宇宙と生命の探究を先導する関根康人 地球生命研究所(ELSI)所長。大阪・関西万博の三菱未来館『JOURNEY TO LIFE』総合監修を通じ、最先端研究を社会へ還元しつつ、本学のビジョン駆動型融合研究体制Visionary Initiatives(VI:ビジョナリーイニシアティブ)の一翼として学際研究と社会還元を軸に東京科学大学(Science Tokyo)の未来戦略を加速させます。
大阪・関西万博「三菱未来館」の総合監修の話がどのようにスタートして、ご依頼を引き受けたのでしょうか?
私はこれまで、生命の起源や地球外生命探査をテーマとする国際的な研究活動を進めてきました。火星や木星の衛星など、太陽系内天体の探査にも深く関わっており、三菱未来館が今回掲げたテーマ「いのちの始まり、いのちの未来」は、こうした私の研究分野と非常に親和性が高く、企画チームから「科学的根拠に基づいて、深海から宇宙への壮大なストーリーを描きたい」という構想を伺い、学術監修の立場で協力してほしいとの依頼を受けました。私自身も、1985年のつくば万博で得た驚きと感動が、研究者を志すきっかけになったという原体験を持っています。今回の万博で、次世代の子どもたちにも同じような体験を届けられることは、私にとって非常に意義深く、個人的にも強く共感するものでした。その思いから、このプロジェクトに取り組むことを決意しました。
専門の「アストロバイオロジー」の研究と三菱未来館『JOURNEY TO LIFE』はどのように結びついていますか?
アストロバイオロジーは、宇宙における生命の存在・起源・進化を探究する学際的研究分野です。惑星科学、地球科学、生物学を融合し、「生命はどこから来て、どこへ向かうのか」という人類の根源的な問いに挑みます。『JOURNEY TO LIFE』は、この問いを来場者が体感できる形に具現化したプロジェクトです。作品は深海から始まり、地球の生命の起源、進化、そして宇宙進出という未来像へとつながる7,500万kmの旅を体験できる構成になっています。このストーリー構造は、アストロバイオロジーが描く生命史の大きな枠組みと完全に重なります。深海の熱水噴出孔での生命誕生仮説、火星や木星衛星エウロパでの生命存在可能性、そして人類の火星進出といった要素は、私の研究分野の核心そのものです。つまり『JOURNEY TO LIFE』は、アストロバイオロジーの最先端の知見を一般の方々にわかりやすく、かつ感動を伴って伝えるための、社会実装型の学術アウトリーチ活動と言えます。
「Visionary Initiatives(VI)」において、アストロバイオロジーはどのような役割と学術的意義を持っていますか?
私はVIの中でも「Space Innovation」を担当し、宇宙生活圏の開拓や地球外生命探査を通じて、人類が宇宙に進出する意義を探究しています。この活動は国際共同研究の拡大、異分野融合の促進、次世代研究者の育成といった観点からも重要な柱になると考えています。さらにこうした科学的進歩は、人々の価値観や世界観を豊かにし、知的・文化的幸福の向上にもつながります。生命の多様性に関する理解が深まることで、地球上の生物多様性保全の重要性を再認識する契機となり、持続可能な社会づくりに貢献します。また地球環境が急速に変化する中で、宇宙探査や宇宙開発は人類の生存可能性を拡げるための戦略であると同時に、地球環境を守るための新たな視点や技術をもたらします。アストロバイオロジーはその両者をつなぐ学問として、未来社会に深い示唆を与えるのです。
2024年10月に大学が統合して医学や歯学の分野が加わったことは、関根所長の研究や文明論的視点にどのような影響を与えていますか?
大きなプラスになります。これまでアストロバイオロジーは、物理・化学・生物・地学といった理科系4分野の統合によって発展してきました。しかし今後は人類が火星など地球外環境に進出し、そこで生活し社会を築く段階へ進みます。その過程で重要になるのが「スペースヒューマニティー(宇宙人類学)」です。宇宙での生活では、低重力・薄い大気・宇宙線被曝といった厳しい条件の中で人間の健康と適応を保たねばなりません。新たな進化や身体変化が起こる可能性もあり、医学や歯学の知見は不可欠です。また、宇宙社会の形成にはリベラルアーツ的視点も必要であり、大学の統合による「コンバージェンス・サイエンス」はこの新領域の探究を強力に後押しします。
現在、宇宙進出や宇宙科学への関心が高まっている背景には何があるとお考えですか?
