表面に浮いた電子が窒素を活性化するアンモニア合成触媒

2026年7月7日 公開

高活性と安定性を両立する表面エレクトレンが高活性を発揮

ポイント

  • 結晶表面に低仕事関数なアニオン電子層を形成することに成功
  • 表面のアニオン電子層は窒素分子を化学吸着し空気中で表面を安定化
  • 反応条件下では表面電子層が再生し、最高水準のアンモニア合成活性を実現

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 元素戦略MDX研究センターの张主军特任助教(現 南京工業大学)、北野政明教授、細野秀雄特命教授らの研究グループは、バルク結晶の表面に電子層が浮いている新しい電子材料「エレクトレン[用語1]」の創成に成功しました。エレクトレンは、エレクトライド(電子化物)[用語2]の一種で、表面に高濃度のアニオン電子が存在しています。エレクトレンを化学的に安定化できれば優れた触媒になると考えられていましたが、合成が煩雑で、しかも極めて反応性が高いため、大気中で安定に取り扱うことが困難でした。

本研究では、高い極性を有するBaSiN2結晶の表面近傍で窒素の一部を酸素で置換し電子をドープすることで、表面に高濃度の電子層を浮遊させたエレクトレンが生成することを見いだしました。その仕事関数[用語3]は1.5 eVと極めて低く、金属の中で最も低いセシウム(1.9 eV)をも下回ることから、極めて高い電子供与能を有することが分かりました。この物質を窒素雰囲気に曝すと、窒素分子が表面の電子と反応して、窒素分子イオンとして吸着し表面を保護することで、大気中でも取り扱えるまで安定化しました。一方、水素を流すと吸着窒素がアンモニアとして脱離して、表面エレクトレンが再生することも明らかにしました。これらの特徴を利用して、表面にルテニウムを担持しアンモニア合成を行うと、300℃、9気圧という温和な条件下で、世界最高水準のアンモニア生成速度が得られました。

エレクトレンは、電子化物の触媒としては1つの理想形です。今回、バルクの結晶の表面にエレクトレンを生成させる方法が得られたこと、およびアンモニア合成触媒への応用で、これまで障害となっていた化学的安定性と触媒活性を両立させる方法が見いだされ、新たな展望が開けました。

本研究成果は、6月23付(現地時間)で英科学誌「Nature Communication」にオンライン速報版が公開されました。

背景

アンモニアは、窒素肥料や窒素含有化成品の主要な原料であるだけでなく、昨今では、水素を高密度で含むこと、容易に液化できる物質であることから、水素の貯蔵・輸送媒体(水素キャリア)としても関心を集めています。

工業的なアンモニア合成では、天然ガスなどの化石資源を水蒸気とともに触媒存在下で高温で反応させることで得られた水素と空気中の窒素を原料とし、高温(400−500℃)および高圧(10−30 MPa、大気圧の約100−300倍)を必要とするハーバー・ボッシュ(HB)法により大量生産されています。しかしこの方法では、水素を作るのに、副産物として大量のCO2が発生してしまうという問題があります。そこで、風力や太陽光などの再生可能エネルギーといったCO2を排出しない方法で生成した水素を原料として、温和な条件下でのアンモニアの生成を可能にする「グリーンアンモニア合成」の実現が強く求められています。そのためには、温和な条件下でも高濃度のアンモニアが合成できる優れた触媒が不可欠となります。

本研究グループは、2004年に安定なエレクトライド(電子化物)[参考文献1]を初めて創成して以来、その物質科学と応用研究を推進してきました[参考文献2]。電子化物は、電子がアニオンとして働く物質の総称です。電子は原子核を持たないため、イオン化しやすい、すなわち仕事関数が小さいという特徴があります。この特性を活かしたエレクトライドの応用の可能性を多岐にわたり検討しています。化学反応への応用としては、アンモニアの合成触媒としての可能性を探り、2012年にはその最初の論文を発表しました[参考文献3]。2017年には創出された触媒の社会実装を目指すスタートアップ「つばめBHB株式会社」が設立されています[参考文献4]

