薬の副作用の影響を排除し、標的タンパク質の機能解析を可能にする新技術を開発

2026年10月5日 公開

GPCRを標的としたより安全で効果的な疾患治療法の創出に期待

ポイント

概要

私たちの体内では、細胞の表面にある「受容体」(センサー分子)がさまざまな情報を受け取ることで、生命活動を維持しています。中でも「Gタンパク質共役型受容体(GPCR)」は、多様な疾患における治療薬の標的として最も注目されているタンパク質ファミリーです。

受容体の働きを理解するため、従来は特定の受容体の働きを止める「阻害薬」が使われてきました。しかし、阻害薬には、狙った受容体以外のタンパク質にも作用してしまう、オフターゲット効果(思わぬ副作用)という大きな課題がありました。そのため、薬を投与した際に観察された現象が「狙った受容体の働きによるものか」、それとも「薬の余計な作用によるものなのか」を見分けることが非常に困難でした。

東京科学大学生命理工学院生命理工学系の北尾 彰朗 教授は、名古屋大学未来社会創造機構、大学院工学研究科の清中 茂樹 教授、松岡 佑真 博士後期課程学生らの研究グループと、筑波大学医学医療系の水野 聖哉 教授、高橋 智 教授との共同研究により、薬の“余計な作用”の影響を受けずに、標的とするGPCR本来の機能だけをクリアに解き明かす新技術「ESCAPE法」を開発しました。

本技術により、低酸素状態において神経細胞が突起を伸ばすメカニズムを明確にしたほか、ゲノム編集技術を用いて、生体内と類似する環境下でも本技術が機能することを確かめました。本成果は、GPCRを標的としたより安全で効果的な疾患治療法の開発や、脳機能・神経疾患の解明に大きく貢献すると期待されます。

本研究成果は、2026年10月3日(日本時間)付で米国の学術雑誌「Cell Chemical Biology」に掲載されました。

概要図

背景

ヒトの細胞膜上に存在するGPCRは、ホルモンや神経伝達物質など多様な刺激を受け取って細胞内に情報を伝える役割を持ち、「細胞のセンサー」として機能する重要なタンパク質です。市販されている医薬品の約30%がGPCRを標的としており、がんや神経変性疾患(パーキンソン病やアルツハイマー病など)の治療標的として、GPCRに作用する薬の開発が精力的に進められてきました。

GPCRは、生体内に存在するホルモンや神経伝達物質が結合する深い「くぼみ」を持っています。「阻害薬」と呼ばれる人工的な分子の多くは、GPCRのくぼみに結合し、ホルモンや神経伝達物質がGPCRに結合することを直接的に防ぎます。したがって、特定のGPCRの機能を調べる際、阻害薬を用いて標的とするGPCRの働きを止める「薬理学的手法」が広く用いられてきました。しかしながら、優秀な阻害薬であっても、他のタンパク質に結合してしまったり、代謝された分解物が意図しない作用を引き起こしたりする「オフターゲット効果」が生じる懸念があるため、GPCRの機能を詳細に検証することは困難でした。

そのため、薬の“オフターゲット効果”の影響を排除し、標的とするGPCRの機能を正確に評価できる新たな技術が強く求められていました。

研究成果

研究グループは、“阻害薬が効かないGPCR変異体”を設計することで、薬のオフターゲット効果の影響を排除し、標的とするGPCRの機能を正確に評価できると考えました。標的GPCRに結合した阻害薬は、本来の生理活性物質の結合を防ぐことでGPCRの働きを抑制します。しかしながら、他のタンパク質に結合して意図しない作用(オフターゲット効果)が生じる懸念があります(図1A)。一方で、特定の阻害薬だけがまったく効かなくなるGPCR変異体を用いた場合、標的とするGPCRへの阻害効果は現れず、オフターゲット効果のみが浮き彫りとなります(図1B)。このように、野生型GPCRと阻害薬が効かないGPCR変異体を持つ細胞に対して同じ阻害薬を投与し、表現型(薬の投与による細胞の変化)を比較することで、薬を投与した際に観察された現象が「標的GPCRの働きによるものか」、それとも「薬のオフターゲット効果によるものなのか」を見分けることが可能になると考えられます。

図1. 薬理学的手法およびESCAPE法による標的GPCRの機能解明の概略図。(A)薬理学的手法。(B)ESCAPE法。

成果1. 薬が効かない変異受容体を活用する新たなアプローチ「ESCAPE法」の開発

技術開発にあたり、GPCR本来の機能(生理活性物質への応答性)は保ちつつ、特定の阻害薬だけがまったく効かなくなるGPCR変異体の設計が求められます。しかし、一般的にGPCRに固有の生理活性物質と人工的な阻害薬は、同一の「くぼみ」に結合するため、阻害薬だけが結合できなくなるGPCR変異体のデザインは困難でした。

