HTLV-1による炎症に新たな治療戦略の可能性

2026年11月6日 公開

エピジェネティクス標的薬が感染細胞と炎症環境の双方に働きかける

ポイント

  • HTLV-1による炎症を再現した眼モデルを用い、炎症に関わる仕組みとエピジェネティクス(遺伝子の働きを調節する仕組み)を標的とするEZH1/2阻害薬の作用を明らかにしました。
  • EZH1/2阻害薬により、ウイルス活動が高いHTLV-1感染T細胞では、ウイルス量の指標となるプロウイルス量とウイルス遺伝子の発現が低下しました。また、眼細胞では遺伝子の働きを調節する目印(H3K27me3)が減少し、炎症に関わる物質の産生や炎症シグナルにも変化が認められました。
  • 本研究成果は、HTLV-1感染細胞とその周囲の炎症環境の双方に働きかけることで、従来のステロイドによる対症療法とは異なる、新たな治療法の開発につながる可能性を示しています。

概要

東京科学大学(Science Tokyo)医歯学総合研究科 眼科学分野の鴨居功樹准教授、鄒雅如大学院生、大野京子教授らの研究チームは、HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)[用語1]に関連する炎症について、HTLV-1による炎症を再現した眼モデルを用いてその仕組みを解析し、エピジェネティクス[用語2]を標的とする治療が、感染細胞と炎症環境の双方に作用する可能性を示しました。

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HTLV-1は、成人T細胞白血病、HTLV-1関連脊髄症、HTLV-1ぶどう膜炎などの血液がんや炎症性疾患を引き起こします。HTLV-1ぶどう膜炎は、HTLV-1関連炎症性疾患の中でも比較的頻度が高く、視覚障害につながることがあります。これまで長年にわたり、主にステロイドを用いて炎症を抑える治療が行われてきましたが、こうした治療はHTLV-1感染細胞そのものを標的とするものではありませんでした。

研究チームは、HTLV-1感染T細胞と眼の細胞を用いた複数のモデルを作製し、エピジェネティクスの変化と、それを標的とする治療の効果を調べました。その結果、HTLV-1の影響を受けた眼の細胞では、ヒストン[用語3]に付加される目印であるH3K27me3が増加し、エピジェネティクスを標的とするEZH1/2阻害薬によって、その量が減少することを確認しました。また、ウイルス活動が高いHTLV-1感染T細胞では、HTLV-1のプロウイルス量とウイルス遺伝子の発現が低下しました。さらに、炎症に関わる複数のサイトカインやケモカインの産生が変化し、一部の炎症シグナルも弱まることが示されました。

これらの結果から、エピジェネティクスを標的とする治療薬が、「HTLV-1感染細胞への直接作用」と「炎症環境への作用」という二つの経路を通じて、HTLV-1関連炎症に働きかける可能性が示されました。本研究成果は、感染と炎症の双方を標的とする新たな治療戦略の開発に向けた重要な手掛かりとなると期待されます。

本研究成果は、10月8日付でCell Pressが発行する国際科学誌「iScience」に掲載されました。

図1. エピジェネティクス標的薬が感染細胞と炎症環境に働きかける新たな治療戦略

背景

HTLV-1はヒトに感染し、生涯にわたって体内に残存するウイルスです。HTLV-1感染症は世界的に重要な感染症の1つであり、日本国内にも約70万人の感染者がいると推定されています。HTLV-1は、成人T細胞白血病、HTLV-1関連脊髄症、HTLV-1関連ぶどう膜炎などの疾患を引き起こし、近年では水平感染による感染拡大や疾患の発症が注目されています[参考文献1、2]。

HTLV-1ぶどう膜炎は、眼内に炎症が生じる疾患で、再発を繰り返し、視覚障害につながることがあります。これまでの治療は、主にステロイドを用いた対症療法が中心であり、HTLV-1感染細胞そのものを直接標的とするものではありませんでした。

そこで研究チームは、HTLV-1関連疾患の病態に関わるエピジェネティクスに着目しました。エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列そのものを変えることなく、遺伝子の働きを調節する仕組みです。

このエピジェネティックな調節に関わる酵素としてEZH1とEZH2があり、これらはヒストンにH3K27me3という目印を付加することで、遺伝子の発現を調節しています[参考文献3]。研究チームは、EZH1/2を介したエピジェネティックな調節機構を標的とすることで、HTLV-1による炎症を制御できるのではないかと考えました。

研究成果

研究チームは、HTLV-1による炎症を再現した眼モデルを用い、眼の炎症に重要な役割を果たす眼細胞と、性質の異なるHTLV-1感染T細胞を組み合わせて検討しました。