これまでの研究で、ルテニウムやコバルトなどの遷移金属を担持する物質(担体)が電子を出しやすいほど、アンモニア合成触媒の活性は高くなることが明らかになっています。これがエレクトライドが優れた担体になる理由です。触媒反応は固体表面で進行するため、低い仕事関数の電子を表面に高濃度に有するエレクトレン(図1a)は、エレクトライドの中でも理想的な触媒構造を持つ物質といえます。しかし、表面電子が空気中の酸素や水と容易に反応してしまうため、エレクトレンを実用的な触媒として利用することが困難でした。すなわち、触媒活性と化学的安定性はトレードオフの関係になっており、これをいかに克服するかが課題になっていました。また、従来の合成法は、電子が層間に存在する2次元エレクトライドを単層に剥離する方法に限られていました。そこで、本研究ではエレクトレンをバルクの結晶表面に生成させる方法の開発と触媒活性評価に取り組みました。

図1. (a)層間に電子が存在する2次元エレクトライドから剥離する方法 (b)今回実現したBaSiN2結晶への電子ドープにより生成した表面エレクトレン

研究成果

1. BaSiN2への電子ドープによる表面エレクトレンの生成

はじめに、エレクトレンをバルクの結晶の表面に生成させることに適した候補物質について検討しました。表面電子が安定に存在するためには、表面に垂直な方向へ大きな分極を有し、表面近傍にエネルギーの低い空のバンドが形成されること、さらに電子を高濃度にドープしても表面の再構成が生じない物質が重要と考えました。そこで本研究では、これらの条件を満たす候補物質としてバリウム、ケイ素、窒素からなるBaSiN2(図1b)に着目しました。

固相法で合成したBaSiN2を酸素雰囲気下で加熱すると、表面層で窒素イオンの一部が酸素イオンで置換され、電子がドープされることが分かりました。実測された表面電子密度は~5x1018 m-2であり、最表面に存在するバリウム原子の密度に近い値でした。これは、密度汎関数法によるバンド計算から予想された「表面に存在する軌道が電子で占有された状態」(図2a)とよく一致します。その妥当性を調べるために、仕事関数を測定したところ1.5 eVと極めて低く、その値は金属の中で最も低いセシウム(1.9 eV)をも下回りました。さらに、電子をドープしたBaSiN2を窒素ガスに曝すと、時間ともに仕事関数は 3.5 eVまで徐々に増大しました。この変化は、窒素分子が窒素分子イオン(N2-)として化学吸着することで、表面の電子が消失したためです。この窒素分子イオンによる表面被覆によって、大気中でも取り扱えるほど表面が安定化しました。この状態のBaSiN2に水素ガスを接触させると、仕事関数は元の値である1.5 eVまで再び減少します。これは、表面に吸着していた窒素イオンが水素と反応することでアンモニアとして脱離し、表面に浮いた電子層(エレクトレン)が再生したことを示しています(図2b)。

図2. 酸素がドープされたBaSiN2の(a)状態密度と(b)仕事関数の雰囲気による変化。窒素中では3.5 eVまで増大するが、水素を流すと元の値(1.5 eV)に戻る。

2. 触媒活性

次に、BaSiN2にルテニウム(Ru)を担持した触媒を用いてアンモニア合成を試みたところ、300℃、9気圧という温和な条件下においてアンモニアの生成が認められました。その活性は、これまで高性能の触媒として報告されてきた水素化物やエレクトライド触媒などの、大気中で不安定な触媒と比べても最高水準の値でした(図3a)。特に、本触媒は表面積も比較的小さいにもかかわらず高い活性を示しており、表面エレクトレン触媒の高いポテンシャルを示す結果といえます。反応機構としては、表面エレクトレンから供与される電子によって窒素分子が活性化され、Ru上で生成した活性水素との反応を経て、段階的にアンモニアへ変換されたと考えられます(図3c)。

