B型肝炎ウイルスによる新しい肝癌発症メカニズムの解明

2024年11月19日 公開

肝細胞癌の新たな治療戦略に期待

ポイント

  • B型肝炎ウイルスの感染が引き起こす新たな発癌メカニズムを解明
  • ヒトiPS細胞を用いたB型肝炎ウイルスゲノムが宿主ゲノムへの組み込まれる現象を再現し、従来の方法では解析が困難だった肝発癌の初期過程を解明
  • 新たな発癌メカニズムの発見により、肝細胞癌に対する新しい治療戦略の確立が期待される

概要

東京科学大学(Science Tokyo)大学院医歯学総合研究科 疾患生理機能解析学分野の柿沼晴教授、同・肝臓病態制御学講座の朝比奈靖浩教授、同・消化器病態学分野の三好正人助教、土屋淳プロジェクト研究員、岡本隆一教授らの研究チームは、東海大学および順天堂大学との共同研究で、B型肝炎ウイルス(HBV)[用語1]感染後に発生する宿主肝細胞へのウイルスゲノムの組込みが、細胞の増殖性を亢進させ、複製ストレス[用語2]を誘導することで細胞にダメージを与え、肝発癌に寄与することを初めて明らかにしました。HBVは宿主肝細胞のゲノムに組み込まれることが知られており、肝細胞癌の発生に寄与すると考えられていましたが、具体的な発癌メカニズムは不明でした。研究チームはHBV関連肝細胞癌において、HBVの組込みが頻繁に起こるKMT2B遺伝子領域[用語3]に着目し、正常なゲノムを有するヒトiPS細胞モデルにおいて人工的に病態を再現し、HBV-ゲノム組込みによる肝発癌の新しいメカニズムを解明しました。本研究の成果により、HBVを背景とした肝細胞癌に対する新たな治療法の開発が期待されます。

本研究成果は、10月15日付(米国東部時間)の「Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology」誌に掲載されました。

  • 2024年10月1日に東京医科歯科大学と東京工業大学が統合し、東京科学大学(Science Tokyo)となりました。

背景

肝細胞癌(HCC)は、癌の種類別死亡率において世界で3番目に多い癌であり、世界的な問題となっています。肝細胞癌の原因には、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型肝炎ウイルス、脂肪肝炎などによる慢性的な炎症(慢性肝疾患)が挙げられます。特にHBV感染においては、HBVゲノムの一部が宿主肝細胞のゲノムに組み込まれる現象(以下、HBVインテグレーション[用語4]と呼びます)が発癌に関連すると示唆されてきました。HBV インテグレーションは、肝細胞癌組織の特定の遺伝子領域への集積性が知られています。すなわち、特定の領域へのHBV インテグレーションが発生したときだけ、発癌に至ると考えられ、そのような発癌に重要な危険部位のうち、特にKMT2B遺伝子領域が注目されています。

しかし、KMT2B遺伝子領域へのHBV インテグレーションが、どのようなメカニズムで癌化に至るのか全くわかっていませんでした。今回、研究グループは、正常なゲノムを有するヒトiPS細胞から誘導した正常な肝臓細胞で、実際に肝臓癌組織の中で検出されている「KMT2B領域へのHBVインテグレーション」を再現し、正常な肝臓細胞におこるHBV インテグレーションだけの影響を追跡することで、発癌の初期段階を解析する新たな試みに挑みました(図1)。

図1. 本研究での新たな取組み

HBVゲノムが宿主の肝細胞に組み込まれるのは、感染から比較的早く、発癌の初期過程に関与すると推測されていました。がん細胞株や肝癌検体を用いる手法では、すでに多くの遺伝子変異があり、癌化への初期の過程を追うことは困難です。しかし、健常者由来のヒトiPS細胞由来肝細胞で再現すると、正常な細胞が癌に向かう過程を追うことができます。この研究手法はHBV関連肝癌では初めての試みでした。

研究成果

研究グループは、KMT2B領域にHBV インテグレーションを認める肝癌組織から実際に組み込まれている配列情報を明らかにし、ゲノム編集技術によりその配列を再現したヒトiPS細胞(KMT2B-Int)を作成しました。このKMT2B-Int iPS細胞から肝前駆細胞株および肝細胞を分化誘導して解析を行いました。

その結果、KMT2B-Int 肝臓細胞では明らかに増殖性が亢進していることが確認されました。また、HBVインテグレーションによって産生される異常なKMT2Bによるヒストンのトリメチル化亢進が、細胞周期関連遺伝子群の発現が上昇させ、DNA損傷修復や複製ストレス(Replication Stress)などの発癌を推し進める遺伝子群の活性化が確認されました。さらに、HBV インテグレーションを伴う肝細胞癌の遺伝子情報を検証解析することにより、今回の病態のモデル細胞であるKMT2B-Int肝臓細胞で起きたことは、実際に肝癌組織で起きていることが確認されました。

