ポイント
- N型酸化物半導体アモルファスa-InGaZnOx(a-IGZO)がCO2を原料としたメタノール合成触媒になることを見出し、その機構を解明
- 酸化物半導体の伝導帯下端と、水素の電荷が変わるエネルギー準位が近いことが反応推進に寄与することを提唱
- 上記の条件を満たす材料としてa-IGZOが、最も高活性・高選択性を示した
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 元素戦略MDX研究センターの細野秀雄特命教授らと、三菱ケミカル株式会社 Science & Innovation Centerの共同研究チームは、N型酸化物半導体を触媒として用いた二酸化炭素(CO2)からのメタノール合成反応を検討し、高活性を実現するための支配因子を明らかにしました。
CO2の水素化によるメタノール合成は、CO2の回収と再利用への有能なアプローチで、カーボンニュートラル[用語1]の観点からも重要です。この反応には安定なCO2を活性化する触媒が不可欠で、銅を担持した酸化亜鉛触媒(Cu/ZnO触媒)が多く使われています。しかし、一酸化炭素(CO)を発生させる副反応が生じるため、メタノール合成の選択性が低いという問題がありました。本研究では、半導体科学に基づいて、触媒の電子構造と電子キャリア濃度が水素の活性化において重要な役割を果たすと考え、さまざまなN型酸化物半導体の触媒活性を検討しました。その結果、ディスプレイの駆動に広く使われているアモルファス酸化物半導体a-InGaZnOx(a-IGZO、通称イグゾー)[参考文献1]が、優れたCO2変換性能を有することを見出しました。今回の研究で、伝導帯下端(CBM)[用語2]とユニバーサルな水素の電荷遷移準位[用語3]との位置関係から、インジウム系酸化物半導体が多量の水素を取り込み、電子キャリアと負に帯電した水素が生成することが予見されました。これらの考察をもとに、酸化物半導体上の水素と吸着したCO2との反応によってメタノールの生成が促進される触媒メカニズムを提案しました。
今回の成果は、CO2の水素化のみならずさまざまな化学反応に半導体中の電子や正孔、水素種およびそれらのダイナミクスを活用することの有効性を示すとともに、触媒や電池といった化学デバイスの新しい設計指針につながるものと期待されます。
本成果は、6月15日付(現地時間)に米国化学誌「Journal of the American Chemical Society」誌にオンライン公開されました。
背景
カーボンニュートラルの実現に向けて、CO2の回収と資源化は社会的な課題となっています。特にCO2の水素化反応によって合成可能なメタノールは、C1ケミストリー[用語4]の原料としての幅広い利用と、水素社会におけるエネルギーキャリアとして期待されているため、CO2の水素化反応を促進する触媒の研究が盛んに行われています。
CO2を直接水素化によるメタノール合成反応に対する触媒の開発は、これまで、COを水素化してメタノールを生成する触媒であるCu/ZnO触媒を改良する方針で検討されてきました。しかし、Cu/ZnO触媒を用いてCO2水素化反応を行った場合、COの副生成がメタノール生成効率と選択性の低下につながっていました。今回の研究では、触媒を構成するZnOがN型酸化物半導体であることから、さまざまなN型酸化物半導体を取り上げ、その電子物性の観点からこの反応を高活性・高選択性を実現するための条件の解明を試みました。
研究成果
酸化物半導体は、通常、スパッタリング等の薄膜堆積法で作製されますが、固体触媒として活用する場合には表面積が重要になるため、本研究では微粉末状の酸化物半導体材料を合成しました。具体的には、水溶液中で水酸化物を生成させ、その加熱による脱水で微粉末として調製しました。その結果、500℃で加熱・脱水することで生成したa-InGaZnOx(a-IGZO)が100 m2·g−1以上の比表面積と1018 cm−3という高い電子キャリア濃度を有する微粉末として合成されました。このa-IGZOを触媒として用いてCO2の水素化反応を行ったところ、高い選択率でメタノールが生成することが分かりました。さらに、水素分子の透過・解離能の高いパラジウム(Pd)金属ナノ粒子を担持したa-IGZO触媒(Pd/a-IGZO)では、反応は著しく促進され、90%以上の非常に高い選択率でメタノールを合成できることを見出しました(図1)。

次にこのN型酸化物半導体の電子キャリア濃度と水素化触媒としての性能との関係を追究した結果、電子キャリア濃度が高いインジウム系酸化物は、高い水素吸着能力(1020 atm·g−1 オーダー)を示し、Pdの担持でさらに増大することが分かりました(図2左)。また、赤外吸収スペクトル(FT-IR)によってこの水素吸着の過程を検討したところ、Pd/a-IGZO触媒を水素に暴露すると触媒表面のOH濃度が増大していくと同時に、伝導帯に存在する自由電子による赤外光吸収も増大していくことが明瞭に観察されました。これらの結果は、Pdによって水素分子が解離して生成した水素原子がa-IGZOに供給され、半導体中のキャリア電子が増大していく機構の存在を示唆します(図2右)。この機構はN型半導体担体上に担持された金属が担体から受ける電子的な作用の表れでもあり、これまで担持金属と酸化物担体の間の強い相互作用(SMSI[用語5])と呼ばれてきた現象の原理にも関連するとみられます。

