏光蛍光をon/offスイッチする超分子メカノフォア

2026年7月28日 公開

ゲルの膨潤を利用した1分子レベル評価法の確立

ポイント

  • 力に応答して円偏光発光特性が切り替わる超分子メカノフォアの開発に成功
  • 超分子メカノフォアを導入したゲルの膨潤・収縮による発光の可逆的な制御を実現
  • 超分子メカノフォアによって制御できる光機能の拡張に期待

概要

東京科学大学(Science Tokyo)物質理工学院 材料系の相良剛光准教授、東京農工大学 大学院工学研究院応用化学部門の中野幸司教授らの研究グループは「力」によって、円偏光発光(CPL)[用語1]を1分子レベルでon/off制御できる超分子メカノフォアの開発に成功しました。

CPLは右回りの光と左回りの光の割合が異なる発光現象で、3Dディスプレイや偽造防止インク、バイオセンシング技術などへの応用が期待されています。これまでの研究では、CPLを熱や光を用いて制御した例はありましたが、「力」を用いて単一分子レベルで制御した例はありませんでした。

今回、本研究グループは、CPLを示すヘリセン[用語2]と呼ばれる蛍光団をロタキサン[用語3]に組み込んだ、力を可視化する分子ツール「超分子メカノフォア[用語4]」を開発しました。これを、ダブルネットワーク(DN)ゲル[用語5]の架橋点に導入しました。溶媒によるゲルの膨潤が不十分な状態ではロタキサンに力がかからず、ヘリセンと消光団が近接しているため、ヘリセンのCPLが“off”状態となります。一方で、ゲルを均等に膨潤させると、伸ばされたポリマー鎖によりロタキサンが引っ張られて、ヘリセンと消光団の位置が離れるため、CPLが“on”状態となります。このon/off挙動は、ゲルの膨潤に用いる溶媒を変更することで可逆的に制御できました。

今回確立した、ゲルの膨潤・収縮を利用したCPLの評価法は、今後、力によってCPL特性が変化するあらゆる分子の評価に用いることができます。また、超分子メカノフォアによるその他の光機能の制御も可能であり、今後さらなる超分子メカノフォアライブラリーの拡大が期待されます。

本成果は7月24日にドイツ化学誌「Angewandte Chemie International Edition」誌に掲載されました。

背景

円偏光発光(CPL)は、偏光が右回りまたは左回りの2通りがあることから、単純な蛍光と比べて2倍の情報量を持つ光機能と言えます。CPLはこの性質から、3Dディスプレイや、高度な偽造防止インク、バイオセンシング技術への応用が期待されています。これまでに熱や光、pHの変化に応答してCPL特性変化を示す分子は開発されてきましたが、力を加えることで単一分子のCPLを制御した例はありませんでした。

一方、力に対してさまざまな応答を示す分子骨格はメカノフォアと呼ばれます。蛍光特性変化を示すメカノフォアは、材料内部の力を1分子レベルで検知・可視化できるため、材料の破壊メカニズムの解明に資する分子ツールとして着目されています。本研究グループはこれまで、蛍光団や消光団の集積構造を力によって変化させることで機能する「超分子メカノフォア」を開発してきました[参考文献1、2]。超分子メカノフォアは可逆的に応答し、かつ、分子設計自由度が高いという特徴があります。しかし、これまでの超分子メカノフォアの機能は、単純な蛍光のon/offや蛍光色変化による力の可視化にとどまっていました。

そこで本研究では、力を可視化できる超分子メカノフォアを利用して、力による単一分子のCPLの制御を達成することを目指しました。

研究成果

研究グループはCPLを制御できる超分子メカノフォアとして、蛍光団を持つ環状分子と、消光団を持つ軸分子の2分子からなる、ロタキサン型の超分子メカノフォアを開発しました(図1)。

図1. 本研究で開発したロタキサン型超分子メカノフォアの分子構造。

この蛍光団には、CPLを示すことが知られているヘリセンが組み込まれており、軸分子の消光団がこの蛍光団に隣り合っていると、蛍光が消光されます。軸分子の両末端には大きなストッパーが導入されており、環状分子はすり抜けることができません。また、環状分子と軸分子の末端にはそれぞれ重合性官能基が導入されており、2つの官能基を用いて、この超分子メカノフォアを架橋剤としてダブルネットワーク(DN)ゲルのファーストネットワークに導入できます。

次に、このメカノフォアを導入したDNゲルにおいて、CPL制御のメカニズムを検討しました(図2)。本研究で用いたDNゲルは、溶媒となるメタノールとクロロホルムのどちらに浸漬(しんせき)させるかによって、膨潤率が異なります。メタノールに浸した場合はあまり膨潤しないため、DNゲルのファーストネットワークが弛緩(しかん)状態にあり、ロタキサンに力はほぼ印加されません。そのため、ヘリセンが消光団の近傍に位置し、ヘリセンからの蛍光は消光団によって消光され、CPLがoff状態となります(図3a、b)。

一方、クロロホルムに浸すとDNゲルは大きく等方的に膨潤し、ファーストネットワークが引っ張られ、ロタキサンに力が印加されます。その結果、ヘリセンを持つ環状分子が消光団から離れ、CPLがon状態となります(図3a、b)。このon/off切り替えは、クロロホルムとメタノールの溶媒を変更する(溶媒置換)ことで可逆的に制御できます(図3c)。このようにゲルを膨潤・収縮させた際のネットワークに働く力によって環状分子と軸分子の相対位置を変化させ、CPLのon/off状態を1分子レベルで制御できました。

