温度で分離条件を「空間プログラム」するマイクロ流体チップを開発

2026年8月24日 公開

1枚のチップで多段階粒子分離とがん細胞・白血球・赤血球の選別を実証

ポイント

  • 温度応答性高分子PNIPAMの微細柱と2つの温度制御素子を組み合わせ、1本の流路内に位置ごとに異なる分離閾値を形成する「空間プログラム型DLD」を開発。
  • 3種類の粒子を1回の通過で3分画し、4種類の粒子を3画分へ分ける組み合わせを温度条件だけで組み替えられることを実証。実際の温度勾配下で粒子の移行位置も定量化。
  • がん細胞を添加した希釈全血からMCF-7細胞、白血球、赤血球を別々の出口へ選別。医工融合による液体生検の前処理、細胞解析、再生医療・細胞製造への展開に期待。

概要

東京科学大学(Science Tokyo) 国際医工共創研究院 先端医工技術研究センターおよび総合研究院 未来産業技術研究所の西迫貴志教授、総合研究院 未来産業技術研究所の菅野佑介助教、工学院機械系のキョウ・タク(Ze Jiang)大学院生らの研究グループは、温度応答性高分子PNIPAM[用語1]で作った微細柱を用い、1本の流路内で分離条件を位置ごとに変えられる「空間プログラム型DLD[用語2]マイクロ流体チップ」を開発しました。

本研究でいう「空間プログラム」とは、チップ作製後に、「流路のどの位置で、どの大きさを分けるか」という分離条件の分布を、温度によって設定することを意味します。上流側と下流側を2つのペルチェ素子[用語3]で別々に温度制御すると、PNIPAM柱が低温側で膨らみ、高温側で縮むため、局所的な分離閾値である臨界径(Dc[用語4]が流路に沿って連続的に変化します。本方式は、粒子や細胞そのものの温度応答を利用するのではなく、温度による柱形状の変化を利用します。剛体粒子では主に大きさ、細胞では大きさに加えて形状や変形しやすさなども移動挙動に影響します。これにより、対象がチップ内を1回通過する間に移動様式を切り替え、サイズの異なる複数集団を順次分離できます。同じチップでも温度範囲を変えるだけで、4種類の粒子を3画分にまとめる組み合わせを再設定できました。

さらに、ヒト乳がん由来MCF-7細胞[用語5]を添加した希釈全血のモデル試料から、MCF-7細胞、白血球、赤血球を3つの出口に選別しました。MCF-7細胞の回収画分の純度は94.8%、目的出口への回収率は88.9%でした。また、予備的な生存率評価では、処理後の生存率は94.8%でした。

本研究は、マイクロ加工・刺激応答性材料・熱制御を細胞分離へ統合した医工融合型の基盤技術であり、液体生検、単一細胞解析、再生医療・細胞製造などの前処理への展開が期待されます。

本成果は、英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)が発行する学術誌「Lab on a Chip」に、2026年7月29日(現地時間)付でオンライン公開されました。

背景

血液や組織由来の試料には、赤血球、白血球、腫瘍細胞など、サイズや硬さの異なる多様な細胞が混在しています。目的の細胞を高い生存率のまま分離・回収する技術は、液体生検、免疫解析、単一細胞解析、再生医療、細胞治療の製造工程など、多くのバイオメディカル分野で重要です。

DLD(Deterministic Lateral Displacement)は、規則的に並べた微細な柱の間に試料を流し、粒子や細胞を大きさなどの物理特性に応じて異なる経路へ導く連続分離法です。分離原理そのものには、抗体や磁性粒子などを用いて対象を標識・捕捉する操作を必要としないため、「ラベルフリー」と呼ばれます。なお、本研究では、分離結果を識別・定量するために蛍光粒子や蛍光染色を用いましたが、分離原理自体はそれらに依存しません。分離の境界となる「臨界径」は通常、柱の大きさや間隔など、製作時の幾何形状で固定されます。そのため、複数のサイズ集団を段階的に分けるには、異なる構造を直列につないだり、試料ごとにチップを作り直したりする必要がありました。

