Science Tokyoの教育は今、新たな次元へ

善き未来に向かって

2025年12月12日 公開

若林理事・関口執行役副学長対談

アインシュタイン博士来訪記念写真[所蔵品1]を持つ関口執行役副学長(左)と若林理事(右)

東京科学大学(Science Tokyo)が発足して1年。教育改革の最前線に立つ若林則幸理事・副学長(教育担当)と関口秀俊執行役副学長(教育担当)が、「立志プロジェクト」「女子枠制度」「グローバル連携」など、次世代の大学教育のあり方と展望について語り合いました。

統合の実感をキャンパスから—「大岡山Day」と「立志プロジェクト」の手応え

関口 新大学となって1年が経過しましたが、教育面での印象的な取り組みがいくつかあります。

若林 大きなトピックは「大岡山Day」において1年生全員が履修する文系教養科目「立志プロジェクト」です。4~5月の毎週月曜日、湯島の医歯学系の学生が全員大岡山に来て学ぶのが大岡山Dayで、この日の立志プロジェクトは理工学系も合わせて約1,400人を14グループに分け、同じ内容について話し合ってもらいました。学士課程に入学して早期に同じ教室で同じ課題に取り組む経験が、多様性に触れて広い視野を育んだり、将来の仕事や生活を豊かにすることに役立つと考えました。携わった先生方からは、予想以上の成果が見られたと聞いています。準備の段階で関係する先生方には大きなチャレンジであったと思いますが、これからさまざまな科目や授業を専門領域の壁を超えて全学で共有していく際に、どうするのがベストか検討している段階です。立志プロジェクトで見つかった授業実施上の課題は今後の参考になると思います。

関口 時間割やキャンパス移動といった問題もありましたが、今年はそれをクリアして実施できたというのはすごいところですね。いまの1年生が4年生になる2028年に向けてもっと広げていくためには、さらなる調整や議論が必要です。立志プロジェクトがきっかけとなって、2大学が一つにまとまっていく道筋が見えてくると思います。若林理事は、両方の学生に接する機会が多いと思いますが、二つの大学の学生の特色の大きな違いはどういうところにありますか。

若林 理工学系の学生も医歯学系の学生も優秀であることは間違いないのですが、その優秀さの種類が少し違うような気がしました。去年、あるプログラムで理工学系の学生とグループディスカッションし、その次の週に、たまたま同じように医歯学系の学生とディスカッションする機会がありました。理工学系の学生は自分の研究のことを楽しそうに話してくれるし、私自身が専門としてきた歯学の研究についても質問が出る。一方、医歯学系の学生からは、私自身が医歯学系の出身であったためか、「先生はどういうキャリアコースを歩みましたか」と熱心に聞かれました。どちらも優秀なのですが、今の自分の研究に没頭し、その興味を将来につなげたいと考えている学生と、今の時点で決めている将来の方向性について、その確度をさらに高めたいと考えている学生との違いなのかも知れません。

関口 医歯学系の学生は自分のことを客観視する習慣があるから、そういう質問が出るのかもしれませんね。

若林 全員がそうではないと思いますが、例えば医学科の学生は、卒業したら医師免許を取って、臨床研修・基礎研修を2年間、そのあと専門に分かれて専門医の資格をとる、といったように、この先何年で何をやると考えている。対して、理工学系の学生は、とにかく今やっていることが楽しいという話をしたいのですね。

関口 教育プログラムの全体構造としては、初年次教育や学部教育をいかに両学系で一緒にできるか、ということを考えていますが、やはり限界があります。新しい教育理念といっても、各系や学科のポリシーがあるし、医歯学系はカリキュラムが非常にタイトです。そこをなんとかやろうとしているのが現状です。

若林 それぞれの専門科目を含めてお互いに「たすきがけ」で取り合うようなこと、つまり相互履修を積極的にやろうという話は以前からあるわけですが、専門課程ということになると、28年度以降になる。今やっと立志プロジェクトを実施したという段階ですが、将来的にはお互いの科目を履修するだけではなく、医工連携に関するような新しい科目、他の大学にないような授業や科目を始めて、他の大学にも波及させることが目標です。

関口 学生側からの声、満足度について、2024年に学勢調査が出ました。理工学系だけですが、そこではいろいろと声が出ていて、田中学長には非常に評価されました。旧東工大では以前から実施していましたが、田中学長はそういう制度を医歯学系にも拡大する方針を示されました。

若林 満足度について具体的な声が分かるというのはいいですね。

関口 学生支援関係は力を入れてやってきました。例えば、学生による学生のための相談活動「ピアサポーター」では、新入生を対象に、履修をはじめとする大学生活についてさまざまな相談にのるための相談会を集中的に開催し、1年生が系所属を検討する時期には系所属相談会も開催しています。