技術面では、資源循環型の水素社会の実現など、石油依存から脱却した持続可能な生活基盤が整いつつあります。精神面では、地球温暖化や資源制約といった課題が人々に閉塞感をもたらしており、新たなフロンティアを求める意識が高まっています。ただし、宇宙を「ユートピア」と考えるのは誤解です。火星や月での生活は自由ではなく、狭く制約の多い環境下での共同生活になります。重要なのはそこで生まれる「フロンティア精神」であり、限られた環境の中でも新しい価値や生きる意義を見いだす社会を築くことです。
宇宙進出に重要な「フロンティア精神」は、持続可能性やSDGs、そして「善き未来」、「善き宇宙」とどのように関係しますか?
持続可能性は必要不可欠ですが、その実践は時に人間の自由や基本的人権との緊張関係を生み、閉塞感につながることがあります。宇宙はこの閉塞感を打破する契機となり得ます。宇宙での生活は制約だらけですが、その中で「助け合い」「役割の共有」「共同体意識」が必須となり、地上の社会にも応用可能な新しい社会哲学が生まれます。これこそが持続可能性を超える、人類の進化の一形態といえます。また「善き宇宙」とは、宇宙を良くすること自体が目的ではなく、宇宙の探究が地球を良くすることにつながる状態を指します。火星や月で生きるには互いの助け合いが不可欠であり、その哲学は必ず地球に還元されます。宇宙での社会はきわめて小さな共同体から始まりますが、その経験は人類の「共同体の限界」を広げる契機となり得ます。地球規模の協力意識や思いやりが広がれば、それが真の意味での「善き未来」「善き宇宙」だと考えています。
ご自身の研究や経験を、教育や次世代育成、地域との連携にどのように活かしていきますか?
万博の経験を通じ、科学的知見をストーリーとして一般の方に伝える方法論を培いました。この経験を教育にも応用し、学生が科学の社会的意義を考えるきっかけを創出していきたいと考えています。授業にとどまらず、年2〜3回のコスモス・サロンのような公開ディスカッションを開催し、企業や一般市民も交えた議論の場を学内外で広げていきたいです。子どもたちにとっては、映像や本だけでは得られない360度のリアルな体験がきわめて重要です。プラネタリウム解説や実験イベント、実物に触れるワークショップなどを積極的に実施し、保護者も一緒に楽しめる内容とすることで、継続的な参加と地域での支持を得られると考えています。最先端研究やスタートアップ創出だけでなく、科学や未来への好奇心を広げる活動こそが、地域における大学の価値を高めるのではないかと考えています。
壮大な研究テーマに取り組む中で、アイデアを生み出す方法や思考法、気分転換の工夫はありますか?
研究で最も重要なのは「議論」です。異なる専門の研究者と対話することで、自分だけでは得られない発想が生まれます。加えて、その成果を一人で咀嚼する時間も欠かせません。私は通勤時間を、思索や執筆に活用しています。移動中の雑踏も気にならず、むしろ集中を促します。他者との議論に加え一人の内省時間という二段構えが、発想の深化と気分転換の鍵です。
実際に宇宙旅行ができるとしたら、どこに行って何をしたいですか?
もしすぐ行って戻れるのであれば、土星を訪れたいです。巨大な輪を間近で見てみたいというのはもちろん、土星の衛星群は私が10年以上研究を続けてきた対象でもあります。直径が地球を超える壮大なリングや、その周囲を巡る衛星の姿を自分の目で確かめたいと思います。
プロフィール
関根 康人(せきね やすひと)
地球生命研究所(ELSI)所長・教授。専門は惑星科学・アストロバイオロジー。火星や木星・土星の衛星など太陽系天体での生命生存可能性や、地球生命の起源を研究。国際的探査計画の中核を担い、「生命とは何か」という人類の根源的問いに科学的に挑む。本学のVIではSpace Innovationの研究統括者(PD:プログラム・ディレクター)を務める。
所蔵品説明
本ページに掲載されている写真は東京科学大学博物館の所蔵品を用いております。
- [所蔵品]
- 旭焼 釉下彩獅子舞形置物:本学(旧東工大)はじめ我が国の工業教育の基礎を築いた手島精一の遺品。手島はこの置物を常に机の上に置いていたと言われている。本学で制作されたことを示す「旭焼」の銘がある。
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取材日:2025年7月16日/オンライン