図3. (a)低温で活性を示す他の触媒との触媒活性の比較。本触媒は大気中で安定であり、さらに、大気中で不安定な触媒と比べても最高水準の活性を示す。
(b)BaSiN2表面に形成されたエレクトレンの仕事関数は窒素分子の電子親和力よりも大きいので、N2は電子を受け取り活性化される。
(c)反応機構。窒素分子は表面の電子で活性化され、Ru上で活性化された水素と反応してアンモニアを生成する。

社会的インパクト

再生可能エネルギーを用いて水を電気分解し、得られた水素から効率よくアンモニアを合成する技術は、カーボンニュートラルや水素社会実現に重要です。また、必要な場所でアンモニアを製造できるオンサイト型プロセスを確立することができれば、大規模一極集中生産を前提とするハーバー・ボッシュ法では対応が難しい環境・条件においてもアンモニア合成を行うことが可能となります。2017年に設立されたスタートアップ「つばめBHB」ではエレクトライド触媒を使ったオンサイトプロセスの社会実装を目指しており、本研究の成果により新たな有望触媒のライブラリーが追加されました。今後、用途や運転条件に応じた触媒の使い分けが可能になることが期待されます。

今後の展開

これまでの研究により、電子供与能の高いエレクトライドが、優れたアンモニア合成触媒になることが明らかになってきました。特に、触媒反応が進行する固体表面に低仕事関数の電子を高濃度に有するエレクトレンは、理想的な触媒構造と考えられていました。しかし、その実現には化学的安定性と触媒活性をいかに両立するかが大きな課題となっていました。本研究によって、表面エレクトレンの設計指針が得られ、表面の安定化する方法を見いだすこともできました。今後はこれらの知見をベースに、低温で活性の高い安定な触媒の創出が期待されます。また、将来的にはアンモニア合成以外の化学反応への展開も見込まれます。

付記

本研究成果は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JPMJMI21E9)、JST創発的研究支援事業(JPMJFR203A)、科学研究費助成事業(JP22H00272、JP24H02204)、つばめBHB株式会社との共同研究の支援によって実施されました。

参考文献

[参考文献1]
Matsuishi, S., Toda, Y., Miyakawa, M., Hayashi, K., Kamiya, T., Hirano, M., & Hosono, H. (2003). High-Density Electron Anions in a Nanoporous Single Crystal:[Ca24Al28O64] 4+(4e-). Science, 301(5633), 626-629.
[参考文献2]
Hosono, H., & Kitano, M. (2021). Advances in materials and applications of inorganic electrides. Chemical Reviews, 121(5), 3121-3185.
[参考文献3]
Kitano, M., Inoue, Y., Yamazaki, Y., Hayashi, F., Kanbara, S., Matsuishi, S., Hara.M. & Hosono, H. (2012). Ammonia synthesis using a stable electride as an electron donor and reversible hydrogen store. Nature chemistry, 4(11), 934-940.
[参考文献4]
つばめBHB株式会社

用語説明

[用語1]
エレクトレン:グラフェンのように単原子層の表面にアニオンとしての電子層が存在する物質の総称。これまでバルクの結晶の表面にエレクトレンを生成させる方法は知られていなかった。
[用語2]
エレクトライド(電子化物):電子がアニオンとして存在する物質の総称。
[用語3]
仕事関数:物質の中から真空中に電子を引き出すのに必要な最小のエネルギー。数値が小さいほど、電子を放出しやすい。

論文情報

掲載誌:
Nature Communications
タイトル:
Creation of an air-stable surface electrene and its application to ammonia synthesis(大気中で安定な表面エレクトレンの創出とそのアンモニア合成への応用)
著者:
Zhujun Zhang(张主军), Shiyao Wang(王诗尧), Jiang Li(李江), Masato Sasase(笹瀬雅人), Masaaki Kitano(北野政明), Hideo Hosono(細野秀雄)

研究者プロフィール

細野 秀雄 Hideo Hosono

東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 特命教授
東京科学大学 栄誉教授
研究分野:新規無機電子機能材料(半導体、超伝導体、触媒、発光材料など)

細野 秀雄 Hideo Hosono

北野 政明 Masaaki Kitano

東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 教授
研究分野:触媒化学、材料科学

北野 政明 Masaaki Kitano

関連リンク

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東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター
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