若林 大岡山のキャンパスは湯島に比べると空間や緑が多くいわゆる大学らしい感じがして、都心の湯島キャンパスにいる医歯学系の学生は、大岡山に来ることが楽しいようです。立志プロジェクトが5月で終わって、それがさみしいという声は聞きました。

関口 私も聞きました。医学科だったかな。緑が多くて大学らしい、ものすごくキャンパスらしいですね、と。湯島や国府台と比べて、大岡山に来ると大学生という気がする、と言っていました。

自ら学び、社会を変える—VIが育てる未来の人材

若林 Visionary Initiatives(VI:ビジョナリーイニシアティブ)のコンセプトの下で、研究の成果を社会課題の解決に結びつけ、人類の成長に貢献するために、今いる教員よりも、これから学ぶ学生や将来の教員・研究者が主役になることが不可欠です。だからVIを教育の中に取り入れる、教育をそれに乗せることは、当初から考えられていました。
従来の大学・大学院では、ある先生やその研究室で学びながら研究を進めていくのが基本です。このような研究指導者単位の教育にはいいところもありますが、学生によっては、まったく別の研究領域にも興味を持ち、複数の専門領域を学びながら自分の研究テーマを追求したい、ということもある。学生主体で自分の勉強をつくっていけるような、あるいはカリキュラムをつくっていけるような形があれば、私はそれが理想だと思います。
専門課程に進むのは学士課程でいろいろなことを学んできている人たちですから、その研究をさらに深めることもいいですし、既定のルートとは異なる勉強に「脱線」するのもいいと思います。そのような研究者が新しい学問や教科を作ることを期待しているのです。

関口 VIは理工学系の融合教育、複合系のコースをもっと拡大していこうというところから始まっています。もともと医歯学系にはそういう考え方はありませんでしたが、それも含めて一気に医歯学系と理工学系を全部包含したような形で指導体制をつくろうということになった。社会課題のような大きな命題に向かって、縦割りではない、いろいろな人の指導を受けた形をつくりましょう、ということで、フォーミュレーションしていったのだと思います。今後、これをどうやって制度化していくかが課題ですね。複合系コースをきちんと拡大させて、学生に指導しながら研究もして、VIとしてそれなりに結果を出さなければならない、という面もあるので、どう制度設計するかは、とても楽しみでもあり、また不安もあります。

若林 最初の発想は別として、これから学ぶ人、研究する人の利益となるシステム、つまり学生のための制度をつくっていきたいと思っています。

関口 例えば、マサチューセッツ工科大学(MIT)で社会に成果を発信するときに、国際的発信の仕方が日本とは全く違いますよね。VIの成果を世界に発信するときに、どんな方法をとるかも非常に大事ですね。

若林 VIというシステムそのものを発信するのは、少し違うと考えています。VIはあくまで裏側にあるものですよね。実際にイノベーションが生まれて、調べてみたらこの大学にはVIというシステムがあった、という話になるのが理想だと思います。プロダクトは必ずしも製品や発明だけではなく、例えば「考え方」も含むわけです。統合された二つの大学は、もともと実学を基にした大学ですから、社会のため汗をかいて考えてくれる人を世界の隅々まで届けている教育機関という印象を持ってもらえると、うれしいですね。立派な大学であるということをアピールするのではなく、「大学が輩出している人材が立派」と言われたいですね。

“配慮”ではなく“価値”へ—女子枠制度が切り拓く教育の未来

若林 教育改革の中で、今年度から理工学系に導入された学士課程入試における女子枠制度は全国的にも注目を集めており、私たちも大手新聞社などの取材を受けてきました。

関口 そうですね。この制度は、「女子が希望すればエントリーできる自己推薦型選抜」として非常に慎重に制度設計をしました。具体的には「多様性の促進」と「潜在能力の発掘」を主眼に置いています。

若林 自発的なエントリー制にしていることで、受験生の「主体性」を尊重しているのが特徴です。加えて、選抜の評価基準やプロセスについても明確に公開することが重要と考えています。透明性の高さについても自信を持っています。

関口 それに、入学後のサポート体制も充実させています。女子学生同士が安心して相談し合える仕組みや、ピアサポート、研究室の柔軟な選択支援など、入ってからの学びやすさを大切にしています。単に「合格枠を増やす」だけではなく、女子学生の「その後どう学び、どう活躍するか」などを含めた制度設計になっています。

