ポイント
- 非貴金属触媒にBaSi2担体を用いることで、低温でのアンモニア分解活性を大幅に向上させることに成功。
- アンモニア分解反応の律速段階である、窒素原子が再結合する過程の活性化エネルギーを大幅に低下。
- 従来の貴金属触媒に代わる、安価で資源制約のない非貴金属触媒の高性能化および水素利用技術の進展に貢献すると期待。
概要
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 元素戦略MDX研究センターのGuo Qing(グオ・チン)博士研究員、Wang Shiyao(ワン・シーヤオ)博士研究員、北野政明教授、細野秀雄特命教授らの研究グループは、非貴金属触媒であるニッケル(Ni)触媒とコバルト(Co)触媒に担体として珪化バリウム(BaSi2)[用語1] を用いることで、低温において貴金属ルテニウム触媒に匹敵するアンモニア分解活性を達成しました。
アンモニアは、水素(H2)を高密度で安全に貯蔵・輸送できる「水素キャリア[用語2]」として注目されていますが、水素を取り出すためのアンモニア分解反応には高温が必要であり、低温化が大きな課題となっています。また、安価なNiやCoなどの非貴金属触媒による高い分解活性を実現することも課題となっています。これらの触媒では、反応の律速段階[用語3]である窒素–窒素結合形成(N–Nカップリング)[用語4]に高いエネルギー障壁が存在するため、低温作動が困難でした。
本研究では、Ni触媒やCo触媒の担体として、安定なZintl相シリサイド[用語5]であるBaSi2を用いました。このBaSi2界面において、低原子価状態にあるバリウム(Ba)から遷移金属(TM)[用語6]に結合した窒素原子への電子移動が生じ、TM–N–Ba中間体が形成されることが示唆されました。この中間体が形成されることで、律速段階である窒素–窒素結合形成反応のエネルギー障壁が大幅に低下します。こういった原理により、NiとCoという非貴金属触媒が、低温でも高効率で作動することを明らかにしました。
研究成果は2月19日(現地時間)に米国科学誌「Journal of the American Chemical Society 」オンライン速報版に公開されます。
背景
水素は近年、化石燃料に代わるクリーンなエネルギーとして重要視されており、アンモニアは有望な水素キャリアとして注目を集めています。しかし、アンモニアを分解して水素を取り出す反応は吸熱反応であるため、高温での反応が必要となります。そのため、低温でも高効率でのアンモニア分解を実現するには、触媒としてルテニウム(Ru)を用いる必要がありますが、Ruは希少かつ高価な貴金属であることから、安価で資源制約の少ない非貴金属を用いた代替触媒の開発が課題とされていました。しかし、Ru代替触媒として研究されてきたNi触媒やCo触媒では、反応の律速段階である窒素–窒素結合形成(N–Nカップリング)に高いエネルギー障壁が存在するため、低温での作動が困難でした。
研究成果
北野教授らの研究グループは、Ni触媒やCo触媒の担体として、Zintl相シリサイドであるBaSi2に着目しました(図1)。BaSi2は、ケイ素(Si)原子間で共有結合を形成すると同時に、BaからSiへの電荷移動が生じることで、全体としてイオン結晶的な性質を示すユニークな化合物です。Siの電気陰性度がそれほど大きくないため、この化合物中のBaサイトは酸化物中のBaと比較して低原子価状態で存在します。そのため、BaSi2はBaSi2O5のような酸化物担体と比べて、NiやCo触媒に対してより強い電子供与効果を示すことから、アンモニア分解活性の向上が期待されました。
今回の研究では、BaSi2およびBaSi2O5にそれぞれNiを固定した2種類の触媒を用いて、アンモニア分解を行ったところ、Ni担持BaSi2触媒(Ni/BaSi2)はNi担持BaSi2O5触媒(Ni/BaSi2O5)と比べて、著しく高い触媒活性を示しました(図2左)。例えば、Ni/BaSi2O5触媒は反応温度600℃においてもアンモニア分解率が20%程度であるのに対し、Ni/BaSi2触媒はより低い温度で高効率にアンモニアを分解できることが分かりました。BaSi2およびBaSi2O5はいずれも比表面積が低く(約1 m2 g-1)、またNiの電子状態も大きな違いが見られなかったことから、両者の触媒活性の差は触媒の比表面積や電子供与性の違いによるものではないことが明らかになりました。さらに、Ni/BaSi2のアンモニア分解に対する活性化エネルギー[用語7]は83.2 kJ mol-1と、Ni/BaSi2O5(116.9 kJ mol-1)よりも低く、低温ではNi/BaSi2O5より高効率で作動する触媒であることが示されました。
またNi/BaSi2は従来のNi系触媒を上回る性能を示し、SiO2担体上のRu触媒(Ru/SiO2)に匹敵する高いアンモニア分解活性を示しました。反応後触媒のX線光電子分光(XPS)分析から、Ni/BaSi2では三元系窒化物窒化バリウムニッケル(BaNiN)と同様のN 1sピークが観測されました(図2右)。BaNiNもNi/BaSi2と同様に低い活性化エネルギーを示すことから、Ni/BaSi2触媒では、NiとBaSi2の界面においてBa–N–Ni中間体が形成されることで、高い触媒性能が得られていると考えられます。また、CoをBaSi2上に担持した触媒に関しても同様の結果が得られています。
Ni/BaSi2触媒におけるアンモニア分解反応の律速段階は、通常のNi触媒と同様に、窒素–窒素結合形成(N–Nカップリング)過程であることが示されました。そこで、反応後の触媒表面からの窒素(N2)脱離[用語8]挙動をN2-TPD測定[用語9]により評価したところ、Ni/ BaSi2触媒ではNi/BaSi2O5触媒と比べて、N2の脱離温度が低いことが明らかになりました。さらに、N2脱離の活性化エネルギーはNi/BaSi2で169 kJ mol-1と、Ni/BaSi2O5(265.5 kJ mol-1)よりも大幅に低く、Ni/BaSi2触媒では、律速段階であるN–Nカップリング過程が促進されていることが示されました。