そこで研究グループは、GPCRの一種であり重要な薬剤標的のアデノシンA2A受容体(A2AR)を初期的な標的として設定し、GPCRに共有する構造特性に着目したA2AR変異体の設計戦略を考案しました。多くのGPCRは、生理活性物質が結合する深い「くぼみ」を持ちます。A2ARが属するアデノシン受容体サブファミリーにおいても、生体内に存在する生理活性物質である「アデノシン」がこのくぼみに結合し、細胞内に情報を伝達します(図2A, B)。一方、A2ARに選択的に作用する阻害薬は、その深いくぼみだけでなく、受容体の上部に位置する“細胞外ループ”と呼ばれる特徴的な構造とも相互作用を形成します(図2C, D)。研究グループは、A2ARと他のアデノシン受容体サブファミリーのアミノ酸配列を比較した際に、内因性の生理活性物質であるアデノシンを認識するくぼみ周辺のアミノ酸配列はサブファミリー間で高度に類似する一方、“細胞外ループ”においてはA2ARに特有のアミノ酸配列が存在することに気が付きました(図2)。したがって、A2AR選択的な阻害薬は、A2ARに特有のアミノ酸配列を有する“細胞外ループ”と相互作用することで、高いA2AR選択性を発揮すると考えられます。

図2. A2AR変異体のデザインのための結晶構造およびアミノ酸配列相同性の比較。(A, C)アデノシンおよびA2AR阻害薬であるZM241385の化学構造。(B, D)アデノシンおよびZM241385とA2ARの複合体構造。A2ARと他のアデノシン受容体サブファミリーのアミノ酸配列を比較し、配列相同性が高い(類似した)領域を暖色で、配列相同性が低い(A2ARに特有の)領域を寒色で表示している。

そこで、体内の生理活性物質が結合する深いくぼみはそのまま維持し、A2AR選択的な阻害薬のみが相互作用する細胞外ループに対して、「他のアデノシン受容体サブファミリーを模倣したアミノ酸変異」を施しました。この工夫により、設計したA2AR変異体は、生体内のアデノシンには正常に反応する一方、A2AR選択的な阻害薬だけがまったく効かなくなるユニークな性質を有することが確認されました(図3)。

この技術は、薬の副作用の懸念を回避し、標的GPCRの本来の役割を解き明かせることから、「ESCAPE法」(extracellular-loop swapped chimeras activated purely by endogenous ligand)と名付けました。さらに、この手法が他のGPCR(アデノシンA2B受容体や、統合失調症などに関わるセロトニン2A受容体)にも応用できる、汎用性の高いアプローチであることを証明しました。

図3.“阻害薬が効かないA2AR変異体”デザインの概念図。設計したA2AR変異体は、生体内のアデノシンには正常に反応する一方、A2AR選択的な阻害薬だけがまったく効かなくなる。

成果2. 「ESCAPE法」を用いた神経突起の伸長メカニズムの解明

酸素が不足した環境(低酸素状態)に置かれた神経細胞は、細胞生存やネットワーク再構築のために「突起」を伸ばすことが知られています。過去の神経モデル細胞を用いた研究において、低酸素状態で細胞から放出される「アデノシン」が神経突起の伸長に関与することが報告されました(図4A)。さらに、A2AR阻害薬を用いた薬理学的な実験において、アデノシンがA2ARに結合して細胞内に情報を伝達することが、神経突起の伸長に重要であると示唆されました。しかし、従来のA2AR阻害薬には、別のタンパク質(酵素など)の働きも抑えてしまうというオフターゲット効果(副作用)が存在したため、低酸素状態でのA2ARの働きと、神経突起伸長との関係性は明らかにされていませんでした。

そこで研究グループは、本技術「ESCAPE法」を神経モデル細胞(PC12細胞)に適用しました。まず、野生型A2AR、および阻害薬がまったく効かないA2AR変異体を有するPC12細胞を別々に用意し、低酸素状態で培養を行いました。その結果、低酸素環境下では、細胞からアデノシンが大量に放出されることが確認され(図4B)、野生型A2ARおよびA2AR変異体を有するPC12細胞、どちらにおいても神経突起の伸長を確認しました(図4C)。続いて、低酸素状態でA2AR阻害薬(Preladenant)を投与した際、野生型A2ARを持つ細胞では突起伸長が抑えられたのに対し、Preladenantが結合しないA2AR変異体を持つ細胞では、阻害薬であるPreladenantが存在しても突起が伸び続けました(図4D)。これにより、アデノシンとA2ARの結合が、低酸素環境下での神経突起伸長を直接引き起こしている主因であることを明確に証明しました。

さらに、神経の成長を促す代表的なタンパク質「神経成長因子(NGF)」との関係を解析した結果、A2ARシグナルとNGFシグナルは互いに干渉することなく、独立した2つのルートとして足し算(相乗)的に働き、神経の伸びを強力に後押ししているという細胞のメカニズムを解明しました(図4E, 図5)。

