肝臓の「硬さ」が肝線維化を促す仕組みの一端を解明
肝星細胞の活性化初期に、肝再生と肝線維化への分岐を決める
ポイント
- 生体内の肝臓に近い「硬さ」を再現した環境で肝星細胞を培養し、その活性化過程を単一細胞レベルで経時的に解析しました。
- 活性化初期の肝星細胞は、柔らかい環境では肝再生に関連する状態へ、硬い環境では肝線維化に関連する状態へと分岐することを明らかにしました。
- 硬い環境で特徴的に発現する遺伝子群「HSC Early Hard Signature」を同定し、その発現が高い慢性肝疾患患者では、肝硬変がより重症な段階へ進行するリスクが高いことを示しました。
- 肝臓の「硬さ」が肝星細胞の状態を変化させ、さらに線維化を促進するという悪循環の一端を明らかにし、肝硬変の進行予測や新たな治療法の開発につながることが期待されます。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 医歯学総合研究科 疾患生理機能解析学分野の柿沼晴教授、同 消化器病態学分野の朝比奈靖浩教授、三好正人医学部内講師、稲田賢人大学院生、岡本隆一教授らの研究チームは、肝臓を構成する細胞が接する環境、特に足場となる細胞外基質[用語1]の「硬さ」に着目し、肝線維化において重要な役割を担う肝星細胞(Hepatic stellate cell:HSC)[用語2]の活性化過程を単一細胞レベルで解析しました。
研究チームは、正常な肝臓から肝硬変までの硬さを想定した環境でマウス肝星細胞を培養し、単一細胞RNAシークエンス解析[用語3]とトラジェクトリー解析[用語4]を行いました。その結果、活性化初期の肝星細胞は、柔らかい環境では肝再生に関連する状態へ、硬い環境では肝線維化に関連する状態へと異なる軌道をたどることを明らかにしました。さらに、硬い環境で特徴的に発現する遺伝子群が、ヒトの肝硬変の進行リスクと関連することを示しました。
本研究は、肝臓の「硬さ」が肝星細胞の状態を方向づける重要な因子であることを示したもので、肝硬変の病態理解や新たな治療法の開発につながることが期待されます。
本研究成果は、9月1日(米国東部時間)に「Hepatology International」誌のオンライン版に掲載されました。
背景
慢性肝疾患では、肝障害に伴ってコラーゲンなどの細胞外基質が蓄積し、肝線維化が進行します。線維化が進むと肝臓は硬くなり、最終的に肝硬変に至ります。肝線維化を直接改善する治療法はいまだ限られており、その進行を抑えるとともに、肝臓が本来持つ修復・再生機能を維持する方法の開発が求められています。
肝線維化の中心的な役割を担う肝星細胞は、肝障害によって活性化すると細胞外基質を産生する一方、健常な状態では肝再生を促す因子も産生します。近年、肝星細胞にはさまざまな状態が存在することが報告されており、特に静止期から活性化へ移行する「初期活性化状態」が注目されています。
肝星細胞は周囲の「硬さ」を感知しますが、従来の培養皿は実際の肝臓よりはるかに硬く、生理的な硬さの環境で活性化初期の肝星細胞がどのように変化するかは十分に分かっていませんでした。そこで本研究では、正常な肝臓と肝硬変を想定した異なる硬さの環境で肝星細胞を培養し、その活性化過程を経時的かつ単一細胞レベルで解析しました。
研究成果
本研究では、正常な肝臓に近い柔らかい条件(Soft:0.2 kPa)と進行した肝硬変に近い硬い条件(Hard:32 kPa)でマウス肝星細胞を培養し、両条件を比較するとともに、一般的なプラスチック培養皿(GPaレベルの硬さ)で培養した細胞でも検証しました。柔らかい環境では、硬い環境に比べて活性化初期の形態変化が抑えられていました(図1)。
次に、単一細胞RNAシークエンス解析とトラジェクトリー解析を行ったところ、活性化初期の肝星細胞は、環境の硬さによって異なる軌道をたどることが分かりました。柔らかい環境では肝再生に関連する状態に、硬い環境では肝線維化に関連する状態に多く分布していました(図2)。
柔らかい環境では酸化ストレス防御や肝再生に関わる遺伝子の発現が高まる一方、硬い環境では「HSC Early Hard Signature」と名付けた特徴的な遺伝子群の発現が上昇していました。「HSC Early Hard Signature」は、ヒトの肝硬変組織の線維化領域で高く発現し、その発現が高い慢性肝疾患患者では肝硬変が重症化するリスクが高いことが示されました。以上から、肝星細胞の活性化初期に、細胞外環境の「硬さ」がその後の細胞状態を方向づける重要な因子であることが明らかになりました(図3)。
社会的インパクト
肝硬変は世界的に大きな健康課題であり、肝線維化の進行を抑え、肝臓の修復・再生能力を維持する治療法の開発が求められています。