図2. DNゲルの膨潤・収縮に伴うCPLのon/offスイッチングのメカニズム。
図3. 本研究で開発したメカノフォアを導入したDNゲルの(a)発光スペクトルと(b)CPLスペクトル(励起波長:330 nm)。青・赤:クロロホルム膨潤時、水色・オレンジ:メタノール膨潤時(c)DNゲルの溶媒置換操作に伴うCPL強度のプロット。

なお、このメカノフォアを導入したゲルを乾燥させたフィルムを用いて、最大延伸率を300%とした引張試験を行うと、延伸率の上昇とともにメカノフォアが駆動され、蛍光強度が上昇します(図4a)。しかし、フィルムを一方向に引っ張ると、試料の配向性に由来するCPLシグナルが生じてしまい、分子由来の正確なシグナルが埋もれて、大きな測定角依存性が発生してしまいます(図4b)。以上のことから、試料を溶媒で等方的に膨潤させるアプローチが、単一分子に由来するCPLの正確な評価に重要であることが実証されました。

図4. (a)本研究で開発したメカノフォアを導入したDNゲルを乾燥させたフィルムを延伸したときの、蛍光スペクトル変化(励起波長:365 nm)。
(b)乾燥フィルムを260%延伸した状態で回転させてCPL測定を行ったときの、CPLシグナル(glum)の測定角度依存性(励起波長:330 nm)。

社会的インパクト

本研究では、超分子メカノフォアを用いて、通常の蛍光だけでなく、円偏光発光(CPL)も力によって制御できることを示しました。このメカノフォアを用いれば、材料内部の応力やひずみをCPL特性の変化で評価できるようになります。例えば、互いに反対向きのCPLを示すメカノフォアを、同じ材料内の異なる部位に使い分けて組み込めば、光の回転方向を見分けるだけで、部位ごとに応力分布を比較・識別できるようになります。

今後の展開

本研究の成果をもとに、超分子メカノフォアの高い分子設計自由度を活用すれば、りん光などの他の光機能も力で制御できるようになると期待されます。力を可視化する超分子メカノフォアのライブラリーが拡張されれば、力のマルチカラーイメージング、寿命イメージング、暗号情報材料への応用など、さらなる応用展開が可能になると考えています。

付記

本研究はJST創発的研究支援事業(課題番号JPMJFR201N)、およびJSPS科学研究費助成事業 学術変革領域研究(A)「メゾヒエラルキーの物質科学」(課題番号JP23H04878)の支援により実施されました。また、第一著者である野中はJST 次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)(課題番号JPMJSP2180)により博士後期課程研究を推進することができています。

参考文献

[参考文献1]
Y. Sagara, M. Karman, E. Verde-Sesto, K. Matsuo, Y. Kim, N. Tamaoki, and C. Weder, J. Am. Chem. Soc. 2018, 140, 1584–1587.
[参考文献2]
Y. Sagara, H. Traeger, J. Li, Y. Okado, S. Schrettl, N. Tamaoki, and C. Weder, J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 5519–5525.

用語説明

[用語1]
円偏光発光(CPL):発光現象のうち、光の波が進行方向に向かってらせん状に回転しながら進む光。右回りの右円偏光と左回りの左円偏光の2種類がある。
[用語2]
ヘリセン:複数の芳香環がつらなり、らせん状の立体構造を持つ分子群。右巻きと左巻きの立体構造が存在し、CPLを示す発光分子としてしばしば利用される。
[用語3]
ロタキサン:超分子化学の分野で長年研究されてきたインターロック分子の1つ。環状分子を軸分子が貫いた構造になっており、軸の両端に環が抜け落ちないよう大きな構造(ストッパー)を持たせた分子。2つの分子の間に共有結合はなく、外部刺激により環状分子が軸上を移動できる。
[用語4]
超分子メカノフォア:超分子的な相互作用を力で乱すことで発光特性変化などの機能を示すように設計されたメカノフォア。力に対する応答に共有結合の切断を要しないため、pNオーダーの力で駆動し、可逆的な応答を示す。
[用語5]
ダブルネットワーク(DN)ゲル:ファーストネットワークとセカンドネットワークの2つの高分子ネットワークが絡み合った構造を持つ、非常に強靭(きょうじん)なゲル。膨潤する際に、ファーストネットワークに優先的に力がかかる。

論文情報

掲載誌:
Angewandte Chemie International Edition
タイトル:
Force-Induced Control of Circularly Polarized Luminescence With Rotaxane Architecture
著者:
Keigo Nonaka, Takumi Kuroda, Kota Masuda, Toshiki Nishitani, Masaki Enokido, Makoto Tsurui, Yuichi Kitagawa, Yasuchika Hasegawa, Keiichi Noguchi, Koji Nakano, and Yoshimitsu Sagara

研究者プロフィール

野中 慧悟 Keigo Nonaka

東京科学大学 物質理工学院 材料系 博士後期課程2年
研究分野:超分子メカノフォア

相良 剛光 Yoshimitsu Sagara

東京科学大学 物質理工学院 材料系 准教授
総合研究院 自律システム材料学研究センター(ASMat)准教授
研究分野:光機能性超分子・超分子メカノフォア・メカノクロミック発光材料

中野 幸司 Koji Nakano

東京農工大学 大学院工学研究院応用化学部門 教授
研究分野:有機/高分子合成・有機機能性材料

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