図4. 「ESCAPE法」を用いた神経突起の伸長メカニズムの解明。(A)神経成長因子および低酸素環境下におけるPC12細胞の神経突起伸長の模式図。(B)通常状態および低酸素状態での、PC12細胞から放出されたアデノシン濃度の定量結果。(C,D)左:各条件におけるPC12細胞の共焦点顕微鏡を用いた観察画像、右:神経突起の伸長度合いの定量結果。(E)神経突起伸長の定量結果。
図5. 低酸素環境下におけるアデノシンとA2ARおよび神経成長因子受容体の神経突起伸長への関与を表す概念図。A2ARシグナルと神経成長因子受容体シグナルは互いに干渉することなく、独立した二つのルートとして相乗的に働き、神経突起伸長を強力に後押ししている。

成果の意義

本研究で開発した「ESCAPE法」は、GPCRの機能解析において従来の実験手法が抱えていたオフターゲット効果の課題を克服する技術です。全医薬品の約3割が特定のGPCRを標的とすることを考慮すると、狙ったGPCRの働きを詳細に解析できることにより、今後さまざまな波及効果が期待されます。

1)基礎研究・生命科学への貢献:

これまでタンパク質の役割を調べるには、1. 特定タンパク質の遺伝子を欠損させる、遺伝子ノックアウトに代表される「遺伝学的手法」か、2. 標的タンパク質に作用する薬を投与する「薬理学的手法」が主流でした。しかし、ノックアウト法は生体が別のルートでタンパク質の機能を補い、標的タンパク質の本来の働きが判別できなくなる「遺伝的補償」という課題があり、阻害薬では「薬の思わぬ副作用(オフターゲット効果)」という問題がありました。

ESCAPE法は、薬の「狙った瞬間に素早くタンパク質の働きを止められる即効性」と、遺伝子工学的な技術の「狙ったタンパク質だけを制御可能な標的選択性」を融合させ、高精度なタンパク質の機能解析を可能としました。本研究では、がんや炎症性疾患、パーキンソン病などの薬剤標的であるアデノシン受容体(A2ARおよびA2BR)や、統合失調症やうつ病などに関わるセロトニン受容体(5-HT2AR)を用いてESCAPE法の有用性を実証しました。ESCAPE法は、これに留まらず、幅広い受容体への応用が可能です。さらに、ゲノム編集技術と組み合わせることで、生きた動物の体内レベルで、特定の細胞種に発現する標的GPCRの機能を正確に解読できるようになれば、生命科学に貢献することが期待されます。

2)創薬研究への貢献:

新薬の開発現場では、一見効果があるように見える候補化合物が、実は「標的の受容体ではなく、別のタンパク質に作用していた」というケースが少なくありません。過去には、臨床試験や薬剤の上市後に“隠れた副作用”が発覚し、開発中止や撤回に追い込まれた薬も存在します。

開発初期の段階でESCAPE法を用いることで、候補化合物が本当に狙った受容体に作用し、薬効を発揮しているのか正確に評価できます。予期せぬ副作用リスクを事前に排除できるため、開発の失敗コストを抑え、創薬研究の確度を高めることに貢献することが期待されます。

以上のように、本技術は基礎研究における利用にとどまらず、創薬研究を加速させる技術としても有用であると考えられます。

付記

本研究成果は、日本学術振興会 科研費(JP24KJ1275, JP24H02265, JP24H00492)、AMED ムーンショット型研究開発事業目標7 (JP24zf0127012)、ノバルティス科学振興財団、武田科学振興財団の助成を受けたものです。

用語説明

[用語1]
オフターゲット効果:薬が本来の標的(ターゲット)とするタンパク質以外の、想定外のタンパク質に結合して作用してしまう現象。実験データの誤解や、臨床における思わぬ副作用の原因となる。
[用語2]
Gタンパク質共役型受容体(GPCR):細胞膜に存在する受容体の最大ファミリー。光・におい・味や、ホルモン・神経伝達物質などを感知して細胞内に情報を伝える。全医薬品の約3割がGPCRを標的としている。
[用語3]
アデノシンA2A受容体(A2AR):GPCRの一種で、脳の神経系や免疫細胞に多く存在する。睡眠・覚醒の調整や運動機能、炎症反応などに関与し、パーキンソン病やがん免疫療法などの重要な創薬標的となっている。

論文情報

掲載誌:
Cell Chemical Biology
タイトル:
ESCAPE enables receptor-specific chemogenetic dissection of GPCR signaling
著者:
Yuma Matsuoka, Hajime Inoue, Tatsuki Hori, Duy Phuoc Tran, Akio Kitao, Hayate Suzuki, Seiya Mizuno, Satoru Takahashi, Tomohiro Doura, Shigeki Kiyonaka*
*Corresponding author

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教授 北尾 彰朗

名古屋大学未来社会創造機構/名古屋大学大学院工学研究科
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