若林 私たちは、この制度により「多様性が新しいアイデアや価値を生む環境」キャンパスとなることを望んでいます。そのためには、“特別扱い”ではなく、「女性が実力を発揮できるよう整えられた場」を提供します。将来的に「多様な人がいることでプロジェクトが前に進む」という、価値ある循環をつくる第一歩にしたいですね。今後、この制度をきっかけとして、持続的に社会へ影響を与えられると良いと考えています。

東京工業大学・百年記念館模型[所蔵品2]を囲む関口執行役副学長(左)と若林理事(右)

バイリンガルからマルチスカラーへ—教育国際化の新展開

若林 学士課程を英語で行うという面においては、旧東工大ですでにGSEPという先例を持っていますよね。理想を言えば、言語ありきではなく、内容に応じて必要な言語を使えるようにすればいい。近い将来の学生たちは、自ずとそこはクリアするという気はしています。

関口 学部としては留学生を獲得しなければならないということもあり、GSEPを拡大して全ての系に導入できるような体制を整えたいという考えはあります。一方、若林先生のおっしゃるとおり、最近の学生は前提として英語ができるようになってはいますが、例えば医師免許や歯科医師免許は日本語前提ですよね。また、留学生に日本に定着してもらいたいということになると、日本語を留学生に徹底して教えたいということになる。日本語ができる留学生、英語ができる日本人学生、両方育てたいんです。どちらの言語でも構わないようなクラス体系になるのが理想で、それが大学院にもつながってくる。それに向かって、どうやっていくかですね。

若林 日本は少子化が進んでいますから、本学で学位を取ったような優秀な留学生が日本に残って日本の社会に貢献していく、ということも必要になってくる。

関口 例えば留学生を9月に入学させて半年間は日本語を勉強してもらい、4月に日本人と一緒にスタートするとうまくいくかもしれない。日本以外の大学に行ってしまいそうな留学生の確保にもつながる。卒業後についても、例えば2ヵ国語ができる医師はこれからの日本社会で必ず必要になる。

若林 学士課程に外国人を入れるのは、医学部や歯学部では難しいというよりも不可能とされてきました。しかし、これからは入学時に日本語が完全ではなくても、入った後に日本の国家試験が受けられるくらいのサポートをしっかりするという考え方はありますね。たとえそれが少数であったとしても、クラス全体が国際化してくる効果があります。将来日本に残りたいかどうかは留学生個人の意思ですが、きちんとした日本語教育ができるような体制を整えておくことは、とても大事かと思います。

もうひとつ、これから始めようとしているのは、理工学系と医歯学系の両方の素養を持った人を学士課程から育てることです。例えば最初に医歯学系に入った学生が4年生のときに理工学系の研究実習をする。普通のカリキュラムから離れて半年ほど理工学系の研究室で研究の基礎を学び、できれば修士レベルの勉強までしてもらって、医学部や歯学部に戻る。そして医師や歯科医師になったあとに理工学系の研究室に戻って博士を取るような形を、いま準備しています。同じように、理工学系として入学した学生が、入学後に医学や歯学を学べる制度も必要です。

関口 医歯学の学位と理工学の学位、両方取れるような仕組みを構築していくわけですよね。

大学の価値は人に宿る—成長を支える教育がつくる未来

若林 博士課程の学生に対する支援というと国際卓越とかなり連動した話になってしまいますが、気持ちとしては国際卓越にかかわらず、博士課程の学生を一人の研究員として、つまり社会人として在籍できる制度を目指しています。

関口 理工学系でも「つばめ博士学生奨学金」や、授業料免除、国の奨学金など支援はいろいろあります。でも、授業料免除だけでは生活することが難しい。修士で就職した学生とある程度同じレベルの経済的な報酬を得ながら研究に専念してもらう制度を設計しています。

若林 現在でも奨学金以外にいろいろな助成金がすでにありますが、国の助成だけではなく、本学独自の制度として検討しています。ぜひ期待してほしいと思います。

関口 理工学系の博士後期課程進学を目指す修士課程在籍者を対象に、NEC研究開発部門への入社内定とともに、有給の研究インターンシップの機会を提供するプログラムを始めました。これは一例ですが、博士後期課程の進学を支援するプログラムも増やし、就職活動をせずに博士の研究に安心して3年間集中できる取り組みを拡げることも大事だと思っています。

若林 企業に就職した若い社員で学位取得を目指したい人に対して、企業で実際に行っている内容と連動するようなテーマでの博士取得を支援することも大事だと思います。

関口 理工学系だと、大きな企業と大学の共働研究拠点という取り組みがあります。企業側の若い研究者が、社会人として博士を取得できるということが制度化されています。

若林 医歯学系でも病院に勤めている人が学位を取りやすい環境を整えるなど、社会人の博士を増やしたいと考えているところです。未来をつくるのは学生であり若い人です。そのために大学をいかに活用してもらえるか、さまざまな要素があるはず。プログラムや科目を予め用意して「君はこのコースだから、これとこれを受けなさい」ということからの脱却を少しずつでも目指せたら良いと思います。