研究グループはこれまで、温度に応じて膨張・収縮するPNIPAMをDLDの柱に用い、チップ全体の温度を変えることで臨界径を一括調整する技術を報告してきました(2025年12月3日プレスリリース「温度で細胞を自在に分ける細胞選別チップを開発」)。今回の課題は、1つの臨界径を全体で変えるだけでなく、流路内の位置ごとに異なる臨界径を作り、粒子・細胞がチップを通過する間に複数の分離段階を経験できるようにすることでした。

研究成果

研究グループは、15区画からなるDLDアレイの上流側と下流側に、独立して制御できる2つのペルチェ素子を配置し、流れ方向に温度差を与えました。PNIPAMピラーは低温で水を吸って膨らみ、高温で縮むため、上流から下流にかけて柱径が小さくなり、柱間隔と臨界径が連続的に増加します(図1)。20~40℃の条件では、同一形状で作製したアレイ内に4.7~19.2 µmの臨界径プロファイルを形成できました。

図1. 空間プログラム型DLDの原理とデバイス構成。低温側ではPNIPAMピラーが膨らみ、高温側では縮むため、流路に沿って臨界径が増加し、粒子・細胞の移動様式が位置ごとに変わる。

粒子実験には、直径5.65、9.94、13.0、20.2 µmの蛍光ポリスチレン(PS)粒子を用いました。粒子は、局所的な臨界径より大きい区間では横方向に移動する「バンプモード[用語6]」、小さい区間では平均流れに沿う「ジグザグモード[用語6]」をとります。9.94 µm粒子と13.0 µm粒子を用いた評価では、移行位置がそれぞれ流路入口から24.0±0.2 mm、30.0±0.4 mmとなり、大きい粒子ほど下流で移行することを確認しました。これにより、温度勾配が位置依存の分離挙動を実際に生み出すことを直接示しました。

これら粒径の異なる3種類の粒子の混合物では、1回の流路通過で3つの出口へ分離し、各画分の純度は90.0~97.8%、目的出口への回収率は87.8~99.3%でした(図2)。さらに、5.65、9.94、13.0、20.2 µmの4種類の粒子混合物では、23~25℃で13.0 µm粒子と20.2 µm粒子を同じ出口にまとめ、9.94 µm粒子と5.65 µm粒子をそれぞれ別の出口に回収しました。温度範囲を24~26℃へ1℃ずつ高温側にずらすと、20.2 µm粒子と13.0 µm粒子を別々の出口に回収し、9.94 µm粒子と5.65 µm粒子を同じ出口にまとめる構成へ切り替わりました。意図してまとめた画分の純度は98.5%または99.5%でした(図3)。

図2. 3種類の粒子(5.65、9.94、13.0 µm)の多段階分離。流路を進むにつれて3集団の軌跡が分かれ、出口L、M、Sに回収された。
図3. 4種類の粒子の分け方を温度だけで再構成。23~25℃(上)と24~26℃(下)で、同じチップから得られる3画分の組み合わせが変化した。

バイオメディカル応用の実証として、市販の単一ドナー由来全血を希釈し、ヒト乳がん由来MCF-7細胞を添加したモデル試料を用いました。23~25℃で処理すると、MCF-7細胞、白血球、赤血球は異なる累積横移動を示し、3つの出口に分かれました。MCF-7細胞の純度は94.8±3.2%、目的出口への回収率は88.9±3.0%、白血球は88.2±5.5%と71.6±3.2%、赤血球は94.0±1.0%と100.0±0.0%でした(図4)。

図4. MCF-7細胞(緑)、白血球(青)、赤血球を含む希釈血液モデル試料の分離。流路内で軌跡が分かれ、3つの出口に回収された。右:分離性能。

また、1回の予備的な生存率評価では、処理後のMCF-7細胞の生存率は94.8%、未処理対照は93.6%でした。細胞試料の処理温度は23~25℃であり、分離原理として抗体や磁性粒子による選択操作を必要としない連続分離を実証しました。

なお、本実験は市販血液と培養細胞株を用いた技術実証であり、患者検体を用いた診断性能や臨床有用性を示すものではありません。

社会的インパクト

本技術の特徴は、チップを作り直さず、外部から与える温度範囲だけで「流路のどの位置で、どの大きさを分けるか」という分離条件を、1枚のチップ内に空間的にプログラムできる点にあります。生体試料は患者や採取条件によって細胞サイズ分布が変わるため、固定閾値の分離装置よりも、試料に合わせて分離プロファイルを調整できる装置が有利な場面があります。液体生検の前処理、免疫細胞解析、単一細胞解析、再生医療・細胞治療の製造工程などで、複数の細胞集団を連続的に整える基盤技術となる可能性があります。

