白血病の“系統転換再発”による免疫逃避

2025年10月7日 公開

マルチオミクス解析で免疫抑制性を解明

概要

京都大学 大学院医学研究科 発達小児科学 滝田順子 教授、加藤格 同講師、三上貴司 同特定研究員(現:同研究科附属がん免疫総合研究センター 特定助教)、東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 発生発達病態学分野 髙木正稔 教授、大阪大学 感染症総合教育研究拠点感染症・生体防御研究部門 ヒト生体防御学チーム James Badger Wing 教授らの研究グループは、急性リンパ性白血病[用語1](ALL)が治療中に別の系統である急性骨髄性白血病(AML)へと変化して再発する“系統転換(lineage switch)再発”に注目し、その病態解明を行いました。マルチオミクス解析(RNAシーケンス、全エクソーム解析、CyTOF、シングルセルRNA解析など)を駆使して患者検体を解析した結果、KMT2A[用語2]遺伝子再構成を有する系統転換したAMLは、白血病細胞自体が免疫を抑制する能力を持つ“単球性骨髄由来抑制細胞[用語3](monocytic myeloid-derived suppressor cell: M-MDSC)”に類似した特徴を獲得していることが明らかになりました。これらの白血病細胞はがん細胞を攻撃するT細胞の働きを抑え、制御性T細胞を誘導するなど、“がん免疫”から逃避する性質を持つことが確認されました。本成果は、難治性白血病の新たな治療標的の発見につながると期待されます。

本研究成果は、2025年8月26日に国際学術誌「Nature Communications」にオンライン掲載されました。

白血病の系統転換(Lineage Switch)とMDSC様分画による免疫抑制
(BioRenderで作成した図です。三上貴司はCC BY 4.0の下でライセンスされています。)

背景

近年、小児・若年成人世代の白血病治療において、CAR-T細胞療法や二重特異性抗体療法といった“がん免疫療法”が急速に普及しています。しかし一部の患者では、治療中に急性リンパ性白血病(ALL)が急性骨髄性白血病(AML)へと“系統転換”し、がん免疫療法[用語4]の標的が失われることで再発する問題が深刻化しています。この現象は特にKMT2A遺伝子再構成を伴う白血病で顕著であり、その予後も不良である事から、がん免疫療法によって新たに深刻化した克服すべき大きな課題です。

研究手法・成果

研究チームは日本全国から系統転換再発した患者検体を集め、マルチオミクス解析を行いました。その結果、系統転換AMLは単球性骨髄由来抑制細胞(M-MDSC)に似た遺伝子発現と機能を示すことを発見しました。マスサイトメトリーやシングルセルRNA解析により、AML細胞そのものがM-MDSC様の性質を持つことを確認し、さらにT細胞抑制能や制御性T細胞誘導能を有することが共培養実験で実証されました。

波及効果、今後の予定

この成果により、系統転換AMLに対して従来の抗白血病薬に加えて「免疫抑制性を標的にした新規治療法」の開発が視野に入りました。今後は創薬候補化合物の探索や前臨床試験を進め、難治性小児白血病に対する新しい治療戦略の確立を目指します。

研究プロジェクトについて

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP23K18264)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の「がん研究開発および次世代がん治療の加速的展開に関する研究(P-PROMOTE)」および「革新的がん医療実用化研究事業」による支援を受けて実施されました。さらに、公益財団法人高松宮妃癌研究基金、武田科学振興財団医学研究助成、京都大学リサーチ・アドミニストレーション内部助成、ブリストル・マイヤーズ スクイブ、公益財団法人持田記念医学薬学振興財団、公益財団法人母子健康協会、日本白血病研究基金からの支援も受けました。

用語説明

[用語1]
白血病:血液のがんの1つで、白血球系の細胞が特定の遺伝子異常によりがん細胞となったもの。リンパ性と骨髄性に大きく分類される。小児ではリンパ性が多い。
[用語2]
KMT2A:以前はMLLとも呼ばれたヒストンメチル基転移酵素であり、遺伝情報の転写の活性化に関与する。白血病や膀胱がん、子宮体がんなどでKMT2A遺伝子異常が報告されている。
[用語3]
骨髄由来抑制細胞(MDSC):がんや炎症などの病気の際に生じる骨髄系の未熟な細胞で、免疫抑制作用を持つ。過剰な免疫応答を防ぐ機能がある反面、がんが免疫細胞から逃避するのを助ける。
[用語4]
がん免疫療法:免疫系を利用してがんを攻撃する治療法。免疫チェックポイント阻害薬のほか、キメラ抗原受容体(CAR)T細胞療法、二重特異性抗体など、T細胞を利用した様々な治療が実用化されている。一方で効果に個人差が大きく、より多くの人々に恩恵をもたらすべく研究が続けられている。

研究者のコメント

臨床現場で大変悔しい思いをさせられた、がん免疫療法時代に現れた新たな壁である“系統転換再発”を、白血病細胞自身が持つ免疫抑制能力の観点から捉えることができました。本研究は症例を集めることがとても困難でしたが、全国の小児血液腫瘍の診療に携わる先生方の惜しみないご協力を得て、国内5症例の貴重な検体で検討を進めることができました。心より御礼を申し上げるとともに、難治性白血病を乗り越える治療法開発を目指して今後も研究を進めて参ります。

論文情報

掲載誌:
Nature Communications
タイトル:
Multi-omics analysis identifies an M-MDSC-like immunosuppressive phenotype in lineage-switched AML with KMT2A rearrangement
(マルチオミクス解析によりKMT2A再構成を伴う系統転換AMLにおけるM-MDSC様免疫抑制表現型を同定)
著者:
Takashi Mikami, Itaru Kato, Akira Nishimura, Minenori Eguchi-Ishimae, Tatsuya Kamitori, Keiji Tasaka, Hirohito Kubota, Tomoya Isobe, Yoshinori Uchihara, Yui Namikawa, Satoru Hamada, Shinichi Tsujimoto, Shotaro Inoue, Takayuki Hamabata, Kazushi Izawa, Takako Miyamura, Daisuke Tomizawa, Toshihiko Imamura, Hidemi Toyoda, Mariko Eguchi, Hiroaki Goto, Seishi Ogawa, Masatoshi Takagi, James Badger Wing, Junko Takita

関連リンク

お問い合わせ

京都大学 大学院医学研究科 附属がん免疫総合研究センター がん免疫多細胞システム制御部門

特定助教 三上 貴司

東京科学大学 大学院医歯学総合研究科 発生発達病態学分野

教授 髙木 正稔

取材申込み

京都大学 広報室国際広報班

東京科学大学 総務企画部 広報課