水素の化学吸着に伴う電子キャリア濃度の増大がメタノール生成促進に与える効果は、半導体触媒の伝導体下端(CBM)とユニバーサルな水素の電荷遷移準位(UHE)[参考文献2]の位置関係によって説明することが可能です。図3は各酸化物半導体のCBMとUHEの位置関係を示しています。UHEとほぼ同じ位置にCBMを持ち、かつ自由電子濃度が高いので(この触媒用に調製した粉末では1018㎝-3という高い自由電子濃度を有する)Pd/a-IGZOはPdとオーミック接合を形成し、水素原子と電子が障壁無しに接合を横切って移動することが可能になります。そして、このような電子構造を有するa-IGZO中に入ったH0は、プロトン(H+)にもヒドリドイオン(H-)にもなることができます。CO2とH2からのメタノール生成にはH+とH-の両方が必要であるため、この特性は水素化反応において極めて好都合と言えます。また、その際にはOHも生成するので、反応後に水(H2O)として脱離させることが可能となり、CO2からメタノールへの反応の触媒サイクルを円滑に完結させることに寄与します。これらの水素と電子キャリアが関与したプロセスが、Pd/a-IGZOが優位な触媒作用を示す要因となっていると結論づけました。

社会的インパクト
これまで、半導体特性を利用する物質変換やエネルギー変換に関しては、太陽電池や光触媒といったバンドギャップ間の光吸収に基づく電子と正孔の電荷分離を利用する方式に注目が集まっていましたが、今回の成果はそれらとは異なり、半導体が元来有する電子や正孔を起源とした触媒作用による物質変換も可能であることを示しています。さらには、金属/半導体や半導体/半導体の接合界面を介する電子や水素の移動に関して、それらの半導体科学に基づく電子状態・科学状態の制御が物質変換の性能や効率の向上に直結することが示されました。これらの物質の精密な設計とナノファブリケーション技術の追究は、持続可能な社会の実現に向けての材料設計指針を提供します。
今後の展望
今回の成果は、CO2のメタノールへの転換において、触媒としてN型半導体酸化物を用い、そのキャリア電子を利用して酸化物上に多くの正と負の水素種を生成させることが有効であることを実証したものです。CO2の転換のみならず、エネルギーや化学物質の変換に資する化学反応に半導体中の電子や正孔、水素種およびそれらのダイナミクスを積極的に活用する視点は、触媒や電池といった重要な化学デバイスシステムの新しい設計指針につながるものと期待されます。
付記
本研究は三菱ケミカル社SICとの共同研究によって実施されました。また、本研究の一部は科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JPMJMI21E9)の支援のもとで行われました。
参考文献
- [参考文献1]
- K. Nomura, H. Ohta, A. Takagi, T. Kamiya, M. Hirano, H. Hosono. Room-temperature fabrication of transparent flexible thin-film transistors using amorphous oxide semiconductors, Nature, 432, 488–492 (2004) で報告されたIn-Ga-Zn-Oから構成される酸化物半導体。現在、液晶や有機ELディスプレイの駆動に広く使われている。最近では、半導体メモリーとしての応用にも関心を集めている。
- [参考文献2]
- C. G. Van de Walle, J. Neugebauer. Universal Alignment of Hydrogen Levels in Semiconductors, Insulators and Solutions, Nature, 423, 626–628 (2003)
用語説明
- [用語1]
- カーボンニュートラル:持続可能な社会に向けてCO2などの温室効果ガスの収支を差し引きゼロにすること。
- [用語2]
- 伝導帯下端(CBM):電子が動き回れる空の準位のうち最もエネルギーが低い軌道。a-IGZOでは空間的に広がったインジウムの5s軌道がCBMを構成する。
- [用語3]
- 水素の電荷遷移準位:半導体中においてH+とH−の安定性が等しくなるエネルギー位置。
- [用語4]
- C1ケミストリー:メタンやメタノールなどの、炭素を一つ有する化合物を原料に、炭素を複数有する実用材料を合成する技術。
- [用語5]
- SMSI(Strong Metal-Support Interaction):担持金属と酸化物担体の相互作用。還元されやすい酸化物担体に担持された金属種の吸着特性や触媒特性が、雰囲気によって著しく変化する現象に代表される。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of the American Chemical Society
- タイトル:
- CO2 Conversion to Methanol by Hydrogen Species on n-Type Oxide Semiconductors
- 著者:
- Kazuki Fukumoto(福本和貴)a, Hideto Tsuji(辻 秀人)a*, Masatake Tsuji(辻 昌武)b, Masakazu Koike(小池正和)a, Kohei Takatani(高谷公平)a, Masahiko Shimizu(清水雅彦)a, Masaaki Kitano(北野政明)b, and Hideo Hosono(細野秀雄)b*
(a:三菱ケミカル、b:東京科学大学) - DOI:
- 10.1021/jacs.5c03910
研究者プロフィール
細野 秀雄 Hideo HOSONO
東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 特命教授
東京科学大学 栄誉教授
研究分野:新規無機電子機能材料(半導体、超伝導体、触媒、発光材料など)
北野 政明 Masaaki KITANO
東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 教授
研究分野:触媒化学、材料科学
辻 昌武 Masatake TSUJI
東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 特任助教
研究分野:酸化物半導体の電子構造と電子物性