本研究は、刺激応答性材料、微細加工、熱流体制御という工学技術を、血液中の細胞選別という医療・生命科学上の課題に結び付けた医工融合型の成果です。本研究者が所属する国際医工共創研究院を基盤に、東京科学大学が推進する医工共創の観点から、分離後の分子解析や診断技術、細胞機能評価と組み合わせることで、研究用前処理から将来の医療応用へ発展することが期待されます。

今後の展開

今後は、以下の4点を中心に研究を進めます。

  • 臨床関連試料での検証:複数ドナーの血液や患者由来試料を用い、細胞サイズ、変形能、細胞種のばらつきが分離性能に与える影響を評価します。
  • 分画数と機能の拡張:温度制御区画と出口を増やし、多段または非単調な分離プロファイルを形成することで、より複雑な細胞集団の分画を目指します。
  • 処理量と安定性の向上:流路の並列化、オンチップヒーター・温度センサー、フィードバック制御を導入し、処理量、立ち上がり時間、周囲温度変動への強さを改善します。
  • 医工連携による解析統合:分離後の遺伝子・タンパク質解析、画像解析、AIによる細胞識別などと接続し、液体生検、免疫解析、再生医療・細胞製造に向けた一連のワークフローを構築します。

これらを通じ、同じチップを試料や目的に応じて再設定できる「適応型細胞分離プラットフォーム」へ発展させることを目指します。

付記

本研究は、JSPS科学研究費助成事業(24K21696)およびJST次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING、JPMJSP2180)の支援を受けて実施されました。また、富山県産業技術研究開発センターの横山義之博士からPNIPAM系フォトレジストの提供を受けました。

用語説明

[用語1]
PNIPAM:ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)。水中で温度に応じて膨張・収縮する温度応答性高分子。約32℃付近を境に、低温では水を含んで膨らみ、高温では水を放出して縮む。
[用語2]
DLD(Deterministic Lateral Displacement):決定論的横置換。規則的にずらして並べた微細柱の間に液体を流し、粒子や細胞をサイズに応じて異なる経路へ導くマイクロ流体分離技術。
[用語3]
ペルチェ素子:電流により加熱・冷却を行う小型の熱電素子。本研究では2つの素子を別々に制御し、流路に沿った温度分布を形成した。
[用語4]
臨界径(Dc:DLDにおいて、粒子・細胞がバンプモードをとるかジグザグモードをとるかを分ける目安となる大きさ。本研究では、柱の実測形状から幾何学的に推定した値を用いた。
[用語5]
MCF-7細胞:ヒト乳腺がんに由来する培養細胞株。がん細胞のモデルとして、細胞分離技術の評価に広く用いられる。
[用語6]
バンプモード/ジグザグモード:バンプモードは粒子が柱に沿って横方向へ累積移動する挙動、ジグザグモードは平均流れに沿ってほぼ直進する挙動。粒子サイズと臨界径の関係で切り替わる。

論文情報

掲載誌:
Lab on a Chip
タイトル:
Spatially programmable deterministic lateral displacement for multi-stage microfluidic separation
著者:
Ze Jiang, Yusuke Kanno and Takasi Nisisako

研究者プロフィール

西迫 貴志 Takasi Nisisako

東京科学大学 国際医工共創研究院 先端医工技術研究センター/総合研究院 未来産業技術研究所 教授
研究分野:マイクロフルイディクス、バイオMEMS、細胞・粒子分離

西迫 貴志 Takasi Nisisako

菅野 佑介 Yusuke Kanno

東京科学大学 総合研究院 未来産業技術研究所 助教
研究分野:電気化学バイオセンサ、マイクロ・ナノデバイス

菅野 佑介 Yusuke Kanno

キョウ・タク Ze JIANG

東京科学大学 工学院機械系 大学院生
研究分野:マイクロフルイディクス、温度応答性マイクロデバイス

キョウ・タク Ze JIANG

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東京科学大学 国際医工共創研究院 先端医工技術研究センター/総合研究院 未来産業技術研究所
教授 西迫 貴志

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