以上の結果から、KMT2B領域に対するHBV インテグレーションは、異常なKMT2Bの産生を介して肝細胞の異常な増殖性を高め、複製ストレスを細胞自身に誘導し肝発癌に寄与していることが明らかになりました。(図2)

図2. HBV インテグレーションが肝細胞に癌化を誘導するプロセス
KMT2B領域に対するHBV インテグレーションは、異常なKMT2Bの産生を介して肝細胞の増殖性を高める異常を誘導し、その結果、複製ストレスが細胞自身に誘導されて肝発癌に寄与している

社会的インパクト

HBV感染者は世界で約3億5000万人、日本国内では100万人以上と推定されています。本邦では年間25,000人以上が肝臓癌で亡くなっており、HBV関連肝癌に特化した治療法の必要性が高まっています。今回の研究によって明らかになったKMT2Bの異常な機能が肝癌の原因であることが示され、今後、この機能を抑制する薬剤の開発によって新しい肝癌治療につながることが期待されます。

本研究で用いた「健常者由来のヒトiPS細胞由来肝細胞から病気の細胞を再現するモデル」は、正常な細胞が癌に至る過程を追跡する点で他の病気モデルとしても応用が可能であり、今後のヒトiPS細胞を用いた研究の発展が期待されます。

今後の展開

本研究で明らかにしたメカニズムは癌化プロセスの一過程にすぎません。今後、癌化に必要とされる、さらなる遺伝子変異の同定を進め、より詳細な癌化プロセスの解明に取り組むことで、新たな肝細胞癌の治療標的の発見につながる可能性があります。

付記

本研究は、日本学術振興会(JSPS)「科学研究費助成事業」、および国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「肝炎等克服実用化研究事業」の助成をうけ、実施されました。

用語説明

[用語1]
B型肝炎ウイルス(HBV):ヒトの血液や体液を介して感染することで肝臓に炎症(慢性肝炎)を起こすDNAウイルス。肝炎の持続により肝硬変や肝細胞癌に進展する危険性がある。HBVは肝臓では肝細胞に感染する。
[用語2]
複製ストレス(Replication Stress):DNAの複製が適切に行えない状態のこと。がん遺伝子の発現などによって細胞増殖の亢進が起きると、細胞は複製ストレスにさらされDNAの損傷が起きやすい状況になり、遺伝子変異を引き起こし、癌形質の獲得へと誘導する。
[用語3]
KMT2B:DNAの周囲に存在するヒストンのメチル化に関与する遺伝子の一つである。KMT2Bによってトリメチル化された遺伝子は、その遺伝子発現が亢進することが知られている。本研究では細胞増殖を促進する遺伝子群の発現が亢進した。
[用語4]
HBVインテグレーション:HBVが肝細胞に感染した後、宿主の肝細胞ゲノムにHBVゲノムDNAが組み込まれてしまうことがある。さまざまな遺伝子座に組み込まれるが、非癌組織と肝癌組織とを比較してみると、肝癌組織では特定の場所に集積していることが報告された。HBVゲノムが挿入された結果、その遺伝子機能が低下する、その遺伝子機能が亢進する、近傍領域の遺伝子発現が変化する起きる新たな機能をもつ遺伝子ができてしまう、など、宿主遺伝子座の状況によってさまざまなことが惹起される可能性があり、そのメカニズムには不明の点が残されている。

論文情報

掲載誌:
Cellular and Molecular Gastroenterology and Hepatology
論文タイトル:
Hepatitis B Virus-KMT2B Integration Drives Hepatic Oncogenic Processes in a Human Gene-edited Induced Pluripotent Stem Cells-derived Model
著者:
Jun Tsuchiya, Masato Miyoshi, Sei Kakinuma, Fukiko Kawai-Kitahata, Akihide Kamiya, Taro Shimizu, Ayako Sato, Keiya Watakabe, Tomohiro Mochida, Kento Inada, Rion Kamimae, Shun Kaneko, Miyako Murakawa, Sayuri Nitta, Mina Nakagawa, Mamoru Watanabe, Yasuhiro Asahina, and Ryuichi Okamoto

研究者プロフィール

柿沼 晴 Sei KAKINUMA

東京科学大学 医歯学総合研究科 疾患生理機能解析学分野 教授
研究分野:肝再生、肝線維化、ウイルス肝炎

朝比奈 靖浩 Yasuhiro ASAHINA

東京科学大学 医歯学総合研究科 肝臓病態制御学講座 教授
研究分野:ウイルス肝炎、肝癌、肝線維化

三好 正人 Masato MIYOSHI

東京科学大学 医歯学総合研究科 消化器病態学分野 助教
研究分野:肝線維化、肝再生、ウイルス肝炎

土屋 淳 Jun TSUCHIYA

東京科学大学 医歯学総合研究科 消化器病態学分野 プロジェクト研究員
研究分野:肝癌、ウイルス肝炎

岡本 隆一 Ryuichi OKAMOTO

東京科学大学 医歯学総合研究科 消化器病態学分野 教授
研究分野:再生医療

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