関口 先日、ドイツのアーヘン工科大学と戦略的パートナーシップを締結しました。他にもアメリカのMITやハーバード大学、イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドン(インペリアル)などと戦略的パートナーシップ大学としてタイトな関係を結んで、研究とイノベーションの推進、さらに国際的・社会的インパクトの創出に向けて、今後も協力を一層深化させていくことになります。

若林 若手の研究者を在外研究員として海外の大学や研究所に送り込むシステムをもっとしっかりとつくりたい。学士課程で留学し、博士でもその手続きを行い、独立した研究者となってからも派遣されるような、単発ではなく個人にとって継続性のある形で在外研究ができるようなシステムが、大きなプロジェクトの種となります。

関口 インペリアルは医歯学系を中心に学生の相互派遣・留学が拡大しそうだし、アーヘン工科大学は日本に来たい学生も本学から留学したい学生もともに多い。MITも環境を構築中でこれからインパクトのある学生交流や在外研究ができるのではないかと思います。

若林 インペリアルには毎年医学科の学生を、1年間の留学コースに3人送っています。滞在費を含めて費用は本学が持ち、Intercalated BSc(IBSC)という修士相当の国際的な学位を取得できます。これは非常にレベルの高いコースで、イギリス国内のほかの医学部からも来る。毎年の3人は英語力を中心に非常にレベルの高い選考で選抜していますが、受験生からすると、魅力のあるプログラムだと思います。

関口 7月に、本学と東京外国語大学、一橋大学による三大学連合にお茶の水女子大学が加わり、四大学未来共創連合(Future Leading Innovation Partnership FLIP(FLIP))として、新憲章を締結しました。将来的には大学等連携推進法人の仕組みを視野に入れ、より効果的で安定した連携関係の進展を検討しています。

若林 お茶の水女子大学によって「生活空間」に関する学習領域が加わるのは大きな意義がありますね。そしてDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の推進もあります。

関口 そこに、東京外国語大学の多文化・多言語、一橋大学の経営や法律、本学の医歯学・理工学といったそれぞれの得意分野を出し合って新しい分野が創造できたらいいと思います。
本学の大竹尚登理事長も強調していますが、1+1が2ではない。お互いのとがった、良いところが合わさって、新しい大学になって、これまで生まれにくかったような卒業生を輩出し、社会に貢献する。新しい歴史がいま始まったばかりということだと思います。まだまだ時間はかかると思いますが、一つずつ新しいプログラムを作りながら、それに向かって進んでいくということですね。

若林 私はもともと歯学部附属病院があったときの病院長を務めていましたが、そのとき仕事していて最も楽しいと感じたのは、自分一人ではなく病院のスタッフや事務職員、さまざまな仕事で貢献してくれる人たちとチームで動いているときでした。今だったら教務課をはじめとした多くの職員と一緒に仕事をさせていただく機会を持てることがありがたいです。

プロフィール

若林 則幸(わかばやし のりゆき)

理事・副学長(教育担当)。専門は歯科補綴学、歯科生体材料学、歯学教育。

人物写真:若林理事

関口 秀俊(せきぐち ひでとし)

執行役副学長(教育担当)。専門は熱エネルギー工学、プラズマプロセッシング、環境化学工学。

人物写真:関口執行役・副学長

所蔵品説明

本ページに掲載されている写真は東京科学大学博物館の所蔵品を用いております。

[所蔵品1]
アインシュタイン博士来訪記念写真:1922年本学(旧東工大)蔵前キャンパスで、アインシュタイン博士の来訪を歓迎した記念写真。右上に写る手島精一像は、現在大岡山キャンパスにある。
[所蔵品2]
東京工業大学・百年記念館模型:東工大創立百年記念事業として設立された建物(1987年竣工)の模型。設計は篠原一男名誉教授。大岡山駅の目の前、東京科学大学の正門すぐ脇に建つ、シルバー色のハーフシリンダーが浮遊する独特な外観の建物。

関連リンク

統合報告書2025

財務情報に加え、社会貢献やガバナンス、非財務情報を統合して、ステークホルダーの皆様にご報告するものです。
本学の教育・研究、社会に対する取り組み、経営戦略などをご報告し、さらなる飛躍に向けた道筋を示します。

統合報告書2025表紙

取材日:2025年6月25日/大岡山キャンパスにて

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