本研究は、肝線維化によって生じる肝臓の「硬さ」が、さらに肝星細胞を線維化に関連する状態へと方向づける可能性を示しました。この成果は、肝星細胞の活性化を一律に抑えるのではなく、線維化を促進する状態への移行を抑え、肝再生に関連する状態を維持・誘導するという、新たな治療戦略につながることが期待されます。
今後の展開
今後は、肝星細胞が細胞外基質の硬さを感知して活性化する分子機構と、今回明らかになった細胞状態の分岐との関係を詳しく検証し、肝再生の促進や肝線維化の改善につながる治療法の開発を目指します。
また、実際の肝臓には肝星細胞以外にもさまざまな細胞が存在します。今後、生理的な硬さを再現した環境で複数の細胞を組み合わせて解析することで、肝疾患の病態をより多角的に解明することが期待されます。
付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP23K27580、JP25K23954、JP24K02433、JP24KK22114、JP26K10850、JP26K10946、JP26K10923、JP25K22618、JP25K02635、JP25K11196、JP24K11065)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)肝炎等克服実用化研究事業(JP26fk0210179、JP26fk0310538、JP26fk0210142、JP26fk0210167、JP26fk0210163、JP26fk0210186、JP26fk0210188、JP26fk0210174、JP25fk0310545、JP25fk0210163、JP25fk0210123、JP25fk0210126)、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)(JPMJSP2106、JPMJSP2180)の助成を受けて実施されました。
用語説明
- [用語1]
- 細胞外基質:細胞の周囲に存在するコラーゲンやフィブロネクチンなどのタンパク質からなる構造。組織を支えるとともに、その硬さや組成などの情報を細胞に伝え、細胞の増殖や遺伝子発現などに影響する。
- [用語2]
- 肝星細胞(Hepatic stellate cell:HSC):肝臓に存在し、正常時にはビタミンAを貯蔵する細胞。肝障害によって活性化するとコラーゲンなどの細胞外基質を産生し、その蓄積が肝線維化や肝硬変につながる。
- [用語3]
- 単一細胞RNAシークエンス解析:一つ一つの細胞について遺伝子発現を網羅的に解析する方法。同じ種類の細胞の中に存在する多様な細胞状態を明らかにできる。
- [用語4]
- トラジェクトリー解析:単一細胞RNAシークエンス解析のデータから、細胞状態が変化する順序や方向性を推定する解析法。本研究では、擬似時間解析とRNA velocity解析を用いた。
論文情報
- 掲載誌:
- Hepatology International
- タイトル:
- Matrix stiffness shapes early transcriptional trajectories during hepatic stellate cell activation
- 著者:
- Kento Inada, Masato Miyoshi, Sei Kakinuma, Keiya Watakabe, Tomohiro Mochida, Taro Shimizu, Jun Tsuchiya, Tsubasa Nobusawa, Shun Kaneko, Fukiko Kawai-Kitahata, Miyako Murakawa, Sayuri Nitta, Mina Nakagawa, Yasuhiro Asahina, Ryuichi Okamoto
研究者プロフィール
柿沼 晴 Sei Kakinuma
東京科学大学 医歯学総合研究科 疾患生理機能解析学分野 教授
研究分野:肝再生、肝線維化、ウイルス肝炎
朝比奈 靖浩 Yasuhiro Asahina
東京科学大学 医歯学総合研究科 消化器病態学分野 教授
研究分野:ウイルス肝炎、肝癌、肝線維化
三好 正人 Masato Miyoshi
東京科学大学 医歯学総合研究科 消化器病態学分野 医学部内講師
研究分野:肝線維化、肝再生、ウイルス肝炎
稲田 賢人 Kento Inada
東京科学大学 医歯学総合研究科 消化器病態学分野 大学院生
研究分野:肝線維化、肝再生
岡本 隆一 Ryuichi Okamoto
東京科学大学 医歯学総合研究科 消化器病態学分野 教授
研究分野:再生医療