まず、眼細胞とその周囲の炎症環境への作用を調べました。 HTLV-1の影響を受けた眼細胞では、EZH1とEZH2の発現、および遺伝子発現を調節するエピジェネティックな目印であるH3K27me3が増加していました。これらの細胞に、エピジェネティクスを標的とするEZH1/2阻害薬を添加すると、H3K27me3が減少しました。また、炎症に関わるサイトカインやケモカインの産生も、細胞モデルや薬剤濃度に応じて変化し、一部の炎症シグナルが弱まることも確認されました。これらの結果から、EZH1/2阻害薬が眼の炎症環境を調節する可能性が示されました。

さらに、HTLV-1感染細胞そのものへの直接作用についても検討しました。 ウイルス活動が高いHTLV-1感染T細胞では、EZH1/2阻害薬の添加によってHTLV-1のプロウイルス量が減少し、ウイルス遺伝子の発現も低下しました。

一方、眼細胞への影響は全体として限定的であり、強い細胞毒性は認められませんでした。

以上の結果から、エピジェネティクスを標的とするEZH1/2阻害薬は、HTLV-1感染T細胞への直接作用と、炎症環境を調節する作用の双方を有する可能性が示されました。 (図1)。

社会的インパクト

本研究の特徴は、HTLV-1による炎症を単に「炎症を抑える」という視点から捉えるのではなく、「感染細胞」と「その周囲に形成される炎症環境」の双方に着目した点にあります。本研究では、エピジェネティクスを標的とする治療が、HTLV-1感染細胞のウイルス活動に直接影響を及ぼすとともに、眼細胞を取り巻く炎症環境にも作用する可能性が示されました。この成果は、従来のステロイドを中心とした対症療法とは異なり、感染と炎症の双方に働きかける新たな治療戦略の開発に向けた重要な手掛かりになると期待されます。

今後の展開

今後は、本研究で得られた作用機序に関する知見を基に、HTLV-1による炎症に対する新たな治療法の開発と臨床応用を目指します。

付記

本研究は、JSPS科学研究費助成事業(JP20K09824、JP25K02864)、厚生労働省・希少・難治性疾患研究費(22FC0201)、日本医療研究開発機構(AMED)の新興・再興感染症研究費(23fk0108671h0001、23fk0108672h0001)、武田科学振興財団のHigh-risk Emerging Infectious Diseases Research Grant(2023年度)、JST SPRING(JPMJSP2180)の支援を受けて実施されました。

参考文献

[参考文献1]
Kamoi K, et al. Horizontal transmission of HTLV-1 causing uveitis. Lancet Infectious Diseases. 2021;21(4):578.
[参考文献3]
Yamagishi M, et al. Mechanisms of action and resistance in histone methylation-targeted therapy. Nature. 2024;627:221–228.

用語説明

[用語1]
HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型):主にT細胞に感染し、一度感染すると生涯にわたって体内に残存するレトロウイルス。成人T細胞白血病、HTLV-1関連脊髄症、HTLV-1関連ぶどう膜炎などの疾患を引き起こす。
[用語2]
エピジェネティクス:DNAの塩基配列そのものを変えることなく、遺伝子の働きを調節する仕組み。細胞の種類や周囲の環境に応じて、どの遺伝子を働かせ、どの遺伝子の働きを抑えるかを調節する。
[用語3]
ヒストン:DNAが巻き付くタンパク質で、長いDNAを細胞核内に効率よく収納する役割を担う。ヒストンにメチル基などの化学的な目印が付加されることで、遺伝子の発現が調節される。

論文情報

掲載誌:
iScience
タイトル:
Dual impact of EZH1/2-targeted therapy in HTLV-1-associated inflammation: Direct and indirect mechanisms
著者:
Zou Y, Kamoi K*, Yang M, Zong Y, Zhang J, Ohno-Matsui K.

研究者プロフィール

鴨居 功樹 Koju Kamoi

東京科学大学 医歯学総合研究科 眼科学分野 准教授
研究分野:眼炎症、眼感染症、眼科手術

Koju Kamoi

鄒 雅如 Yaru Zou

東京科学大学 医歯学総合研究科 眼科学分野 大学院生
研究分野:眼炎症、眼感染症

Yaru Zou

大野 京子 Kyoko Ohno-Matsui

東京科学大学 医歯学総合研究科 眼科学分野 教授
研究分野:近視、網膜疾患

Kyoko Ohno

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准教授 鴨居 功樹

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