理論計算の結果からも、NiとBaSi2の界面では、低原子価のBa原子が関与することで、窒素–窒素結合形成(N–Nカップリング)のエネルギー障壁が大幅に低くなることが示唆されました。反応の途中では、窒素原子の一方がNiに、もう一方がBaに同時に結合する特異な中間状態が形成され、Baから窒素への電子移動が起こります。この界面での電子の再分配により反応中間体が安定化されることで、Ni表面のみで進行する場合と比べて、N–Nカップリング反応の活性化エネルギーが大幅に低下します(図3)。その結果、Ni/BaSi2触媒において高いアンモニア分解活性が得られると考えられます。
社会的インパクト
水素キャリアとして注目されるアンモニアは、水素を取り出すための省エネルギー型アンモニア分解プロセスの構築が大きなボトルネックとなっています。さらに、プロセスの低コスト化を実現するためには、非貴金属触媒の高性能化が不可欠です。今回の研究成果は、非貴金属触媒を低温において高い効率で作動させるための触媒活性点構造を明らかにした点で、これまでにない成果であり、今後の非貴金属を用いた高性能触媒の設計指針となるものです。この成果は、水素利用技術の高度化を通じて、カーボンニュートラル社会の実現に貢献する技術創出につながると期待されます。
今後の展開
今回の研究では、BaSi2を担体とするNiやCoなどの非貴金属触媒において、触媒表面にBa–N–Niのような中間体が形成され、反応の律速過程である窒素–窒素結合形成(N–Nカップリング)の活性化エネルギーが大幅に低減されることが、低温でも優れたアンモニア分解活性を達成する鍵であることが明らかになりました。今後は、この触媒作動原理を基軸として新材料探索を進めることで、より高性能な非貴金属触媒の創出が期待されます。
付記
今回の研究成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ALCA-Next(JPMJAN24B2)、同 創発的研究支援事業(JPMJFR203A)、科学研究費助成事業(JP22H00272、JP24H02204、JP24H00390)の支援によって実施されました。
用語説明
- [用語1]
- 珪化バリウム(BaSi2):Zintl相を有する化合物で、薄膜太陽電池用半導体材料としても注目されている。
- [用語2]
- 水素キャリア:水素を貯蔵・輸送するための媒体となる化学物質。アンモニアは、窒素原子1個に水素原子が3個付いており、多くの水素を貯蔵できる。さらに、水素と比べて簡単に液化できるため、水素の貯蔵・輸送を行うために便利な物質として注目されている。
- [用語3]
- 律速段階:化学反応全体の速度を決めている最も遅い反応ステップのこと。
- [用語4]
- 窒素–窒素結合形成(N–Nカップリング):アンモニア分解反応では、アンモニア(NH3)分子から水素が段階的に取り除かれ、残ったN原子同士が結合し窒素(N2)分子となって表面から脱離する。この反応過程を窒素–窒素結合形成(N–Nカップリング)過程という。
- [用語5]
- Zintl相シリサイド:電気的陽性なBa等の金属元素と、Siからなる化合物で、イオン結合的な金属元素と共有結合ネットワークを形成するSiが共存する固体材料。
- [用語6]
- 遷移金属(TM):周期表で第3族から第11族の元素の総称が遷移元素であり、遷移金属ともいう。
- [用語7]
- 活性化エネルギー:反応の出発物質の基底状態から遷移状態に励起するのに必要なエネルギーのことであり、このエネルギーが小さいほど、その反応は容易になる。反応中に触媒が存在することで、活性化エネルギーを下げることが可能。
- [用語8]
- 窒素(N2)脱離:触媒表面に吸着している窒素(N2)分子が触媒表面から気体として離れること。
- [用語9]
- N2-TPD測定:N2- Temperature-Programmed Desorptionの略で、触媒表面に吸着した窒素(N2)分子が、触媒の加熱によってどの温度でどのくらいの量が脱離するかを測定する手法。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of the American Chemical Society
- タイトル:
- Ammonia decomposition promoted by formation of ternary transition metal nitride intermediates: Ni (Co)-loaded BaSi2
- 著者:
- Qing Guo1、Shiyao Wang1、Jiang Li1、Yihao Jiang1、Zhujun Zhang1、Masato Sasase(笹瀬雅人)1、Hideo Hosono(細野秀雄)1,2、Masaaki Kitano(北野政明)1,3
(1:東京科学大学、2:物質・材料研究機構、3:東北大学) - DOI:
- 10.1021/jacs.5c16307
研究者プロフィール
北野 政明 Masaaki Kitano
東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 教授
研究分野:触媒化学、材料科学
細野 秀雄 Hideo Hosono
東京科学大学 総合研究院 元素戦略MDX研究センター 特命教授
東京科学大学 栄誉教授
研究分野:新規無機電子機能材料(半導体、超伝導体、触媒、発光材料など)
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